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久々に会った初恋の訳アリ幼馴染とワンナイトした  作者: テル


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アフターストーリー③ 二人のそれから

アフターストーリー③ 二人のそれから


 時々、よく分からない夢を見る時がある。

 大抵は夢なんてすぐに忘れてしまうものだし、見るごとによって内容が違う。


 けれどもその夢は起きても思い出せる上にいつも内容が同じだった。


 今回の夢もどうやらいつもの夢らしかった。


『……可愛い』


 森がすぐ横にある道路の上に一樹は立っていて、そう呟くことから始まる。

 視界には美月を捉えていて、浴衣を着て神社の鳥居の前で佇む彼女に一樹は見惚れていた。


 一樹の手には小型カメラがあって、それを美月に向けると、シャッターを切る。

 

 構えたまま、近づいていくと、美月が一樹に気づく。

 そして一樹に向かってニコッと笑った。


 一樹はその姿をもう一度、写真の中に収めた。


 いつもならここで夢が終わる。

 しかし今回の夢には続きがあるらしい。


 一樹はそのまま美月に近づいていって、声をかけた。


『お待たせ……待った?』

『ううん、私も今来たところだから』

『その……浴衣似合ってるな。すごく……可愛い』

『っ……本当? 嬉しい。あ、ありがと』


 美月は屋台のりんご飴のように頬を赤らめる。

 その姿に心を射抜かれた一樹はドキマギとして言葉を発せられなくなる。


 終いには美月にリードされてしまう始末。


『い、行こっか……夏祭り』

『お、おう』


 一樹は自分がリードしてやるという気持ちで、美月と共に歩いていた。

 車道側を歩いたり、歩調に合わせたり、慣れていないことを一樹は率先してやった。


 けれど肝心の会話に関しては成り立っていなかった。


『夏祭り、楽しみだな』

『うん、そうだね』

『花火とか上がるらしいし』

『……そうだね』

『いつも、綺麗だよな』

『……うん』


 一樹が一方的に喋るばかりで、普段喋らないようなことを喋ってしまう。

 幼馴染なのに自然な会話ができない、いつもの自分でいられない。


 一樹は焦りを感じながら、美月の方を見る。


 すると彼女の頬はほんのりと赤みを怯えていて、口元には微笑が見え隠れしていた。


 彼女の方も、いつもと違う雰囲気だった。


『なんで……さ』

『どうした?』

『……ううん、やっぱりなんでもない』


 隣を歩く美月との距離は近くなったり、遠くなったり。

 

 今も、今までもそうだった。


 だからこそ、一樹は美月にもっと近づきたいと思った。


 一樹は美月の方に少しずつ少しずつ近づいていく。

 やがて、歩くたびにお互いに手の甲と手の甲が触れるようになって、それでも二人の距離は変わらなかった。


 一樹はもう一度美月の方を見る。

 

 美月は二人が歩く少し先の地面を見ていた。

 近くなったことでより鮮明に見えるそんな彼女の横顔に一樹の心は奪われる。


 はにかんでいるような気さえした。

 むしろそうであって欲しかった。


 一樹は手を伸ばした。

 そして、美月の手を、握った。


 けれどその感触が一樹に伝わる前に、美月は消えた。


『あれ、みつ、き……?』


 隣にいたはずの美月は、いなくなっていた。

 いきなり消えた美月を探そうと必死に辺りを見渡す。


 しかし美月はどこにもいない。


『どこだ……どこに……』


 一樹がそうして美月を探していた時、場面は突然変わる。


『おーい、一樹、何ぼーっとしてんだよ。かぐや姫に逃げられたからって、そう落ち込むなよー!』


 気づけば一樹は夏祭りの会場にいた。

 賑わった屋台や夏祭りを楽しみう人々の騒音に飲まれながらも、一樹を呼ぶ目の前の友人たちの声だけが耳に届く。


 友人たちの正体は翔を含む中学の友人だった。


『あ、あれ……?』

『夏祭り中に逃げられたのは流石に可哀想だと思うけど、ハードルが高かったんだよー。でも、俺らがいるから安心しろー。お前の気分を上げてやるから』


 翔はそう言って一樹の肩に自身の腕を回した。

 周りの友人たちも一樹の背中や肩に手を置いて、励ます。


 おかげでようやく笑えるようになった一樹は友人たちに笑みを見せた。


『そう、だな。夏祭りは楽しまないとな』


 心の中の喪失感はいつの間にか楽しさに置き換わっていた。

 喪失感も美月がいなくなったことも、夢の中の一樹の頭からは消えていた。


 そこで、一樹は目を覚ました。


 静けさが包む部屋のベッドで、一樹は昼寝をしていたのだ。

 一樹はゆっくりと起き上がる。

 

 頭はまだ半分夢の中にいた。


 ……美月との夏祭りが、楽しみなのかもな。


「さて、久々のバイト行くか」


 ***


 八月上旬の居酒屋の熱気と言えば、たまらないものがある。

 冷房がついているとはいえ、忙しなく動く店員の額には汗が滲んでいるのだ。


 室内温度は夏と冬であまり変わらない。

 むしろ暖房がついている冬の方が体感的には暑いまである。


 とはいえ、夏の居酒屋の熱気に当てられると冬の暑さより疲れが溜まりやすくなる。

 さらにバイト自体が二週間ぶり。


 要するに一樹は過疲労状態だった。


「あー、疲れた……動けないんだが」

「お疲れ様ですっ! 先輩、久しぶりですね」


 バイト終わりの更衣室、一樹が椅子に腰掛けてため息をついている中、元気に声を張り上げていたのは小鈴だった。


「インターンどうでしたか? 私も今年の冬はインターン参加してみようと思ってるんですよ」

「学びは多かったな。いい経験だった」


 バイトに行っていなかった二週間、一樹はインターンシップに参加していた。

 いい経験を得たいと考えて、社会の渦に飛び込んできたわけなのだ。


 けれど、内定自体はもう決定している。


「にしても、来年からここで正社員で働くのになんで参加したんですか?」

「逆だな。ここで働くことになるから、もっと他の企業のことも知らないとダメだと思ったんだ」

「そうですか……本当に就職先がここで良かったんですか? あ……もしかして、私のためだったり……」

「それはない。俺がやりたいと思ったから選んだだけだ」


 一樹は卒業すれば正社員として、今バイトしているこの店で働くことになっていた。

 

