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恋なのかもしれないとジョシュアが気付き始めた所で、アリスとの距離感は何も変わらなかった。
「私ね、猫がすごく好きなんですよ」
エリオットと話をしてから二週間ほど。習慣のようになった閉館後の図書館で、コーヒーを飲んでいる時にアリスが言った。
「猫?」
「実家の猫はね、すごく甘えん坊なんですよ。いつも私のベッドに入って来てたし、座っていると私の膝の上に乗ってきて。猫ってクールって聞いてたのに、もうベッタベタなあの子が可愛くて」
頬杖をつきながらどこかウットリするような面持ちでアリスは言う。
彼女の持ち物は猫のデザインが多いと前から思っていた。
この奇妙なカップ、猫が刺繍されたペンケース、どこで売っているのか分からない猫の髪飾り。
「全身真っ白なのに左耳の所だけ黒くて。珍しい模様だったから、そのカップを見つけた時には迷わず買いました」
ジョシュアのカップを指差すと、ニコッと笑う。
彼女の片方の笑窪が深くなった。
「スノウって言うんですけどね。スノウが産んだ子猫を引き取りたかったんですが、うちのアパートはペット禁止なんです。もう、猫に飢えてるんですよ…」
猫吸いたい、と不思議な事を呟いている。
「猫なら、何でもいいんですか?サイズ…とか」
「スノウに一番会いたいですけど、撫で回して吸えるなら何でも」
ジョシュアは考えた。
使い所が一切無いと思っていたバードナー家の家門魔法。
猫より少し大きいネコ科の生き物に変身できるという謎魔法。
明らかに普通の猫よりは大きいが、大型というほどでは無い。非常に中途半端な猫のような生き物になる。
しかも変身してしまえば人としての思考を保てず、言葉を話す事も出来ない。
いつ戻れるのかもその時の気分次第だ。
そもそもサイズもおかしい。
せめて意識を保ったまま変身できるなら密偵としていくらか有効だったが、現状何の役にも立たない。
もしやあの魔法は今が使い所なのではないか。
いや、そんな事の為に公表されていない家門魔法を使っても良いのか。
しかもここは図書館。
もしも暴れてしまえば大問題だ。
子供の頃に弟のヒューが家の中で暴れ回った事を思い出す。
あの時は本当に大変だった。
子猫(?)時代だったはずのヒューがあれほど家の中を壊して回ったのだ。すでに成人の自分であれば何をしてしまうのか。
恐ろしくてずっと使っていない魔法だ。
というか、そもそも使い所が分からないし使う必要がない。
「もしかして、ジョシュアさんて猫飼ってるんですか?」
「…いえ。ですが実家には二人、じゃない二匹ほど。飼っているわけではないのですが、なんか、居る感じです」
それは父と弟です、とは言えない。
「野良ちゃんですかぁ。それはそれで魅力的。王都って野良猫全然居ないので」
「そうですね」
アリスに答えながら、ジョシュアは内心冷や汗をかいた。
危なかった。
一瞬アリスに撫でられる事を想像してしまった。
欲望に負けて家門魔法を披露してしまう所だった。
今日の自分はどうかしている。
アリスを好きかもしれないと自覚してから、彼女の動作一つに胸が高鳴る。
自分はもっと理性的な人間だと思っていたし、そう行動してきた。策士だの腹黒いだの言われても気にもならなかった。
女性と関わることも最初はドキドキしていたが、自分から近づいてきたのに北方貴族だと知った途端に去っていくのを見てしだいに期待しなくなった。
それなのにこの味気ない生活に少しの彩りが欲しいと思ってしまう。
これではまるで駄々を捏ねる子供のようじゃないか。
今だってそうだ。
アリスとの時間があまりにも心地良くてこの関係を壊したくないのに、彼女の事を知りたくて仕方がない。
恋人はいるのだろうか?
爵位を返上した後の家族は?
イグニス男爵領の事もエリオットからではなく彼女の口から聞きたかった。
自分の事だって知って欲しい。
けれども、何を話せば良いのか分からない。
多分彼女は自分の事を知りたいとは思っていない。
(僕は思った以上にポンコツだったな…)
アリスの飼い猫スノウの話を聞きながら、ジョシュアは途方にくれた。




