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報告書を読んだだけなのに、何だかものすごく疲れた。
多分アリスの事が頭をよぎったからだろう。
あらゆる物が流されててしまったグレドを守るため、そして領民を避難させるために奔走した彼女の父は、水害で片足を失っていると報告書にはあった。
その後も必死に領地の立て直しを図ったようだが、焼け石に水だっただろう。何しろ街はほぼ消滅したに等しいのだから。
何だか無性にアリスに会いたかった。
会ったところで何か言える事もない。それでも、顔を見たいと思った。
「よし!」
(図書館に行くためにお菓子を買いに行こう。彼女はチョコレートが一番好きらしいから、ミモザケーキの店に行こう)
シモンにバレないように、ジョシュアはこっそりと城下へ転移した。
「アリスさん、今度イグニス領へ行くかも知れません」
話そうかどうか迷って、ジョシュアはアリスに告げた。
「え?」
お土産のチョコレートを口に入れたアリスは、驚いた顔をしてジョシュアを見る。
「仕事…なので詳しくは言えないんですが、何か欲しい物とかありますか?」
ジョシュアの言葉にアリスはしばし考え込む。
「欲しい物は…ありません。ただ…」
「ただ?」
「グレドの街が今どうなっているのか、もしもその辺りに行く事があれば教えて欲しい…です」
「被害が一番大きかった街ですね?」
「ええ。私の家もそこにあったんです。今は家族もイグニス領を離れて暮らしているので、ずっと…気になっていて…」
いつも笑顔のアリスが、俯いたまま話す。
「出来るならば…私も行きたいんですけどね。こればっかりはなかなか。だからジョシュアさんが見てきてくれたら嬉しいです」
「分かりました。絶対に見てきますね」
「ふふ、ありがとうございます」
いつものアリスの笑顔だ。
片方の笑窪が可愛いと思う。
「最近おかしな事が続いてたから、グレドの様子を知れるの楽しみです」
「おかしな事?」
「ずっと誰かが付いてきてるような事があったり、アパートの玄関で私の部屋のドアをガチャガチャ回してる人がいたり」
「は!?」
(何だそれ…!)
「気のせいかなって思ってたんですけど、流石にドアノブを回してるの気のせいじゃないなって」
アリスの話を聞きながら、ジョシュアは怒りでおかしくなりそうだった。
「あれ?なんか寒くないですか?」
アリスの言葉にジョシュアはハッとする。
自分の周りに細かい氷の粒が浮いている。怒りで魔力が不安定になっていた。
(彼女を怖がらせてしまう…落ち着け…)
心を落ち着かせる為にゆっくりと深呼吸をする。
「アリスさん、いつも身につけてる物はありますか?出来ればどんな時でも外さないものがいいです」
「えっと…じゃあこのピアスとか?家族にもらった物なので、殆ど外しません」
「一つ貸してもらえますか?」
「構いませんけど…」
不審がるアリスからピアスを受け取ると、ジョシュアは何度か手の平を翳してフッと息を吹きかけた。
「はい。ピアスに防御魔法をかけました。何かあっても一度だけ攻撃を防いでくれます」
発動と同時に彼女の居場所が分かるようにしたのは黙っておいた。
「え?ありがとうございます」
「じゃあ行きましょう」
「え?どこに?」
「あなたのアパートです」
「はい?」
明らかに不審そうな目をするアリスには申し訳ないが、彼女の部屋にも防御を張りたい。
なんとかアリスを説き伏せて、アパートに案内してもらう。
案内された場所は王宮から程近いこぢんまりとした二階建てのアパートだった。
「いいですか?部屋にはあなた以外入れないように防御魔法をかけます。普通の魔術師には絶対解けません」
「いや、そこまでしてもらわなくても大丈夫な気が…」
「あなたに!あなたに何かあれば…ご家族が悲しみます。それに…僕もです。だからお願いします!」
「…分かりました。お願いします」
アリスは不満そうだが、こればっかりは譲れない。
ジョシュアはピアスと同じように防御魔法をかけた。
「これであなたに悪意を持った者は入れません。それでも充分注意してください」
「分かりました。気をつけますね」
「それじゃあ僕は帰りますが、絶対に、すぐに鍵をかけてください」
「はい。ありがとうございます」
「じゃあおやすみなさい」
そう言ってジョシュアは転移した。
「消え…た…?」
アリスはしばらく呆気に取られていたが、ジョシュアに言われたことを思い出して慌てて鍵を閉めた。