 美月に感化されて自分で決めたことだった。

 当然、親とも相談していた。


 と言っても、親から言われたのはやりたいことならそれでいい、の一点のみだったが。


「将来的には自分の居酒屋を持てたらなって思ってる」

「先輩、料理できましたっけ」

「苦手だから、今練習中」

「なるほど……もう何も考えていなさそうなEDの先輩とは大違いですね。彼女に浮気されたーって泣きついてきた一年前が懐かしいです」

「あの時は本当にショックだったんだ。小鈴のおかげで助かったけどな」

「何はともあれ、あと先輩と一年は一緒ですか。嬉しいです」


 自分の夢に向かって真っ直ぐ進んだり、他の選択肢を捨ててその一点のみに進むのはリスクがあることだ。

 一樹も最初は怖かった。


 けれど今は後悔していない。


 今、笑顔で話している小鈴も、他の店員と店長も、常連客も、一樹にとって大切な人たち。

 このコミュニティが一樹はいつの間にか好きで、やりたいことになっていた。


 そしていつか自分から作り上げて見たいとも思った。


 自分の作った居酒屋でたくさんの繋がりを作りたい。

 

 ……下心を言うと、自分の居酒屋に美月を招待してかっこいいところを見せたい。


「うーん……じゃあ先輩の居酒屋ができたら、呼んでくださいね」

「もちろん。彼氏と一緒にでも来てくれ」

「な、な、なんで先輩が私に彼氏できたって知ってるんですか?」

「やっぱり彼氏だったか。この前、デパートに行ったら、男の人と手繋いで歩いている小鈴を見たからな」

「なるほど。言う機会がなかっただけで別に隠してたわけじゃないからいいんですけどね……そうですよ。できたんですよ、彼氏。見ます?」


 一樹が頷くと、小鈴はスマホを取り出して、一樹に画面を見せた。

 スマホの画面には一枚の写真が表示されている。


 どうやら小鈴と彼氏のツーショットの写真のようである。


 にしても、イケメンという言葉がぴったりの人物で、具体的にはわからないが背も高そうだった。

 

「馴れ初め聞いてもいいか?」

「三月の合コンで知り合って、いい感じになって、そのまま……って感じです」

「写真見る限り、かなりイケメンだな」

「そうなんですよ。ゲットできたのは結構ラッキーだったのかなって。しかも、彼、性格もすごく良くて……優しくて、私の気持ちをしっかり受け止めてくれるところとか、すごい好きで」


 小鈴は髪を触りながら、頬を赤ながら、彼の好きなところを語っていた。

 その姿は紛れもなく恋する乙女の姿だった。


「相当好きなんだな」


 一樹はそう言葉をかける。

 すると彼への好意で自分の世界に入っていたらしい小鈴は現実へと戻ってきた。


 咳払いをして誤魔化すと、一樹の方を再び見る。

 しかし一樹を見る目はなぜかジトっとしていた。


「先輩に言われたくないんですけどね。土日何するんですかって聞いた時にはいつも彼女とデートって答えたり! この後何するんですかって聞いたら、彼女と電話って答えたり! 彼女と連絡をとって、ニヤニヤしながら画面を見てたり! そんな彼女大好きの先輩に言われたくはないです!」


 小鈴はジト目をしたまま、ついに腕組みまでする。

 言葉には圧がこもっていて、怒っているのか、嫉妬しているのか、よくわからなかった。


 ただ、一つ間違っているところが小鈴にはある。

 言ったら、怒られるだろうか。


「私が聞くたび彼女とイチャイチャしてて……正直、そこまでラブラブなの羨ましいんですけど」

「あの、一個いいか」

「なんですか?」

「彼女って言ってるけど……まだ付き合ってないんだが」

「知ってます。でもそれもおかしいです! なんなんですか、付き合う約束って。さっさと付き合えよ!」


 小鈴はそう言い終えると、全てを言い切ったらしく、すっきりとした顔をしていた。

 本心はわからないが、流石に本気で怒ってはいないだろう。


 とはいえ、一樹の方は小鈴の圧に気圧されて苦笑いすることしかできなかった。


「ちょっと話、変えましょう。インターン終わりましたけど、これから何するんですか? 内定も決まったし」

「今まで以上に勉強だな。居酒屋開くんだったら、勉強しないといけないことは多いだろうから」


 まだまだこれからがスタートなのだ。

 時間があるうちに勉強をして、夢を叶えるため美月と頑張りたい。


「なるほど……ち、ちなみに、先輩のこれからの夏休みの予定は?」

「夏休み……ああ、そうそう」

「……な、なんですか」

「来週から、また数日バイト休むから」

「……理由は?」

「帰省」

「……誰と?」

「あ、あの人と」


 小鈴が始めた質問だったので、彼女もわかりきっていたことだろう。

 

 しかし一樹が答えた時、小鈴はその苛立ちを全面に出して、


「もうー! 先輩ずるいーーーーっ!」


 ***


 八月中旬という夏の真っ只中、その昼時。

 体が茹で上がるほどの蒸し暑い外気と焼けるような日差しに照らされながら、一樹は美月と田舎道を歩いていた。

 

