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9 元商人の娘の探し物1

ネルからの追求に対して、エルはとても落ち着いていられた。なぜならば、こういう時のために彼女が用意してきたセリフがあり、今はそれを読み上げればいいだけだったからだ。


「…それは違うわ。私は、エル・ダニエルではない」


エルはそう、冷静にネルに返した。ネルはまっすぐにエルを見つめる。


「前にも話したでしょう?私は国境近くの港町出身だって。そこからここへ、仕事を求めてやってきたのよ」

「ああ、言っていたね」

「でしょう?」

「ならなぜ数ヶ月前、王都を出てわざわざダニエル家領まで出かけたの」


ネルの質問には、ほんの少しエルは動揺した。

彼女は一体どこまで情報を得ているのか、それがエルにはわからず、後で辻褄が合わなくなることで自分が困らないように、教会を訪れた話はきちんとしようと決めた。


「ダニエル家領の教会に、両親のお墓があるの。それにせっかく王都まできたのだから、一度だけでも会いに行こうって、そう思ったのよ。お城で働いてお金も貯められたし」

「どうしてあんたの両親がそんなところにいるのよ。あんたは港町で育ったんじゃないの?」

「子どもだった私にはわからない色々な理由で、私を育てられなくなった両親は、私を港町に住むきょうだいに預けたの」

「…そう」


エルは、前にエメラルドがついてくれた嘘との辻褄を合わせながら話した。ネルはその話に多少納得した様子を見せた。エルは畳み掛けるように、それに、と続けた。


「仮に私がエル・ダニエルだとして、なぜわざわざ平民のふりをしてお城で働いているの?この国の王子と結婚するはずの立場だった貴族の令嬢でしょう?そんなことあり得るかしら?第一、エル・ダニエルのお葬式は終わったし、お墓だってある。皆彼女の死を認めた。彼女はもう死んでいるのよ」

「…」


エルは、これ以上の反論はないだろう、と確信した。ネルはしばらくの間エルの瞳を見つめた。肌寒くすらある風が2人の間を吹き抜ける。


「…それでも私は、エル・ダニエルはあの火事で死んでいないと、そう確信している」

「…え?」


思い掛けず粘る彼女の言葉に、エルは目を丸くした。そして半笑いで、どういうこと?と尋ねた。ネルはそんなエルをただただ大真面目にまっすぐ見つめる。


「…あの日、火事が起きたあの宿に、私の両親と妹が泊まっていた」


ネルはそう、静かに話し始めた。


「私の家はわりと大きな商家でさ。自分の足で市場に赴いて、気に入った品を仕入れるのが、父の仕事であって趣味でもあった。それに旅行がてら家族でよくついていっていた。あの日、私は反抗期中のクソガキだったから、些細なことで父と喧嘩して、へそを曲げて、その旅行についていくのをやめて家でひとり留守番をしてた」


ネルは目を伏せた。


「…宿の火事のことを聞いた時は、…あの宿に泊まった人の中でたまたま外出していた一人を除いて全員助からなかったって聞いた時は、信じられなかった。でも、しばらくして順番に両親の遺体が帰ってきて、信じるしかなかった。…両親が一緒に帰ってこなかったのは、どうやらいろいろと調査をしていたみたいだったから、それが済み次第、順次遺体が家族の元へ帰されたみたいだった。大きな事故だったし、何より、王子のフィアンセもその事故の被害者だったっていうから、かなり大ごとになってたみたいだった。まあ私にはそんなことどうだってよくて、ただただ、たった一人残されて絶望してた。絶望しながら、妹の遺体が帰ってくることだけを待つ日々だった」


ネルは一度固く目を閉じたあと、またエルの目を見た。


「でも、いつまでも経っても妹は帰ってこなかった」


ネルは、浅く息を吐いた。


「私は役人に何度も確認した。ひどい火事だったというから、妹は間違えて別の遺族の元へ連れて行かれただけだと、そう信じていた。私は救えないくらい絶望していて、自分の世話すらまともにできてなかったけれど、妹の行方を探す力だけはあった。でも、役人の誰も妹のことを知らなかった。それどころか、そんな人物は宿泊者のリストにないとすら言いやがった」


ネルは握り拳を作り、それに力を込めた。エルは、ただ呆然と彼女を見つめた。


「何度も確認した。宿泊者リストの間違いくらいあり得るだろうと、でも、そんなことはあり得ないと取り合ってもらえなかった。遺体が取り違えられてる可能性を指摘しても、それもありえないと言われた。宿泊者リストの人数と遺体は完璧に確認が取れているし、遺体は全員遺族の元へ帰された。妹はお前の勘違いか、それとも何らかの理由で泊まらなかったに違いない、と一蹴された。そんなわけがなかった。私はこのあたりから、何かがおかしいと感づいていた。だから私は、色んなところに足を運んで、ほうぼうからこの事件の情報を集めた。そうしたら、一つ気になる情報があった」


ネルは大きく息を吸った。


「この火事の日、゛たまたま゛外出して事なきを得たたった一人の宿泊客、ジャン・ダニエルが、エル・ダニエルの遺体確認の際、手につけていた花のブレスレットが彼女本人である証拠だと言ったらしい。それは彼が彼女にプレゼントしたもので、事件の日もそれをつけていて、遺体にもそのブレスレットが残っていた、と」


ネルは、そう言うと、彼女の左手についたブレスレットをエルに見せた。


「ブレスレットの詳細を聞けるだけ聞いたけど、私のつけているものと酷似していた。エル・ダニエルがこれをつけているわけがない。だってこれは、私たち家族がおそろいで作らせた特注品だからだ」


