美月視点① 初めてだから
久々に会った初恋の幼馴染とワンナイトした。
きっかけはコンビニで十数年ぶりに彼と出会ったこと。
こんなところで会うわけないって最初は思ったけど、声の雰囲気とか顔つきとか、手の甲にある特徴的なホクロですぐに一樹だなって思った。
人生の中で唯一の恋だったから、一樹のことは今でも覚えている。
だから間違えるはずがなかった。
「あの……もしかして一樹くん……?」
気づけば私はすぐに声をかけていた。
「お、おう……美月、か?」
向こうも薄っすら気づいてくれていたようで、私の名前を呼んでくれた。
ちょっと嬉しかったけど、なるべく表情には出さないようにした。
私はただ作り笑いを一樹に見せた。
一樹は私の『用事』にちょうどいい存在だったから、その用事が済むまではたとえ幼馴染でも性格を作った。
幸いにも一樹は私の胸に視線が度々行っていた。
(私、グラビアやってるし……男の人だと目がいくんだろうな、きっと)
そして、会話を交わした後、私が宅飲みさせてくれと頼んだら、一樹は少し驚いていたけれど了承してくれた。
その気になれば男の人なんてみんなちょろい。
その気が無くても、世の中どうせ私の体に喰らいついてくるロクなやつしかいない。
けれど、それが怖くて枕営業から逃げ出してきた私も自分が可愛いだけのロクでもないやつの一人だ。
そうしなければ生きれないのに、数時間前の私はそうしなかった。
過去のトラウマがずっと残っていて、枕に踏み出せなかった。
性行為なんて今の私にとっては唯一生き残るための手段でしかないと思っていたのに。
でも、だからこそトラウマを克服するのに一樹はちょうどよかった。
コンビニの去り際、『月乃特集』と書かれた私の写真集が目に入る。
一樹も私と同じ方向を向いていて、バレるかと思ったけれど、気づいていない様子だった。
もしかしたら写真集じゃなくて、位置的に私の胸を見ていたのかもしれない。
正直、どうでもいいし、何でもいい。
シてくれるなら、何でもいい。
幸い、使いきれなかったゴムが財布に複数入っていた。
一樹の家に上がると、一樹はお風呂に入れてくれた。
着くや否や襲いかかってきた数時間前の猿とは話が違う。
とはいえ、お風呂に入れてくれたということはその気でいいのだろう。
でも一樹が襲ってこない可能性も考えて、お風呂上がりにまた誘惑しておいた。
そうすれば一樹は慣れていない様子で目を右往左往させた。
童貞っぽい仕草に私は少し笑ってしまった。
いつ襲うのだろう、そう考えていたけれど、お互いがお風呂に入った後でも、一樹は襲ってこなかった。
ご飯を食べようと促してくれている。
大学生の性行為なんて大学生でもない私にとってはわからない。
ムード作りを大切にしているのかもしれない。
思い出したくない私の初めてはムードも何もなかった。
何十回もシたけれど、私は性処理の道具に使われただけだったから、やはり学生の性行為はよくわからない。
だから、私は不安が募っていった。
(女の子部屋にあげておいて、飲むだけ……? 本当に話したいだけなの……?)
私にとっては新人類と接しているかのようなそんな感覚だった。
大学生の考えることは読めない。
やがて飲んでいくにつれて私の不安と疑惑は確信へと変わっていった。
久々に会った一樹には下心も何もなかった。
下心を持っているかどうかは男の人の目を見れば大体わかる。
一樹はただ純粋に再会を喜ぶ昔と変わらない無垢な目をしていた。
マンツーマンで話していて、さらには屋根の下で二人きり。
それなのに下心の一つもない。
私はその純粋さにハッとさせられてしまった。
いかに自分が汚れていたか、それを理解した瞬間、猛烈に自己嫌悪に包まれた。
私がしようとしていたことが、今まで接してきた男と同じだったと思うと、吐き気が止まらなかった。
「どうした? 顔色悪いぞ」
「……あ、ううん、大丈夫」
「本当に大丈夫か? 水飲むか?」
一樹はあの頃と同じで優しかった。
だから、私がしようとしていたことの最低さに気づいた。
(私、何やってんだろ)
不思議なことに酒が入ってから冷静になった。
でも、私は自分の体を売らなければ生きられない。
この世の中で生きるための知も金も人脈もない私はこの体を使うしかない。
だから私の過去のトラウマは邪魔になる。
「美月は? 転校した後、どうしてたんだ?」
やめて、昔のことは掘り返さないで。
嫌だから、思い出すから。
やっぱりこのトラウマは邪魔だ。
早く、早く忘れたい。
思い出したくない。
思い出したら苦しいから、辛いから。
でも、そう思っている以上は生きれない。
やっぱり克服するなんて無理だ。
思い出さないようにしなければ生きれない。
思い出しちゃいけない。
思い出しちゃいけない。
私はそう心の中で何度も唱える。
けれど、意識すればするほど頭の中で何度も過去の記憶が掘り返される。
もう、忘れたい。
そう思った時に一樹が目の前にいた。
純粋な一樹に全部満たされたい、そんな欲望が胸の底から掻き立てられた。
そして、私は一樹の欲が高まった一瞬に一樹を押し倒してキスをした。
「……ふふ、ED治ったじゃん。じゃあこのまま捨てちゃう?」
私は卑怯な人間だ。
トラウマを治すために一樹を使った。
初めてなんて嘘をついて、過去から目を背けた。
結果、同年代くらいで、私と同じようにトラウマがあったことに共感したからか、私は一樹を受け入れられた。
一樹と同じように私もトラウマを克服していた。
そんな一樹との行為は、予想以上に気持ちよくて、私はそのまま一樹で満たされた。
私は彼の優しさで本当の性行為を知った。
行為中、私は泣いていたらしい。
理由はわからない。
けれど、一樹との性行為はずっと気持ちよくて、幸せで、何より安心した。
でもだからこそ、私は自分が惨めでしかたなかった。
罪悪感と穢れに押しつぶされて私は生きるのだと思うと、人間の尊厳も何もない自分の惨めさに気付かされるのだ。
けれど、全部全部生きるためだから。
『ごめんなさい』
私は卑怯な人間だ。




