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久々に会った初恋の訳アリ幼馴染とワンナイトした  作者: テル


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第三十一話 共同料理とお誘い

 ある日曜日の夕方のことだった。

 

 その日、外では積もるほどではないが雪がポツポツと降っていた。

 一樹はソファに座って美月が作ってくれた暖かいココアを飲みながら、窓越しにそれを見ていた。

 

 まだ十六時を過ぎたばかりだというのに雪のせいで外の世界は灰色に覆われていた。

 

 そんな見応えもない景色をただぼんやりと見ていた。

 けれど雪を見ながらも、一樹の心と体はその冷たさを疑似的に感じることはなかった。


 そうしていると台所のあたりから音が聞こえてくる。

 包丁で何かを切っている音だった。


 一樹は窓から視線を変えて台所の方を見る。

 すると、後ろで髪を結んで、いわゆるポニーテールの髪型をしている美月が野菜を切っていた。

 黒色のエプロンをつけていて、その格好も、微笑が垣間見える横顔も、普段見えないうなじが見えるようなその髪型も、もはや日常になっているはずだった。


 けれど日に日に日常を捉えているはずのその視界はクリアになったり、逆にボヤけたりする。

 

 美月は毎日見るごとに同じようで違う姿を見せてくれる。

 それとも、一樹が変わっているから、違うように見えるだけなのだろうか。


 今、一樹はそんなことを考えながら美月の方をぼーっと見ていた。

 要するに楽しそうに料理を作るその姿に一樹は見惚れていた。


 こうしていると美月が一樹のパートナーのように思えて……と、想像した段階で一樹はいつも美月から目を逸らす。

 

 そして付き合ってもいないのに何を考えているのだと自分を正すはずだった。


 けれど今日はいつもとは違った。

 自分を正しながらも、一樹は美月に目を奪われていた。


 恋心が日に日に大きくなっているのを感じる。

 喧嘩のような状態から仲直りした後、一樹の美月に対する感情の振れ幅が大きくなってしまっているのは自分でも気づいていた。


 付き合いたい。


 美月は好いてくれているのだろうか。


 そんな学生時代を彷彿とさせる純粋な感情が心の中から湧き出てくる。


 付き合ったらこの生活が終わっても、まだ、一緒にいられるよな。


 同時にそんな少し濁った感情も存在している。

 

 けれどそれらの感情は結局どれもが恋心に起因するものだった。


「なあ、美月」


 一樹は気づけばソファから立ち上がっていた。

 そして美月のいる台所に近づく。


「どうしたの?」

「俺も料理手伝っていいか?」


 一樹がそう聞くと目をぱちぱちとさせた。

 突然の提案に驚いたのか、それとも手伝われたくないのか。


 美月は少し微妙な反応を見せる。


「いい……けど」

「悪い、俺いると邪魔か?」

「あ、ううん、違うの! 手伝ってくれるのはありがたいけど、一樹がいいのかなって。私が一樹の負担減らそうと思って始めたことだし、ゆっくり休んでてもいいんだよ?」

「いや、なんか……俺が美月と料理したくなったっていうか、だから、その……」


 一樹がゴニョゴニョしながらも本心を伝えると、美月は少し頬を赤らめる。


 そして……。


「い、いいよ! じゃあ一緒に作ろ! 料理!」


 美月は頬を赤らめてはにかみながらも、ニコッと可愛らしい笑顔を見せた。

 

