表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
久々に会った初恋の訳アリ幼馴染とワンナイトした  作者: テル


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

30/45

美月視点④ 過去の鎖と依存の鍵

「行ってらっしゃい。一樹」

「ああ、行ってきます」


 正月の午前、新年を祝う暇もなく、一樹は私に背を向けて家を出ていった。

 一樹は二泊三日で実家に帰るらしい。


 見えなくなるその瞬間まで手を振って、ドアが完全に閉まると、私は新年最初のため息をついた。


「……掃除しないとな」


 私はそう独り言を呟くと、朝の家事に取り掛かることにする。

 

 すべきことをしていかないと孤独を感じてしまうと思ったから。


 新年早々、一人家に残されてしまった私は一樹が帰ってくるまでの間、この家を守らないといけない。

 二泊三日という時間は一樹にとっては短いかもしれないけれど、私にとっては途方もなく長く感じられた。


 一人の夜を二回も過ごさないといけない。


 暇な時間が少しでもできてしまうと、まだ過去のことを思い出してしまう。

 

 そろそろ前を向いていかないといけないのに。

 一樹を困らせる前に一樹の家を出て、一人暮らしできるようにしないといけないのに。


 今までは一人で生きてきた。

 けれどそれは苦しさが常にまとわりついた環境に慣れていたからだった。


 一樹の優しさという苦しさも一切ない居場所に慣れてしまった今、元に戻ることは難しい。


 ずっと過去が私にまとわりついている。

 この過去を取り除かないと、前に進むことなんてできない。


 私は考え事をしないためにも家事を忙しく行う。

 テレビをつけながら、時にはわざと外の寒い空気を入れながら。


 しかし急ぐ必要もない家事を急いでしていれば、すぐに終わってしまう。


 十二時半前には私は全ての家事を終えていた。

 新年らしいことをしようと餅の入ったインスタントうどんも食べたが特に気持ちに変化はない。


 そうして午後からすることがなくなってしまった。

 しばらくは気になっていたドラマでも見てみたのだが、重い話だったので途中で見るのをやめた。

 

 ずっと一人で家にいるのも気が引けたので買い物がてら私は外に出ることにする。


 行き先はクリスマスイブ以来行っていない少し遠くのデパート。

 最寄駅から電車で四駅のところにある。


 わざわざそこに行く意味はない。

 ただ、近くのスーパーよりも遠いところに行きたかった。


 電車の中は正月だからか人が多かった。

 でも同時に好都合だった。


 静寂よりは少しうるさいくらいの方が自分の頭の中を邪魔できた。


「お母さん、帰ったらお餅食べたいー!」

「お餅? じゃあぜんざいでも作ろっか」


 私の前に座っていたのは仲良しの親子だった。

 母と娘が会話して、それを父が柔らかい笑顔で見守っている。


 ……理想の家族だなー。


 私が前の家族を見る眼差しには羨望が入っていたと思う。

 家族仲良しなんて言葉は私の辞書にはなかったから。


 仲のいい家族が作りたい。

 そう思いながらも、私には到底難しい将来だと思うと苦笑すらできない。


 中卒で、無職で、人の家に居候して。

 ……過去には水商売もしていて、グラビアもしていて。


 そんな人を拾ってくれる人なんていない。


 いっそのこと……もう……。

 そう思って、ふと、一樹の顔が浮かんだ。


 私なんて死んだ方がいい、そんな考えのはずだったなのに、なぜか最近は私の中のエゴが生に執着してくる。

 

 ***


 午後十七時ごろ、人が多いデパートで買い物を終えた私は特に目的もなくデパートから離れた場所を歩いていた。

 右手には買い物袋をぶら下げて、駅に向かうでもなくぶらぶらとしている。


 ただの暇つぶしである。

 人といる時間を増やして、一人の家に帰る時間を減らしたかった。


 情けないことに家に帰るのが怖かった。


 少し有名な神社の表参道付近を通り掛かれば、昼間の人の多さがうかがえた。

 帰る人があまりにも多い。


 ……一樹と初詣行きたいな、誘おっかな。


 人混みを抜けて、歩いて、次は居酒屋が多く立ち並ぶ場所を通りかかった。


 ……一樹がバイトしてる店の名前、なんだっけ。


 気づけば一樹のことばかり私は考えてしまっていた。


 また真っ直ぐ歩いて歩いて、ずっと向こうに駅が見えた。

 しかしその前に通りかかったのは夜の店が立ち並ぶ通りだった。


 バーだったり、キャバクラだったり、風俗だったり。

 

