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久々に会った初恋の訳アリ幼馴染とワンナイトした  作者: テル


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第十話 再会は雨と共に

「美月っ!」


 一樹は美月の名前を叫ぶ。

 そして駆け足で美月の元に向かった。


 美月は黒マスクをした男に腕を引っ張られていたが、一樹が来るとすぐに手を離す。


 一方で、先ほどまで腕を掴まれていた美月の腕は少し震えていて、表情からも怯えているのがわかる。


 おかげで状況はなんとなく掴める。


「お待たせ。待ち合わせ場所来なかったからさ、ちょっと心配してて」

「あ、え……」


 一樹は美月に視線で訴える。

 この状況を切り抜けるなら話に合わせてもらうしかない。


 美月もそれを読み取ったのか一樹に笑顔を振る舞った。


「ごめん、一樹。電車遅れてて……あと、この人に絡まれてて」

「あの、彼女に何か用ですか?」


 一樹は先ほどから立ち尽くしている男性の方を見て睨む。

 男性は驚いた様子で一歩下がったが、すぐに不機嫌そうに顔をしかめた。


「は? あ……チッ、そういうことかよ」

「さっきから彼女の腕掴んでましたよね? 退かないなら警察呼びますよ?」

「チッ、クソビッチが。そんなところ立ってたら立ちんぼとかだと思うだろ」

「……それ以上、彼女を侮辱するな。警察呼ぶぞ。録音も全部してある」


 一樹は語気を強める。

 そしてスマホを取り出そうとポケットに手を入れた瞬間に、男性は逃げるように立ち去っていった。

 

 男性の姿が見えなくなった後、一樹は安心感と美月が侮辱されたことに苛立ちを感じる。


「なんだよ、あいつ……大丈夫か? 何かされたか?」

「う、ううん、平気。掴まれたところちょっと痛いだけ」

「警察呼ぶか?」

「そこまでしてなくても大丈夫……っていうか、腕掴まれた以外に何もされてないから」

「……美月がそう言うなら、いいか」


 一樹としては警察を呼ぶ気だったのだが、それは美月が決めることだ。

 ポケットに入れていた手を取り出す。


 そこで冷静になって、やっと自分が美月と対面しているという事実を飲み込んだ。


 相手も同じことを感じたのか途端に会話が止まる。

 気まずさが二人の間に流れる。


「その……久しぶり、だな」

「……久しぶり。助けてくれてありがとうね」

「まさかこうやって美月と会うとは思わなかった」


 美月は上下ともに灰色のジャージで、あまりにもラフな格好をしている。

 前回コンビニで会った時とは違い、今はおしゃれさも清潔感もない。


 ジャージはしわしわで汚れているし、シミもある。

 美月の髪はぼさっとしていて、あまりいい印象はない。


 けれどそれが気にならなく思えるほどの顔立ちの良さと胸の大きさがある。


 久々に見る美月に一樹は少し見惚れていた。

 しかし美月は違った。


「……今日はありがとう。おかげで助かった。じゃあ……ね。バイバイ」


 美月はそう言って一樹の元から立ち去ろうとする。

 

 一樹の元を去ろうとするのはのはこれで二回目だ。

 

 一回目は美月は何も言わずに一樹の目の前から消えた。

  でも二回目はもう逃したくない。


 これを逃せばもう美月ともう二度と会えない、そんな気がした。


 一樹は美月の腕を掴んで、去ろうとする美月を静止する。


 美月は動きを止めた。


「……何?」

「ちょっと二人で話さないか?」

「話すって、何を話すの? ……一樹と話すことはもうないよ」

「俺はある。お前さ、あの日の夜の後、何も言わずに出て行くなよ。なんで出ていったんだよ」


 一ヶ月間、一樹は悩んでいた。

 だから、いざ美月を目の前にすると感情を隠せなかった。

 苛立ちとなって、悲しみとなって、それらの感情が言葉の語気を強める。


 しかし美月は表情を変えなかった。


「……ちょっと、用事あったから」

「なら、連絡先だけでも教えてくれよ……そんなの、俺がヤリ捨てしたみたいじゃないか……」


 一樹は拳を固める。

 ずっと罪悪感を感じていた。


 行為した後、起きてみれば周りには誰もいない。

 そこにあったのは喪失感と、さらに汚れた部屋だけだった。

 

 ひどく後悔した。

 酒と快楽に溺れて自己中心的になって、それが美月を悲しませたんじゃないか、と。


 美月への怒りは元を辿れば抑えきれない自分への怒りから来ているものだった。


 そんな一樹の様子に美月はやっと表情を変えて、困惑の表情を見せる。


「な、なんでそうなるの? 一樹は悪くないよ? なんで自分を責めてるの? ……なんでヤリ捨てしたって私を罵らないの?」

「……罵れるわけないだろ」


 悪いのは自己中心的になった一樹だ。

 

 誘ったのは美月で、いなくなったのも美月。

 けれどそうさせた自分が許せなかった。


 それに美月は一時的にでも一樹の拠り所になってくれた。

 そんな人を罵ることは一樹には決してできなかった。


「……ごめん、あの時は」


 一樹は美月の目をまっすぐ見ると、そう言った。


 美月はそんな一樹の視線から目を逸らすと、言葉を返す。


「……私こそ、ごめん……私、バカだ……私がよく知ってるのに、なんで……私、バカだ」


 美月は自分を何度も蔑む。

 その声は震えていて、涙を一つ流した。


 多くの涙を流したではない。

 たった数粒だけが目からこぼれ落ちる。


 そんな美月の顔はあの日の夜に見せた顔と同じだった。


「……ごめん」


 美月は一樹から数歩離れると、顔を逸らす。


 普通なら涙を流す必要などないのに、必要以上に美月は自分を責めている。


 心のモヤモヤから生まれた罪悪感が薄くなった今、一樹の心に新たな疑問が生じた。

 初体験の涙の記憶と同時に、あの日に感じていた疑問も再度思い出される。


 酒と快楽に逃げたのは美月も同じだ。

 そしてそんな行為をする人の精神状態は一樹がよくわかっている。


 一樹はそれを美月に吐き出せた。

 けれど美月は自分のことを語ることを避けていた。

 

