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策士な王宮魔術師は撫でられたい  作者: コツメカワウソ


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「アリスちゃん、いつもお任せしちゃってごめんね!」


「大丈夫ですよ。早くお子さんのお迎え行ってあげて下さい」


「ありがとう」


 子供がいる職員が多い王宮図書館は、閉館が近づくといつも慌ただしい。

 みな託児所に子供を迎えに行くためだ。

 唯一の独身者であるアリスはいつも閉館作業をかって出ていた。


 その日も館内の見回りをしたり、窓のスクリーンを下ろしたりと一人作業していると、どこかから声がした。


「すみません。本を返却したいんですが」


 あと数分で図書館は閉館だ。

 誰か来ているのだろうか。

 アリスは慌ててカウンターに向かった。

 カウンターが見える位置まで来た時、王宮魔術師のローブを来た人物がいるのが見えた。

 プカプカと何冊もの本を浮かべて、カウンターの中を覗いている。


「え!?浮いてる!?あぁごめんなさい!誰も来ないから閉館作業始めちゃってたんです!」


 こんな時間に誰も来ないと早めに閉館作業をしていたが、まさか人が来るとは。

 カウンターまでの道のりをアリスはバタバタと走る。


 やはり王宮魔術師だというジョシュア・バードナーなる人物は、アリスが落としそうになった本を魔法で浮かべて作業台まで運んでくれる。


(すごくいい人だなぁ)


 ヒョロっと高い身長に少しだけ癖がある榛色の髪。


(バードナーと言えば北の英雄の?)


 離れて暮らす家族は北方に住んでいる。

 元々父が中央の端イグニス男爵領を治めていたが一昨年の水害で私財と片足を失い、爵位を返上して北方に移住した。


「ジョシュアさんて、家名がバードナーって事は北の英雄の関係者ですか?」


「え?ああ、そうですね。その息子です」


「わぁお」


 家族から聞いた事がある。

 前回の厄災で活躍したライオネル・バードナーという人物の事を。もしや関係者かと何となく聞いてみたら、息子だという。


(そんな人が王宮で働いていたのね)


 作業の手を止めずにぼんやりとそんな事を思う。

 返却業務を終えて声をかけると、ジョシュアは面食らったような顔をする。


(ん?私何か変な事言ったかな?まぁいいか)


 早く終わらせて日課のコーヒータイムを楽しみたい。

 そう思っていたのだが、ジョシュアは英雄の息子だと聞かれた事に何か意図があると思っていたようだ。


(あぁ、この人女性に狙われているのか。いつも家の事ばかり聞かれているのね)


 家族が有名人というのも大変なのだろう。

 そんな事ばかり続けば女性不信にでもなっているのではないか。


 自分が言った事を恥じているのか、ひどく申し訳無さそうにしているジョシュアは目の下にクマが出来ている。

 それが何だか不憫に思えて、何となく、一人で楽しんでいるコーヒータイムに誘ってみた。



 ジョシュアは思いの外この時間を気に入ったらしく、それから度々閉館後の図書館を訪れるようになった。

 そのうちお菓子を持ってきてくれて、二人で食べながらその日にあったことなど他愛もない話をする。

 ジョシュアが来るようになって、図書館の貴族名鑑で彼が次期伯爵である事を知った。


(私みたいな没落貴族が関わっていい人ではないわ…)


 アリスはそう思って敢えて自分の事を話さなかった。

 ジョシュアと過ごすこの時間はとても穏やかで、心地良いこの時間が続いてほしいと思ってしまう。しかし、ただでさえ身分を重視される王都で、将来有望な次期伯爵の青年との関わりが知られればどんな目に遭うか分からない。

 元々本が大好きで司書を目指したが、思いがけず元貴族という状況の自分には図書館はありがたい場所だ。

 メイドや女官のように人気がない閑職だからこそ、アリスは安心して仕事が出来ていた。

 みな既婚者というのも良かった。色恋沙汰に巻き込まれる心配がない。


 いつまで王都で仕事が出来るか分からない。いつかは家族の所に帰りたいと思うが、やはり王都は給金が良い。ギリギリまでここで仕事をしたいと思っている。それでも父の体は心配だし、家族も気になる。元々裕福な家ではなかったし、使用人も少なかったから家族みんな働く事に抵抗はなかった。それだけが救いだった。




