第五話 ワンナイトだけの関係
朝、一樹はカーテンの隙間から差し込む太陽光で目を覚ます。
寝ぼけた頭でダラダラと体勢を変えながら、もう一度寝れないことを悟るとベッドからゆっくりと起き上がる。
午前十時。
今日の授業は午後からなのでまだ時間がある。
そんなことを考えていると、頭に痛みが走る。
気分もなんだか悪いので昨日は流石に飲みすぎたらしい。
酔い潰れる一歩手前まで飲んでしまった。
昨日は美月と久々に会って、ストレスが溜まっていたのでやけ酒に付き合ってもらったのは覚えている。
そして気づいたらベッドの上である。
途中からの記憶がない。
美月に元カノのことを愚痴った記憶はある。
しかしその後の記憶があまりない。
美月がいないということはおそらく帰ったのだろう。
「……水でも飲むか」
内側から痛む頭を押さえながら、ベッドからゆっくりと降りる。
すると、ふと、ベッド脇のゴミ箱が目に入った。
見えるだけでも使用済みのコンドームが三つと、大量のティッシュ。
一体誰が、そう思って、やっと一樹は昨日の記憶をすべて思い出した。
そうだ、一樹はEDが治ると同時に童貞を卒業したのだ。
愚痴を聞いてもらったら、美月に押し倒されて、一樹はそのまま初めてを経験した。
相手も初めてだった。
初恋の相手とする行為はずっと幸せで、ずっと気持ちよくて、何も考えないで、ただお互いに快楽を求めていた。
正確なことは覚えていない。
ただ、一個だけ覚えていることがある。
美月は行為中に泣いていた。
理由は知らない。
キスをしたら、甘い涙の味が唇を伝ってきた。
「っ……」
「わ、悪い、痛かったか?」
「ううん、気にしないでいいの……続けて。今は一樹で満たしたいから」
なぜ泣いていたのかはわからない。
しかし一緒に飲もうと言ったのも、快楽に誘ったのも、美月が辛かったからだとしたら?
美月は一樹の愚痴を聞いてくれた。
けれど一樹は美月の話を聞いていない。
思えば今のことは語ろうとしてなくて、一樹にばかり話を振っていた。
行為自体は美月も初めてだった。
冷静に考えて、それを数年ぶりに会った幼馴染に簡単に渡すのもおかしい。
酔っていて考えられなかった疑問が次々と浮かび上がってくる。
わからない。
美月がここにいないことがそんなモヤモヤを余計に加速させていた。
誘ったのは美月だ。
でも美月のことを知ろうとしないで自己中心的に快楽を求めていた自分に腹が立つ。
今まで何も考えないで生きてきた代償である。
かつて恋した幼馴染に対してヤリ捨てのようなことをした自分を今はただ殴りたかった。
嫌悪感と罪悪感、快楽の先にはそんな感情しか残っていなかった。
「……頭痛えし、なんだよ」
一樹は自室を出て、リビングに向かう。
散らばったゴミの数々に机には十本はあるビールの空き缶。
一方で机の横には昨日美月に貸した服が丁寧に畳まれて置かれていた。
そしてその上に紙が置かれていた。
一樹はそれを手に取る。
『ごめんなさい』
美月が書いたであろう紙にはただその一言が書かれていた。
***
「よっ、一樹」
午後二時前、授業がある一樹は大学の講義室へ足を運んでいた。
中ではいつもの友人二人、真斗と宇都が隣り合って座っていたのでそこへ向かう。
すると一樹が声をかける前に二人は一樹に気づいて、手を振った。
「……よっ」
「どうした? 体調悪そうだな」
「ちょっと……な」
一樹は二人の隣の席に腰を下ろす。
それと同時に自然と一樹の口からため息が漏れていた。
二人は心配そうに一樹を見る。
「もしかして二日酔いか?」
「……そんなところ。頭めっちゃ痛い」
「あはは、一樹が二日酔いになるまで飲むとか珍しいな」
「でも昨日うちら断ったけど、一人で飲んでたん?」
宇都が一樹にそんなことを聞く。
昨日は一人で飲んでいたわけではない。
しかし一樹の家で女子と二人きりの宅飲みしたのである。
それだけならまだしもやり捨てまがいなことをしたのに、昨日の出来事を言えるわけがなかった。
「……あ、ああ、一人で飲んでた」
「ふーん……って、一人でどんだけ飲むねん。虚しいやろ」
「元カノのこととか忘れたかったからな」
「じゃあまた今日飲みに行くか?」
「今日バイト……って、それ抜きにしても流石に肝臓が死ぬ」
一樹がそう言うと、友人二人はケラケラと笑う。
二日酔いになるまで一人で飲んでいたことを冗談にして笑ってくれている。
嘘をついた罪悪感を覚えつつも少しは元気が湧いてくる。
しかしそれでも少しだけ。
今は何も考えたくない。
それでも美月のことが頭から離れない。
美月はどこに行ったのたのかとか、また会えるのかとか。
今の一樹は美月のことを何も知らない。
体を重ねたからなのかどうかはわからない。
ただ、美月に会いたい。
美月ともっと話したい。
そんな欲求が止まらない。
「ってかさ、宇都、このグラビアめっちゃ可愛くね? 最近見つけたんだけど」
「あっ! それ知ってる! スタイルめっちゃエロいし、可愛いよな」
一樹が美月のことを考えている中、隣ではグラビアアイドルの話をしていた。
この二人はいつも通りである。
真斗は相変わらずの変態っぷりで、その話に宇都が乗っている。
「お前も見てみろよ。ED治るかもだぞ」
「いやいい、見たくない」
真斗の提案を一樹が拒否するも、一樹は押し付けるようにスマホを渡される。
それを見ると、水着を着た美少女と言える女性が砂場にうつ伏せになって寝転がっていた。
正面からの画角なのだが、両手で頬杖をついてこちらを見ている。
グラビアアイドルということで胸は大きく、姿勢的に谷間の部分が強調されている。
一昨日までならこんな写真に興味はないと切り捨てていたかもしれない。
しかし一樹はこの写真をじっくりと眺めてしまっていた。
その美少女が昨日の美月と似ていたからである。
別人であるということはわかっている。
けれど昨日の行為を思い出して、興奮と虚しさの二つの感情が一樹の中で入り混じっていた。
「どうした? 勃ったか?」
「いや別に……興味ない」
一樹はそう言って真斗にスマホを返す。
ただ、講義中、それが刺激となった一樹は苛立ちと卑猥な感情が思考の邪魔をしていた。
初体験は嫌でも忘れられないらしい。
そんな言葉は良くも悪くも現実になった。




