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11 その美しい令嬢には棘があるのかもしれない4

鍛錬場で、騎士たちによる剣の稽古が始まった。一対一で練習用の剣を持って実戦形式で戦い、負けたものは稽古から離脱していき、勝った者同士で同じ事を繰り返す、というものらしかった。


エミリーは熱心にフィリップスの姿を目に焼き付けていた。フィリップスは周りの騎士たちと比べると華奢な体躯だったけれど、相手になった騎士たちをどんどん倒していった。華麗な剣さばきは美しく、エミリーはフィリップスに見入っていた。そのなかには、先ほどの品評会に参加していた輩もおり、その時は更にエミリーの応援に熱が入っていた。


そして、この鍛錬場内でのアランの剣の腕が誰よりも秀でていることは、素人のエルが見ても一目瞭然だった。赤子の手をひねるように、どんどん騎士たちをアランは倒していく。王子相手だから手加減しているというわけではなく、騎士たちはアランには歯が立たないという様子だった。

アランの次の相手はハロルドだった。エルはこれまでハロルドに何度も侮辱されてきたため、この時は強くアランを応援した。ハロルドは他の騎士と同じようにあっさりとアランに倒された。エルは心の中で、失礼を承知の小さなガッツポーズをした。


「殿下、お手合わせありがとうございました」


ハロルドはそう言ってアランに頭を下げた。アランはハロルドの方は見ずに剣をしまった。


「あの殿下、つかぬことをお伺いしますが、前に、俺とフィリップスたちが話していたところを見かけた…ということがあったり…いたしますか…?」


ハロルドはそうアランに早口で尋ねた。アランはハロルドの方を見もせずに、次の対戦相手のところへ向かった。ハロルドは、その背中に、どっちだ…、どっちだ…!と青い顔をした。エルはそんなハロルドを見ながら、前の話かと思い出し、小さく苦笑いを漏らした。


その後もアランの戦いは続いた。エルは初めて見る剣を振り回すアランに、時間が経つにつれてどんどん胸騒ぎがした。彼はじきに、こうやって本当の戦に出るのだ。生きて帰ってこられる保証なんてない。ヴェルドの言う通りならば、生きて帰る気がそもそも彼にはないのかもしれない。エルは、剣を振り回し、どんどん相手を倒していくアランに恐怖すら抱いた。



稽古は続き、とうとう残ったのはアランとフィリップスだけになった。離脱した騎士たちが、またあの2人だな、と尊敬の目で見つめる。

アランとフィリップスが対峙して、フィリップスはアランに頭を下げる。アランはそんなフィリップスを一瞥したあと剣を抜いた。フィリップスも後に続いて剣を抜いた。そして、2人同時に剣を振り上げた。


しばらくの熱戦が続いた。フィリップスはこれまでアランと戦った相手と比べたら随分食らいついてはいたけれど、終始押され気味で、最後にはアランに押し負けた。地面に膝をついたフィリップスは、参りました、と潔くアランに頭を下げた。アランは何も言わずに剣をしまった。


エミリーは手に汗を握りながらフィリップスを応援していたが、フィリップスが負けるとがっくりと肩を落とした。エルはそんなエミリーを心配する余裕がないくらいに、胸騒ぎがして息が苦しかった。


「お待たせしました」


何戦も終えた、傷をつけて服も汚れたフィリップスがエルとエミリーのもとへやってきた。エミリーはそんなフィリップスに駆け寄ると、持っていたハンカチをフィリップスに差し出した。


「使ってください」

「ありがとうございます。でも、自分のがありますから。それに、こんな素敵なハンカチを汚してしまう」


フィリップスは笑顔でエミリーの申し出を断った。エミリーは、いいですから!と言うとフィリップスの頬についた汚れをハンカチでとった。フィリップスは少し目を丸くしたあと、ありがとうございます、と微笑むと、優しくエミリーの手からハンカチを受け取り、自分で自分の顔の汚れを少し拭いた。エミリーはフィリップスを心配そうに見つめる。


