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17 その王子、偏屈につき2

エルがヘレナの部屋へ向かうと、部屋にはヘレナしかいなかった。読書をするヘレナに頭を下げて、掃除をしようとしたら、エルにきがついたヘレナは、あら、と微笑むと手招きした。エルは、リズがいないことを確認して、彼女の元へ向かった。ヘレナは目元を細めて、聞いたわよ、と小声で言った。


「エリィ、あなた、結婚するんですってね」


心当たりはたくさんあるけれど、どこから漏れたのか。エルは苦笑いを漏らして、そんな話になってます、と返した。ヘレナは、そんなエルをみて、あら、と目を丸くした。


「てっきり、喜んでいるのかと思っていたわ。大きな商家の方と結婚だって聞いていたから」

「…そう、そうですね、私にはもったいないお話です」


エルはそう言いながら目を伏せた。ヘレナはそんなエルを見上げると、本を閉じて、まあお座りなさいな、と彼女の向かいの席を見た。エルは、そんな、と手を振ったが、今日リズは来ないから、とヘレナは笑うとエルを見つめた。エルは少し固まった後、恐る恐るヘレナの向かい側に座った。

ヘレナはエルと目線を合わせると優しく目を細めた。そんな彼女の優しい眼差しに、エルは苦しいほど懐かしくなる。あの頃、何度この眼差しに救われたか、エルは数え切れない。


「ロゼも結婚が決まったようで、とってもよろこんでいたわ。あのこはずーっと、早く誰かと結婚したかったみたいだから」

「あ…、私もお話を伺いました。ロゼ様、本当に喜んでいらして、ああ、結婚っていいなあ…、って、思いました」

「でも、あなたは違うと」


ヘレナに言われて、エルは言葉に詰まる。困惑するエルに、ヘレナはくすくすと笑う。ヘレナは頬杖をつくと、それもそうよね、と呟いて窓の外を見た。


「結婚なんて、みんな当然のようにするものだって言うけれど、冷静に考えればなんにも幸せになれそうにないものね。親同士が勝手に決めた人と、家のために結婚するだけ。結婚してしまえば相手の家に入れられて、家のために家の中をとりしきったり、他の家と交流したり、あとは跡継ぎ…」


ヘレナは少し表情を曇らせる。エルは、前に彼女の話を聞いていたので、どうしたらいいかわからずに固まる。ヘレナはすぐに笑顔に戻すと、子どもが生まれたら生まれたで、男が良いだの、次は女だの言われるしね、と冗談めかした。


「なかには本当に好きな人や、好きになれる人と結婚できて幸せになっている人たちもいるけれど、きっとそんなのほんの一握りよね」

「でも、ヘレナ様とラインハルト殿下は、愛し合っていらっしゃるように見えます」


エルは、悲しそうなヘレナに咄嗟にそう言った。ヘレナは目を丸くして、…ありがとう、と悲しそうに笑ってから目を伏せた。


「…でもね、そう見せているだけよ。私たちが仲良くしていれば、後継ぎの期待を周りがするでしょう?…3人の王子のなかで、次の国王に一番近いあの人が、周りからの信頼を得るための手段のひとつに過ぎないわ」


ああ見えて意外と抜け目ないのよ、とヘレナは悲しそうに笑った。エルは、彼女の言葉に狼狽える。今まで見てきたあの2人が虚構だと、そう彼女に明かされたことが信じられなかった。

ヘレナは一度窓の外を見たあと、その誤魔化しもいつまて続けられるのかしら、と小さく息をついた。そして、彼女はエルの目を見て、無理やり口角を上げた。


「私、子どもができない体みたいなの」


エルは、前から察してはいたけれど、実際に彼女に告白されると動揺した。


「私が同盟国の姫だから、周りは強くは言えないみたいだけれど、…できることなら私をラインハルト殿下の妃の座から追い出したいんだと思うの。子供の産める、丈夫な女性に替えたいんだと思う。私も、この国の、ラインハルト殿下のお荷物になるのならできれば去りたいけれど、国同士のことだから自分の意思ではできない。ラインハルト殿下もそれをわかっているから何も言えないけれど、心のうちは…」


