17 その王子、偏屈につき4
ロゼがお城で働く最終日も、エルはエドワードの世話係をしていた。
いつもどおりエドワードの着替えを手伝い、朝食の給仕をして、それから会議へ向かったエドワードを見送ると部屋当番の使用人たちと部屋の掃除をした。
今日、エドワードは参加する会議がいくつもあるらしく、部屋に戻るのは夕食の時間になるらしい。こんなことならロゼのお別れのお茶会に行けたかもしれない、と思いつつ、だがしかしエドワードが会議の空き時間に部屋へ戻ってきた時に自分がいなかったら大目玉を食らいそうでもあるので、エルは諦めるしかなかった。
予定より早く、エドワードは3時過ぎくらいに部屋へ戻ってきた。
丁度お茶の時間だったので、エルは大慌てでお茶の準備をはじめた。戻らない予定だったとはいえ、お茶の時間にお茶の用意がないことに、部屋に入ったエドワードは眉をぴくぴくと動かして不機嫌そうな顔をした。エルが慌てて厨房に向かおうとすると、エドワードの後からアランとマイクも部屋に入ってきた。エルは、2人を見て、えっ、と声を漏らした。アランも目を丸くしている。
最後に会ったのが、あのお見合いに行く直前だったので、エルはなんとなく気まずくて目をそらす。エルはなぜ自分が気まずく思っているのかわからずに混乱する。するとアランも同じように気まずそうにしているのが見えた。エルははっとしてアランを見ると、彼の方もエルを見ていた。また気まずい気持ちにお互いがなったとき、マイクが、あっ、と嫌そうな顔をしているのが見えた。
「えっ、エリィさん、な、なぜエドワード殿下のお部屋にいるんですか…?!」
マイクが、わけがわからないという顔をした。エルは、え、えっと…、とどこから説明していいかわからずに戸惑う。すると、何をしている!とエドワードがとうとう声を荒げ始めた。エルは、と、とりあえず、お茶を持ってきます…、と早口で言うと、二人を置いて慌てて厨房に向かった。
お茶の用意を持って部屋に戻ると、アランとエドワードは向かい合って、資料を読みあっていた。本当にちゃんと、アランは普通に仕事をするようになったのだと、エルは感動した。
エドワードの後ろに控えていたマイクが、エルが戻ったのを見るとまた嫌そうな顔をした。
エルはマイクの視線が自分に刺さるのを感じつつも、気にしないふりをして慌ててお茶の用意をした。エドワードとアランのところへお茶を置くと、エドワードは当然何も言わず、アランだけが、すまない、と言った。アランはエルが出したお茶を見たあと、エルの方を見た。
「…君はなぜ、兄さんの世話係を?」
アランがそう、不思議そうに尋ねた。以前よりもかなり柔らかい口調に、エルはまた感動する。
アランがエルに尋ねたのを見て、エドワードが、なんだ、と顔を上げた。
「お前、こいつと知り合いなのか?」
エドワードの質問に、アランは、まあ…、と曖昧に返した。するとエドワードは怪訝そうな顔をした。
「なんでお前が使用人なんかと知り合いなんだよ。ロゼもこいつを俺の臨時の世話係に勧めるし…」
「臨時?」
アランが首を傾げた。するとエドワードが、気まずそうに咳払いをした。
「……ジョージが隠居することになって、次の執事が見つかるまでの繋ぎだ」
「でっ、でも殿下、わざわざそんな、使用人を世話係にしなくても…」
マイクの言葉に、エドワードはさらに気まずそうな顔をする。どうやら、もうこの城に他に自分の世話をしようというご令嬢、ご令息がいないことを言い出せないようである。エルはそんな彼に内心少し笑いそうになる。
しかしアランは、エドワードの言わんとすることをなんとなく察したのか、まあ、早く見つかるといいね、と話を終わらせるように返した。エドワードは、アランの助け舟に乗り、そうだな、で、この議題の…、と話を切り替えた。
アランとエドワードは随分長い時間、資料に目を通して、ああでもないこうでもないと話しながら、メモを取ったり修正したりする作業をしていた。アランのそばに控えていたマイクは、半分寝そうになっていた。
