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王宮図書館はそろそろ閉館だ。
ジョシュアは一気に用事を終わらさせようと急足で図書館に入るが、職員が見当たらない。
「誰も居ないのか」
せっかく閉館に間に合ったのに、これでは返却出来ない。
プカプカと本を浮かせたまま、カウンターの奥を覗いてみる。
「すみません。本を返却したいんですが」
あまり大きな声は出せないが、とりあえず声をかけてみた。
「やっぱり誰も居ない」
懐中時計を取り出すと、閉館まではあと数分あった。
施錠もされず電気も付いたままなのだから、さすがに人は居るはずだ。
そう思ってもう一度声をかけようと、ジョシュアがカウンターから身を乗り出した時だった。
「え!?浮いてる!?あぁごめんなさい!誰も来ないから閉館作業始めちゃってたんです!」
ジョシュアの後ろから声が近づいて来る。
結構な速度で。
振り返ると女性が走ってきた。
(いや、図書館内をダッシュとか駄目だろ)
館内には厚めの絨毯が敷いてあるが、それでもバタバタと音がしている。
「ハァハァ、えっと、返却です、か?」
図書館にはそぐはない息を切らしたその女性は、肩で息をしながらジョシュアに言った。
「え、はい。ギリギリになっちゃったんですけど、大丈夫ですか?」
「平気ですよ。今手続きしますね」
カウンターの中に入って、テキパキと返却のための処理をする。
「あの、あなたがお一人で作業を?」
広い図書館に自分達の出す音しか聞こえない。
「えぇ。他の職員はもう帰っているので」
「そうですか」
いつもは事務官に任せているから、本を借りる時しかジョシュアが図書館に来る事はない。
こんな時間に来たのも初めてだった。
「はい、手続きは終わりましたのでもう大丈夫ですよ。お待たせしてしまって申し訳ありません」
ニッコリと笑う女性は重い魔導書を持ち上げた。
しかし一気に持ち上げたので、積み上げられた魔導書はグラグラと揺れている。
「おっと!」
落ちそうな魔導書を見て、思わずジョシュアは魔法をかけた。
途端にプカプカと本が浮かび始めた。
「すごっ!」
自分の腕の中から離れて浮かぶ本達を見ながら、女性は声を上げた。
「え?魔法?」
「ええ。ついでなんでこのまま運びますよ。どちらへ置けば良いですか?」
「助かります!こっちの作業台へお願い出来ますか?」
ジョシュアは女性に言われた場所に本を移動させると、キッチリと揃えて置いた。
「すごい!えっと、魔術師の方、ですよね?」
ジョシュアの羽織った王宮魔術師のローブを見ながら女性は言う。
「はい。王宮魔術師のジョシュア・バードナーと言います」
「ジョシュアさん、ですか。私は司書のアリスです」
家名が無いという事は、アリスは平民なのだろうか。
「アリスさん、この魔導書結構大事な本なので」
「すみません!一気に持って行こうかと思って。司書として駄目でしたね」
アリスはそう言ってペコっと頭を下げた。
「いえ、分かっていただけたらそれで。あの、この広い図書館をあなた一人で片付けるんですか?」
「ええ。他の人は子供さんが小さかったり家族がいるから、私が残ってるんですよ」
「あなたは大丈夫なんですか?」
流石にここを一人で片付けるのは大変だろう。
「私は一人暮らしなので。家族とは別に住んでいるんです。だから遅くなっても全然平気です」
ニコニコと作業をしているアリスは、普通の事のように言う。
「ジョシュアさんて、家名がバードナーって事は北の英雄の関係者ですか?」
アリスの質問にジョシュアの顔が曇る。
彼女も他の女性達と同じように肩書きだけ見て終わりなのか、それと同時に面倒だと。
「え?ああ、そうですね。その息子です」
「わぁお」
アリスはそれだけ言うと、また作業に戻る。
特にその後何かを言うわけでも無い。
(ん?今までの女性達はその後もやたらと色々聞いてきたけど、終わり?)
「あの、」
「あ、思わず聞いちゃいました。引き止めちゃいましたね、ごめんなさい。えっと、本を運んでいただいてありがとうございます。助かりました」
「え、あ」
「お仕事お疲れさまです。失礼しますね」
呆気に取られるジョシュアを残して、アリスはさっさとカウンターの裏手へ行ってしまった。
「ち、ちょっと待って!」
「え?何かありましたか?」
「それだけ?」
「それだけって?」
ジョシュアの質問にアリスは首を傾げた。
「あの、なんで父の事を聞いたんですか?」
「何でって。何となく?」
「何となく」
「ええ。バードナーって言うから聞いてみたいなって。息子さんだって言うから、ああそうなんだって」
「それだけ?」
「それだけですけど」
不審そうに眉を顰めるアリスの機嫌を損ねたかもしれない。
考えてみたら、嫌なやつの発言だ。
「ごめん。他の女性ってバードナーって聞くとそこから色んな事聞いて来るから。家の事とか」
「ああ、そういう事。狙われてるんですよ、ジョシュアさん。大変ですね」
アリスは話しながらチラッとジョシュアを見たが、またすぐに手元に視線を落とした。
「貴族って面倒ですもんね、ほんと。そんな事考えて人と付き合うくらいなら、自分で働いた方がよっぽど楽ですよ」
アリスの発言にジョシュアは驚いた。
北方に多い考え方だったから。
少なくとも今までジョシュアが会った女性は皆、王宮で出会いを求める事を重要視していたように思う。
「アリスさん、王都の人とは思えない考え方するんですね。ちょっと驚きました」
「ああ、実家がね北方と接してる所なんですよ。王都よりよっぽど向こうの方が近いんで」
「え?」
「一昨年酷い水害があったイグニス男爵領ってご存知ですか?そこの出身なんです」
「イグニス男爵領…」
ジョシュアは記憶を辿る。
酷い水害だったのに、フリード家の先見魔法が出なかったはずだ。
「ええ。水害で壊滅的な被害が出てしまって。その時には私は王都に居たんですけど、実家は被害に遭いました」
「それは…」
「でも家族は無事でしたし、私も仕事を続けられてますから困りませんよ。人間生きていれば何とかなるんで」
書類の処理を終えたのか、紙の束をトントンと揃えながらアリスが言った。
「結局引き止めちゃいましたね、お仕事終わりだったでしょうにすみません」
「いえ、こちらこそなんか、すみません」
「私いつもコーヒー飲んでから帰るんですが、ジョシュアさんも飲みます?あ、お疲れだと思うので断ってもらっても大丈夫ですよ」
アリスのお誘いにジョシュアは迷った。
(早く帰って寝たい気持ちもあるけど、もう少しだけ話して帰ろうかな)
どうせ王宮と家の往復しかない日々だ。
家族以外の女性との時間は珍しい。たまにはこんな日があってもいいだろう。
「じゃあ、お言葉に甘えて」
「ふふ、じゃあとっておきのお菓子も出しちゃいましょう」