 遠くにある木々からセミの大合唱が聞こえてくる。

 すぐ横を流れる小川の流れる音だけが二人を少しでも涼しい気持ちにさせていた。


「流石に暑いね」

「ああ、バテそうだ。けど、もうすぐで着く」

「一樹の家って、あそこの坂登ったところだったっけ?」

「そうだな、そこらへんだ」


 二人で小型のスーツケースを引きながら、暑さを紛らわそうとそんな会話をする。

 

 夏休みに入って、一樹は両親に必ず帰省しなさいと言われていた。

 何としてでも息子の顔が見たいのだとか。


 美月にそのことを話すと、美月も帰りたいとのことで一緒に帰っていた。

 

 美月の方もお盆で仕事が休みな上、高卒認定試験が終わって暇になっていたらしい。

 ちなみに試験の手応えは十分あるそうで、夢に一歩近づいたと喜んでいた。


 あとはできればお墓参りがしたいとも言っていた。


 美月と帰っていいかどうか、母の許可を得た時。


『え!? あの美月ちゃん!? 全然いいわよ!!! 帰ったら詳しく聞かせてもらうけど!』


 母は強調記号ばかりのメッセージと絵文字のラッシュで興奮気味だった。

 

 よく家に来て遊んでいた美月のことを母も気になっていたのだろう。


 これは言い換えれば二泊三日の美月とのお泊まり会である。

 夜には近くで祭りもあるので一緒に行く予定だ。


 そうして一樹は美月と歩いて、家の前へと着いた。


「あんまり変わってないなー。一樹のお母さんは相変わらず花が好きなんだね」


 美月は家の周りに咲く黄色やピンク色の花々を見て、そう言った。

 花の名前はわからないが、母の趣味は相変わらず健全。


 それにやはり、美月から見ても家の様子は変わっていないらしい。


「そうだな。何の花かはわからないけど」

「……昔、一樹の家に通ってた時にね。ここでよく花の匂いがして、それが好きだったんだよね」


 美月は庭に足を踏み入れると、目を瞑りながら「いい匂い」と呟いた。

 一樹にとっては慣れ親しんだ匂いだが、美月にとっては懐かしさのようなものがあるのだろう。


 そんな様子を一樹が見ていると、美月が視線に気づく。


「あ、ごめんね。干からびる前に早く入らないとね」


 一樹は美月に見惚れて暑さなど忘れていた、などとは言わず、玄関の前まで来る。

 

 そうしてインターホンを押す、直前に家の扉が開いた。


 家から出てきたのは半年ぶりに見る母だった。


「おかえり、一樹」

「ただいま」

「それと……あらっ! 美月ちゃん! ひっさしぶりねえ! 随分と可愛くなってえ!」

「あはは……お、お久しぶりです」


 一樹は自分に対する態度と美月に対する態度の温度差に驚く。

 加えて、自身の母がよく話しかけてくれる面倒見のいい近所のお婆さんになっていたので、苦笑いするしかない。


 美月の方も母の勢いに押されている様子だった。


「ささ、入って入って! 冷たい飲み物を用意するから。ご飯もあとちょっとで用意できるからね」

 

 ***


 十二時を過ぎた頃、家の食卓を四人で囲んで、一樹の母が作った昼食をとっていた。

 

 一樹と美月は隣り合って座っていて、向かい合わせに一樹の母と父が座っている。

 

「にしても、本当に久しぶりねえ。元気だった?」

「はい。ぼ、ぼちぼちと元気に」

「いいわねえ……あ、そうだ。美月ちゃん、味、大丈夫? お口に合うかしら」

「大丈夫です。とても美味しいです……懐かしい、味です」


 美月の言葉は本心だろう。

 見せている笑顔が美味しいものを食べている時のそれだ。

 

 たまに母と会話する美月の顔を見ながら、一樹は特に喋らずに料理を頬張っていた。

 父も黙って食べていたのだが、急にトマトを一樹の皿に乗せる。


「父さんは相変わらずトマト苦手なんだな」

「……苦手じゃない。一樹の栄養を考えてだな」

「なら、そういうことにしとく」


 父は寡黙な人だ。

 しかし家族思いが強い父のことを一樹は尊敬していた。


 少し大人になった自負がある今、父を前にしてその思いは強くなっていた。


 ……でも、トマト嫌いだけは治らないんだよな。


 一樹がそんなことを考えていた時だった。

 

「そうねえ。でも、一樹ってお父さんに似てるから不器用なところとか多いでしょう?」

「たしかにそうですね。不器用で、けどそこも可愛いなって」

「あらあら。そう思ってくれて良かったわ……お父さんも不器用な人だから、愛情表現とかしてくれないでしょう? どう? 一樹はちゃんと好きって言ってるの?」


 母は美月にそう聞いている。

 

 先ほどから一樹と父が母にディスられていて、二人とも耳だけ立てていた。

 しかし、二人が付き合っているという母の盛大な勘違いに一樹は母の方を向く。


 訂正させようとするが、その前に父が口を開いた。


「こらこら。まだ付き合っていると決まったわけじゃないんだから」

「え? あら? そうなの? 彼女の紹介に来たのかと思ったのだけれど……」

「メールでもそんなこと書いてなかっただろう?」


 父のフォローのおかげで一樹から言うまでもなかったようだ。

 雰囲気や心情を読んでくれて、こういうところで尊敬できる人だなと改めて確認させられる。

 

