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第十四話 接し方、向き合い方

 明るくて笑顔が多いけれど、抜けているドジっ子。

 

 仲良くなる前、一樹から見た小鈴の第一印象はそんな感じだった。

 年上とも高校生くらいの年下とも誰とでも笑顔で話していた。


 彼女の担当はキッチンで一樹はホールなので最初から仲がいいわけではなかった。

 

 仲良くなる前は苦手なタイプだなと思っていた。

 皿を落としたり同じミスばかりで、その場では謝るけどまた同じことをする。

 けれどコミュニケーション能力には長けているのでみんなからは好かれていた。

 それが少し苦手だった。


 仲良くなったきっかけは一樹が休憩中に指を切った小鈴の手当てをしたこと。


「大丈夫か? どこか怪我したのか?」

「あ、はい、大丈夫です……ごめんなさい」


 更衣室、救急箱を膝の上に置いている小鈴に一樹は声をかけた。

 すると作り笑いを浮かべながら小鈴は謝った。


 そんな謝罪を一樹は疑問に思う。


「……なんで謝るんだ? っていうか、どこを怪我したんだ? 必要だったら手当てするけど」

「じゃあ……お願いします。右の親指なので自分だと絆創膏貼りづらくて」


 小鈴はそう言うと右手の親指を一樹に差し出す。

 

 それをよく見れば、どうやら親指の腹あたりから血が流れ出ているらしく、付け根の方まで垂れていた。


 一樹は小鈴の隣に座って膝の上にあった救急箱を取る。

 そして消毒をしたり絆創膏を貼って一通りの手当てをすることにした。


 手当てが終わると小鈴は何度も謝った。


「すみません、本当に」

「別に気にしないでいい。っていうか謝らないでくれ。怪我なら仕方ないだろ」

「そんな訳にもいかないです……みんなに申し訳なくて。だって、怪我をしたのも私が皿を割って、その破片で切っちゃったので自業自得なんです」


 小鈴はたとえミスをしても明るいのがデフォルトだと思っていた。

 しかし内心では人一倍に悩んでいて、罪悪感を感じていた。


「私、何回も同じミスばっかりしちゃって」


 そこで小鈴の印象が大きく変わった。

 単純にいい人だなと思った。


「ごめんなさい、こんな話。休憩の邪魔しちゃいましたね」


 小鈴はまた作り笑いを一樹に見せる。

 ただ、どうにもその表情に苦しさが混じっているように一樹は感じた。


 どうにかして力になりたい。


 そう思って、一樹は声をかけていた。


「いいよ、怪我したらまた手当てしてやるから。そこまで気にしないほうがいい」

「そういうわけにも……いかないですよ。早く、慣れないと」

「……俺さ、ホールだけど、新人の頃、お客さんめちゃくちゃに怒らせたんだよな」

「……そうなんですか?」

「ああ、しかもこの店の常連。料理届けるの忘れてたし、注文間違えるし、挙句には料理を顔面にまけるしで、めちゃくちゃに怒られた。でも今、バイトクビになってないし……皿落とすくらい、みんななんとも思ってないぞ」


 気づけば一樹は自分の失敗談まで語って小鈴を慰めようとしていた。

 

