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第七話 心を埋める好意の現れ

「……先輩って今、好きな人とかいるんですか?」


 バイト終わりの帰り道、後輩である小鈴を駅まで送り届けている途中でそんなことを聞かれる。

 冷え込んだ夜道を歩きながら、一樹は自身の心臓が少し高まるのを感じた。

 

 たまに過去の恋愛をいじってくる小鈴だが今の恋愛を聞かれるのは初めてかもしれない。

 好きな人は別にいない。


 ただ、直近で忘れられなくなってしまった人はいるから、一樹は反応してしまった。

 これが好きなのかどうかはわからない。

 

 きっと一時の感情であって、少しすればまた元の生活に戻るのだろう。

 けれど今はただただその人が恋しい。


 そんなことを小鈴に言えるわけがなく、はぐらかそうと小鈴に質問で聞き返す。


「なんで急に?」

「純粋に気になっただけです。それでいるんですか?」

「別に……いないぞ。そもそも男友達ですら二人しかいないのに女子と接点なんてあるわけないだろ」

「……あの、隣にいるじゃないですか」


 小鈴は気まずそうに自分のことを指差す。

 一樹はしばらく小鈴を見たあと、目を逸らした。


「一応……私も女子なんですけど。なんならモテモテなんですけど?」

「それは自分で言うなよ。いや、事実かもだけどさ……小鈴って男遊び激しいだろ」

「最近はしてませんから! ……最近は」

「昔してたんじゃねえか」

「だ、大学デビューしようと思ったんですよっ!」


 小鈴は頬を膨らませて、拗ねるような仕草をする。

 

 そんな所作も大学デビューをする上で身についたのだろう。

 可愛いとは思うがそれだけである。


「何人くらいに告白されたか聞いてもいいか?」

「十人以上は……何人かはデートにも行ったんですけど……その」

「振ったんだな。可哀想に」

「……昔は女子側から誘えば男は簡単に惚れるとか思ってたんですけど、でも実際は違いますね。恋愛って難しいです」


 小鈴はチラリとこちらを見ると、ため息をつく。

 大学生をしばらく経験して、悟っていることが多いらしい。

 苦い経験でもしたのだろう。


「とりあえず今のうちにいっぱい経験しておくんだな」

「……急に先輩面しないでくださいよ。先輩は何もしなさすぎじゃないですか?」

「それ言われるとぐうの音も出ない」

「EDで童貞ですし、色んな意味で未経験ですね」


 小鈴はクスッと笑う。

 いつものいじりであり、小鈴は先輩で遊んでいるのである。

 

 一樹はいつもならそんないじりに対して笑いながら答えていたと思う。


 しかしそれが事実ではなくなった今、一樹はどう答えていいかわからずにただ乾いた笑いを見せるだけだった。


 もし前の出来事を言えば後輩には幻滅されると思った。

 だから到底自分の口から言えることではなかった。


 初恋で大切な幼馴染と久々に再開した。

 それなのに元カノのことを引きずって、酒と快楽に溺れて、気づいたら美月はいなくなっていた。


 もしかしたら行為中に見せた美月の涙は一樹のせいかもしれない。


 最近はそんなことも考えてしまっている。


 考えても意味がないのに、何も考えないのは嫌だった。


「……先輩? どうしたんですか? 暗い顔して。さ、流石にいじりすぎました?」

「いじられすぎて二つの意味で萎えてる」


 一樹がせめて明るく振る舞おうと冗談を言うと、小鈴は鼻で笑った。


「……ちょっと面白かったです」

「鼻で笑うな、鼻で」

「あ、そういえば未経験の先輩さん」


 一樹が冗談を言ったからか、まだいじっていいと判断したらしい。

 変なあだ名に呆れつつ、小鈴の方を見る。


「私の好きな人も聞いてくださいよ」

「……そもそも小鈴に好きな人なんているのか?」

「失礼ですね。わ、私も最近になって追う恋の方が好きだなって気づいたんですよ。ってことで、早く聞いてください」

「じゃあ小鈴の好きな人は?」

「……内緒です」

「俺にわざわざ言わせておいて内緒なのかよ。でも、その反応はいるってことでいいのか?」

「あはは、そこも含めて内緒です」


 小鈴の言葉からは好きな人がいそうな雰囲気だが、先輩でまた遊んでいるだけのようにも思える。

 

 しかし小鈴の頬は少し赤くなっている。

 好きな人やらを思い出してそうなっているなら可愛い一面もあるなと一樹は思う。


 やはり反応を見るに好きな人がいるということでいいのだろう。


「……好きってなんだろうな」

「急にどうしました?」

「いや、なんとなく思っただけ」

「珍しいですね。先輩がそういうの考えるなんて」


 一樹の思考はあの日からずっとぐるぐると回っている。

 時間の無駄であることはわかっている。


 けれど空いた心の穴を埋めるには考えるしかなかった。


 とはいえ、この疑問は一樹が昔から少しは疑問に思っていたことだった。


 好きあっていたと思っていた彼女に浮気されて、好きの定義が揺らいだ。

 そして好きあってもいない相手に容易に興奮する自分には腹が立った。


 世の中ではこんなシチュエーションは大して珍しくない。


 それを考えてしまうからこそ好きがわからなくなる。

 好きでもない相手にも欲に溺れれば興奮してしまって、それを満たすのに好きは対して必要ではない。


「……私もわかりません。好きってなんでしょうね。でも好きなものは好きですよ」


 思考がぐちゃぐちゃになって、そんな時に小鈴はそう言葉を発した。


 どうやら好きに理由を求める方が間違っているらしい。

 難しく考える必要はないのかもしれない。

 むしろ前のように何も考えない方がいいのだろう。


 なら、だとしたら、今はただ美月に会いたい。

 それが一樹の本心だった。


「先輩」


 思考がまとまり始めた頃、気づけば駅に着いていた。

 小鈴は駅前まで行くと、一樹の一歩前に出て、振り返る。


「ここまでで大丈夫です。今日もありがとうございました」

「おう、気をつけて帰れよ」


 一樹はそう告げると、踵を返そうとする。

 

 思考を完結させれば今度は胸のざわつきが止まらなくて、早く帰って眠りたかった。

 しかし小鈴はそれを止める。


「先輩」

「……どうした?」


 一樹は思考と一緒に動きを止めると、小鈴の方を見る。

 そして小鈴はある言葉を発した。


 今の一樹にとってその言葉は、失礼に言い換えれば心の穴を埋めるのに十分で、これまでの思考を空白に戻した。


「今度、私とデートしてくれませんか? ……その、二人で」


 はにかみながらも笑顔を見せる小鈴の表情はこれからもずっと脳裏に焼きついて離れることはなかった。

 

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