第二十四話 ホームシック
十二時前、日が強く照る時間。
にもかかわらず、日の暖かさを消してしまうほどの寒さの外気に包まれながら、一樹は石階段を登っていた。
上へ上へと目指しながら、一樹は大量の水と柄杓が一つ入った重いバケツを持っている。
目の前を歩く母は花を持って、父は線香や数珠などのお墓参りに必須の小道具を持っている。
一番若い一樹が一番重いものを持たされているというわけだ。
帰省二日目の今日は家族で母方の曽祖父母へのお墓参りに来ていた。
本当は母方の祖父母も来るはずだったのだが、祖父が腰を悪くして二人とも病院にいる。
なのでこの中で曽祖父母を知っているのは母だけ。
一樹は二人と話した記憶は特にない。
曽祖父と最後に会ったのは一樹が赤ん坊の時だったらしい上に曽祖母は生まれる前に亡くなっている。
こうして定期的に墓参りに来ても一樹はただ先祖へ敬意を持つだけで終わる。
「なあ、母さん。ひいばあちゃんとひいおじいちゃんってどんな人だったんだ?」
「……いい人だったわよ。優しくて、暖かくて。小さい頃はいっぱい可愛がってくれた。当時の私も家族って言われたら、きっと二人のことも思い浮かべてるでしょうね」
「家族……か」
誰かの家族の墓と墓の間を通って、石階段を登って。
しばらく歩いて一樹たちは曽祖父母の墓石の前に着いた。
そうしたらまずは掃除である。
墓地に備え付けてあるほうきを持ってきて、枯葉や枯れ木を集めていく。
墓石の前の水鉢の水を入れ替えて、花を入れ替えて、線香を立てて。
墓周りの清掃を終えると、父母は先にそれぞれ墓石の前に手を合わせた。
二人が何をそれぞれ思っているかはわからない。
けれど一樹が思うことは特にない。
話したこともないから話すことなんて新年の挨拶くらいである。
一樹は曽祖父母のことを何も知らないのだ。
しかし、一樹の番がやってきて、墓石に水をかけた時だった。
ふと、ある時に出会った相手と数十年一緒に過ごして、二人で同じお墓に入っていることに不思議な感覚を覚える。
一樹はそのずっとを知らなくて、どんなものでもいつか終わりが来るものだと思っている。
元カノと付き合っていた時も、頭に結婚を考えながら浮気されて終わった。
ずっと続くと何となく思っていた大学生活もあと一年ほどで終わらなければならない。
美月とだって、いつか離れる。
そばにいたことが当たり前だと思いながら、急な転校で離れてしまったあの時と同じように。
一生続くと思っている仲でもいつか急な何かが起こって、生涯会えなくなってもおかしくはない。
だからこそ、終わってもずっと一緒にいる。
そんな目の前の事実に不思議な感覚を覚えたのだ。
一樹は墓石の前で二礼二拍をして手を合わせると、目を瞑った。
***
『おはよ。今日は何する予定?』
墓参り終わり、父と母がご近所と話しているので寺の敷地内にあったベンチに一人座ってスマホを開く。
すると、一時間以上前に美月がメッセージを送ってくれていたことに気づいた。
一樹はすぐにメールを打ち込んで返信する。
『おはよう。午前中は墓参り行ってた』
スマホでも触っていたのか、送信するとすぐに既読がついて、数秒も経たないうちにメールが送られてきた。
『お墓参りかー。いいじゃん。午後は何するの?』
『特に決まってない。友達でもいたらいいんだけどな』
『誘っちゃえばいいのに。仲良い子誰だっけ? たしか翔くんとかと仲良かったよね』
『ああ、高校も同じだったからな。一番付き合い長くて、仲良くしてたな』
『そうなんだ。じゃあ会っちゃえば?』
『そうだな。連絡でも取ってみる』
一樹は会いたいとは思ってもいないが何となくそう返しておく。
今一番会いたいのは一樹が今メールしている相手な訳だが、当然そんなことを言えるはずがない。
帰省二日目にしてホームシック状態である。
……もうだめだな、俺。
好きなものは好きなので仕方ないのだが、まさかここまで好きだとは思っていなかった。
