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11 その美しい令嬢には棘があるのかもしれない1

レッド侯爵の用事が終わるまでの暫しの間、エルとネルは、マリアとメリーベルと共に小さなお茶会をした。

はじめてお城で住み込みで働く貴族用の宿舎にエルは足を踏み入れたけれど、普段自分が暮らす使用人宿舎とは比べものにならないほど綺麗で豪華だった。

当然のように一人一部屋が与えられており、メリーベルの部屋は彼女らしいものになっていた。本棚には彼女が好きな本が並び、刺繍も趣味だという彼女の作品が壁に並んでいた。

メリーベルがヘレナのために焼いたのだという焼き菓子はどれも絶品で、彼女に勧められるがままエルはつい食べ過ぎてしまった。ネルは終始いつものあの調子だったけれど、和を乱すようなことはしなかった。


「なんだか名残惜しいわ」


レッド侯爵の使いの者から迎えの連絡が来たとき、マリアが残念そうにそう言った。メリーベルが、またこういう機会を作ればいい、と普通に言った。


「どうせまた、殿下に会いに来るんだろ?」

「え?あ、ええ、まあ…」


マリアは誤魔化すように笑う。メリーベルはそんなマリアに不思議そうな顔をする。マリアは、これは内密にお願いしたいんですが、と言いにくそうに口を開いた。


「私、この婚約者候補のお話は、ほかの方々に頑張っていただこうって決めたんです。私、エルとお友達でしたから、そんな人の元婚約者の方と、だなんて、やっぱり受け入れられませんもの」


マリアの言葉に、ふうん、とメリーベルは返す。エルは、あ、あの、と手をあげてマリアの方を見た。


「その…私がエル…さんに似ているという話は、できればあまり他の方にしていただきたくない、のですが、お願いできますか?」

「あら、そうだったの?知らなくてお父様には話してしまいましたわ、ごめんなさい。でも、なぜ?」


マリアが目をまるくしたあと、首を傾げだ。エルは困ったあと、実は、とマリアの方を見た。


「今私、そのエル…さんに似ていることを買われて、殿下の人と接する力のリハビリと言うか…そういうものを担っていまして。…アラン殿下の現状のことはあんまりにも重大事項なので、他の方の関心もあることとわかってはいるのですが、その、め、目立ちたくなくて…」


エルは、苦しい言い訳をつらつらと続けた。隣にいるネルが、にやにやと上がりそうな口角をなんとか押さえているのが横目で見える。マリアは、まあ、そうでしたの、の頬に手を当てた。


「エリィならエルとそっくりだから、確かに殿下も御心を開きやすいかもしれないわね。でも大変ね、そんな大役だなんて」

「あ、あはは…。そうだ、メリーベル様、メリーベル様もどうかこのことは…」


エルがメリーベルの方を見て恐る恐る言った。するとメリーベルは、もう知ってる、と言った。


「マリアのことがあってから、ヘレナ様にこういう理由があるって口止めされてたから」

「そうだったんですか」


エルは、ヘレナの判断に少し安心する。しかし、少しずつ広がる自分の顔と役目に危機感を抱いた。


「とにかく、また集まろう。僕の部屋を使えばいいんだから」


メリーベルの言葉にマリアが、素敵ね!と両手を合わせて微笑んだ。エルはさっきまで危機感を抱いていたのに、またこんなふうに集まれるのかもしれないと思うと、そんなことを忘れて嬉しさで頬が緩んだ。









マリアと別れたあとは、エルもネルもメリーベルの部屋から出て、自分の仕事に戻ることになった。

エルは、4人で笑いながらお茶会をした時間を、ぽわぽわとした気持ちで思い出す。思えば、こんなふうに楽しく誰かと会話をできたことなんていつぶりだろうか。ネルは浮き足立つように持ち場へと向かう。するとそんなエルに、ネルが、ねえ、と話しかけた。


「どんどんあんたの話が他人に広まってるけど、大丈夫なの?」


ネルの指摘に、エルは痛いところを突かれた気持ちになる。


「…ま、まあ、今のところみんな信頼できる人ばかりだし…」


そう言ったものの、エルは、ヴェルドの顔を思い浮かべながら、苦虫を噛み潰したような顔をした。命の恩人とはいえ、すきあらばエルを城から追い出そうとする人物でもある。いつ掌を返すかわからない。他にも、ハロルドだってエルのことをよく思ってはいない。そう考えるとエルは不安になる。