ヘレナはそこまで言うと、言葉を濁した。彼女の言葉に、エルは絶句した。ヘレナは、そんなエルを見て無理やり笑った。


「でも、それは至極当然のことだと思うのよ。だって、愛なんてものだけで国は回らないもの。後継ぎがいなければ王家は途絶える。後継ぎが産めない妃なんて要らないのよ」

「でも、…そんなの…」


エルは怒りから手が震えた。ヘレナは、そんなエルの手に自分の手を重ねて、優しく包んだ。エルははっとして、ヘレナの方を見た。ヘレナは優しく微笑んだ。


「仕方がないの。私たちは女としてこの世界に生まれたのだから」

「…」

「でも、悔しい気持ちもわかる。痛いほど、わかる」


ヘレナはそう、少しだけ言葉を震わせた。エルは、もう片方の手でヘレナの手を包んだ。ヘレナはエルと目を合わせると、少しだけ涙がにじんだ瞳で微笑んだ。


「どこへいけば、私は自由に生きられるのかしら」












エルはヘレナの部屋での仕事を終えると、黙々と歩いた。あのヘレナの涙に、エルは内心とても動揺していた。心臓がばくばくと乱暴な鼓動を打つので、痛いほどだ。

エルが無心で歩いていると、あっ、エリィ!とロゼに背後から声をかけられた。振り向くと、少し慌てた様子のロゼが近づいてきた。


「ろ、ロゼ様…」

「ねえ、お願いがあるの。無理なお願いなのは承知なんだけど、とにかくあなたしかいないの!お願い!」


ロゼはそう言うと、エルの腕を引いて歩き始めた。エルは何が何かわからないまま、彼女に連れられて歩いた。







ロゼに連れてこられたのは、第二王子エドワードの部屋の前だった。エルは、ええと…、と困惑しながらロゼを見た。


「…ここは…」

「エドワード殿下の部屋よ」

「それはわかるんですが、なぜ私が…」

「…彼の執事…もうずいぶんな御老体なんだけれど、先日体を壊されてしまって、仕事を引退して隠居することにしたのよ。で、新しく彼の身の回りの世話をする人を探したんだけど…ほら、エドワード殿下ってあんなんじゃない?だから……誰もしたくないって…。それで、困り果てたメイド長が私にヘルプを求めてきたってわけよ」


ロゼが深い深いため息をついた。エルは、気難しそうなエドワードを思い浮かべて苦笑いを浮かべる。しかしすぐに、なぜ自分がここに連れてこられたかの理由に気が付き、はっとロゼを見た。


「い、いや無理、無理ですよ?!私、ただの使用人ですし…!」

「侍女の代わりをしてとまでは言わないのよ!ただ次の人が見つかるまで、エドワード殿下の身の回りのお世話をしてほしいの!」

「……??そ、それを侍女の代わりと言うのでは……??」

「だっ、大丈夫よ!エリィはあの頃のアラン殿下のお世話をしてたんでしょ?あの頃の殿下に比べたら可愛い方だから!」


ね!とロゼは笑顔でエルにとんでもないことを押し付けようとしてきた。エルは、え、え、と困惑する。しかし、ロゼは半ば強引にエルの背中を押して、エドワードの部屋を開けた。



扉の向こうには、お茶を飲みながら会議の資料を読み続けるエドワードがいた。そのそばには侍女らしき貴族の女性が立っており、ロゼの姿を見ると安心したような顔をした。ロゼは、その令嬢に近づくと、イザベル、と名前を呼んだ。


「とりあえず、今日からは彼女に任せるわ」

「あ、ありがとうロゼ…!」


イザベルは深々とエドワードに頭を下げると部屋から出ていった。エルは、え、え、とロゼとイザベルの出ていった方を順番に見た。


「あの…どういう…?」

「お城にいる侍女たちで順番にお世話当番を回してたのよ」


ロゼがため息をつきながら小声で言った。どうやらこの罰ゲームのような仕事を侍女たちで分担しており、今日からはその罰ゲームをエルが一身に担うことになるようである。エルは、ロゼの方を真剣な眼差しで見た。


「あの…私、ただの使用人ですし、侍女の代わりなんて…それも殿下の……」

「短期間だから!すぐだから…!…たぶん…」


ロゼの語調が弱くなる。エルは、さっきは後継者がなかなか見つからないって…、という言葉が喉まで出かけたが止めた。

ロゼは、殿下、とエドワードを呼んだ。エドワードは資料から顔を上げると、ああ、とつぶやいた。


「そいつが今日から俺の世話をするとかいう奴か」

「はい。エリィと申します。ヘレナ様のお部屋担当をしておりました」


ロゼはエルを紹介した。エルはまだ現状を飲み込めないまま深々と頭を下げた。エドワードら、部屋担当?と眉をひそめた。


「つまり、…平民か?なぜ俺の世話を平民なんかに頼まにゃならんのだ。新しいやつを連れてこい!」


エドワードは、そう言うと片手で払う仕草をして、また資料に目を通し始めた。ロゼはため息をついたあと、殿下、と少しつよい口調で言った。


「殿下のおっしゃる、゛平民なんか゛しか、殿下のお世話をしたいという者が残っていないんです。殿下があんまりにも高圧的で、偏屈で、そして、他者を思いやれないからです」