 母の勘違いの原因は一樹の曖昧なメールだった。

 美月と一緒に帰ると言っただけで、彼女とも女友達とも言っていない。

 要するに誤魔化したのだ。


 だから結局、母が勘違いした時点で母の追跡は逃れられない。


「で、どうなの? 付き合ってるの?」


 母は一樹にそう聞いた。


 チラッと美月を見ると、美月の方も一樹を見ていて、ニヤニヤとしていた。

 この状況を面白そうに見ている。


 何と答えたところで、この後、美月にいじられる予感がした。


 結果、一樹の選んだ選択肢は逃げることだった。


「……ノーコメントで」


 一樹がそう言うと、美月は「ふふ」と笑った。


「ほらねえ。こういうところで不器用なのよ。親の前でくらい正直になったらいいのに」

「……でも、私は好きです。こういう不器用なところも、不器用だけど優しいところも、全部」


 親の前で公開告白されているようで、一樹の体は一気に熱くなる。

 終いには赤らめた頬を一樹に見せながら、ニコッと笑ってきたので、一樹は顔を逸らした。 


「あら……ふふ、一樹もいいお嫁さんをもらってきたわね」


 母がそう言うと、食事中の父の方が咳き込み出した。


 ***


 昼食終わり、一樹は一足先に二人分のスーツケースを運んで部屋へ戻ろうとしていた。

 美月はというと、母に『女同士話があるから』と言われて母と二人でリビングにいる。

 

 リビングから父子共々、追い出されたわけだ。


「一樹、スーツケースはここに置いておけばいいか?」

「ああ、ありがとう」


 父の手伝いもありながら、二人分のスーツケースを一樹の部屋まで運び終える。


 二泊とも、美月が一樹の部屋に泊まることになったのだ。


 他の部屋がなく、配慮しようとしたのだが、美月の方から一樹と寝たいと言い出したので同じ部屋である。

 

 当然、一樹は何もしないつもりでいるのだが、寝る前にキスしたりハグしたりしてイチャイチャしたいという下心が心の中で現れては消えている。


「……意外に声が響くからな。頼むぞ。あと、万が一、女の子を泣かせたら家を追い出すからな」

「いや、本当に何もしないから」

「知ってる。一樹は父さんに似ているから自分から襲いはしないだろう」

「父さんってもしかしてヘタレなのか?」

「……告白を母さんに急かされるくらいには」

「……なるほど」


 どうやら一樹は尊敬している父に似てしまったらしい。

 良くも悪くも。


「じゃあ自室でくつろいでいるよ」


 父はそう言うと自身の寝室へと戻っていった。

 

 そうして一樹はとうとうすることがなくなってしまった。

 

 先に自分のスーツケースを整理して、スペースを作るのもいいかもしれない。


 一樹がそんなことを考えながら、とりあえず椅子に座っていた時だった。

 ふと、『おもいで』という見出しが書かれた本棚にあるアルバムに目がつく。


 小さい頃の美月と一樹の思い出が詰まっている写真集だ。


 暇だった一樹はなんとなくそれを手に取ると、椅子に座って読み出した。

 冬の帰省時も見たのだが、昔を遡るのは飽きない。


 それに、美月のことを知った今では写真の感じ方も違う。


「昔の美月、楽しそうに笑ってくれてるな」


 写真の中の美月は一樹と遊びながら笑っている。

 一方で、同じく写真の中の何も知らなかった一樹は無邪気に笑っている。


 同じ笑顔のように思えても、感じ方は違う。


 一樹がパラパラとめくりながら、やがて最後のページに辿り着いた時だった。


 そこには貼られていた写真は一枚だけで、他とは異なるものだった。

 

 浴衣姿の美月が頬を赤ながら一人で神社の鳥居の前で立っている、そんな写真だった。

 

 今までの写真は一樹と美月の二人が写っていた。

 けれど写真に写っているのは美月だけ。


 まるで一樹が盗撮でもしたかのような、そんな写真だった。


 ……こんな写真撮ったか?


 前も疑問に思っていたことで、改めて記憶を遡ってみるがやはり思い出せない。

 そもそも美月がなぜ浴衣姿で立っているのだろうか。


「一樹。スーツケース持ってってくれてありがと」


 一樹が写真集を眺めている時間は長かったらしい。

 もうすでに母との談笑は済んだであろう美月が部屋へと入ってくる。


 そこで一樹はアルバムから美月に視線を移した。


「もう母さんとのガールズトークは終わったのか?」

「うん。一樹の小さい頃のやらかしとか聞けて楽しかった」

「……また余計なことを」


 母の喋りすぎる性格はともかく、母は美月のことが好きなのだろう。

 

 それに昔の姿を知っている美月と会った母の気分はいつもよりも数段高い。

 いつもよりも喋りすぎても仕方ない。


 一樹がそんなことを考えている時だった。


「それ、何見てるの?」


 美月はそう言いながら、一樹に近づく。

 太ももの上にある開けたままのアルバムをすっかり忘れていた一樹はすぐに閉じた。


「……何かまずいものだった?」

「い、いや……うん、まずいもの、だな」


 一樹は怪しい動きのおかげで美月にジト目で見られる。

 美月のことを盗撮していたかもしれない写真を見せることなどできなかったのだ。


 美月が怪しんでアルバムを見た時、正体に気づく。


「あ、これ、懐かしい! 二人で作ったやつじゃん」

「そうだな。小さい頃、二人で作ったな」


 一樹はなんとか切り抜けようと、立ち上がって本棚に戻そうとする。

 しかし美月はそんな一樹の腕を掴んで、もう片方の手でアルバムを手に取る。


「何がまずいの? 普通のアルバムじゃん。一緒に見ようよ」


 美月はアルバムを机の上に置いて、ペラペラとめくり始めた。

 

 見られたくないまずいものが含まれているが、そもそもこのアルバムは二人で作ったもの。

 一樹に閲覧を制限する権利はない。

 

 ……最後のページだけ開かせないようにすればいいか。


 万が一見つかったとしても盗撮した過去の一樹のせいなので、一樹が大人しく報いでも受けるつもりだった。


「そういえば一樹のお母さんに連れていってもらって、この遊園地行ったね。初めての遊園地だったから楽しかった。一樹も大はしゃぎだったよね……ふふ、二人で口にクリームいっぱいつけてる」

