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第十一話 初めての共同作業

「一樹、今日は何か予定あるの?」


 朝、一樹がソファでスマホを触っていると美月がそんなことを聞いてくる。

 一樹はまだ見慣れないパジャマ姿の美月に同棲中のカップルか夫婦のようだなと勝手に不純な妄想をする。


 美月と同棲を始めてから三日が経った。

 

 ずっと一人で過ごしていたこの部屋に美月がいるというのはあまり慣れない。

 この三日間、一樹も美月もお互いにあまり喋らない状態だった。


 何を喋ればいいかもわからずに必要なことしか喋っていない。

 

 基本的に美月からもあまり喋ることはない。

 しかし常に一樹の隣に美月がいた。


 悪いものではなくてむしろ居心地がいい。

 それを美月も感じているなら嬉しい、一樹はそう思っている。


 無論、そのためにも同棲を始めてからは買い物に行ったり、外食に行って、不憫のないようにしているつもりだ。


「いや、予定は特にないな」

「大学は?」

「日曜日だし、授業はないぞ」

「あ、そっか……もしかして一昨日とかはあったの?」

「普通にあったけど必修じゃないから休んだ。服とか買わなきゃいけなかっただろ?」

「……ごめんね、わざわざ」

「別に謝らなくていいから。必要なことだし」


 一樹は講義に積極的に参加しているので単位は取れている。

 虚しいことに、周りのリア充とは違って毎日が暇だったからだ。


 なので一日くらい休んでも問題はない。


「……じゃあ、さ。今日、一緒に掃除しない?」


 一樹はそう言われて辺りを見渡す。


 机の上に乱雑に置かれたいつの日に食べたかもわからないお菓子の袋と缶ビールの数々。

 埃っぽい床に、部屋の隅に積まれたゴミ袋の山。

 なぜか空き椅子に置いてある一樹のパンツ。


 改めて見ると部屋の有り様は見るに耐えない状態になっていた。


 同棲してから家にいないことの方が多かったが、こうしてゆっくりと見てみると汚い。

 一樹一人で住む分にはいいのだが、美月がいるとなると話は別だ。


「あー……そうだな、汚いよな。今から掃除する」

「私も手伝うよ」

「いいのか?」

「当たり前じゃん。住まわせてもらってるんだから。一緒に二人で掃除しよ」


 そういうわけで同棲開始から三日経過した日曜日の午前。

 部屋の掃除が唐突に始まった。


 掃除を始めた当初はすぐに終わるかと思っていたのだが、掃除をすればするほど出てくるゴミの数々に二人は手を焼いている。


「ゴミの量、多いね。一樹ってあんまり掃除してこなかったの?」

「……掃除が苦手なんだ。大晦日以外に掃除したことがない」

「あはは、一応、大晦日はするんだね」

「でも正月に友達が来て、すぐに汚くなるんだけどな」


 掃除をしてこなかった過去の自分に恥じらいを覚えながら、一樹は掃除をしていく。

 不器用な一樹だが、一方で美月の方はテキパキと掃除をこなしていた。


「……こ、これいつの日の靴下?」

「あー……た、多分、半年前とかだな。捨てちゃっていいぞ」 

「まだあるみたいだから、とりあえず袋にまとめて入れとくね」


 同じ時間で一樹がしたことと、美月がしたことの差が違いすぎる。


 そうして部屋はみるみる内に綺麗になっていく。


 散らかっていたゴミの数々は部屋の隅にあったゴミ袋の山の一部になっていた。


 この調子で行けば……。


 一樹は美月に半ば頼り切っている状態だった。

 それが一樹のした大きな間違いだった。


「……ね、ねえ、一樹、これどうすればいい?」


 リビングの棚の整理中、美月に肩を軽く叩かれる。

 振り向くと、美月が本を二冊持っていた。


 いわゆる小説などの本であればあまり驚くことはなかったかもしれない。

 しかし美月が持っていたのは二冊とも大人向けの本だった。


 美月は気まずそうに口元を左手で覆っている。


 一樹はその二冊の本を見てフリーズする。


「な、生意気巨乳女子高生をわからせる中出……」

「読み上げなくていいから!」


 一樹はすぐに美月の読み上げたエロ漫画の一冊を取り返す。

 もう一冊の本はグラビアアイドルだが巨乳特集と書かれている。


 美月はそれも見ながら、少し顔を赤らめてニヤニヤとしている。


「その……一樹の癖って……」

「……もう、お察しの通りだ。俺も一応男なんだ」

「こういうのでシたりするの?」

「……ノーコメントで」


 両冊とも真斗からもらった本なのだが、一樹も食い入るように見ていた時期があったので否定しようがない。


 一樹からしてみれば恥ずかしいことこの上ないのだが、美月はそれにぐいぐいと踏み込んでくる。

 

「グラビアの方も返してくれないか?」


 美月はグラビアを手に取って、それをじっと眺めていた。


 一樹が声をかけると美月は顔を上げる。

 

 顔を上げる時、一瞬だけ美月は暗い顔をした気がした。

 しかしすぐにまた元の赤みを含んだ表情に戻ったので気のせいかと流す。


「……ねえ、この月乃って人、誰なのか知ってる?」

「表紙に載ってるグラビアの人だよな」

「……うん、そう」

「誰なのか知ってるってどういうことだ?」

「ううん、なんでもない。ごめん、忘れて」


 美月はニコッと笑うと、一樹にグラビア雑誌を返す。

 一樹はこれ以上はなかったであろう過去最大の羞恥に耐えながら、それをゴミ袋の中に突っ込む。


 正直、今これでシていないので事故の再発防止として捨てるのがベストだろう。


 しかし美月はその二冊を再度拾い上げると、右手に雑誌を、左手にエロ漫画を持った。


「ねえ、一樹。どっちの方が好き?」


 まだ擦られるらしい。

 ここまで来ると一樹の羞恥も薄れていた。


 そして一樹は今、究極の二択に迫られているような気もする。


「……これ以上いじられても俺の尊厳的に困るんだが」

「いいから答えてよ」


 美月はニヤニヤとしながらそう言う。


 ずっといじってくるので一樹は冗談でいじり返そうと思った。


 一樹にとっては冗談のつもりだった。

 けれど、後になって考えてみればある意味で美月が冗談では済ますことができなかったのは当然だった。


「じゃあ真ん中だな」

「……え、あ、えっと」


 美月は顔を紅潮させると、目を逸らした。

 そんな美月の様子を見て一樹は我に返る。


 言った直後に急に更なる羞恥が胸のうちから押し寄せてきた。


「あ、わ、悪い……冗談も行き過ぎたな」


 一樹はすぐに謝罪した。

 しかし先ほどまで顔を赤らめていた美月はその様子を見て笑い出す。


「ぷっ、あはは、ううん、大丈夫」


 そして一言。


「……また、してあげよっか?」


 美月は今度は妖艶な笑みを浮かべると、パジャマの襟元を鎖骨から胸が見えるギリギリまで下げる。

 そんな美月の姿を見た一樹は下から迫り上がってくる衝動を抑えるためにも、目を逸らした。


 また性に支配されるわけにもいかなかった。


 美月は一樹が目を逸らしたのを見てクスッと笑う。

 いじり合いはどうやら美月の方が一つ上手だったらしい。


 同棲生活は我慢との戦いにもなりそうだった。


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