 ジョシュアが図書館を訪れるようになったちょうどその頃から、アリスの周りには不可解な事が起こり始めた。

 最初は帰りに誰かに跡を付けられるようになった。あまりに気味が悪いため、近くの店に駆け込んで事情を話し、裏口から逃してもらった。

 そのうちアパートの玄関ノブをガチャガチャと回されるようになり、流石にこれは身の危険があるのではと感じるようになった。

 とはいえ自分にできる事はほとんどない。引越しにもお金がかかるし、王宮の寮は平民には辛いと聞く。

 出来るだけ気をつけるように過ごすほかなかった。




 そんな不安な日々が続く中、閉館後の図書館で何気ない会話をしていた時、ジョシュアが言った。


「アリスさん、今度イグニス領へ行くかも知れません」


「え?」


「仕事…なので詳しくは言えないんですが、何か欲しい物とかありますか?」


(イグニス領は今、どうなっているのかしら…)


 父が爵位を返上してからは国が管理していると聞く。

 少しは復興が進んでいるだろうか。

 領民達は戻っているだろうか。


「欲しい物は…ありません。ただ…」


「ただ?」


「グレドの街が今どうなっているのか、もしもその辺りに行く事があれば教えて欲しい…です」


 アリスが生まれ育った街グレドはテール山の麓にあり子供の頃から慣れ親しんだ大好きな場所だった。

 テール山はドラゴンが住んでいると実しやかに言われており、子供の頃には友人達とよく探しに行ったものだ。


「分かりました。絶対に見てきますね」


「ふふ、ありがとうございます」


 彼は仕事で行くのだから、グレドには行かないかもしれない。

 それでも少し、楽しみができた。

 だから少し、気が緩んでいたんだろう。

 ジョシュアに、話すつもりはなかった事を言ってしまった。


「最近おかしな事が続いてたから、グレドの様子を知れるの楽しみです」


「おかしな事?」


「ずっと誰かが付いてきてるような事があったり、アパートの玄関で私の部屋のドアをガチャガチャ回してる人がいたり」


「は!?」


 流石のジョシュアも驚いて固まっている。


(あぁ、あまり深入りしないように気をつけてたのに、余計な事を話してしまったわ…)


 しまったと思った時には遅かった。 

 話した直後、急に周囲の空気が冷たく感じる。まるで、雪の中にいるような…。


「あれ?なんか寒くないですか?」


 アリスは不思議に思ってジョシュアに聞いてみたが、何故か彼は拳を握って深呼吸をしている。

 そしてアリスに、いつも身につけている物はあるかと尋ねてきた。

 何事かと驚いたが、とりあえず母にもらったピアスを渡した。

 するとジョシュアはピアスに手を翳しフッと息を吹きかけてからアリスに返した。


「はい。ピアスに防御魔法をかけました。何かあっても一度だけ攻撃を防いでくれます」


(防御魔法?)


 魔力がほとんどないアリスにとっては、聞き馴染みの無い言葉だ。

 余計な事を言ってしまったために、王宮魔術師に魔法を使わせてしまった。

 それからジョシュアは立ち上がると、アリスの家に向かうと言い出した。

 理由も分からず家を知られるのは流石に怖い。少し不審げに彼を見ていると、アリスの部屋にも防御魔法をかけるという。


(そんな大それた事、申し訳無さすぎる!)


 アリスは丁重にお断りをしようとしたが、懇々と説得されアパートに案内する事にした。


「いいですか?部屋にはあなた以外入れないように防御魔法をかけます。普通の魔術師には絶対解けません」


「いや、そこまでしてもらわなくても大丈夫な気が…」


「あなたに!あなたに何かあれば…ご家族が悲しみます。それに…僕もです。だからお願いします!」


 彼の榛色の瞳がじっとアリスを見つめる。

 必死な様子のジョシュアに少しだけドキッとした。

 男性からそんな事を言われたのは初めてだ。


 すぐに鍵を閉めるように何度も念を押すと、突然ジョシュアは消えた。


「消え…た…?」


 思わぬ事に呆気に取られてしまう。

 転移陣というものがあるのは知っている。魔力を持つものは陣の力を借りて転移出来ると。

 しかしジョシュアはそんなものを必要とせずとも転移したようだ。


 慌てて部屋に入り鍵をかける。

 ドアの前にへたり込むと、防御魔法をかけてもらったピアスに触れる。


 魔術師がどれほどの魔法を使うのかアリスは知らない。

 しかしジョシュアがかなり優秀であるという事は何となく分かっていた。


「ダメだわ…彼は未来ある次期伯爵…私が関わってはいけない人…」


 何度も何度も言い聞かせるように呟く。

 そうでもしなければ、このままジョシュアの事を好きになってしまう。

 家族を支えるためにも、王宮で仕事を続けていく必要がある。

 色恋沙汰に巻き込まれて仕事がしにくくなるのは避けたい。


「彼は好きになってはいけない人…私に興味なんか無い…ただ少し、休みに来ているだけ…」


 呟く度に胸が痛む気がしたが、そんな自分の気持ちに蓋をするように、アリスは何度も繰り返した。




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