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それからジョシュアは仕事が遅くなると王宮図書館に足を運ぶようになった。
最初は何となく恥ずかしかったが、アリスはいつも変わらない態度でコーヒーを淹れてくれた。
そのうち一緒に食べようとお菓子を持って行くようになり、町へ出れば何か新しいお菓子はないかと気にするようになった。
アリスと話す内容は他愛もない事ばかりだ。今日こんな事があったとか、実家の猫が子供を産んだとか。
彼女はどれだけ同じ時間を過ごしても、今までジョシュアが出会った女性達のようにジョシュア自身の事を詳しく聞こうとはしてこなかった。
そんな事を続ける事二ヶ月、今日も帰りに図書館に寄って行こうかと考えながら書類を書いていると、突然肩を叩かれた。
「ジョ~シュ~ア~ちゃん、最近楽しそうにしてるみたいだねぇ」
よく知った声にジョシュアが振り返ると、ニヤニヤしたエリオットがいた。
「…なに?」
「王宮図書館に通ってるでしょう?」
「……」
「彼女?彼女出来たの?」
面倒な奴に知られたとジョシュアは思った。
フリード侯爵家の次男であるエリオットは、ジョシュアと同期入職の王宮魔術師だ。同い年で何かあるとセットで行動させられる。
こと恋愛話が大好きで、何かとエリオットの恋愛話を聞かされてきた。
「俺見ちゃったよ~。閉館した図書館からジョシュアが出て来るとこを」
「そうか」
「いや、そうかじゃなくてさ。なになに、何でそんな時間に図書館に?」
(コイツ、ほんとうるさいな)
エリオットは悪い奴ではない。むしろ友人として仲は良いと思う。こういうところが面倒くさいだけで。
「別に、大した用事じゃないよ」
「ふ~ん。お菓子持ってウキウキしながら行ってるのに?」
「!?」
書類から思わず目を離しエリオットの顔を見る。
「お、ビンゴかな」
(やられた…)
「今日さ、ちょっと飲みに行かない?ジョシュアの話を聞きたいな~」
両手を胸の前で組み、ウルウルした目でエリオットはジョシュアを見てくる。
鬱陶しい。
「…分かったよ」
「やった!楽しみだなぁ~」
エリオットはスキップしながら去って行った。
(最悪だ…)
終業まであと少し、さっさと終わらせて今日はエリオットに付き合わなければいけないと、ジョシュアはため息を吐いた。
「で、ジョシュアの彼女ちゃんは誰なの?」
仕事が終わり、いつものバルでワインを飲みながらエリオットは聞いてきた。
「彼女じゃない。友人」
「ほうほう。ジョシュアの片思いってわけね」
「………」
別に片思いではない、とジョシュアは思う。
アリスと過ごす短い時間は、ジョシュアにとって息抜きのようなものだ。
仕事で遅くなった日も、図書館に寄っていけばいいやと思うと前ほど残業が嫌ではなくなった。ただそれだけだ。
「そういうんじゃないよ。コーヒーをご馳走になってるだけ。悪いからお菓子を持って行ってる」
「うん。それはもう恋だよ。お兄さんは嬉しいよ、やっとジョシュアに春が来たんだね」
上機嫌でグラスを傾けるエリオットは、随分とペースが早い。
「お前、僕と同い年だろ」
「恋愛についてはジョシュアはお子様だからね。兄の気持ちで見てるよ」
「………」
そう言われると、ジョシュアは何も言えない。
恋愛偏差値があるならば、ジョシュアは確実に一番下を取る自信がある。
「で、誰?」
「…司書のアリスさん」
「アリス?アリス…ん~…あ!」
エリオットは何か思い出したように大声を出した。
「元男爵令嬢の子ね」
「元?」
「そう。ほら一昨年だったか、水害が酷かったイグニス男爵領だよ」
「イグニス男爵領…」
初めて会った時、アリスはそこの出身だと言っていたはずだ。
「そうそう。王都の端っこで裕福な領地じゃないからさ、水害の後に爵位を返上したんだよ。結構酷かったのに先見が出なくて何でかなって思ったんだ」
「…じゃあお前の家の責任もあるな」
「そう言うなよ。あれほどの自然災害なのに分からなかったんだから、多分違う理由だよ」