ネルは、エルの瞳をまっすぐに見つめてそう訴えた。エルは、叔父にそんな物を買ってもらった記憶などないし、あの日そんな物を付けていた事実もない。エルは息を呑む。


「…疑惑が少しずつ確信に変わった。私の妹は、ジャン・ダニエルによって、エル・ダニエルにさせられたんだと。何かこの事件に裏があると踏んだ私は、城に使用人として入り込んだ。そこで色々と収集するなかで、そのエル・ダニエルっていう女が、えらく周りの貴族たちにとって邪魔な存在なのだということを知った。私はなんとなく察した。この女は、自身の出世を目論む貴族に殺されたんだと。王子はかなり無茶苦茶で、たいしたことない出自のこの女に意味不明にいれこんでたらしいしな。王子と結婚できる格のある家の貴族からしたら、娘を王家に嫁がせるチャンスを、わけのわからん令嬢に奪われてるわけだから、そりゃあ邪魔だろう。だから殺した。ジャン・ダニエルはそいつらに何らかの見返りをちらつかされて協力したんだろう。宿に何らかの方法で火をつけて、…多数の命を道連れに、しかも罪は宿屋の主人になすりつけて。でも、いくら探してもエル・ダニエルの遺体が見つからない。万が一彼女が火の手から逃れていたなら家に戻ってくるはずだから、確かに死んだに違いない。けれど遺体がない。しかし、この女が死んだという証拠が必要だ。だから私の妹をエル・ダニエルとして勝手に奪ったんだ」


エルは、ネルの話を聞きながら、しかしどこか冷静だった。叔父がエル殺害の火事の犯人の一人だったかもしれない、と言われても、あの彼ならそんなことも必要とあらばするだろう、と残酷なほど素直に思えた。


「…わけのわからない貴族の権力争いなんかのために、私の家族は消耗された。取るに足らない平民の命だからと、やつらに勝手に軽んじられたんだ、踏みにじられたんだ…!」


ネルはそう、悔しそうに唇をかみしめる。


「…こうなって今更、貴族に復讐を、なんて言わない。ただせめて、妹を、取り戻したい。家に帰してあげて、両親のそばで眠らせてやりたい。そう誓って、私は今ここにいる。私は必ず妹を取り返す。そのために、毎日情報を集めて、この事件の犯人を探した。…でも、成果は頭打ちになってきた。結局核心には下働きの私ではたどり着けない。…そんなときにエリィ、あんたが私の前に現れた」


ネルはそう、口元を緩めてエルを見た。


「あんたを死んだと信じている連中なら、ただの顔の似た他人で通るかもしれない。でも私は確信している。エル・ダニエルは絶対に、あの火事から逃げ出して、そして生きていることを。そしてそれは、間違いなくエリィ、あんただと」

「……」

「証拠はない。でもあんたがエル・ダニエルで、少しでも私の妹が、私の家族が憐れだと、そう思うのなら、私に正直に話してほしい」


ネルの言葉を聞いて、エルはあの日見た、自分の名前が刻まれた墓を思い出した。エルは深く呼吸をして、天を仰いだ。

ここまでか。

エルはそう悟った。白を切ることはもちろんできる。自分がエル・ダニエルである証明なんてできないし、ネルだって客観的な証拠を持っていないからだ。だから、ここから知らないふりをして、他人であると通せばいい。けれどエルには、もうそれはできそうになかった。


「……そうです」


エルは、ついに白状した。自分の勝手で逃げ出したために、家族の元へ帰れない誰かのことを、心の底では罪悪感を抱いていた。そして今、現実に遺族と出会って、エルはもう正直に言うしかなかった。

ネルは深い深い呼吸をした。唾を一度飲み込むと、今一度エルの方を見た。


「…認めるんだね、あんたが、エル・ダニエルだって」

「…認めるわ」

「……」


ネルは、その場に座り込んだ。そして髪を両手でかき乱すと、脱力して空を見上げた。


「…やっと…やっと一歩進んだ……」

「…私、申し出ます。自分がエル・ダニエルだって」

「は?…いや、まてまて、急ぐなって」


ネルがエルの肩を掴んだ。エルは、え、とネルの方を見た。


「ど、どうして?」

「どうして?じゃないよ。あんたわかんないの?もう葬式も埋葬も終わった貴族の令嬢のことを、平民の人間がノコノコとでてきて、実は私がエルです、なんて言って誰が信じると思う?まずあんたの叔父は絶対否定するよ、あんたはエルじゃないって。だって、あんたの叔父はあんたを殺した犯人の一人だよ?そんで、ノコノコ出てきたあんたは犯人にさっと殺されて終わりだ」


ネルは自身の首元に指でさっと線を書いて舌を出した。エルはごくりと息を呑む。


「…なら、…どうしたら…」

「私は今、この事件の真相を解明しようとしてる。それができたら、エル・ダニエルの墓にいる妹を返してもらえるはずだ。あんたは私に協力して、事件の解明に当たるんだ」

「協力…」

「あんたは私よりももっと、貴族たちの近くに行けるだろ?新しい情報も入ってくるはずだ」


ネルは、エルを指さしてそう言った。エルはまじまじとその指を見つめた。


「私はあんたの正体を誰にも明かさない。代わりにあんたは私の情報収集の助けをする。どう?それにあんただって、自分を殺した犯人が知りたいでしょ?だからここに帰ってきたんでしょ?」

「ち、違うわ。私は…」

「どうするの?協力するの?しないの?」


ネルはエルの目をまっすぐに見た。エルは、彼女の覚悟を決めた瞳を見つめ返す。


「…わかった、それが私にできることなら」

「…よし、決まり」


ネルは、エルの返事を聞いてゆっくりとほほえんだ。そして、エルに片手を差し出した。エルはその手を見つめたあと、意を決して彼女の手を掴んだ。



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