第八話 性が恋を上回る罪悪感
「お疲れ様です、先輩っ」
シフトが始まる前、一樹が更衣室でバイトの制服を着ていると小鈴がやってくる。
目があった一樹は挨拶しようとするが、この前の一件を思い出して、目を逸らした。
『今度、私とデートしてくれませんか? ……その、二人で』
冬も近づいてきた秋の季節、一樹はバイト先の後輩にデートを誘われた。
お互いに好きな人の話をして、好きの話もしたりして、恋バナをした後にそう言われた。
小鈴に好きな人がいるとわかった後だったので、一樹でもなんとなくわかる。
それなのにも関わらず一樹はその誘いをはぐらかした。
『……考えとく。すまん、今は忙しいから』
『ふふ、先輩らしい返事ですね。いいですよ、いつもでも先輩から誘われるのを待ってます』
小鈴はそんな一樹でもニコッと笑って受け入れてくれた。
だからこそ一樹としては余計に気まずかった。
「……おう、お疲れ」
一樹は目も合わせずに挨拶をする。
すると、その雰囲気を感じ取ったのか、小鈴は一樹に近づいた。
「あれ、先輩? もしかして私がデートに誘ったからちょっと気まずいんですか?」
どうやら気まずいと思っていたのは一樹だけだったらしい。
そんないつもと変わらない小鈴の態度に一樹は少し安堵すると同時に思わず苦笑する。
「その通りだけど、お前はいつも通り元気そうだな」
「元気なのが私の取り柄なので」
「たしかに。小鈴から元気取ったら何も残らないしな」
「なっ……失礼ですね。私、元気と胸には自信あります」
小鈴は胸を張ってわざと大きく見せる。
しかし何というか、丘である。
ないことはないがあるとも言い切れない。
小鈴がブカブカのパーカーを着ているのも要因だろうが、どういう反応をするばいいかわからない。
そんな微妙な反応の一樹を見て、小鈴は頬を膨らませる。
「グラビアアイドルほどはないですけど、脱いだらでかい方ですよ?」
「……俺はそれに対してどんな返事をすればいいんだ」
「脱いでくださいとでも言ってくれれば……二人きりですし、脱いでもいいですよ?」
小鈴はニヤニヤと笑いながらそう言う。
しかし一樹は丁重にお断りする。
「脱ぐな脱ぐな」
「えー……色仕掛けは流石に無理かー」
「色仕掛けって……何のために?」
「先輩とデートに行くためです。どうやったら一緒に行ってくれるかなって」
小鈴はさらっとそう言うと、可愛らしい笑みを浮かべた。
可愛い、素でそう思った。
別に何回もそう思っているし、今のでドキッとしたわけではない。
ただ、不覚にもドキッとしかけて危なかった。
「……なんていうのは冗談です。デートの件はゆっくりでいいので。とりあえず今日はバイトを頑張りましょ」
「そうだな。今日も頑張ろうな」
別に小鈴と関係性が特別変わったわけでもない。
それでもそれから少しずつ小鈴は変わっていった。
女子から向けられる好意は悪いものではなくて、ずっと心地の良いものだった。
一つ不安があるとすれば、男遊びをよくしていた小鈴と先に進んだところで、裏切られるのが怖かった。
何で好きなのか正直わからないし、怖い。
でもEDも治って立ち直った今、新しい恋に進むのも悪くない。
そう思い始めた。
けれど一樹は忘れかけていた。
EDを治したのは誰で、なぜ今の状況も一樹の心の穴を埋めるだけに過ぎないと言えるのかを。
小鈴の気持ちを知った日から一週間ほどが経ったある日の夜。
夢を見た。
美月との行為の夢だった。
キスした時のトロッとした表情、感じた時に発した美月の甘い声、そして行為中に見せた涙。
それら全て一樹は覚えていた。
心の穴を隠しただけで埋められているわけではなかった。
たった一度きりの関係、しかし忘れているはずがなかった。
EDは治っている。
だから、あの日の行為を思い出して、何回も一樹は自身を汚していた。
『一樹、もう一回シよ? もっともっと……満たして欲しいから』
幸福も快感も充実感も、後悔も罪悪感も。
忘れかけていた感情は恋の予感を引き金に燃えることになった。
***
朝、一樹はパンツの中の不快感で目を覚ます。
寝ぼけた頭でその中に手を突っ込めばベトっとして濡れた不快な感触が手を通して伝わってくる。
一樹は自身の汚れた指先に触れないように手の甲を額に置く。
そして目を瞑れば美月の裸姿が鮮明に頭の中で思い浮かんでくる。
朝の生理現象も重なって、別のところも起き上がってくるのは必然と言えた。
「……美月」
朝日もまだ出ていない日の出前、一樹は一週間ぶりに自身の手を自分で汚した。
※微エロ注意




