表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
51/65

13 戦の後1

長年の因縁相手である隣国への勝利に、国は大きく盛り上がった。盛大な戦勝パーティーがお城で開かれる中、その戦の指揮をとった勝利の立役者である第三王子は、戦場で負った深い傷のためにしばらく自室で休養を取ることになった。


アランは医者や看護師の必死の看病によって、日に日に快方に向かっていった。アランは脇腹に致命傷にもなり得た深い傷をおっており、ベットから起き上がることもできず、日がな一日横になっていた。

絶対安静が必須な彼だったけれど、彼に静かにしていられる時間は夜しかなかった。なぜならば、ひっきりなしに彼のもとに勝利のお祝いのために貴族たちが訪れてきたからである。


マイクが、アランの体調を鑑みて訪れた貴族に帰るように断っていたけれど、大きな勝利を収めた王子に一目会いたいと(戦果を挙げた王子に顔を覚えてもらいたい一心だろう。娘を連れてくる者もいたので、婚約者にとアピールする者もいた)押されて、マイクは部屋に彼らを招き入れるしかなかった。

アランは、戦から帰ってきてからは以前のように絶対に周りを拒絶するような態度ではなくなったようだった。そのために客人たちは余計にアランに会うということを引かなかった。そのため、アランの部屋はしばらくの間、常に誰かが来ているという、ここ数年の彼からは考えられないような状況が続いた。




エルはといえば、変わらずに使用人として掃除の仕事を続けた。アランはあのような状況だったので、マイクから呼ばれることはなかった。だからエルは、戦から帰ってきたアランの顔をまだ見られていなかった。

エルは、アランの無事の様子をみたい気持ちはあったものの、自分の今の状況を思えばそんな勝手が叶うわけはなかった。


アランが療養をしている間、エルは、メリーベルが勢いでお菓子を作りすぎたときに開催されるお茶会に何度か参加していた。そこにはネルやヘレナ、それにロゼ、そして、父の言いつけでアランに会いに行かされたマリアが混ざったりしていた。そしてエルは、この場でようやくヘレナに仕事の口利きのお礼を言えた。ヘレナはエルが彼女にお礼を言うまでの葛藤を聞いて笑って、リズは気が少し強いだけで、本当は悪い子じゃないのよ、と言った。



お茶会に参加した帰り、メリーベルの部屋を出たエルとネルは、自分の仕事に戻るために2人で歩いていた。

今日のお茶会には、この2人のほかに、メリーベルとロゼがいた。メリーベルは、戦場で傷を負ったフィリップスが快方に向かっていることを、わかりにくいけれどうれしそうに話していた。ロゼが、ハロルドも無事でよかったわよね、と言うと、そうだったか、とメリーベルは冷たく返しており、ロゼはその様子に、あら、仲良しじゃなかったの?と驚いていた。


もうすぐ春が訪れる外の空気に、エルは胸が躍る。暖かい日差しを頬に感じながら、エルは空を見上げて深呼吸をする。 


「あたたかいね…」


エルの言葉に、ネルは大きな欠伸をした。


「ほんと。腹も膨れたから眠くなる」

「メリーベル様のお菓子、本当に美味しいよね」

「…まあ」


ネルは、少しバツが悪そうにそう言った。エルは、それが彼女なりの照れ隠しなのだと、何度かのお茶会を重ねて知った。ネルは、まあ、と口を開いた。


「無事勝ってよかったね。どうなることかと思ったけどさ」


ネルはそう、何度も皆が口にすることを言った。エルは、彼女がそういうことを言うが珍しくて、少し彼女を見つめたあと、そうね、と相づちをうった。ネルはエルの方を見た。


「あんたの田舎はどうだったわけ?戦場近かったじゃない」

「無事だって手紙が来た。そこまでは戦火が及ばなかったみたい」


エルは、エメラルドからきた手紙を思い出して微笑む。


「なら、かなり圧勝だったってわけか」


周りが第三王子をちやほやしてるわけだ、とネルはさして興味なさそうに言った。エルはそんなネルの目を見つめた。


「…本当にありがとう、あの日、私に町に帰るように言ってくれて」

「…何度目だよその話。もう聞き飽きたよ」


ネルが気だるそうに言った。エルは、ご、ごめんなさい…、と謝った。

エルはあの日、町へ向かう道中で、エメラルドを失うかもしれない恐怖に胸が押しつぶされそうになったことを思い出す。その時、エルは自身の両親を失った日を思い出していた。


「(…あの火事が起こって、ネルがどんな気持ちでいたか、私はようやくほんの少しでも私なりに理解できた)」


ただだた自分が加害者だと言われたときは受け止めきれなかったことが、エルはあの日再び大切な人を失うかもしれない恐怖に襲われた時に、やっとネルの気持ちを感じることができた。彼女ならば一緒にするなと怒りそうだけれど、それでも。

エルは少し深呼吸をしたあと、ネルの方を見た。


「…ねえネル、あなたのために私ができることは、…あの火事への少しでもの罪滅ぼしにできることは、この事件の犯人を見つけること、そして、あなたの元へご家族の方を帰すことだと思うの」


