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8 平民にはどうしたらいいのかわからない4

「あっ、エリィさん!じつは、周りから押されに押されて、もう舞踏会の日が決まってしまいまして」


そう、マイクがエリィに話しかけてきた。マイクは改めて周りに誰もいないことを確認すると、ところで、アラン殿下にお話とかはされましたか?と尋ねてきた。エルは、言葉に詰まった後、恐る恐る、お話しました…と声を絞り出した。すると、えっ!とマイクが期待に満ちた瞳をエルに向けた。


「そっ、それで、殿下はなんと?」

「…」


どう伝えようか困り果てるエルに、マイクは察して、ああ…、とつぶやきながら髪をかきあげた。


「まあ、そうですよね、仕方ないですよ、ムリですもん。殿下に参加させるなんて。…ヴェルド様には私の方から上手くいいますゆえ、どうかお気になさらず、」

「たぶんきっと、私のことを拒絶したと思います」


エルの言葉に、マイクは、え?とわけがわからないというような顔をした。


「えっと、…何の話ですか?」

「アラン殿下のお話です。…舞踏会に参加していただくようにお話したら、完全に私を拒絶する顔をされていました。多分、今後も私のことを拒絶されるのではと思います」


エルはそう言い切ったあと、重苦しい罪悪感に浅い呼吸を続けた。あの時のアランの顔を見てから、自分が言ってはいけないことを彼に言ってしまったのだと思い知らされて、後悔に苛まれていた。マイクは、ええ?と半信半疑の顔でエルを見た。


「な、なにを…え?」


マイクは動揺した様子を見せたあと、か、確認してみます…と言い残して、エルの前から去った。





前と同じ会議室に呼び出されたエルは、ヴェルドとマイクが待っていたその部屋へやってきた。エルが前の通り立ったままでいると、暗い顔をしたマイクが、例の件ですが…と話し始めた。


「殿下に、エリィさんにまたお茶の準備を頼んでいいかお伺いしたところ、…もう呼ぶな、と…」


いつもなら何も返事をしていただけないのに…と続けるマイクの言葉に、やっぱり、と察していたもののエルはかなりショックを受けた。そんなエリィを横目に、ヴェルドは嬉しそうにくつくつと笑った。


「パーティーは来週だったか?まあ、長くはないが時間はある。心してお前の最後になるであろう任務にあたるんだな」


ヴェルドの言葉にマイクは慌てて両手を振る。


「ま、まってください!あの殿下をパーティーに参加させるなんていう無理難題をふっかけておいて、それが出来なかったからって彼女を解雇するなんて…」

「だが、この女はアランには拒絶されたんだろ?随分前にどこぞやの貴族がアランに拒絶されて、あの手この手で機嫌を直そうとしても、まだ許されてないらしいじゃないか。この女もそうなるんだろうなあ」


ヴェルドはそう、意地の悪い顔でエルに言った。エルはそんなヴェルドの方を、顔を引き攣らせながら見た。

マイクはふらふらとした足取りで、そんな…エリィさんという最後の武器が…などと呟きながら会議室をあとにした。

ヴェルドはソファから立ち上がると、自身も部屋から出ようとした。


「…知っていたんですか?」


エルはたまらずに話しかけた。ヴェルドはゆっくりとエルの方を振り返ると、何の話だ?ととぼけた。


「…アラン殿下が、私からパーティーの話をしたら、機嫌を損ねるって」

「俺がわざわざ言わなくてもわかりそうなものだがな。鈍いお前が悪い」


ヴェルドはそういうと、嬉しそうに口角を上げた。エルは何も言い返せずにヴェルドを見上げるしかなかった。すべて分かっていてこの男はエルにアランを誘わせた。そして、拒絶されるように促したのだ。彼女がここにいる意味をなくし、ここから追い出すために。

ヴェルドは心底楽しそうに、意地の悪い瞳でエルを見下ろした。


「どれだけ傷ついたろうな。かつて惚れていた女に、新しい女をさっさと見つけろと諭されるなんて」

「…でも、もうその女性はいません。早く新しい人と新しい恋をしたほうが、どれだけ心が癒やされるか…」


エルがそう言うと、ヴェルドの瞳が曇った。エルは、ヴェルドのその変化に口をつぐむ。


「…簡単に忘れられたらどれだけ楽かなんて、本人が一番わかってるだろ」


ヴェルドはそう吐き捨てた。エルは何も言えずに黙り込む。ヴェルドはまた意地悪く口角を上げると話し始めた。


「…さて、来週までにアランをパーティーに呼べなければお前はクビ。どちらにしろもう、アランの心を開く係、だったか?その仕事すらできないんだ。今すぐ田舎に送り返してやってもいいが、一応、約束は約束だ。来週までは待ってやる」