「遊園地か……そういうの最近行ってないな」

「私も。この日以来、行ってないかも」

「……二人で今度行くか?」

「うん、行こ……ふふ、一樹からデートのお誘いされちゃった」


 隣にいる美月はニコッと可愛らしい笑顔を一樹に向ける。


 二人はそうして思い出話や会話を楽しんでいた。

 過去に二人が作ったものを未来の二人が見ると時の流れがわかりやすくなる。

 

 変わっているもの。

 そして、変わらないもの。


 一樹は二人だけの世界に没入していた。

 だから、気づけなかった。


「これ……」


 ページをめくれば、問題の写真が貼ってある最後のページだった。

 

 先ほどまで笑っていた美月はその写真を不思議そうに見つめている。

 ここまで来れば、一樹の逃げ道はもうない。


 しかし一樹が言葉を発する前に、美月が言った。


「……ごめん」


 なぜ一樹が謝られたのか、全くわからなかった。

 

 美月の方を見てみれば、笑顔から一転して暗い表情をしている。


「……あの時はごめんね、一樹」

「その……写真を見て、なんで謝るんだ?」

「だって、あの日、私、一樹のことを傷つけちゃったから」

「傷つけたって……すまん、その写真のことは覚えてないんだ」

「……夏祭りの日の写真だよ?」

「あ、ああ、その日のことを覚えてない」


 一樹がそう言うと、美月は吹き出すように笑った。

 何が何だかわからない一樹は笑えなかったが、シリアスな空気からは抜け出せたらしい。


「ふふ、あの日、一樹から夏祭り誘ってくれたのに覚えてないの?」

「俺から夏祭りに誘った?」

「うん、中一の頃に一樹から二人で夏祭り行こって誘ってくれた」


 過去の自分はヘタレでなかったらしい、と思いながら一樹は記憶を辿る。

 しかし思い出せないでいる一樹を見て、美月は付け加える。


「そうだね。ちょうど今日行く予定の夏祭りに一緒に行って……屋台回ってる時に一樹がおみくじ引いたら末吉でいいことないーって呟いた後に早速盛大に転んだこととか、覚えてない?」

「ああ、そういえば……思い出してきた」


 美月の与えてくれた情報のおかげで芋ずる式に記憶が掘り起こされていく。

 

 なぜ今まで自分でも忘れていたのかわからない。

 ただ、同時にあの日の喪失感までも、思い出してしまった。


「あの日……そういえば、美月、夏祭りの途中で……」

「うん……あの時はごめんね」


 美月がいなくなることはあの日の夜の一件だけではなかった。

 

 中一の同じ頃、一樹が夏祭りに行こうと誘った。

 美月のことが好きで、祭り終わりに上がる花火の時に告白するつもりでもあった。


 けれど、夏祭りを回っている途中、急に美月は謝りながら家へと帰っていった。

 その後は逃げられたとからかいながら慰めてくれた翔たちと夏祭りを楽しんだのだ。

 

 ……ああ、そっか、そこでもう美月のことは諦めようと思っちゃったんだよな。

 

 未練がないようにと当時の一樹が忘れようとしていたのかもしれない。


 今なら、美月のことを知った今なら、一樹は向き合える。

 あの時とは違う。

 

「何があったのか、聞かせてくれないか? ……辛いなら言わなくていい」

「ううん、聞いて欲しい……って言っても、一樹にはチラッと言ったことあるんだけどね」


 美月はそうして話し出した。


 普段メールを送らない実父から今すぐ帰ってこいとメールで呼び出されたこと。

 

 何かあったのではないかと思って帰れば、両親が喧嘩していたこと。

 母は半狂乱になりながら包丁を振り回して、父も家具を投げ、警察沙汰にまでなったこと。


「なるほど。だから帰ったのか」

「……うん……ごめん」

「謝らなくていい。仕方ないことだろ。美月が行かなかったらどっちかが死んでたかもしれない」

「それでも……」

「じゃあ今日こそは夏祭りの最後まで一緒にいてくれればいいから」


 過去は関係ない。

 今、一樹は美月の笑顔が見られたらそれでいい。


 一樹は美月に手の裏を上に向けて、手を差し出す。


 美月はその手を笑顔で取った。


「っ……はい!」


 ***

 

 十五時前のことだった。

 一樹は美月から『散歩に行かない?』と誘われ、二人で思い出の道を歩き回っていた。


 もう今は別の人のものになっているかつての美月の家だったり、二人で遊んだ公園だったり。

 

 日陰に立ち寄って冷たい飲み物を飲みながら歩いていたので、暑さは随分マシに思えた。

 

「一樹、大丈夫? 暑くない?」

「別に。ジュース飲んでるし、快適なくらいには。美月は大丈夫か?」

「うん、大丈夫。私が先にバテちゃったら申し訳ないよ。それに散歩に行こって誘ったけど、本当は行きたいところがあるから」


 美月はそう言ってしばらく歩いた後、ある家の前で立ち止まった。

 そしてそこをじっと見上げる。


 古い木造建築の家なのだが、木々が所々に落ちていたり、窓が割れてドアも外れていたり、誰も住んでいないであろう家だった。


 しかし美月はその家を眺めたまま動かない。


 何か思い出のあるところなのだろうか。


 二人がそうして家の前で立ち止まっていた時だった。


「……君、佐藤(さとう)のところの息子かい? 残念だね。あの人なら十年以上前に亡くなっちまったよ」


 急に一樹は声をかけられたので振り向くと、杖をついたお婆さんが立っていた。

 杖をつきながらゆっくりと歩くさまに反して、声のトーンは大きくはっきりとしている。


「佐藤って誰ですか?」


 美月はお婆さんにそう問いかける。


「なんだい。違うのかい」

「ここに住んでた人の名前なんですか?」

「ああ、そうさ。私の友人でもあった……優しい人でねえ。家族が大好きだった。でも、旦那を病気で早くに亡くしてしまって、一人で息子を育てることにした……そこからはひどいもんでね。小学校に上がる前にその息子が公園に遊びに行ったっきり、行方不明になってしまった。あの人はずっと息子が帰ってくるかもしれないからって、ここで帰りを待ち続けたけど、結局、息子はあの人が死ぬまで帰ってこなかった」