「…まあ、中立派がシロそうだってのがわかったのが大きな収穫だな」


ネルはそう言った。エルは彼女の言葉に頷く。


「でも、一個だけ解せない。レッド侯爵があんたに、手紙を送ったのなんだの言ってたけど、あれはなに?」

「ああ…、昔マリアから絶縁の手紙を送られたのよ。それがレッド侯爵からのものだって、つい先日わかったんだけれどね」

「…あんた、生き延びて真相知れたからよかったね、あのまま死んでたらほんとに悲惨じゃん。ま、貴族から平民に落とされる人生もかなり悲惨だけどさ」


ネルはそう言いながら鼻で笑った。エルは、そんなネルに苦笑いを漏らす。ネルはエルから目をそらすと、でも、生きてるだけマシだ、とつぶやく。そんなネルに、エルは同じ火事で家族を失った彼女を思って言葉が詰まった。ネルはそんなエルに気がつくと、面倒くさそうに頭を掻いて、じゃあ私こっちだから、と言った。エルは、そんなネルの腕をつかんだ。ネルは、怪訝そうにエルを見た。


「なにさ」

「また、みんなでお茶会をすることって……できるかしら」

「はあ?」

「今日、楽しく…なかった?」


エルはそうおずおずとネルに尋ねた。ネルは目を丸くしたあと、返答に困った様子で黙り込んだ。しばらくの間のあと、ネルは小さくため息を吐いた。


「…貴族のやつらから情報が得られるかもしれんしな。使えるものは使わないとだから」


ネルの、またお茶会をしてもいい、という遠回しな言い方に、エルはゆっくり口角を上げた。ネルはバツが悪そうな顔をすると、エルの手から逃れて、自分の持ち場へ向かってしまった。エルはネルの背中を見送ったあと、歌い出しそうな気持ちで自分の目的地へ向かった。






 



アランがマリアと会った、という話はまたたく間に広がった。娘をアランと結婚させたい貴族たちがこぞってアランとの約束を取り付けたがったけれど、アランは一度マリアと会って以降はそういった機会を作らなかった。

もうマリアを婚約者として決めるつもりでいるのか、それともそもそも前のはただの気まぐれだったのか、様々な憶測が貴族たちのあいだで飛び交っていた。



そしてエルはと言えば、またしてもヴェルドから無理難題を突きつけられていた。


会議室にマイクから呼び出されたエルは、先に部屋に入ってソファーに座っていたヴェルドを見て既視感がした。嫌な予感を抱きながらエルはマイクとヴェルドを順番に見た。ヴェルドは足を組み替えたあと、おい平民女、とエルの方を見て言った。


「アランに、どの令嬢を婚約者にするつもりなのか探りをいれろ」


ヴェルドの言葉に、エルはつい、あの、とすぐに反論の体勢になった。


「以前、婚約者選びのパーティーに行くように言ったら殿下の機嫌を損ねたじゃないですか。そうなることを以前あなたは予測していたじゃないですか。いくら私を追い出したいからって、そんな見えきった罠に再度かかるわけには…」

「できなければ田舎に帰れ」

「………っ」


エルは、何かを言い返したくても言い返せずに言葉を飲み込む。ヴェルドは嫌味な笑顔を浮かべているだろうと想像していたエルだったけれど、予想外にも彼は、暗い顔をしていた。エルは少し息を呑んだあと、恐る恐る口を開いた。


「あの…何かありましたか?」

「…」


ヴェルドは黙り込む。助けを求めてマイクを見たけれど、マイクも同様に暗い表情を浮かべていた。エルは動揺しながら2人を交互に見た。


「…あの…」

「…」


ヴェルドは重い息をついたあと、戦争が始まる、と告げた。エルは、はい、と頷いた。


「それは…周りから聞いていました」

「隣国の動きから、近いうちに向こうからの仕掛けがあることは確かだという結論になりました。国境近くの警備を更に固め、王国軍からも兵士を派遣しています」


マイクはそう、重い口調で言った。これまで、始まるかもしれない、といったあいまいな話しか聞いてこなかったエルは、マイクの話を聞いて、本当に始まるのだという実感が湧いた。


「アランは戦場に向かうつもりでいる。国の王子がこの初期段階でわざわざ行かなくてもいいという声もあるが、これまでのやつの戦いの実績から、やつに戦の作戦も現場の指揮も任せる方向になっている。…まあ、誰が止めてもあいつは行くだろうけどな」


ヴェルドはそう眉をひそめていう。するとマイクが、隣国とは長年争いが定期的に起きていました、と続けた。


「向こうからこちらへ攻め込み、こちらはそれを追い返すということを繰り返しています。我が国は勝ち続けてはいますが、強い相手であることには違いありません。国力に差はありませんし、負ければ国の存続にも関わります。それくらいに重い戦いです。激しいものになるでしょうし、我軍が押されれば、エリィさんの町にも戦火が飛ぶかもしれません。とにかく、かなり苦しい戦いになるはずです」


マイクの言葉に、エルは言葉を失う。町にいた頃、アランの率いる王国軍が演習に来ていた日々を思い出す。遠くで起きている出来事だと思っていたことが、まさか、エメラルドたちの住む町を飲み込むことになるかもしれないなんて。