「こんな格好で申し訳ないけれど、これ以上待たせるわけにはいかないから、このまま送らせてもらいます」


フィリップスはそう言うと、こっちです、と言うと歩き出した。エミリーは、はい、と言うとそれについていく。エルもそれについていこうとすると、おい、と騎士の一人に呼び止められた。


「これ、持ってってくれ」


騎士たちは、使用人のエルに気がつくとここぞとばかりに洗濯物を持たせはじめた。あれよあれよと言う間にエルの手は騎士たちの洗濯物で埋まった。


「大丈夫?エリィ」


少し先を歩いていたフィリップスは、もと来た道を戻ってエルに駆け寄った。エルは遠くに立ちすくむエミリーを見て少し考えた後、咄嗟に、あの、と口を開いた。


「私、せっかくここに来たので洗濯物を集めてきます。エミリー様だけを送って差し上げていたたいてもよろしいですか?」

「でも、君も帰り道がわからないんだろう?」

「他の方に聞きますから。お気遣いありがとうございます」


エルはフィリップスに頭を下げた。フィリップスは、少し心配そうに、そう、とだけ言うと、エミリーを連れて歩いていった。エミリーはエルに、困惑した表情を見せながらも、フィリップスについて歩いた。


「(…つい、衝動的にこんな事をしてしまったけれど、本当に良かったのだろうか…)」


取り残されたエルは、そんな後悔に襲われていた。彼女はアランの婚約者候補であり、そして、エル自身は早くアランに新しい婚約者を決めてほしい立場なのである。自分の立場とさっきした行動に矛盾が生じて、エルは頭を抱えたくなる。


「(…でも、でもあんな眩しい横顔を見たら…こうするしか……。いやそもそも、彼女はあの火事の犯人の家の人間かもしれないというのに、私はこんなことをしても良いの…?もうわけがわからない…!)」

「おい田舎娘」


背後から声がして、振り向くとふわりと洗濯物が飛んできた。エルは慌てて自分の抱える洗濯物の上にそれを乗せた。顔を上げると、アランに練習で負けたために、砂ぼこりにまみれたハロルドがいた。


「(…洗濯物を投げてよこす態度が気に食わないけど、完膚なきまでに叩きのめされていたから溜飲が下がる…)…お預かりします」

「エミリー嬢はどういうつもりだ?フィリップスに気があるのか?」


ハロルドが不機嫌そうに言った。エルは、違います、と頭を振った。


「ただ、迷い込んだだけです。だから、フィリップス様のご厚意で送っていただいただけです」

「迷い込んだあ?」


ハロルドが態とらしいほど素っ頓狂な声を上げた。エルはそんな彼に眉をひそめる。


「お前、城の使用人だろ?なんで迷うんだよ。」

「…この辺はあんまり詳しくなくて…」

「ならなんでお前だけ置いていかれてるんだ?道を知らないんじゃないのか?」



エルのついた嘘を探るようにハロルドか厭らしく尋ねる。エルは、ぐ、と口を噤んだ後、何かを思いついてやっと口を開いた。


「私は仕事があったので、仕方なく、です」


エルはそう言って抱える洗濯物をハロルドに見せつけた。


「それと、私なんかのご心配をありがとうございます。つまり、ハロルド様が代わりに道がわからない私を送ってくださると、そういうことですか?」

「はあ?」


ハロルドが怪訝そうな顔でエルを一瞥する。そして、んなことするわけないだろ、と鼻で笑った。エルは、そうですか、と言った。


「では、他に道を教えてくださりそうな方を探します。それでは」


エルはそう言って逃げるようにハロルドの前から去ろうとした。ハロルドは、おい、とエルを呼び止めた。


「お前、フィリップスが誰とも恋仲になる気がないのを知ってて、エミリー嬢にあんな下手な真似したのか?それはあんまりにも心がなさすぎるぜ?」


ハロルドはそう、意地悪く目を細めてエルに言った。エルは、そんなつもりは…、と反論しようとしたが、ハロルドがエルを睨みつけてきたため、エルは言葉を飲み込んだ。


「あいつに余計なことするな」


ハロルドはそうエルに言い放つとわざとエルの肩に体をぶつけて横を通り過ぎた。エルは体勢を崩して洗濯物を地面に数枚落とした。エルは慌てて拾った後、小さくなっていくハロルドの背中をもやもやした気持ちで見つめる。