 そうして料理作りが始まった。

 と言っても、そのほとんどが美月による料理教室と言っても過言ではなかった。


 今日はどうやらクリームシチューを作るらしく、一樹はそのお手伝いという名の生徒だった。


「俺は何すればいい?」

「うーんと、じゃあ玉ねぎ切ってもらえるかな? 薄切りにしてもらいたいんだけど、やり方わかる?」

「……すまん、薄切りってなんだ?」


 最近の夕食は美月にほぼ任せっきりになっていて、一人暮らししていた時も肉の焼き方しか辞書に入っていなかった。

 そんな一樹が玉ねぎの薄切りという小学校の家庭科でやっているようないないような切り方で玉ねぎを切れるわけがなかった。


「いいよ、じゃあ一緒にやろ。玉ねぎの皮はもう剥いてあるから」


 一樹は玉ねぎが一つ置かれたまな板の前に包丁を持って立つ。


 美月は一樹の横に立った。


「じゃあまずは縦に半分に切って……それから……」


 そうして一樹は美月の指導のもと、玉ねぎを切っていく。


 しかしとうとう美月は不器用な一樹を支えるために後ろから手を回して一緒に支えてくれた。


 肌と肌が触れ合って、視線は同じ方向を向いている。

 楽しい時間の共有だった。


 ふと、切っている最中、横にいる美月が体が当たっていることを気にもせずに説明していた時。

 美月の甘い香りが鼻腔を掠めた。


 おかげで集中力が切れた一樹は美月の方を見る。

 美月はニコニコとしながら説明していて、料理を楽しんでいるのか、一樹といることを楽しんでいるのか。


 ともかくそんな美月の横顔にまた一樹は目を奪われてしまった。


「……どう? できそう?」


 美月がそう言って、一樹の方を向く。

 そうして至近距離にいる上目遣いの美月と一樹は目が合った。


 不意に合わさった視線に一樹の心臓は飛び跳ねる。


 体が熱くなって……目が熱くなって……段々と視界がぼやけていって……?


「あの……目の涙が止まらないんだが……どうすればいい?」


 玉ねぎを切った影響だろうか、一樹はいつの間にか涙を流していた。


「あれ、本当じゃん。大丈夫?」


 美月は笑いながら、その手で一樹の涙を拭った。


 するとニコッと笑顔の美月が鮮明に見えた。


 一樹は美月から目を逸らして、玉ねぎの方を見る。

 そうすれば今度は涙が止まらない。

 

 心臓も忙しいし、目も忙しい。

 

「み、美月はなんともないのか?」

「うん、私は平気なんだよね。なんでだろ。私が切ろっか?」

「す、すまん、頼む……ちょっと、目を洗ってくる」

「ふふ、わかった」


 そんなこともありつつ、料理開始から一時間と少し。

 

 料理が完成した。

 そうして食卓に並べられたのは一緒に作ったシチューと美月が作った品々たち。


「すまん。俺、最後まで邪魔だったな」

「ううん、一樹と料理するの楽しかったよ」


 美月がそう言ってくれるので一樹の心は多少なりとも救われる。

 

「それに……小っちゃい頃に戻ったみたいでさ、ちょっと懐かしかったかも」

「小っちゃい頃?」

「うん、おままごととか一緒にしたでしょ? 大人になって、ままごとじゃなくて本当に一樹と料理とかするようになったんだなって思って……あはは」


 美月は頬をかきながら、恥ずかしそうにそう言う。

 

 たしかに小さい頃はままごとで、今になって一緒に本当の料理をするような仲になるとは思っていなかった。


「……やっぱり、美月といると楽しいな。昔から」


 昔を思い浮かべながら、一樹が独り言のように言ったそれだったが、後から隣に美月がいることに気づく。

 そしてがっつりと聞かれていたらしい。


 美月の方を見れば、彼女の頬はほんのりと赤くなっていた。

 それを見て、訂正こそしなかったものの、一樹も羞恥に駆られた。


 やがて一樹の視線に気づいた美月は一樹に視線を合わせる。


「……私も、楽しいよ」


 そして、小声でそう言った。


 告白こそしてなくても美月に一樹の本心を、一樹の好意を認めてもらえた気がした。

 それがどれだけ嬉しかったかは一樹の心臓の鼓動を聞けば明らかだった。


「よし、冷める前に食べよ?」

「あ、ああ、そうだな」


 何回かのやり取りの後、二人は椅子に向かい合って座った。

 そして、同じタイミングで手を合わせた。


『いただきます』


 一樹はまず初めにスプーンを手に取ると、シチューをすくう。

 そして口へと運んだ。


 口に広がったのはあのイブの日のシチューのように味が深く、クリーミーな虜になる味だった。

 それは当然でシチューを作ったのはほとんど美月だからである。

 あくまでも一樹は具材を切ったりしていただけ。

 

 けれどなぜなだろう。

 イブの日とはまた違う味もする。


 そんなことを疑問に思って、ふと、美月の方を見てみる。


 すると、美月は咀嚼をしながら、微笑んでいた。


「……どうしたんだ? ニコニコだな」

「あー……あはは、うん。一樹と一緒に作った料理をこうやって一緒に食べるのって、すごくいいなって思って……私だけかな。味もいつもとちょっと違うの……あの人のシチューの味、やっと再現できた気がしてさ」