しばらく待っているとようやく作業が終わったらしく、2人は散らばった資料を片付け始めた。今度は兄上も交えないと、とエドワードが呟く。そして、ちらりとマイクを見た。
「…おいアラン、後任が来るまででいいから、マイクとこの女を交換してくれ。使用人に、しかも女に側仕えをされるのは性に合わん」
エドワードがエルのいる前でそう堂々といった。エルは、なんとなく居づらい気持ちになりながら、私だって早く後任がみつかることを、はちゃめちゃに、祈ってますけど…!という言葉を飲み込んだ。
エドワードの提案に、アランより先にマイクが、駄目です!!と言った。
「そんなこと、ぜったいに、だめです!!」
青い顔をしたマイクが頭を左右に振った。
「そんなこと…そんな…お二人に万が一間違いがあったら…!!」
マイクが頭を抱えた。エルは、また前の時にしていた話をしている、と察して嫌な気持ちになる。
アランとエドワードは、話がよくわからなさそうな顔をする。
「間違い?何を言っているんだ」
エドワードが腕を組んで怪訝そうな顔をした。よくわかっていなかったアランだが、時間をおいて理解してきたのか、マイクに対して怪訝そうな顔をした。
「…やめてくれ、人を分別がないように言うのは…。しかも彼女の前で…。少しは考えろ、マイク」
アランがため息をつきながらマイクを諭した。マイクはしかし、でも!でも!!と頭を抱える。アランはエルの方を見て、すまない、気にしないでくれ…、とかなり気まずそうに謝った。エルもかなり居づらい気持ちで、いえ…、と頭を振った。
エドワードは、そんな2人を見て、ん?と呟いた。
「…アラン、お前まさか、前に生涯結婚しないとか言っていたのは、この平民の使用人とそういう仲だからなのか?」
エドワードがそう言って絶句した。アランは、ああまた…、とため息をついた。そして、違うよ兄さん、と否定した。
「俺と彼女は別に何も…」
「前の婚約者が忘れられないから結婚しないというのは理解できるが、平民の女がいるからもう結婚しないなんていう話なら俺は認めないぞ。周りも王子と平民なんかの仲を絶対に認めん。さっさと別れろ。俺が今この時をもってこの女を城から追い出してやるから諦めろ」
「…兄さん、だから…」
「エドワード殿下!前の婚約者が忘れられないところも認めないでください!徹底的に抗議して、早く新しい婚約者を選ぶように説得なさってください!!」
マイクがエドワードにそう懇願した。アランは、収拾がつかなくなってきたこの場に、はあ、とため息をついた。
エルは、蚊帳の外でこの騒ぎを見ながら、エドワードがアランの、婚約者を忘れられないから結婚しない、ということを理解しているのが意外だった。そういう心情的な部分は一切許容しない人だと思っていたからである。
「(…前に孤児院に訪れているところをみたし、思っているよりも人情的な部分がある人なんだろうか…)」
「失礼いたします」
扉がノックされたあと、部屋にロゼが入ってきた。ロゼはエルを見て微笑んだあと、アランもいることに気がつくと、失礼いたしました、と慌てて頭を下げた。
「アラン殿下がいらっしゃったのですね。また出直します」
「いや、俺はもう出ていく」
アランはそう言うと書類を揃えて持った。マイクはそれを受け取った。ロゼは、申し訳ありません、と頭を下げた。アランはエドワードをちらりと見たあと、ロゼを見た。
「…結婚されると聞いた。あなたにはミシェルや父さんが世話になった。感謝している」
「もったいないお言葉です」
ロゼは深々と頭を下げた。マイクが、ロゼはなぜここへ?エドワード殿下へのご挨拶ですか?と聞いた。すると、ロゼは気まずそうに、えっと…、と目を泳がせた。
「その…エリィに会いに……」
「え、エリィさんに?」
マイクが目を丸くした。ロゼは気まずそうに笑いながら、だって!とマイクに言った。
「エドワード殿下の世話係だから、最後の日なのにエリィには夜遅くまで会えないでしょ?私、もう家から迎えの馬車が来てて乗らなきゃだし、だから、エドワード殿下なら幼馴染のよしみでこういうのも許してもらえるかなって…」
