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久々に会った初恋の訳アリ幼馴染とワンナイトした  作者: テル


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第十七話 わがまま

『先輩のこと好きです。異性として』


 小鈴にそんな実質的な告白をされてから一週間以上が経った。

 肝心の返事はまだできていない。


 美月と出会う前の一樹であれば、了承していたかもしれない。

 ただ、今は違う。


 断らなければならない理由がある。

 小鈴とのデートに行けない明確な訳がある。


 でもそれを直接的に言い出す勇気もない。

 言い出せば小鈴との関係が気まずくなりそうで怖い、というのもある。


 しかしそれ以上に小鈴を自分の言葉で傷つけるのが嫌だった。


 何度か言い出そうとしたこともある。

 けれどその度にはぐらかされて曖昧になっている。


「なあ、小鈴……デートのことなんだけどさ」

「あ、えっと、め、メール返さないといけないのであとで聞かせてください」


 小鈴との関係が気まずくなっているわけではない。

 少なくとも表面上は今までと変わらない。


 気まずくなるのはデートの話題を切り出そうとする時だけ。


 だから一樹も余計に断ることに対して怖くなっている。

 お互いが自分の気持ちから逃げて、恋から逃げて、自分の心を守るために今まで通りを装っている。


 そんな日々を続けていたある日のことだった。


「今日も夜からバイトだっけ?」


 午後、大学の授業から帰ってきてソファでくつろいでいると美月がそう聞いてくる。

 

「ああ、今日も稼いでくる」

「頑張ってね……毎日大変だね。週四、五くらいでバイトしてるでしょ? 授業も平日は毎日あるのに」

「大変ってほどでもないけどな。授業はちょっとだるいけどバイトは楽しいし……親の仕送りだけで生活するわけにもいかないから」


 この家で生活しているのは一人ではない。

 今は美月もいる。


 電気代や水道代だけでなく生活費も美月の分だけより必要になる。

 お金のことは気にしないでいいと言っていたが、美月の分だけは一樹が稼がなければならない。

 

 美月の件は親にも言っていないし、そもそも一樹が決めたことだからだ。


 当然、勉強も頑張って、いい企業に就職して親に返すまでの間をバイトでつなぐのだ。


「……ごめんね、一樹」


 美月はそう謝罪する。

 

 別に美月のためと言ったわけではない。

 たとえそれでも謝罪する必要性は全くないのに、美月は申し訳なさそうに俯いた。


 美月は机の上に置いてあったマグカップに手を伸ばすと、どこか怪我をしたのか絆創膏だらけの指でそれを手に取る。


 一口啜ると、また絆創膏だらけの手でそれを机の上に戻す。

 

 美月のたまに見せる自己肯定感の低さも、手の傷よりも多いであろう心の傷から来ているのだろうか。

 

 とはいえ一樹が好きでしていることにも関わらず、それを謝られるのは悔しかった。


「言うならごめんじゃなくて、ありがとうでいいだろ」


 一樹は俯いている美月の方を見てそう言う。


 すると、美月は顔を上げて目をぱちぱちとさせた。

 そして口角を上げて一言。


「いつもありがと、一樹」


 そんな一言が一樹の心を暖める。


 謝罪よりも感謝の方が疲れも飛ぶし、頑張ろうと思える。


「じゃあさ……何か私にして欲しいことないの? 何でもするよ?」

「何でもって言うのはよくないだろ。俺も男なわけで」

「別にえっちなこと要求してもいいけど、どうせそんな勇気無いでしょ?」

「……ごもっともで」


 美月に興奮しないかといえば嘘になる。

 童貞を奪われたわけなので、たまに美月との初体験のことを思い出す。


 しかしあれ以来、一度も体を重ねていない。


 性的な刺激を混ぜたからかいはあるが初体験のことはタブーになっている。


 一樹の口から出ることはもちろん、美月からもあの日の夜のことについては触れない。


 だから一樹は美月のことを何も知らなかった。

 シてくれた理由も涙のことも逃げた訳も、会っていなかった空白の一カ月のことも。


 これから美月のことを知っていきたいと思うし、美月本人の口からいつか喋って欲しいと思っている。


「何かないの?」

「なら手出してくれないか?」

「え? い、今?」

「ああ」

「う、うん、いいけど……どっち?」

「どっちも」


 美月は戸惑いながらも一樹にさらに近づいて、両手を差し出す。

 差し出されたその手には絆創膏が何個も貼られていた。


 一樹は美月の手を優しく掴むと、手をじっくりと見る。

 

 細い指で素肌の部分を軽く揉めばふにふにとしていた触感である。

 腕の方を見ると一樹よりも華奢な腕で、握ってしまえば折れてしまいそうなほど繊細だった。


 しかしそんな体だからこそ余計に痛々しく思える。

 主に指先だが手の腹や甲、そして左手首にも絆創膏が貼られていた。


「……この傷どうしたんだ? 朝にはなかっただろ?」

「ちょ、ちょっとドジして怪我しちゃってさ。あはは」


 美月はそう言って詳しいことは言わない。

 いつもみたいにはぐらかして自分のことは言わない。


 ドジって具体的に何を?


 そこが一番気になるのに、美月からは積極的に語ろうとしない。

 けれど自分から追求しない一樹も悪い。


「……そっか」


 またその一言で終わらせる。

 

 いつか聞きたい。

 美月のことをもっと知りたい。


「とりあえず大事にしろよ」

「ありがと……って、してほしいことってこれだけ?」

「してほしいこと……なら、もっとわがままになってくれ」

「……わがまま?」

「俺は美月のこと何も知らないし、何がしたくて何が嫌いでとかわからないから……少しは自分の意見も言ってくれると助かる」


 一樹が美月にためにしていることが本当に美月のためになっているのかが不安なのだ。

 それは一樹が美月のことを知らなさすぎるからと言える。


 だから美月にはもっとわがままになって欲しかった。


「……本当、一樹は優しいね」


 美月は視線を下に向けながらも、柔らかで自然な笑みを浮かべる。

 

 そして再び視線を一樹と合わせると、今度はニコッとした笑顔を見せた。


「じゃあさ、一樹。早速一個いい?」

「ああ、何でも」

「……クリスマスは一緒に過ごさない? 二人でちょっとしたパーティでもしてさ」


 美月は言い終えると頬を赤らめて、はにかんだ様子を見せる。


 答えはもう決まっている。

 むしろそう予定していたが、美月の方から誘われると改めて嬉しくなる。


「そうだな。二人でパーティでもして、サンタさん来るまで夜更かしするか」

「ふふ、何それ。じゃあ寝れないじゃん」


 屋根の下で二人きりの同居生活。

 寒い外とは相反して暖かな空気がそこには広がって、笑いの音が中からは聞こえていた。


 そして一樹の中でその日、一つの決心がついた。


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