「(…な、なに、なにあの言い方…!)」


エルはもやもやした気持ちからどんどん、あの人は人の厚意をよくもそんなに悪意を持って見れるなと逆に感心してきた。しかしだんだん、確かにフィリップスのことを知っていてエミリーの恋を応援したのは軽率だったかもしれない、という後悔が頭に浮かぶ。


「(…そもそも、ハロルドはなにがそんなに気に入らないの?エミリー様のことが好きだったの?)」


エルはふつふつと煮えたぎるハロルドへの憎しみを抱きつつ、洗濯物を持って鍛錬場を後にしようとした。

すると、誰かがエルの前に立った。エルは驚いて顔を上げた。するとそこになんと、アランがいた。


「で、殿下…」


お疲れさまです、とエルは頭を下げた。アランはそんなエルに、こっちだ、と言うと背中を向けて歩き始めた。エルは反射的に、はい!と返事をしてその後を追いかけた。








何か仕事を言いつけられるのだろうか、と考えながら、無言で歩くアランの後を追いかけたら、鍛錬場からお城の方にやってきた。

アランは立ち止まると、ここでいいか、とエルの方を振り向いて尋ねた。エルはアランの言うことがよく分からずに固まる。エルは困惑しながらアランの目を見つめた。アランは困惑するエルに気がついて、口元に片手を当てた。


「…迷っていた、んだよな?」


アランはそう確かめるようにエルに尋ねた。エルはようやく、アランが、エルが迷っているという話を聞いてここまで連れてきてくれたことを悟った。エルは、突如襲う罪悪感に呼吸ができなくなる。


「(…ど、どうしよう…私の変な嘘のせいで殿下にご足労を……)」


エルはパニックになりかけるが、いや、ここはこのままアランの厚意を素直に受け取ればいいと考え直し、頭を勢いよく下げた。


「あの、本当にありがとうございました…!」


エルはそうアランにお礼を告げながら、はたと、アランはなぜ自分が道に迷っている(設定である)ことを知っているのか。


「(…もしかして、ハロルドと話していたところを聞いていた…?)」


そこに気がつくと、エルはさーっと顔が青くなった。


「(…アラン殿下の婚約者候補を他の男と二人きりにするように動いてしまったことが…バレている…?)」


エルは、アランが果たしてどこまでエルとハロルドの話を聞いていたのかがわからずに背中に冷や汗が流れる。


「(…さっきまでハロルドを笑っていたのに、今まさに私、ハロルド状態になっている……)」


エルがエミリーとフィリップスの恋路を応援していたことをアランが知っているのかどうなのか、無表情な彼からは計りしれずにエルは動揺から変に心臓が脈を打つ。


「(どっちだ…どっちだ…!)」


エルは心の中で頭を抱えるけれど、黙っているだけではアランが何を言うわけもなく、謎は迷宮入りする。尋ねればいいのかもしれないけれど、以前のことがあるから気安くアランに何かを聞くこともできない。


1人で悩み続けるエルの顔を、じっとアランが見つめていることに気がつくと、エルははっとしてまた謝った。


「も、申し訳ありません、お時間を取らせました、本当にありがとうございました…!」


エルはそう言ってこの場を強引に終わらせようとした。しかし、アランはただ黙ってエルの顔を見ているだけである。エルは、恐ろしすぎるこの間にまた冷や汗をかく。エルは目を泳がせながらアランの様子をうかがう。アランはエルと何度目か目が合うと、君は、と口を開いた。


「面白い顔だな」

「えっ」


エルは思いがけない言葉に素っ頓狂な声をもらした。エルは頭を高速で動かして、ええと、えっと…、と言葉を探した。


「へ、変な顔ということですか?」

「いや」


アランの返事に、エルはさらによくわからなくなる。思考を重ねすぎて頭が空の果てまでとんでいった顔をするエルに、アランは少しだけ目元を細める。エルは、アランの表情が和らいだことが嬉しい反面、見た目を笑われたことに複雑な気持ちになる。