エルの言葉に、ネルは少し目を丸くしたあと、意地悪く目を細めた。


「…罪滅ぼし、ねえ。いいわけ?そんなに簡単に非を認めるとつけ込まれるよ」

「…つけ込まれてもいい。…それは、自分が自分を許すことにもなるから」

「はあ?」


ネルは、エルの言葉を聞いて半笑いで吹き出した。


「あんたさ、そんなこと言ってたら、私に一生良いように使われるよ?」


ネルの言葉に、エルは返す言葉を詰まらせた。ネルは、また意地悪く目を細めて、くつくつと笑いながらエルを見た。

エルは、ネルの嘲笑に心を揺らされないように、ゆっくりと口を開いた。


「…私、あなたの噂好きな性格が苦手だった。でも、あなたのそれには、あの事件の情報集めという理由があった。周りのみんなに噂を話していたのも、情報収集をしていても怪しがられないためでしょう?」

「…」

「そう思ったら私、あなたへの見方が変わった気がする。あなたが私に色々言うのは私を憎んでいるからだって、私はようやく理解できた」


エルは、正体を明かした日のネルを思い出す。貴族たちの争いのなかで家族を失った彼女の苦しみは計り知れなかった。1人で世界に取り残された彼女を思うと、エルは胸が張り裂けそうになる。その原因の一端であるのが自分だということの罪が重すぎて、エルは直視することが難しいほどだ。

ネルはエルを見て少し黙った後、一瞬だけ眉を辛そうにひそめたあと、すぐに意地悪く口角を上げた。


「あんたは、私に嫌われてても私の調査を手伝わないと駄目なんだよ。わかってる?」

「ええ、もちろん。私必ず、あなたの元へ妹さんを帰すから」


エルが真剣にネルの目を見てそう答えると、ネルは少し目を丸くしたあと、エルから目をそらし、やりにくそうに髪をかいた。


「…それじゃあ聞くけど、進展はあるわけ?中立派がシロだってところからなんかあった?」

「…」


ネルに聞かれてエルは黙り込む。ネルは横目でエルを見て、まあそうだよな、とため息をついた。


「ここしばらくは、戦争戦争でそれどころじゃなかったし」

「…マリア様だけじゃなくて、エミリー様やシェリー様もアラン殿下に会いに来ていらっしゃるみたいだけど、…私は最近全くお声がかからないから、そこの様子も伺えないし…」


エルはそう言いながらも、内心はうれしい気持ちでいた。周りからの噂を聞く限りでは、アランは他にも婚約者候補の令嬢の謁見を許可しているらしい。大きな戦争を終えて、彼にもようやくそういう気持ちがわいてきたのかと思うと、エルは心の底から安心した。


「…てかあんた、なんで呼ばれてないわけ?」


ネルがそう尋ねた。エルは、それは、要治療中だから、私みたいな部外者がいたら治療の邪魔だから…、と返す。すると、なんで、のネルが怪訝そうに言う。


「あんなに連日ゴマすり野郎たちが王子のとこに押し寄せてんのに、あんた1人いたところでかわんないでしょ」


ネルにそう言われて、エルは確かに、と呟く。ネルは、はーあ、とため息をついた。


「王子が普通に人と会えるまでに性格なおってきたから、とうとうあんたも用なしってわけね。あんなにあんたにすり寄ってきたあの側仕えの男も薄情だね、急にこんな縁を切るようなことをしてさ。下働きだから、履いて捨ててもいいって思ってんだろうけどさ」

「えっ」

「あんたって、燃やされる前からずっと良いように人から使われる人生ね」


ネルは、あーあ、と意地悪くエルに言う。エルは言葉に詰まり黙り込む。ネルはそんなエルを横目で見ると、じゃあ私はこっちだから、と言うと、ひらひらと手を振ってエルを置いて去っていってしまった。エルは一人残されて、ぽつんと立ちすくむ。


「(…つまり、アラン殿下が普通に人と会えるようになったのなら、私はもうマイク的には要らない存在だ、と……)」


エルはそんなことを考えて、こうなってくるとヴェルドに城から追い出されそうだと怯える。当初の予定では、アランが他の人と結婚するのを見届けたら、というものだったけれど、今のアランの話を聞いている限り、もうそれも時間の問題のようにも思えるから、目標は達成したと言っても過言ではない。しかしまだ、ネルとの約束を果たしていな。だからここからは帰るわけにはいかない。

悶々と考えていたら、背後から、おい、と声をかけられた。振り向くと、丁度今考えていた男が立っていた。


「う…ヴェルド様…」


エルが気まずい気持ちで彼を見ていたら、ヴェルドの方も気まずそうにエルを見ていた。エルは、彼のこの様子の意味が分からずに首をかしげる。すると、ヴェルドは咳払いをした。


