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策士な王宮魔術師は撫でられたい  作者: コツメカワウソ


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3

 コーヒーの良い香りが部屋に漂う。

 カウンター奥の休憩室でアリスと向かい合って座るジョシュアは悩んでいた。


(何を話せばいいのか分からない…)


 十八歳で王宮魔術師になったが、ジョシュアの女性関係は非常にクリーンだ。というか、真っさら。

 膨大な魔力を持ち魔術師として優秀であるが故にやっかみもあり、それに負けないよう必死だった。

 時に“化け物”と揶揄されても、口さがない者達を黙らせるだけの力と策を巡らせてそれ以上は言わせなかった。

 その上師匠であり伯父でもあるシモンは人使いが荒い。

 近づいて来る女性とも付き合いにまで発展することもない。

 勉強する事は好きだったから、男女のアレコレについても耳に入る度に知的好奇心から調べたが、両親が結婚前に姉を身籠ったことで家族関係が拗れ、未だに事実婚状態であるため、男女の営み的なものに対しては消極的だ。


 それでも、姉や弟や恋を楽しむ友人達を見ていると楽しそうだなと思う事もある。

 というか、すごく羨ましい。

 姉弟のアレコレ事情など知りたくはないが、とりあえず妊娠には気をつけるように言ってみたことはある。

 姉からは『言われなくても分かってる!』と真っ赤になりながらキレられ、弟からは『未経験者が何を言ってるの』と笑われた。



「ジョシュアさん、どうぞ」


「ありがとうございます」


 アリスから渡されたカップは持ち手が猫の頭という何とも奇抜な、非常に持ちにくいデザインだった。しかもコーヒーがなみなみと注がれている。


「これ、持ちにくいんですけど」


「あ、実家で飼っている猫と同じ模様で可愛くて買ったんですが、やっぱりそうですよね」


 ごめんなさいね、と笑いながらアリスはチョコレートを出した。

 箱に入っているチョコレートは見覚えのあるマークが書いてある。


「これ、ミモザケーキの店の?」


「そうです。あそこってチョコレートも美味しいんですよ」


「知らなかった…」


 子供の頃、父の騎士学校の学友だった現在の王が、身分隠して遊びに来る時にいつもミモザケーキを持ってきてくれた。

 当時はまだ遠くまで転移出来なかったから、王都にはこんな美味しい物があるのかと驚いた事を思い出す。


 チョコレートを一つ取って口に運ぶと、ガナッシュが口の中で溶けた。

 程よい甘さに一日の疲れが取れるような気持ちになる。


「ジョシュアさん、いつもこんな時間までお仕事してるんですか?」


「ああ、厄災の後始末があって。上司に仕事を押し付けられたんですが、それも今日で一段落つきます」


「魔術師って大変ですね~。今回の厄災はいつもと違ったって聞きました。無事に終わって良かったですね」


「ええ。家族もみな元気そうだったので安心しました」


 そう言ってジョシュアはコーヒーを一口飲んだ。

 味は美味しいのにどうにも飲みにくい。


「アリスさんは司書をされて長いんですか?」


「三年程ですね。本が好きだったので迷わず王宮図書館の就職試験を受けました。ここは知識の宝庫ですから魅力的過ぎました」


 キラキラとした目で語るアリスは、本当に本が好きなのだろう。

 さっきの扱いを見る限り、割と大雑把な性格ではありそうだが。


(ちょっと…可愛いな)


 少しくすんだ金髪に薄いグリーンの瞳、細い縁のメガネがよく似合っている。


「私も入職して三年なんです。いつもは事務官が手続きをしてくれるのであまり図書館に足を運ばないので、お会いする事はありませんでしたね」


「ああ、魔術師団の事務官さん、いつもすごい量の本を借りていきますもんね。大変そうだなって思ってました」


「魔術師はみんな本が好きなので。そのくせ面倒くさがりが多くて自分ではなかなか足を運ばないんですよ」


「ふふ、ジョシュアさんもそうなんですね」


 ニッコリと笑うアリスは、よく見ると片方だけ笑窪があった。

 それが彼女の雰囲気によく合っていてドキッとする。


(可愛い…)


 そう思ったら急に恥ずかしくなる。

 何を考えているのだ。


「ご家族と離れてお一人で暮らして、寂しくはないんですか?」


 質問してからジョシュアははたと気づく。

 一体自分は何を質問しているのかと。

 話す内容に困って急に踏み込むような事を聞いてしまった。


「もう慣れました。それに一人暮らしって結構気楽で気に入ってるんですよね。何をしても怒られないし、最高ですね」


「そうですか…」


 良かった。急に変な事を聞いてきた男だとは思われていないようだ。


「ジョシュアさんも一人暮らしをされているのでは?北方出身なんですよね?」


 そう言われればそうだ。

 だがそこそこの頻度で家族とは会っている気がする。


「私は仕事柄北方に行く事も結構あるので、家族にはよく会っているんですよ。それに上司は伯父なので。弟に至っては呼んでいないのに月一で勝手に来ます」


「ふふ、羨ましい。仲のいい兄弟なんですね」


 笑いながらアリスはチョコレートを一つ摘んだ。

 ずっとニコニコとしているアリスといると、なんだかむず痒いような居心地がいいような変な気持ちになる。


「そうですね。仲は良いと思います」


 そう言ってジョシュアは残ったコーヒーを飲み干した。


「コーヒーありがとうございました」


「こちらこそ、遅くまで引き止めてしまって申し訳ありません。久しぶりに残業が楽しかったです」


 カタカタと音を立てながらソフィアがカップを片付け始めた。

 ジョシュアは何となく、この時間が終わるのがもったいないないなと思う。


「アリスさんは毎日この時間まで仕事を?」


「ええ、大体そうですね」


「それならまた…あの、来ても良いですか?」


「どうぞ。使いにくいカップしかないですが、それで良ければ」


「…ありがとうございます」


 何となく心がほっこりする。

 こんな気持ちになるのは初めてだ。

 ジョシュアはアリスに礼を言うと、なんだかフワフワした気持ちで図書館を出た。






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