「……優しいんですね、先輩は。ありがとうございます。ちょっと、元気出ました」

「なら、よかった」

「先輩、名前なんですか?」

「相京 一樹。そっちは?」

「小鈴です。藤木 小鈴」


 しょうもないことしか言っていないので慰めになっていたのかどうかはわからない。

 けれど確実にその日から一樹は小鈴と話すことが増えた。


 休憩中やバイト終わりなどに談笑して、いつの間にか駅まで送るという名目で一緒に帰るようにもなっていた。


 バイトが楽しいと思える半分は小鈴のおかげとも言えた。


 後輩以上の関係だと思っていたし、辛い時にも相談に乗ってくれて数えきれないほどの感謝はある。

 けれど恋愛感情に向き合えるかと言われると話は別だった。


 だからこそ小鈴の好意を知って、気まずい。


 そう思っていたのだが……。


「先輩、まさか久々のバイトでバテてます?」


 一樹の隣にニヤニヤとしながら顔を覗き込んでくる小鈴がいる。


「……二週間ぶりだしな。っていうか、絶対にお前の方がホール似合ってるぞ」

「そうですかね……あ、いらっしゃいませー」


 扉が開いた時のベルに反応して小鈴はすぐに入り口に向かう。

 そして百点満点とも言える対応と笑顔で客を案内していた。


 居酒屋の夜は忙しい。

 店内を縦横無尽に動き回って、店内の客全員が楽しめるように最大限の配慮をしなければならない。

 二週間ぶりにホールをして、改めてそのきつさを実感する。


 しかしこの店でのホールは初めてなのにも関わらず、なんともないようにこなしている小鈴には感心する。

 今日はホール担当の一人が風邪で急遽休みになったので、普段キッチンの小鈴が入ることになったのだ。


 正直、コミュ力の高い小鈴にはキッチンよりホールの方が似合っている。


「すみません、注文お願いしますー」

「はい! すぐ伺います」


 けれども感心している暇も考え事をしている暇もない。

 今日もバタバタと忙しい。


 たとえ二週間ぶりでもやることは変わらない。

 客を席に案内して、注文を取って、料理を運んで。


 忙しいけれど、それと同時に一樹はやりがいを感じていた。


 職場の雰囲気がいいというのもある。

 しかしそれだけではなく、この店自体の客層がいい人ばかりなのだ。


「一樹くんはどうだい? 彼女はいるのか?」

「今はフリーですよ」

「そうか。娘も一樹くんと同じくらいなもんで、いつか紹介させてくれないか?」

「いえいえ、俺なんか。もっといい人いますよ」


 常連のおじさんたちには顔は覚えられている。

 なので稀にこうして話しかけられることもある。


 でもだからと言って長話に引き留めないし、店はいい常連を持ったなと内心で思っている。


 そうして一樹が常連と話していると、横から料理を持った小鈴がひょこっとやってきて一言。


「だめですよー。先輩は私が狙ってるんです」

「おお! 一樹! 言われてるぞ!」


 酒の勢いもあって周りは一気に笑いに包まれる。

 

 客と店員の距離は近すぎると言ってもいい。

 小鈴が入ったことで余計に近くなったような気もする。


 悪いことではないので別にいいのだが公の場で言われると恥ずかしい。


「……小鈴、冗談でもああいうこと言われると普通に恥ずいからやめてくれ」


 休憩中、一樹は小鈴にそうお願いする。

 しかし小鈴は表情を笑みに変えた。


「ふふ、本気なので安心してください」

「そっちの方が安心できないんだが」


 どうやらバイト中でも関係ないらしい。


 そこで一樹は理解した。

 一度ついた火はそう簡単には消えないらしい。


 だからまた一つ、悩みの種が生まれる。


 小鈴の好意にどう向き合うべきなのだろうか。

 

 一樹は自分がそれを知っているからこそ、同時にどう断ればいいのかわからなかった。

 どう頑張っても、小鈴を傷つけてしまう気がして胸が痛んだ。


 自分が小鈴にとっては軽い存在だったらいいのに、そんなことを一樹は思う。


 真正面から好意を伝えてくる小鈴の気持ちを簡単にあしらうことなど一樹には到底できない。


「ねえ、先輩……そんな複雑そうな顔しないでくださいよ」

「顔に出てたか?」

「はい、思いっきり」

「……悪い」

「……ねえ、今、先輩にとって、私ってどういう存在なんですか?」


 小鈴にそんなことを急に聞かれて、一樹は返答に困る。

 すぐに答えられるような質問ではなかった。


 異性として好きならすぐに答えられたかもしれない。


 けれどそうではないからこそすぐには答えられなかった一樹を小鈴は察する。


「ふふ、私のこと絶対に好きじゃないでしょ。なのにいつも優しいし、なんなんですか、本当」


 いつも笑顔な小鈴は一瞬だけ暗い顔を見せる。

 

 小鈴のことは確かに異性として好きではない。

 しかし大切ではないわけではなく、嫌われたいわけでもない。


 だから二人のこの空間が気まずいものになるのが嫌だった。


「じゃ、二人も抜けたらまずいですし、私、先に戻りますね」


 小鈴はいつもの笑顔を振る舞うと、先に休憩を終えて更衣室から出る。

 

 そして今、この空間に一人、悩み事だけが一樹の隣にいた。


『私って、どういう存在なんですか?』


 大切な後輩、それ以外に小鈴を上手く表現する言葉が見当たらない。


 小鈴が困っていたら助けたいし、力になりたい。

 でもそこに下心は一ミリもない。


「……俺も戻るか」


 ずっと一人休憩していても悩み疲れるだけ。

 働いていた方がまだ楽だった。


 そして一樹が業務へと戻った時だった。


「きゃっ!」


 小鈴の甲高い声が聞こえてきた。


 一樹はすぐに小鈴の元に向かう。

 

「お前、体で落とし前つけろよ、なあ!」


 駆けつけた時、目にしたのは個室で小鈴が大学生ほどの男性に腕を掴まれている光景だった。

 そして腕を掴んでいる男性に一樹は見覚えがあった。


 駆けつけた一樹に男性は目を向けたことで、お互いの目が合う。

 そこで一樹は確信した。


 目の前の男は元カノの浮気相手だった。


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