「あいつは、この戦いで死ぬ気だ」


エルは、ヴェルドの言葉が一瞬理解できなかった。エルは一度息を呑んだあと、え?と声をもらした。


「ど、どういうことですか?死ぬ気?なぜ?」

「もうずっと、あいつは死に場所を探していた。この大きな戦に紛れて死ぬ気なんだ」


ヴェルドはそう言うと、苛立った様子で頭を抱えた。エルは動揺しながら、どうしていいかわからなくなる。


「…ヴェルド様は、戦があるたびにそうおっしゃるんです。アラン殿下は死ぬ気だって」


マイクはそう言うと、少しだけ呆れたようにため息をついた。ヴェルドとは対照的なマイクの態度に、エルはさらに困惑する。ヴェルドは、眉をひそめてマイクをにらみつける。


「お前だって、アランが危ういのはわかってるだろ?」

「エル様を失った悲しみから逃げるために戦に没頭しているとは思っています。でも殿下は、そんなことをされる方ではありませんよ。毎回勝利を収めて生きて帰ってきてくださるじゃありませんか。それが自傷行為のようなものだとは思ってはいます。でもまさかそんな、命をわざと落とすようなことなんか…」

「お前がアランの何を知ってるんだ」

「…ヴェルド様よりは長い間殿下のおそばにおりますゆえ、わかっているつもりです。ヴェルド様も、そのうち戦場に出ることになりますよ。根拠のないことで不安を煽らず、ご自身のご準備にお時間を使われては?」

「そんなもの言われなくても平時からしている」


マイクとヴェルドが火花を散らし始めた。エルは、お、落ち着いて…、と2人に言った。ヴェルドは、とにかく、とエルの方を睨みつけた。


「あいつに、ここへ帰ってくる理由が必要だ。エル・ダニエルに代わる婚約者を選ぶんだ。あいつが戦に出る前にな」


ヴェルドのこの言い方に、エルは嫌な予感が走る。


「できなければクビだ」


ヴェルドはそう言うと、彼らしくない荒々しい様子でソファーから立ち上がった。アランが不安定な状況で大きな戦に出ることが不安でたまらないことがエルには伝わってきた。エルは、そんなこと無理です、という反論を、今のヴェルドにすることができなかった。


「…あの、マイクさん」


エルは、ヴェルドと火花を散らした余韻を残すマイクを見た。いつもの彼ならヴェルドに押されているのに、それに負けじと返す今の彼に、彼もじきに起こる戦争のことで余裕がないのだとエルは察した。マイクは、一度深呼吸をしたあと、平静を装って、何でしょう、とエルの方を見た。


「戦に出る前に…ということはつまり…」

「…最短で明日、遅くとも数週間以内…まあこれはわかりませんが…です」

「……」


エルの脳内に、絶対無理、の文字が音を立てて現れる。そんなエルを置いて、あっ、とマイクが声を漏らした。


「そうだ、ハリソン公爵が殿下に会いにいらっしゃるんだった…」


マイクは、ああどうしよう…もう次から次へと…、と顔を青くする。

ハリソン公爵、といえば、アランの婚約者有力候補の一人である、エミリーの父である。伝統派の長だ。


「殿下はお会いしないと再三言っているのに、皆さん何度も打診してきて…強行突破で来る方も後を絶たないし…」


マリア様で決まりの説が流れてみんな焦っているんだろうけれど…、とマイクは慌てて扉の方へ向かう。すると、あっ、と声を漏らしてエルの方を見た。


「エリィさん、今お時間よろしいですよね?」

「(お時間よろしいです゛よね゛?よね?!)」

「少しお手伝い願います」


マイクはそう言うと、エルの返事を待たずに歩き始めた。エルは仕方なく彼の後を追いかけた。







エルが連れてこられたのは、応接室だった。マイクはエルの方を見ると小声で、ここにハリソン公爵とエミリー様がお待ちです、と言った。エルは、えっ、と声をもらした。


「私が中に入って殿下を探す旨を伝えますゆえ、私が帰ってくるまで給仕をお願いします」


マイクの頼みに、エルは困惑する。ハリソン公爵やエミリーと直接会ったことがないとは言え、火事の犯人かもしれない人物の前に軽率に立ってもいいのかが疑問だったからである。エルは断ろうとマイクの方を見た。


「あの、でも…」

「ハリソン公爵は貴族のなかでも重鎮ですから、殿下にあわせないと色々後がうるさそうで…」

「あの、私…」

「とりあえず、来ていただかないとエリィさんがハリソン公爵に理不尽に詰められて困っている、ということにして殿下を連れてきます!」


マイクは、では行きますよ、とエルの返事を待たずに応接室の扉をあけた。エルは、話を聞いてもらえない…!と絶望しながらも、マイクについて部屋に入った。

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