「どういう事だ?」
「あ~ここだと言いにくい…」
エリオットの様子から人目のある所では話しにくい内容らしい事に気づく。
それを見てジョシュアはパチンと指を鳴らした。
「おお…俺達だけを指定して防音魔法をかけたのか…相変わらず凄いな…」
「で、理由って何?」
防音を掛けたが、一応小声でジョシュアは言った。
「うちが分かるのは自然に起こる事だけだ。予言みたいに曖昧な所もあるから絶対先見が出るわけじゃないが、領地を返上するほどの自然災害なら必ず分かる」
「…人為的なものだって事か?」
「分からないが多分な。ただ水害の後処理が終わった後に厄災の先見が出たから、調べる暇は無かったと思う」
「…そうか」
「元男爵領は今は国が管理してるし、もともと堅実な家だったから後ろ暗い所は無いよ。何かに巻き込まれたのかもしれないな」
いつ行ってもニコニコと笑っているアリスにそんな事があったとは。
そう言えば彼女が実家の話をする時は猫のことばかりだった。
「そうだったのか…」
「アリスちゃんからは何も聞いてないの?」
「…彼女は実家の話をほとんどしないから」
「まぁ、話しにくいのかもしれないな」
急にワインが味気なく感じる。
「で、ジョシュアちゃんはどうするの?」
「どうするって?」
「好きなんでしょ?アリスちゃん」
「…そういうんじゃない」
別に彼女の事が好きなわけではない。
ただちょっと、一緒の時間が心地よいだけだ。
「アリスちゃんは恋人とかいるのかな?」
「…知らない」
「それ、一番最初に確認しろよ」
「………」
彼女とはそんな関係では無いのだ。
お互いのプライベートまで踏み込んで聴くほどの。
「ジョシュアってさ、天才じゃん?」
「ん?どうした急に」
「この歳で一級魔術師だし、魔力量なんて国内でもトップだろう?」
「いや、弟の方が多いけど」
「ねぇどうなってるの?その気になったらバードナー家で国潰せるんじゃない?」
父と弟と自分だけでは流石に厳しそうだ。他の騎士団の魔導騎士や王宮魔術師を倒すのは骨が折れるだろう。
ジョシュアはふと姉の恋人を思い出した。
「バードナー家だけだと無理だよ。でも姉の恋人の魔力量が父さんと同じくらいだから、四人なら潰せなくても結構な被害は与えられると思う」
「怖いよ!姉の恋人もなの!?何でそんな人捕まえてるの、ジョシュアのお姉さん」
捕まえたというよりは姉が捕まったという方が正しいか。
そもそも姉の恋人であるアルフォンスの魔力量が増えたのは姉ソフィアのお陰だ。
「弩級の高魔力保持者を引き寄せる何かがあるわけ!?羨ましすぎるだろ!」
「そんな良いもんじゃないよ。この力のせいでうちの家族はそれなりに大変だったから」
ワイングラスをグルグルと回して眺めるジョシュアに、エリオットは何か察したようだった。
「…そっか。ま、それでもお前は天才だよ。でもさ、そのせいでジョシュアは近づいてくる女の子に希望を持たないだろ?」
「そう、だね。北方に戻るつもりだって正直に話したら、みんな手の平を返すから」
「アリスちゃんは?」
「今までの女の子とは違う、かな。僕の事も踏み込んで聞かないし、彼女自身の事も話さない。ただその日にあったこととか話すだけ」
「で、居心地良いなって思うと」
「それは…うん」
「もう恋じゃん。落ちてるよ、それ」
エリオットの言葉にジョシュアの顔が赤くなる。
「え?もしかして初恋?」
「…分からない。恋とかした事ないから」
「良いなって思う子もいなかったの?」
「可愛いな、とかそう感じる事はあっても恋とは違うかな。両親や姉弟みたいに自分の全てをかけて誰かの為に生きる、みたいなのはちょっと理解出来なかったから」
「なかなか拗らせてるね、ジョシュア」
「…そうかもしれない」
「ま、お兄ちゃんは嬉しいぞ。今日は奢ってあげよう」
「お兄ちゃんはやめろ」
友人の言葉にジョシュアは少しだけ心が軽くなった。
それと同時にアリスの事情を知らなかった自分に、少しだけ腹も立った。