 人には言えない何かを抱えて、それを吐き出せなかったから、涙を流したのだとしたら。


「なあ、美月……今日、一緒に飲まないか? ……快楽とかそういうの抜きにして。あの時、美月の話を聞かなかったから今度は話したい」


 それが一樹にできる最大の贖罪だった。

 しかし美月は相変わらず顔を逸らしたまま、目を合わせようとしない。


「今日はごめん……無理」

「ならいつでもいいから、また一緒に飲まないか?」

「私の話なんて……することないよ。罪悪感に思ってるならもう大丈夫だから。私の方こそ、ごめん。だから、もう放っておいて」


 一樹はそんな言葉に何も返すことができなかった。

 黙ったまま、その場に立ち尽くす。


 美月もしばらく黙った後、踵を返す。


 そして一樹に背を向けてゆっくりと歩き出した。


 また美月がいなくなる。

 そう思うとどうしようもないほどの嫌悪感と焦燥感に襲われた。


「……連絡先だけでも、教えてくれないか?」

「放っておいてって言ってるじゃん……私と関わったらロクなことにならないから。そんなの一樹がよくわかってるでしょ。初体験奪われて、一ヶ月ずっと罪悪感引きずって……私と関わったからなのに、また関わろうとするの?」


 美月は先ほどよりも語気を強める。

 

 言い方からは一樹を突き放すように思える。

 けれど一樹にはその姿が助けてを上手く言えない昔の美月の姿と似ているようにも感じた。


 そんな姿を見て、一樹の胸は大きく揺れ動く。


 積もりに積もっていた初恋の恋慕はまだ消えていなかったらしい。

 

 一樹は一ヶ月ずっと美月のことが気がかりだった。

 なぜ気がかりだったのか、そんな理由も知らないまま、ただ美月と会いたかった。


「……美月とワンナイトだけの関係とか、俺は嫌だぞ」


 その理由も今ならわかる。

 初恋の時に積もりに積もった恋慕はまだ消えていなかったのだ。


「ロクなことにならなくても、美月とまた仲良くしたい」

「なんでよ……なんで……」


 あの日に再燃していた初恋の火は美月を目の前にした今、油を注がれた火のように激しく燃えている。

 それを消すのは決して容易ではない。


 今になって一樹はやっとその火を認識した。


「……じゃあ、一生家泊めてよ。ご飯も食べれて、お風呂もあって、自分の身を削らないでも普通の生活ができて。そんな暮らしを私に無償でくれるならいいよ?」


 できないでしょ、とでも言わんばかりに美月は言い放つ。

 

 しかしそれでも火は燃え続ける。


 なんでもいいし、これ以上考えたくない。

 美月がいてくれるなら、同居でもなんでもいい。

 

 それでモヤモヤも晴れて、美月とまた仲良くなれるならそれでいい。


 下心はないと言えば嘘になるし、なんならシたいけれど、一樹から迫るようなこともしない。

 一緒にいる以外、何も美月には求めない。


「それが無理なら、もう私に優しく……」

「別にそれくらいなら、いいぞ」


 一樹がさらっとそう言ったからか、美月は目を何回かぱちぱちとさせる。

 

 実際、それほど難しいことでもない。

 ご飯は二人分作ればいいだけだし、部屋は親がいつか泊まりたいからという理由で余っているから貸せる。

 お金の消費は激しいだろうが生活費ならバイトでやりくりできる。


「無償で、だよ?」

「ああ、何もしなくても……あー、やっぱり家事はたまに手伝って欲しいけど、別にしなくても泊められる」

「……何も求めないの? ……体も、お金も」

「お金は余裕あるし、体の方もあの日襲ってきたのは美月の方だろ。別に俺からは襲わない」

「……冗談、でしょ?」

「最初から本気だ」

「いつまで泊まるかわからないのに?」

「別に一ヶ月でも、一年でも、十年でも」


 とりあえず美月がいれば何でもよかった。

 美月とあの日に話せなかったことを話したいし、美月の相談にも乗りたい。


 状況的に衣住食がままならないほどお金に困っているのだろう。

 なら十年後にはどうにかなっている。


 問題など後回しだ。

 未来でどうにかなる。


 そんな楽観的な思考は美月の目を潤ませる。


「……ねえ、一樹。頼っても、いい?」

「ああ、当然。それくらいで罪滅ぼしになるなら」

「捨てないでよ。お願いだから」

「するわけないだろ。むしろ、勝手にまたいなくなるなよ」


 一樹がそう言うと、美月は涙を流し始める。

 

 いい涙であることに違いはなかった。


 同時に雨が降った。


 ポタポタと降り落ちてきたかと思うと、次第にそれは強くなっていく。

 やがて雨雫がものに当たる音が鮮明に聞こえるようになり、一樹は上を見上げる。


 一滴、二滴と一樹の顔に雫が当たる。

  

 一樹は前を向いた。


 すると苦しそうに胸を押さえている美月が一樹の目に入った。


 理由はわからない。

 呼吸を乱しながら、ぜえぜえと過呼吸を起こしている。


「美月っ!」

「かず、き……」


 一樹はふらふらとしている美月の両肩を掴む。


 やがて、雨に混じった涙を流したまま美月は一樹の胸に倒れ込んだ。


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