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10 令嬢は元令嬢の元友人1

アランの婚約者選びの舞踏会が終わってしばらくは、使用人たちのあいだで、どのご令嬢・ご令息が素敵だった、などの話題が溢れていたが、次第に第三王子アランは一体どのご令嬢を婚約者に選ぶのか、という話題が盛り上がりを見せるようになった。

ネルは、どの貴族が素敵だったという話にはつまらなさそうにしていたけれど、アランの婚約者の話は乗り気で使用人たちの話題に入っていっていた。


エルはといえば、ネルとの一件からずっと気持ちが沈んでいた。


エルは、使用人たちの楽しそうな話に、全く気乗りがしなくて表面的な笑顔だけ浮かべて聞いていた。

そしてエルは、ネルとは少し距離を取るようになっていた。





そんな日々が数日続いたある日の夕食時、使用人の一人が、アランの婚約者候補であるマリアが近々お城へやってくるという情報を仕入れて、皆で盛り上がっていた。


「マリア・レッド様でしょう?」

「あの、穏やかそうな方よね?女性らしくって素敵だったわよね」

「派閥の力関係的には少しほかの有力候補のお二人よりは順位が下がるわよねえ」

「でも、ああいうおっとりした人って男性に好かれそうじゃない?」


楽しそうに声を上げる周りに、エルはまた胸の奥がつかえたような気持ちになる。エルは早々に食事を済ませると、自分の寝室に戻ろうと歩き出した。


「ちょっと、今から話は佳境みたいだよ」


廊下を歩くエルの肩を、後ろからネルが掴んだ。エルは彼女の方は振り向かず、そう、とだけ言うと、彼女の手から優しく逃れた。ネルはエルの方を見て、意地悪く目を細めた。


「なんでそんな浮かない顔してるわけ?アラン殿下の婚約者候補の話だよ?気にならないの?」

「…べつに」

「もしかして、前にした話を本気にしてるの?」


ネルの言葉に、咄嗟にエルは彼女を振り返った。ネルはエルの驚いた顔を見て嬉しそうににやりと口角を上げた。エルはそんなネルから目をそらす。そんなエルを、ネルは鼻で笑う。


「なんか軽いね〜。あんなに幸せそうに過去を回顧してたくせに、私一人の意見でこんなに沈んじゃってさ。あんたって自分ってものがないわけ?」


ネルに痛いところを突かれた気持ちになり、エルは言葉を詰まらせる。エルはネルから視線をそらし、震える唇を噛みしめた。ネルはそんなエルを、冷めた目で見据える。しかしすぐに、嫌な猫なで声を出しながらエルの肩を叩いた。


「なにさその顔は。べつに私は本気で言ってなんかないから」


ネルがケタケタと笑う。エルはそんなネルを見上げて、彼女の本心が読めずに困惑する。


「私はただ、別の物の見方を教えただけ。もちろん、あんたらのことを大人の勝手に振り回されて引き裂かれた悲劇の恋人だと言う奴らもいるだろうさ」


ネルの言葉に、エルは一瞬救われたような気持ちになる。そんなエルの目を、ネルはひどく冷めた目で見据えた。


「でも私からしたら、燃やした人間もあんたらも同じクソの貴族で、同じ穴の狢にしか見えないんだよ。こちとら、あんたらの勝手ないざこざに巻き込まれた、本当に可哀想な方の被害者なんでね。…まあでも、前の話に深い意味なんかないよ。そんな気にすんなって」


彼女にそう言われて、すぐに崖から突き落とされたような気持ちになり、エルはとうとう言葉を失う。エルの動揺した瞳に満足そうな顔をしたネルは、そんなことよりさ、とエルの肩をまた叩いた。そして、誰もいないことを確認するとエルの耳元で囁いた。


「もうすぐマリア・レッドがアラン殿下に会いに来るらしいよ。容疑者のうちの一人の娘だ。なんとか接触してよ」


ネルはそうエルに告げる。エルは、彼女が自分のことを加害者だという言葉がうまく飲み込めず、胸の奥がいがいがとれないまま、つい感情的にネルを見つめる。


「あなた、私と一蓮托生なんて言って、それなのにそんなことを言って私の心を揺さぶって、一体どういうつもり?」


エルはネルの目を見てそう訴えた。ネルは、エルの目を見つめ返したあと、べつに、と飄々と返した。


「気に障ったなら撤回するよ。はい撤回。これでいい?」

「…」


エルは、ネルの目を見る気力さえなくなった。エルはネルに背中を見せると、…わかったわ、とだけ返すと、自分の部屋に向かった。











その翌日、エルはヘレナの部屋へ行く前に、自分の元々の仕事にとりかかった。空はきれいに晴れている。エルはその光がいつもより数段眩しく感じて目を細める。


「(…アラン様と私がいなければ……)」


エルは移動しながらふと、思い出したくないことを思い出した。エルは考えたくなくて心を閉ざそうとしたけれど、どんどんそのことばかり考えてしまった。

あんなにきらきらと輝いていた幼い頃のあの日々がまさか、そんなふうに言われる側面を持っていたなんて。エルは、胸の奥がざわざわとする。

これ以上考えたくなくて、エルは早く掃除をしようと、自分の持ち場である掃除場所に向かった。いつも人気のない中庭で、そこは大きな噴水が設置されている。


「(…前にアラン殿下と話したところだ…)」


エルは、そんなことを思い出してまた苦しくなる。あの思い出も、ネルに言わせたら歪んでいるのだろうか。

そんなことを考えている間に、持ち場についた。すると、今一番会いたくない人物が、噴水の縁で読書をしていた。


「……」


エルは、視界に入ったその人物、アランに硬直する。秋の柔らかい日差しに、アランの綺麗な金髪が照らされている。

エルは、あの頃、2人で笑い合った記憶が呼び起こされる。昔はずっと2人で、隔離されたような彼の部屋で他愛ない話を繰り返していた。何も思い出せないような会話の連続で、それでもエルは、そんな日々がずっと続けばいいのにと願っていた。