そうしたらアラン殿下もいらっしゃったから…、とロゼは気まずそうに縮こまった。アランは少し目を丸くしたあと、気にしなくていい、と頭を振った。ロゼは、申し訳ありません、とまた頭を下げたあと、エルのそばにかけよって、エルの手を取った。
「…今までありがとう。あなたとたくさんお話ができて、本当に楽しかった」
ロゼはそう言って微笑んだ。エルはそんな幸せそうな彼女を見て、さみしいはずなのに笑顔がこぼれた。
「ロゼ様、私、とてもとてもロゼ様にお世話になりました。頼りない私をたくさん助けてくださって、その、仲良くもしてくださって、本当に感謝してます。どうか、どうかお幸せに」
エルはロゼの目を見てそう微笑んだ。彼女の幸せな門出が嬉しいはずなのにやっぱりさみしくて、目に涙がにじむ。ロゼも、そんなエルを見て同じように目に涙をためた。そして、ロゼはエルに抱きついて頬を寄せた。
「ありがとう、エリィ、大好きよ」
エルはロゼの言葉に目を丸くしたあと、口元をほころばせて、私も大好きです、と返した。ロゼはエルからゆっくり離れると、笑顔で目を合わせた。
「来月の結婚式、その…あなたを招待することはできないの。だけれど、その、お手伝いの人として参加していただくことはできるの。お願いできるかしら?」
ロゼは少し言いにくそうにもぞもぞと言ったが、エルは間髪を入れずに、もちろん!と答えた。ロゼは目を丸くしたあと、ありがとう、と微笑んだ。
「私のウェディング姿をあなたに見てもらえるなんて嬉しいわ」
「私も、とっても楽しみです。お相手の方も素敵な方だとお伺いしてますから、きっと素敵な式になりますね」
エルとロゼがほほえみあっていると、ふんっ、というエドワードが鼻で笑う声がした。ロゼは表情を固くしてエドワードの方を見た。冷笑的な態度で腕を組んだエドワードが、ロゼの方を見て口を開いた。
「めでたいな。婚期ぎりぎり過ぎたご令嬢に引受け手があるとは思わなかった。幸運だな、ロゼ。お前のその気の強い性格を、一体どれだけ隠し通せるか見物だな。結婚式までに本性が相手に知られて破談にならないことを祈ってやるよ」
エドワードはそう言って、ロゼの反応を待った。ロゼはみるみる表情を暗くしたあと、一度俯いて目を固く閉じ、ゆっくり顔を上げて、どこかあきらめてしまったようなすました顔を見せた。
「…あなたって、最後までそんな人なのね。幼馴染の結婚に、素直なおめでとうの一言も言えない」
…やっと、結婚しろとかいう周りの圧から逃げられるって喜んでたのに、水を差されたわ、とロゼはぽつりと呟く。エルはロゼの方を見た。ロゼはまっすぐにエドワードを見据えた。
「…さようなら。もうこんな軽口の叩き合いもないでしょう」
ロゼはそう言うと部屋から静かに出ていった。エルは、扉の方とエドワードの方を、狼狽えながら何度も往復した。
アランはエドワードを見て小さく息をついた。
「…あれが最後でよかったの?兄さん、ずっとロゼのことが好きだったのに」
アランの言葉に、エルは目を丸くした。呆然としていたエドワードは、アランにそう言われてはっとしたような顔をして、馬鹿を言うな!と怒鳴った。
「俺はあんな女………」
エドワードはそこまで言って黙った。そして、目を伏せた。
「……来月式を挙げるあいつに、一体何ができるというんだ、馬鹿を言うな…」
エドワードはそう言うとソファーに腰を下ろした。マイクは、えっ…、と声を漏らした。
「も、もしかして、エドワード殿下がいままでご結婚されなかったのって、ロゼが好きだったから……」
「…みなまでいうな」
エドワードが、ぎろりとマイクを睨んだ。マイクは縮こまるとアランの後ろに隠れた。
エドワードは深いため息をつくと、報告書の確認がある、一人にしてくれ、とアランに言った。アランは、…わかった、と言うとマイクを連れて部屋から出た。エルは、自分も出たほうがいいかと扉に向かったが、お前は仕事があるだろ、とエドワードに呼び止められた。
エルは、何度もため息を繰り返しながら書類にハンコを押したり訂正をしたりするエドワードを見ながら、アランの気持ちがわかると言ったのは、エドワード自身がそうだからか、とようやく納得した。