 お婆さんはそう語った。

 この家の家主だった人物の人生を誰かに聞いて覚えてほしい、そんな思いからだろう。


 一樹が知らない人であるにも関わらず、同情してしまうほどの話だった。


 きっと、家主のことを知っていれば、一樹も誰かに聞いて欲しいと思うはず。


「佐藤……さんか」


 美月の方を見ると、まだ家の方をじっと見ていた。

 

「あんた、佐藤とはどういう関係だったんだ?」

「……実のお婆ちゃんみたいな人でした。ご飯をよく作ってくれて、シチューが絶品でした」

「そうか……あんたが……。死ぬ前に言ってたよ。最近の楽しみは家によくきてくれる元気な女の子だって。また家にきてくれたらご馳走したいだって」

「っ……そっか、そっか……おばあ、ちゃん……」


 美月の声も肩も震えていて、一樹はそれを支えようとする。

 しかし袖で涙を拭うと顔を上げた。


「娘みたいに思ってたんだろうねえ……きっと」

「……佐藤さんのお墓って、どこにあるか知ってますか?」

「あそこ石階段から登っていけば着くはず。あたしはもう行ったから行っておいで。夫婦仲良く眠ってるから」

「ありがとうございます」


 美月はお婆さんに頭を下げると、一樹の方を見る。


「墓参り、付き合ってくれる?」

「もちろん」

「ありがと」


 二人はそうしてお婆さんが指差した方へ歩き出した。

 

 数歩進んだ頃だった。

 猫の声がした。


 歩きながら、一樹が振り返ると、お婆さんは茶色の毛と翠色の目を持つ大人の猫に餌をやっていた。

 

 ***


「ここが……お婆ちゃんのお墓」


 美月はそう呟きながら、墓石を前にして立ち尽くす。


 山の中の石階段を登っている途中に小さな墓地があった。

 そこへ行くと、墓石が少なかったのですぐに『佐藤家』の墓を見つけられた。


 他の墓と比べると、随分手入れされているようだった。

 あのお婆さんが定期的に足を運んでいるのかもしれない。

 

 一樹はお墓を前にしていつも思うことがあった。

 

 誰か知人のお墓参りに来たことが一樹はまだない。

 目の前のお墓も一樹にとっては知らないもので、唯一通うお墓に眠る曽祖父母のことも一樹は正直知らない。


 けれど死後もこうして一緒にいられるほどの関係が続いたという目の前の事実にいつも不思議に思っていた。

 

 物事にはいつか終わりが来るけれど、それらを乗り越えて、二人は一緒に眠っている。

 

 ……もし息子も死んでしまってたら、今度はあっちで三人仲良く過ごせているといいな。


 そんな願いを込めながら、一樹は美月と共に墓石の前で手を合わせた。


「ねえ、一樹、私たちっていつまで一緒にいられるんだろうね」


 やがて目をあけた頃、美月が一樹にそう聞いてくる。

 一樹もお婆さんの話を聞いてから薄っすらと思っていたことだった。


「……わからない」

「そう、だよね」

「でも……一緒にいられるだけ、いられたらいいな」


 一樹はそう言うと美月の手を握った。

 考え事で硬くなった表情をしていた美月は柔らかく笑って、一樹の手を握り返す。


「一樹って、いつも私が欲しい言葉をくれるよね。テレパシーでも使えるの?」

「別に使えない。欲しい言葉をあげてるんじゃなくて、俺の本心を言っているだけだ」

「……ふふ、一樹のそういうところも好き」


 二人はお互いの手を握りながら、石階段を下っていく。

 側から見ればカップルのようだが、実際はまだ始まってすらいなかった。


 お互いに終わるのが怖いと感じていたのかもしれない。


 でも……。


「ねえ、一樹。私、もういつでもいいからね。待たせて、ごめんね」

「……そっか。なら近いうちにするから」

「私から告白しなくていいの?」

「告白は俺からしたい」

「ふふ、そっか、じゃあ待ってるね」


 始まらないと得られないものもある。

 別に終わりを怖がる必要はなくて、もしも終わりの先にも美月といられるなら、一樹はそれもいいなと思えた。


 ***

 