ーーあの火事だって、王子とあんたがいなきゃ起きなかった


ネルの声がまた頭のなかでリプレイすると、エル、ははっと息を呑んだ。すると、エルに気がついたらしいアランが本から顔を上げた。掃除道具を持ったエルを見て、アランはまた本に視線を落とした。

胸の奥が苦しい、とエルはそう心の中で思う。アランに幸せになってほしくてエルはここにきた。それなのに、ネルに言われただけでどうしてこんなに動揺してしまうのか。

エルは、手に持つほうきを握りしめた後、アランに頭を下げてその場を去ろうとした。


「…どうした」


エルは、アランの声に立ち止る。相変わらず色がなくて、これはあの日逃げた自分のせいだとエルは自責する。


「(でも、逃げずにいたら私はあのままどうなっていた?どうせ逃げるならもっと早くから逃げていたらよかった?そうすれば火事は起きなかった?でもどうやって?あの頃の私にどうしたらそんなことができた?もっと私が利口だったらばできたの?)」


エルは呼吸が止まる。まるで神聖なものになっていたようなアランとの過去を、大人の冷徹な目で覗かれて、息ができないほど胸を締め付けられる。

エルはほうきをもう一度握った後、張り付けたような笑顔をアランに見せた。そして、深々と頭を下げた。


「…読書のお邪魔になるので、失礼いたします」


エルはそう言うと、逃げるようにその場から去った。








その後エルは、黙々とヘレナの部屋の掃除をしていた。メリーベルがまたおいしそうなお菓子を作ってきており、それをヘレナやリズと一緒に食べながら楽しそうにお茶をしていた。

エルは、そんな楽しそうな声を横目に、ずっと手を動かした。お菓子に心を揺らされず、ただただ掃除を続けた。無心で仕事を続けているほうがエルにとっては楽に思えたからである。









ヘレナの部屋から出て、また自分の持ち場に戻ろうとした途中で、エルはマイクに捕まった。


「エリィさん、実はアラン殿下の婚約者候補のお一人、マリア様が来週お城まで殿下に会いにいらっしゃるんです…!」


マイクは真剣な目でエルにそう言った。エルは、マイクに何を言われるのか察して、あの…、と言いにくい気持ちで口を開いた。


「…前、殿下に舞踏会へ出るよう言ったら機嫌を損ねたじゃないですか。マリア様とお会いすることを私が勧めたら、また同じ轍を踏むことになると思いますけど…」


エルの言葉に、マイクはそれはもちろん理解してます、と得意げに返した。エルは、だったら…、と口を開いた。すると遮るように、なので、とマイクが言った。


「なので、私からそのお話をアラン殿下にいたします」

「は、はあ…」

「そして、おそらく断られると思います」

「はあ…、え?」


エルはマイクの言葉と自信ありげな顔が結びつかずに首をかしげる。マイクは口角を上げて、そうしたら、と続けた。


「そうしたら、殿下に出ていただけないと、エリィさんがヴェルド様に辞めさせられてしまうんです!と言います」


またその手を使うのか、とエルは心の中で突っ込む。


「…あの、それって、これから婚約者候補の方が会いにいらっしゃる度に使うおつもりですか?」

「もちろん!」


エルは、その効果は一体どれだけ続くのだろうかと懐疑的な気持ちになる。そんなエルを放って、マイクはさあそれでは参りましょう!とエルを手招きして歩き始めた。エルは今アランに会いたくないのにと思うけれど、彼女にはついていかない選択肢がなく、渋々マイクの後をついて歩き始めた。






エルの行きたくない気持ちを露ほども知らないマイクに連れられて、2人はアランの部屋に向かった。アランは静かに読書をしていた。

アランを前にして何度も意を決したような深呼吸をしたマイクはようやく、殿下少しよろしいでしょうか、と話しかけた。アランは本からは視線を上げずに、なんだ、と返した。

エルは、明らかに以前よりも態度が軟化しているアランに驚く。些少ではあるが、エリィとしてお城に来た時よりもアランの圧が弱くなっているとエルは感じた。

マイクは、実はですね、とアランに続ける。


「来週、レッド侯爵家のマリア嬢が、殿下ともう一度お話がしたいとおっしゃっておりまして、その、殿下のご都合はいかがかと思いまして…」


マイクはアランの様子を伺うように恐る恐る尋ねた。エルは横で聞きながら、いきなり聞くんだ…、と度肝を抜かれた。エルまで緊張しながらアランの返事を待った。


「…わかった」


アランはそう、本から視線を上げずに答えた。マイクは、小さくため息をついた。


「そうですよね、ダメですよね…、でもですね殿下、殿下に出ていただけないと…えっ、わかっ、え?わかった??」


マイクは、アランの返事が信じられないようで、瞬きを繰り返した。そして、エルの方を見て、自分の聞き間違えではないのかを確認してきた。エルは、こくこくと頷いてマイクを見た。マイクは、か、かしこまりました…!と感動した様子で言うと、それでは失礼いたします、と頭を下げて、エルを連れて部屋から出た。







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