 美月は一樹に語りかけながらも、それは独り言のようで、どこか遠くを見つめていた。


 一樹はこの味の正体がわからない。

 けれど、暖かくて、美味しくて、柔らかくて、心が楽になる、そんな味であることはわかった。


 ***


「そ、そういえばさ、一樹」


 二人で一緒に作った夕食を食べている最中のことだった。


 美月が何か話を切り出そうとした。

 

 先ほどから何かそわそわとしているなと思えば、話したいことがあったらしい。


 声をかけられた一樹は美月の方を見る。

 すると緊張の面持ちでいて、声をかけておきながらも口を結んだままそれをモニョモニョと動かしている。


 そんな姿を見て可愛いと思った自分をひとまず押し殺す。

 雰囲気からして真面目な話なのだろう。


『いつか、言うから』


 ふと、そんな美月の言葉が頭に浮かんだせいで、一樹までその緊張が伝わってくる。

 一樹は口に含んでいた物を飲み込んだ。


「あの、さ……」

「お、おう」


 美月は一拍、二拍、三拍と置いてから、言った。


「……来週の土日って空いてる、かな?」


 美月のしようとしている話はどうやら一樹の予想していたものとは違うらしい。

 おかげで曖昧な返事を一樹は返してしまう。


「え? あ、た、多分?」


 来週の土日は特に予定はなかったはずだ。

 というより、いつも一週間後の予定など入れていない。


 それにしても急に予定など聞いてどうしたのだろうか。


 考えを巡らせながら、ふと、美月の様子が少しおかしいことに気づく。


 顔が、赤い……?


「よ、よかった」


 美月は目も合わさずにそんなリアクションをした。

 そして、次の一言はそんなに間を置かなかった。


「じゃ、じゃあさ……一緒に、ホテル、泊まりませんか?」

「……つまりはデートの誘いってことでいいのか?」

「ち、違う! い、いや、違わないんだけど!」


 美月はさらに顔を赤くしながら、慌てる。


 どうやら一樹はデートに誘われたらしいことに気づいた。

 この様子なので何か事情はあるのだろうが、美月をからかえる機会は少ないとからかっておくことにする。


「ふーん、嬉しいな。美月と、デートか」

「っ……か、からかってるでしょ」


 美月に軽く睨まれた一樹は笑ってなんとか誤魔化す。


 そんな一樹を見ながら、美月は口をへの字に曲げていた。


「……っていうか、なんで、デートって言葉にそんな敏感なんだ?」


 一回シたことあるのに。


 そんな言葉は口には出さなかったが、美月は察したのか、髪をくるくるといじり始める。


「乙女心は複雑なんですー」


 美月は一瞬だけ視線を一樹に向けたが、またすぐに逸らした。


 そんな美月の反応を笑って見ている一樹もまた油断すれば本心が自分の顔に出るような状況に置かれていた。


 なんとかそれを隠しながら、一樹は話題を変える。


「で、ホテルに泊まるってどういうことなんだ?」

「来週に行きたい場所があって、ちょっと遠いから一泊二日で行こうかなって……それでさ、一樹も一緒に来て欲しいの。会わせたい人がいるから」

「会わせたい人?」

「うん、私の……恩人。三年ぶりくらいに連絡取って、会う約束したんだ」


 美月の恩人。

 もしかしたら美月のことをもっと知れるかもしれない。

 恩人というのも気になる。


 とはいえ一樹が行ってもいいものなのか?


「俺が行ってもいいのか? 二人でゆっくり話してきた方が……」

「その人が一樹に会いたいって言ってたから。どう、かな?」


 改めて来週の予定がないかをスマホで確認しておく。

 当然、予定は埋まっていなかった。


 美月がいない家で過ごすのも退屈なので、一樹が了承しようとした時だった。


「あ、あとさ……」

「どうした?」

「そ、その……そこって、イルミネーションとか有名らしんだよね」


 美月の言葉が何を意味しているのか、一樹は理解できなかった。

 

 一樹が美月の方に視線を向けたままでいると、美月は視線を外しながら一言。


「……さ、察してよ」


 恥じらいながらそう言う美月の姿はしばらく一樹の脳裏に残り続けた。

 

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イチャラブいいですなぁ、幸せになってくれ
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