離れて初めて実感したことである。
『明日はちょうど今の時間くらいに帰ってくる予定だから』
一樹は話題を変えると、帰る日の話をする。
すると、美月は……。
『わかった、待ってる!』
そんなメッセージと共に可愛らしいクマのスタンプが送られてくる。
可愛らしいメッセージとスタンプに一樹は自分でも自覚するくらい笑みが口から溢れていた。
そしてそんな様子を見られていたらしい。
「一樹、新しい彼女でもできた?」
前の方から母の声がして一樹はスマホの電源を落とした。
彼女であれば堂々と言っていたかもしれないが、好きな人なだけである。
それ以上に、親が払っているアパートに同居させていながら黙っているので後ろめたさがあるわけだ。
一樹は隠す以外に選択肢がなかった。
「別に。友達」
「女の子?」
「男」
「そう……でも、少しは立ち直った見たいね。浮気されてから辛そうだったもの」
「……忘れかけていた過去を掘り返さないでくれ」
「あら、まだ傷?」
「いや、別にもう何とも思ってないけどな」
「そうね。何だかメッセージを打ちながらスマホを見てニヤニヤしていたものね」
恋愛事情まで関与してほしくなかった一樹が母を軽く睨む。
すると母は笑って誤魔化す。
「彼女作ったら言いなさいよ。結婚の挨拶とか急に来られても困るわ」
「結婚とか……俺はまだ先の話だな」
「そう? 気づいたら結婚ってしているものよ。来年には結婚してるかも」
「流石に早いだろ」
「どうかしらね。運命の相手っていうのは以外に近くにいるものよ」
母は息子をからかうだけからかうと、反論する時間すら与えずに一樹に背を向ける。
「一樹、じゃあそろそろ帰りましょう」
「母さんたち先に帰っててくれないか? 一人で帰るから」
「あら、そう? 何かあるの?」
「散歩でもしながらちょっと寄りたいところあるから」
「じゃあ先に帰ってるわね」
一樹は父母とここで別れることにする。
昨日から頭の片隅で寄れたら寄りたいと思っていたところがあった。
そうして車で帰っていく両親を見送ると、一樹も地元を感じながらぼちぼちと歩き出す。
「……地元が恋しいとか思ったことはないんだけどな」
寺を出ると車通りがない路地をぼーっと歩いていく。
そのままずっと真っ直ぐ歩いていると、やがて路地を出て、出た先は中学校の通学路だった。
冬休みなので当然、一樹の母校である中学の学ランを着ている学生は一人もいない。
付近を歩いているのは百メートルほど前を歩く老夫婦だけだった。
一樹はそんな通学路を辿って学校を目指す。
ふと、中学までは自転車通学だったことを思い出す。
田舎というのもあって中学生が住んでいる場所というのは範囲が広くなる。
基本的に歩いて学校に来る人は少なかった。
……最初の頃は美月と一緒に行ってたっけな。
『今日から自転車登校かー。毎日やっていけるかな。授業もついていけるかな……一樹、なんかあったら助けてね』
『クラス別々だったんだから一人でどうしかしてくれ』
『あ、そうじゃん……寂しいな。でもさ、こうやって毎日一緒に登校しようよ!』
初めて登校した日、そんなことを美月が言っていたような気がする。
けれど一樹が部活に入ってからそんなことはできなくなった。
クラスが別々なのもあってやがて美月とは疎遠になった。
中学時代、もっと美月と遊べていたら。
そんな後悔を昔はかなりしていた。
今は別に気にしていない。
しかし美月が引っ越した日はそれこそ後悔しかなかった。
そんなことを考えながら通学路を歩いていた時だった。
声をかけられた。
「なあ、もしかしてだけど一樹……か?」
意識にも入っていなかったが、前から歩いていた人がいたらしい。
その人を通り過ぎようとしていた時のことだった。
声をかけられたことでその人物が一樹の意識に入る。
そして、一樹は気づく。
「え……しょ、翔……か?」