 目の前ではメイクをして真っピンクのドレスを着た女性が男性の腕に抱きついて、店へと招いていた。

 

 正月ながらも通りは賑わっていた。

 太ったおじさんも、中年のスーツを着た若い男性も、全員吸い寄せられているかのように。

 当然、女性もいるがほとんどが店の人だった。


 閑散期だからか、正月にもかかわらず必死なのだ。


 そんな異常に賑わっている様子を見るに、普通ならあまり長居はよくなさそうだと思うはず。

 けれど、その様子に懐かしさと安心を私は感じてしまっている。


 そうして歩いていると、私は声をかけられた。


「ねえ、君、よかったらうちの店で働かない? 給料はずむよ」


 私に声をかけたひげの一切ない中年男性は私が歩くスピードに合わせて一緒に歩く。

 

 それに対して嫌な思いなど一切なかった。

 

『ねえ、君、うちで働いてくれない?』


 私をここまで生きながらえさせてくれたのはこういう人たちのおかげだったから。


「ごめんなさい。もうそういう仕事は就いてるので」


 私は笑顔を振る舞って答える。


「あちゃー、そっか。ミスった……誘ったって、店には言わないでくれる?」

「言いません、大丈夫です……じゃあ私はこれで」


 中年男性が放つ言葉の意味も私にはわかる。


 ……でもそんなこと誰が教えてくれたっけ。


 そう疑問に思ってすぐに一人の女性が頭に浮かんだ。

 

 全部あの人が教えてくれた。

 優しさがないと思っていた世界で、優しさを見せてくれた人。

 

 今なら彼女がくれたものが優しさだったってわかる。


 振り返って見れば優しくしてくれたのは一樹だけじゃない。


『何かあったら連絡ちょうだいね。電話番号渡しておくから』


 ……先輩、元気にしてるのかな。


 私が思っているより、この世界には優しい人は多いのかもしれない。


 正月の夜の街、私はそう思い始めていた。

 そして私は駅を目指して前へ前へと歩いていた。


 けれど結局のところ私の人生の中身は、結末は、すでに決まっているのかもしれない。

 

 前を向こうとした時、変えられない積み重なった過去が常に私の足を引っ張る。


 電車の中でのことだった。

 私はスマホを触っていた。


 その時、一件の記事を見つけた。


『活動休止中のグラビアアイドル月乃、枕営業か』


 記事には私の写真集の中の一枚が貼り付けられている。

 その下にはつらつらと文が書き並べられて、そのほとんどが事実に近しいものだった。


 多少は誇張されている。

 実際に私はグラビアアイドル時代、枕営業に手を染めたわけではない。

 

 ……けれど手を染めようとして、男の人とホテルにまで入ったのは変えようのない事実だった。


 元々、休止中と書いているがそのままグラビアはやめる予定だった。

 記事なんて好きに書かせておけばいい。


 そんなマインドでいることができればどれだけ気が楽だっただろう。


 もしも一樹と出会っていなければ、もしも一樹にもう一度恋しなければ。

 前の私なら失うものがないからと乗り切れたのかもしれない。


 でも今は一樹に見放されたくないと思うわがままな自分が私の中にいる。


 それと同時に私はいつの間にか周りの目も気にするようになっていた。

 一樹のことを考えるようになってから、周りの目も考えるようになっていた。


『枕営業とかあるんだな。股開けてるんだろ。えっろ』

『正当に頑張ってる子が可哀想だから休止中のままさっさと消えろよ』


 だから、私はそんな批判コメントを読んだだけで電車の乗客全員に見られているような気がした。

 電車に乗っている間はずっと喋っている全員が私の悪口について言っているかのような、そんな感覚だった。


 ……ごめん、一樹。でも、一樹だからこそ、まだ、バレたくないよ。


 ……早く、帰ってきてよ。


 大きくなった心の鎖は何重にも絡まって、私を過去から解放してくれない。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
美月が一樹と再会した時のエピソードで使いきれなかったゴム、何十回もした、性処理の道具、って美月が回想してる描写があったからてっきり枕は経験済みかと思ったけど違うのかな。 それにしても悲惨な過去だな。幸…
2人で幸せになってほしい
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