 十七時半、日が山の中に沈んでいって辺りが暗くなった頃。


 玄関にて、一樹は浴衣を着ながら美月のことを待っていた。

 これから美月と夏祭りデートに行くわけなのだが、美月はまだ着付けが終わっていないのだ。


『美月ちゃん、ほら、こっちこっち。私が着付け手伝ってあげるわ』


 三十分前に母がそう言って美月を自室に誘拐したである。

 また母が余計なことをしているのではないかと思いながら、一樹は待っている。


「一樹、そのカメラ捨ててなかったのか?」


 今まで黙っていた父はふと、一樹の右手首に紐でかけていたカメラを見て話しかけてくる。

 その小型カメラは夏祭りの日に美月を盗撮したものであり、同時に父からもらったものでもある。


「ああ、父さんからもらった誕プレだしな。正直、使えなくなってると思ったけど、まだ使えた」

「……そうか。でも急にカメラで何を?」

「撮りたいものがあるから」


 美月とアルバムを見た後、一樹が小型カメラを見つけたので中の写真を見ていたところ、直近の写真が美月の盗撮写真で終わっていたのだ。


 それはどうかと思ったので、一枚、美月の浴衣写真を撮りたいと思った。


 ……浴衣姿の美月とか可愛いだろうな。


 一樹がそんな想像を膨らませていると、母が自室から扉を開けて出てくる。


「はい、お待たせしました。美月ちゃんです」


 母がそう言った後、母の後ろから現れたのは浴衣姿の美月だった。

 けれど良い意味で想像していた姿と違っていた。


 いつもそのまま下ろしているさらさらとした印象の髪だったが、今の美月の髪は編み下ろしてあり、編んである部分に白いリボンが付けられている。


 今までに見たことがない姿、雰囲気だった。


「お、お待たせ……一樹」


 みんなに注目されて恥ずかしいのか、顔を赤ながら、一樹に近づく。

 浴衣の美月を撮ろうと思っていたが、それすらも忘れて、美月に見惚れていた。


「ほら、一樹、ちゃんと感想くらい言ってあげなさいよ」

「あ、ああ……す、すごく可愛い」

「……ありがと。一樹もすごく似合ってるよ。か、かっこいい」


 胸のドキドキが止まらずにいるが、ふと、親に見られていたことに気づく。

 父は腕を組んで目を瞑っており、母は満面の笑みで頷いている。


「い、行こう、美月」

「うん……あ、行ってきます」

「行ってきます」

『いってらっしゃい。楽しんでおいで』


 両親に見送られながら、二人は外へと出た。

 新鮮な空気が少しだけ一樹の鼓動を落ち着かせる。


 二人で歩き出して祭りに向かうのだが、その前にと、一樹は少しだけ美月の前に出た。

 手に持っていたカメラを美月に向けると、写真を一枚撮った。


「……写真?」

「直近の写真が美月の盗撮写真で終わってたから」

「あの鳥居の前で撮った写真?」

「そうそう」

「そっか……ふふ、また一樹と夏祭り行けるなんて嬉しいなー」

「俺も」


 二人でそんな会話をしながら道を歩いていく。

 一樹はカメラを持ち替えるとすぐに右手で隣を歩く美月の手を握った。


 もう、どこにも行ってほしくなかった。


「私は……こっちの方がいいな」


 美月はそう言うと、握る手を緩めて、指と指を絡ませる。

 今度はお互いにぎゅっと握りしめた。


 夏祭りの会場に着くと、すでに多くの人で賑わっていた。

 決して小さい祭りというわけではなく、屋台が多く並んでいたり、そこそこ規模がある。

 地元の人たちが利用している大きな公園の中央にはやぐらが建てられていて、もう少ししたら踊りも始まるだろう。


「どこから回る?」

「とりあえず歩いてみよ」

「それもそうだな」


 二人はそれからは屋台が多く立ち並ぶ通りを歩いたり、盆踊りを踊ってみたりしながら楽しんでいた。


「一樹、一緒に射的やろっ」

「ああ、わかった。何取って欲しい?」

「ふふ、自信満々だね。じゃあクマのぬいぐるみ一緒に狙おうよ」


 一樹が少しでもかっこいいところを見せようと背伸びして、全弾外してしまったり。

 

「ふふ、自信満々だったのにね」

「どうやら俺は射的が下手らしい」

「だね……あ、次は金魚すくいやろうよ」

「勝負でもするか?」

「いいね」


 二人でどれだけ金魚を取れるか競おうとしたら、二人とも一回で終わってしまったり。


 屋台の娯楽に関しては一樹の不器用さが全面に出ていたが、美月も意外に不器用かもしれないことに気づいた。

 とはいえ、美月と一緒にいるだけでどう転んでも楽しいに変わってしまうのだから不思議だった。


「ねえ、おみくじでもしない?」

「今回は転ばないように気をつける」

「ふふ、あれはあれで面白かったけどね」


 おみくじを引けば、一樹も美月も末吉だった。


「これは二人で転ぶかもな」

「だね……そういえば、恋愛のところなんて書いてた?」


 ふと、美月にそう聞かれて、一樹はおみくじの中のメッセージを見てみる。

 恋愛と書かれた部分に注目してみれば『行くべし』とただ一言。


 今は待つべし、だったりはよく見るが、あまり見ないストレートな言葉である。


「……内緒」

「そっか、内緒かー」

「美月は?」

「私は待つべしって書いてあったよ」


 美月が開けたおみくじを見れば、たしかに恋愛の部分に『ただ待つべし』と書かれている。


 一樹が美月の顔を見ると、美月は一樹の方を口角を上げながら見ていた。


「……意外に俺はロマンチストなんだ」

「ふーん……期待してるよ」

「プレッシャーかけるのはやめてくれ。なんだかんだ緊張するから」

「私の答えはもう決まってるけどね」


 美月はその答えを表現するかのように、今度は一樹の腕に絡みついた。


「さっき目の前のカップルがやってたから……私も」


 一樹から行動を起こすのはいいが、美月が恥じらいながらも一樹にする行動はどうにも心臓に悪い。


 けれど、同時に幸せでもあった。


 二人は夏祭りをしばらくの間楽しんでいた。

 やがて二人が少し離れのベンチに座ってりんご飴を食べながら、休憩していた時だった。


「おかーさんー? おとーさんー?」


 屋台の多い通りから出てきた男児がそう声を上げながら、キョロキョロと辺りを見ている。

 

「あの子、迷子かな」

「だろうな。助けに行った方が……」


 一樹がそう言い切る前に、美月は立ち上がった。

 