「(…いやそりゃあ、エミリー様とかマリア様とかメリーベル様みたいに自分を美しいなんて思ってないけど…複雑…)」

「…」


悶々と考え込むエルの顔をまたアランが見つめて黙る。エルはまたはっとしてアランの方を見上げた。アランはエルと目が合うと少しだけ目を丸くしたあと、またほんの少しだけ目を細めた。


「もう行く」


アランはそう言うと背中を向けて歩き始めた。エルはその背中に、ありがとうございました、と頭を下げた。


「(…何だったんだろう……)」


エルはいつも以上に自分を見ていたアランに不思議な気持ちになった後、まさか、と心の中で呟く思う。


「(…まさか、私の顔を見てエル・ダニエルへの未練を再燃させているのでは…)」


エルはそんな予感に、早く新しい人と幸せになってほしい気持ちと、自分を忘れないでいてくれることへの嬉しさがせめぎ合う。


「(…いや、単に本当に面白い顔だったから見ていただけの線もあるか…)」

「…おい、そこの平民女」


背後から急に話しかけられて、エルは飛び跳ねるほど驚きながら振り向いた。そこには、眉をひそめたヴェルドがいた。


「(…アラン殿下と話しているところを見ていたんだろうか…)」


彼の不機嫌な理由を察して、エルはなんともやりにくい気持ちになる。ヴェルドは、怖い顔をして睨みつけながらエルの前にやってきた。エルは一歩後退る。


「…この戦から勝って、三代派閥の推薦する令嬢と結婚すれば、アランは王になれる」


ヴェルドはそう、自分自身に言い聞かせるように言った。エルはヴェルドの覇気におびえながらどんどん後退する。


「…でも、それは命があればの話だ。あいつは死ぬ気だ」


ヴェルドはそう、苦しそうに呟く。エルはそんなヴェルドを見あげる。


「…なぜだ、なぜなんだアラン。こんなにも壊れたのになぜ、どうしてこの女にだけは反応するんだ。なぜ…」

「あの…」

「…お前にこんなことを頼みたくなんかない」


ヴェルドはそう言ってエルをまっすぐに見つめた。


「でも、あいつが死ぬよりマシだ」


ヴェルドの言葉に、エルは息を呑む。


「頼む、あいつをこの戦から生きて帰るように説得してくれ」


ヴェルドはそう、エルに懇願した。彼らしくない姿にエルは動揺する。


「あの、でも、」

「頼む」


エルに有無を言わせないよう凄むヴェルドに、エルはただただ頷くしかなかった。











「(…すごい依頼を受けてしまった……)」


エルは宿舎の部屋でずんと重い気持ちでいた。ヴェルドにそんなことを言われたとはいえ、自分に何ができるというのか。

エルは何度目かわからないため息をつく。するとそのとき、部屋のドアがあいて、ネルが入ってきた。珍しく神妙な顔つきをしたネルはエルを見ると、あ、と声をもらした。


「こんなとこにいた」

「どうかしたの?」

「港町を経由してきたってういう商人があんたを探してたよ。ケインとかいう男から言伝を預かってきたらしいよ」


エルは、え…、と予想外のことに驚きながらネルの方を見た。


「な、なんて…?」

「エメラルドって人が危篤らしいよ。あんた知り合い?」

「えっ…」


エルは、ネルからの言葉に絶句する。ネルは、知り合いなわけね、とエルの様子を見て察したように言った。エルは、豪快に笑うエメラルドのことがふっと頭に浮かぶ。


「…あの町で、私を拾ってくれて、働かせてくれた人よ…」


エルの言葉に、ネルは真剣な顔をエルに向けた。


「早く帰りな。もっと北の方に出たら、いつか移動手段がなにかしらつかまる。早く」

「でも、仕事…」

「私がメイド長に言っておくから。急いで」


ネルは呆然とするエルの腕を引いて、背中を押した。エルはしかし、頭がついていかずに歩く足がおぼつかなくなる。ネルは舌打ちをした後、エルの両肩を少し乱暴につかむと、真っ直ぐにエルを見た。


「間に合わないと一生後悔するぞ」


ほら行け、とネルは強くエルの背中を押した。エルは、ありがとう…、とネルに告げたあと、急いで走り出した。

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