「…俺の命令を、きちんと遂行したようだな」

「え…?」

「当然だな、それがお前の仕事なんだから」


ヴェルドはそう、謎に偉そうにエルに言い放った。エルは、彼がよく分からずに固まる。ヴェルドはそんなエルに、また気まずそうに咳払いをした。エルは、あの…、とヴェルドをみた。


「あの、私は特になにも…」

「うるさいな、お前を追いかけて港町に行ってからあいつは変わったんだ!いい加減に、え、私何もしてませんけど、みたいな鼻につく態度をやめろ!」


ヴェルドは憎そうにエルを睨みつけた。エルはそんなヴェルドに怯みつつ、何も言わずに黙った。ヴェルドは、また咳払いをすると、とにかく、と口を開いた。  


「あいつが無事で、戦争にも勝った。…犠牲もあったが予想されていたほどじゃない」


ヴェルドはそこまで言うと、少しだけ暗い表情をした。エルは、どうやらなにか落ち込んでいるらしい彼に気がついて、少し動揺する。ヴェルドは見つめてくるエルに気がつくと、いつもの憎たらしい顔で、なんだお前、勝手に見るな、とエルを手で払った。エルは、なんだいつも通りだ、と心配をして損した気持ちになった。


「とにかく、このまま3代派閥の令嬢と結婚しさえすれば、国王になれる。…最高のシナリオだ」


ヴェルドの言葉に、エルは彼を見上げる。エルとネルの目算では、あの火事の犯人は3代派閥の中の誰かだ。しかし、ヴェルドがここまでアランと3代派閥との結婚を願っているのなら、火事の犯人は別にいるのだろうか。エルは少し目を泳がせたあと、周りに誰もいないことを確認して、あの、と言った。


「…火事の犯人のこと、教えていただけませんか?」


エルが恐る恐る尋ねると、ヴェルドは、じとっとエルを見た。


「まだそんなことを言っているのか。寝言は寝て言え」

「…実は、私が生きていることがあなた以外に1人、バレてしまって」


エルの言葉に、ヴェルドは今度はむせた。


「はあ?!馬鹿なのかお前は!!」

「……その人とは、この火事の事件の情報を共有することで、秘密にしていただくことを約束してもらったんです。どうか、教えていただけませんか?」


エルはそうヴェルドの目を見ていった。ヴェルドはしばらく黙った後、知ってどうなる、と言った。


「知ったところで何もならない。…お前にとって、知らないほうがいいことだってある」


ヴェルドはそう、静かにエルに告げた。エルはヴェルドの方を見て、それって…、と呟いた。


「それって、私の叔父が加担してたって話ですか?」


エルの言葉にヴェルドはさらにむせた。


「なっ…なんでそんなこと知ってるんだ?!」


ヴェルドの反応に、本当に叔父が加担していたことの確信をエルは得た。エルは淡々と口を開いた。


「…その人が知っていたからです」

「何者なんだよそいつは?!」

「…それはいえません。ちなみに、その人にもあなたのことは教えていません」


エルの返事に、ヴェルドは一度固く口を閉じて、エルの様子を伺うようにじっと見つめた。


「…その件について、何も思わないのか?」

「その件?」

「…育ての親が、お前を殺そうとしたことだ」

「驚きはしましたけど、まあ、しそうかなって」

「…なんでお前はそんなに冷静なんだよ。血のつながった親戚に殺されかけたんだぞ?」

「…血のつながりしかないような関係でしたから」


エルはそう、淡々と述べた。叔父には養ってもらった恩はあれど、育ててもらったという意識はエルにはなかった。エメラルドやダンと暮らすようになってから余計に、叔父のことが血のつながりだけがある他人としか思えなくなったのだ。

ヴェルドは、エルの反応が予想外だったらしく、珍しく狼狽えていた。エルは、そんなヴェルドをじっと見つめた。


「…もしかして、叔父が加担してるとわかったら私が傷つくと思って隠してくれてたんですか?」

「……違う」

「あの、もともと叔父とは折り合いが悪くて、自分の立場のためなら私のことなんてどうとでもしそうとは予想がつくので、大丈夫です」

「……なんだその謎の振り切りは。いや違う。お前なんか気遣ってない。とにかく、その話は置いておいて、お前が気にしないとしてもだ」

「(やっぱり一応そこも気遣ってくれてたんだ…)」

「素人が探偵ごっこをしてると、痛い目を見る。下手に嗅ぎ回っていたら今度こそ殺されるぞ。そうなっても次は助けてやらないからな」

「わかりました。だから事件の真相を教えてください」

「…わかってないだろ、お前。とにかく、絶対に教えない。お前はアランの結婚のお膳立てだけして、それがすんだら大人しく田舎に帰れ。以上」

「あ、あの…」


言いかけたエルを無視して、ヴェルドはすたすたと歩いていってしまった。エルはその背中を見つめて、だめだったかとため息をついた。するとヴェルドはまたエルのほうを振り向いた。


「本当に絶対に、助けてやらないからな!以上!」


ヴェルドはそう念を押すとまた歩き始めた。エルはその背中を見送って、とりあえずまだ出で行けとは言われなくて済んだと、ほっと胸をなで下ろした。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