 人が少ないからと子供が人の多い通りに戻ろうとする前に、美月は子供に声をかける。

 一樹も美月の後ろをついていった。


「ねえ、僕、お母さんとお父さんと逸れちゃったの?」

「うん。ちょっとよそ見してたら、いなくなちゃって、それで……」


 男児は小学生か年長くらいの幼さで、一人でいたことが不安だったのか泣いてはいなくとも目は潤んでいる。

 そんな男児の目線に合わせて、美月はかがむと、屋台の景品でもらった飴を男児に渡して安心させる。


「お姉ちゃんたちが見つけてあげるから、一緒に行こっか」


 美月は立ち上がって、男児に手を差し出す。

 男児は袖で目元についていた涙粒を袖で拭うと美月の手をとった。


「流石だな。慣れてるというか」

「うん。仕事で接する機会は多いから」

「……なんか将来、いい母親になりそうだな」

「っ……」


 一樹はなんとなく思ったことを発しただけだった。

 しかし美月が手に持っているりんご飴のように顔を火照らせ始めたので、一樹も自身の発言に羞恥を覚える。


「あ、いや……その……ただ、思ったことを言っただけで」

「そう……かな。私、いい母親になれるかな」

「……ああ、なれると思うぞ」

「そっか……嬉しいな」


 二人がそんな会話をしていると、男児が一樹に声をかける。


「ねえ、おにーちゃんもおててつなごーよー」


 一樹が男児の方を見ると、男児はニコッと笑っていた。

 不安は綺麗さっぱり消えているらしい。


「……ああ、そうだな」


 一樹も笑顔で答えると、男児の手を握った。

 そうして美月と一樹が男児を挟んで並ぶと、通りを歩いていく。


 そこでふと、一樹も将来いい父親になれるのだろうかと思った。

 自分の子供と手を繋いで、たくさん接して。

 そして、息子の成長を一緒に見てくれる相手が最後まで美月だったらなと、男児と話している美月の横顔を見ながら思った。


 目的地はやぐらがある中央の大きな公園だった。

 親も子が迷子となったらそこへ駆けつけるだろうと思ってのこと。


 しかし二人は不安がっている男児を楽しませようと、寄り道もした。


 中央公園に着く頃には男児はニコニコとはしゃいでいた。


「お母さんとお父さんいる?」

「うーん……わかんない」


 中央公園では流石に人も多い。

 男児が辺りを見渡しても、見つからないでいる様子。


「どうしよ」

「あそこに交番あるみたいだし、そこ行ってみないか?」

「そうだね」


 ちょうど中央公園の近くに交番があったので、三人はそこへ立ち寄ろうと歩いていく。

 

 すると中には先に男女二人がいたみたいだった。

 何やら警察と話している様子。

 

 その二人組を見て、男児は「おとーさんとおかーさんだ!」と指差した。


「早く行っておいで」


 二人が手を離すと、子供は走りながら交番へと先に入っていく。

 後から一樹と美月もそれを追いかけた。


「みっくん! ああ、よかった! ……本当に良かった」


 交番へ入ると、男児の両親は涙目になりながら男児を抱きしめていた。

 男児は二人に気づくと、二人を指差した。


「あのね! このおにーちゃんとおねーちゃんがたすけてくれたの!」

「そうなんですね。この度は本当にうちの子を見つけてくれて、本当にありがとうございます」

「いえいえ、できるまでのことをしただけですから」


 男児の母が顔を上げると、立ち上がって頭を下げる。

 美月はそれに笑顔で答えた。


「君たち、本当にありが……と……う」


 そして男児の父が立ち上がって、美月の方を見た時だった。

 

 男児の父はなぜか目を見開いたまま、固まっていた。


「みつ、き……?」


 美月は一瞬驚いた顔を見せるが、目を逸らした。

 一樹の小指を握ると、俯いたまま、男児の父を見ようとしない。


「どうしたの? 知り合いの人?」


 男児の母が父にそう聞く。

 けれども何も答えずに、下唇を噛んで、拳を強く握っていた。


「美月……その、前は本当に……」

「……誰、ですか?」

「っ……」

「……人違いじゃないですか? あなたのこと知りませんし」


 美月は再び男児の父を見るとそう言い放った。

 それを聞いた男児の父は体をこわばらせていて、男児が心配そうに見つめている。


「おとーさん? だいじょうぶ?」

「とにかく、親御さんたちが見つかって良かったです」

「その、今度、よろしければお礼などを……」


 男児の母が美月に話しかける。

 表情を取り繕っているとはいえ、都合が悪そうだった美月の間に一樹が入った。


「いえ、本当に大丈夫です。善意でやったことですから、お礼なんて入りませんよ……行こう、美月」

「……うん」


 一樹は美月の手を取ると、男児に手を振った。


「もう迷子にならないようにするんだぞ」

「ふふ、じゃあね」

「はーい。おにーちゃん、おねーちゃん、ありがとう」


 二人は男児に別れを告げると交番から出た。

 男児に笑顔を見せていた美月だったが、交番から出ると少しの間、顔を暗くする。


 何か声をかけた方がいいのかと思っていると、すぐに美月は笑顔を一樹に見せた。


「ねえ、一樹、花火見に行こ。もうそろそろでしょ?」

「……大丈夫か?」

「何が?」

「いや……なんでもない」


 あの男性が美月とどんな関係だったのかはなんとなく察せられた。

 二人の雰囲気が、似ていた。


 今度は一樹の方から美月の指と自身の指を絡ませる。


「ねえ、一樹」

「どうした?」

「……私、もう、新しい人生を歩んでいいんだよね」

「ああ、もちろんだ。前にも言っただろ」

「……ふふ、そうだね」


 美月はやっと心からの笑みを一樹に見せる。


 その瞬間、公園の中央から打ち上げ花火が大きく打ち上がった。

 華やかな色の花が夜空を覆い尽くしている。


 二人は一緒に手を繋ぎながら上を見上げて、同じ視界を共有していた。


「なあ、美月」

「……何?」

「その新しい人生、俺も一緒に歩ませてくれないか?」

「うん、いいよ」


 一樹は美月の方を向いた。

 

 美月も一樹の方を向くと、二人は顔を合わせる。


「美月」

「はい」

「俺と、付き合ってください」

「っ……はい。よろしくお願いします」


 そうしてまた一輪、夜空に大きな花が打ち上がった。


 他の人々が上を見上げてそれを眺めている中、二人はお互いに長く、お互いの存在を確かにするかのように、口付けをしていた。


これにて完結です。最後まで読んでいただきありがとうございました。

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