ロゼは諌める口調で言った。エルは彼女の横顔を見つめて、私は世話をしたいなんて言ってない…、と言葉を飲み込む。エドワードは、ロゼの言葉に返す言葉がなくなる。


「…とは言え、使用人が殿下のおそばで身の回りのお世話をするなんてあまり聞かないことです。今早急に、殿下の執事を探しています。それが見つかるまでです」

「……にしたって、他にいるだろ。俺の命令だ。言って聞かせろ」


エドワードは、まだ納得がいかないようでロゼにそう言った。ロゼは、眉をひそめて威嚇する。そんな彼女に、エドワードはまた言葉を詰まらせる。

二人のやりとりを見ていたエルは、あ、あの…、と片手をあげた。


「あの……ロゼ様がされてはいかがでしょうか」


エルはおずおずとそう提言した。エドワードは目を少し丸くしたあと、は…はあ?と鼻で笑った。


「こんなガサツな女に世話なんか焼かれたら迷惑だ」


エドワードはそう言って冷笑した。ロゼは怪訝そうにエドワードを見た。エドワードは軽く咳払いをした後、でもまあ、と続けた。


「お前しかいないというのなら、我慢するしか…」

「ごめんなさいねエリィ、それは無理なの。私、来月には結婚するでしょ?だから、来週にはここを辞めることになっているの」


ロゼは申し訳なさそうにエルに言った。エルは彼女の言葉に、そ、そうでしたね…、と呟いた。


「そ、そっか、結婚されるから、ロゼ様は辞めてしまうんですか……」


エルは忘れていた事実に眉を垂らす。ロゼはそんなエルに、寂しそうに微笑む。


「…あなたとはとっても仲良くしていたから、これからは滅多に会えなくなってしまうこと、本当に淋しいわ。…置き土産みたいにこんなこと頼んでしまってごめんなさい。でも、もうあなたしか頭に浮かばなくって。…どうしても無理なら替えてもらえるように、メイド長には話をつけておくから。だからほんの短い間だけ、どうかお願い」


ロゼは、エルの両手を自身の両手で包んで、真っ直ぐに目を見て懇願した。エルは、そんな彼女につい、わかりました、と頷いてしまった。ロゼは、ありがとう、と微笑んだ。


「それでは殿下、そういうことですので」


ロゼはエドワードにそう言い残すと、エルに手を振って部屋から出ていった。エルは、予想外に何も言わなかったエドワードのほうを恐る恐る見た。エドワードは資料を持ったまま固まっている。


「(…何も言わなかったということは、私がかわりになることを了承したのかな……)」


エルは恐る恐るエドワードに頭を下げて、エリィと申します、これからお願い致します、と告げた。しかし、返事はなく、エドワードは固まり続けている。エルはさすがに不審に思い、エドワードに近づいて、彼の目の前で軽く手を振った。するとエドワードは、はっとしてエルの方を見た。


「なっ…なんだ、お前…!」

「あっ……ロゼ様からご紹介にあずかりました、エリィと申します。新しく殿下のお世話係のかたが見えるまで、臨時でお世話をさせていただきます……が、よ、よろしいでしょうか……」


エドワードはまだどこか動揺した様子で、勝手にしろ、と言い捨てるとまた資料に目を通し始めた。エルは、取り敢えず部屋の隅で控えて待つことにした。エドワードはその後何度も呆然としていた。エルは、不思議そうに彼を見ていたが、ふと、もしかして…、と心の中で呟いた。


「(……ロゼ様のご結婚に、動揺されている……?)」


エルは、はっとしてエドワードの背中を見た。エドワードはまた魂を何処かへやってしまったような様子でいる。彼らは古くからの幼馴染だと聞いていた。もしも彼が、ずっとロゼに片思いしていて、そして今、その恋が破れたのだとしたら。


「(…私の杞憂であればいいけれど…)」


エルはそんなことを考えながら、小さくため息をついた。


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