「…でも、」

「以上だ」


ヴェルドはそうはっきり言うと、会議室から去っていった。エルは扉の閉まる音を聞きながら、がっくりと項垂れた。







使用人の宿舎の外で、エルは夜空の下で膝を抱えて蹲っていた。ふとした瞬間にあの日のアランの顔がフラッシュバックして、心が沈むのだ。


「(…私があんなことを言ってしまったせいで……)」


エルはあの時あんなことを言ってしまったことをただただ悔やむけれど、しかし、腑に落ちない部分もある。


「(…早く新しい人を見つけて忘れたほうがいいっていうのは、そんなに間違ってる?)」


ヴェルドとの会話を思い返しながら、エルはそうふつふつと納得のいかない気持ちを湧き上がらせる。よく読んでいた恋愛小説でも、失恋した主人公には新しい恋が舞い降りてきていたはずだ。そこから新しい素敵なストーリーが広がっていたじゃないか。

しかしすぐに、受け取り手の感情が全てか、と思い直してエルはまた落ち込んだ。エルはずっと、そんな感情の移り変わりを何度も繰り返している。


「あれ、部屋にいないと思ったら」 


背後からネルに話しかけられた。エルは顔を上げると、ネル…と呟いた。


「ひどい顔。何かあった?」


ネルはエルの隣に座った。エルは、なんでもないわ、と返したものの、誰かに話を聞いてほしい気持ちが疼いた。


「(…でも、相手はネル…。どんなふうに受け取られて噂が流れるかわからない……)」


エルはそう考えて、彼女にうかつに話すのは危険だ、と思うものの、自分の話を聞いくれるのは彼女しかいない、とも思う。


「…ねえ、ネルって、恋とか愛とか、人の感情に詳しい?」

「なに、ヤブから棒に」

「いや…その、なんとなく」


ネルは怪訝そうな顔でエルを見たあと、いや別に、と返した。エルは、えっ、と声をもらしてネルの顔を見た。


「詳しくないの?あんなに人の不倫だとか、熱愛だとか、楽しそうに話しているのに?」

「あれは別に、私がそういう話を好きだからじゃないよ。周りの子たちにエンタメを供給してるだけ」

「え…え?」


ネルの言うことがよくわからずにエルは混乱する。ネルは夜空を見上げて、私は恋愛なんか興味ないよ、と言った。エルはため息をつきながら、自分も空を見上げた。


「…なんだか私、あなたがよくわからないわ」

「ああ、そ。で、なに?エリィの恋愛話?面白そうなら聞くよ」

「ち、違うわよ…」


エルは、ネルに話しても駄目だと察し、話すのをやめた。ネルは、なにさつれないね、とニヤニヤしながらエルを見た。エルは、おやすみなさい、とネルに言うと、逃げるようにその場を去った。







マイクに呼ばれない日がしばらく続いた。これまでほとんど毎日のようにアランにお茶を出しに行っていたものだから、とても不自然な気持ちにエルはなった。


ヘレナの部屋担当の仕事を終えて廊下を歩いていたエルを、ロゼが呼び止めた。エルは、久しぶりにロゼに会えたことにとても嬉しくなった。ロゼは変わらない明るい様子でエルに話しかけた。そんなロゼを改めて、懐かしく恋しくエルは思った。ロゼは笑顔でエルに話しかけた。


「お久しぶり、元気にしてる?」

「は、はい…。ロゼ様も、お元気にしていらっしゃいましたか?」

「私は、今までと違う仕事に四苦八苦してたけど、やっと慣れてきたところ」


ロゼは、はあ、と肩を落としながらため息をついた。彼女は、ミシェルが去った後国王の世話係となった。


「…陛下、お体の調子がずっと悪いの。今までは近しい者たちだけの間で秘密にしてたみたいだけど、もう隠しきれなくなったってことで、周りの貴族たちも状況を知り始めてる」

「え…」


エルは驚いて目を丸くした。ロゼは周りに人がいないことを確認すると、エルに近づいて小声で話し始めた。


「次の国王について、真剣に議論がでてきてるみたいよ」


ロゼの言葉に、エルは急に緊張するような気持ちになった。ロゼは、まあ、順調にいけばラインハルト殿下だけど、と続ける。


「最近、戦争が近いだとかで国の情勢も不安定だし、今度開かれるアラン殿下の婚約者選びのパーティー次第で、色々変わるかもね。王子は三人もいるわけだし」


ロゼはそう言うと、エルのほうを見て背中を軽くさすった。


「どうせ、あなたが大役担ってるんでしょ?アラン殿下をパーティーに参加させる役割とか!で、どうなの?出られそうなの、殿下は?」

「……」


エルの表情が一気に曇った。ロゼは少しぎょっとした後、だめ…そう?と恐る恐る尋ねた。エルは言葉に詰まった後、実は…、と、最近あった出来事を彼女に話し始めた。





「…なるほどねえ…」


ロゼは気まずそうにそう返した。エルはすがるようにロゼを見た。


「私、そんなに間違ったこと言いましたか?そんなにデリカシーなかったですか?」

「まあ…そういうものに答えなんかないわよ。ただアラン殿下の受け取り方がそうだっただけよ。あんまり気にしないで」


ロゼはそう優しくエルに言った。エルは彼女の優しさに救われながらも、でも、と呟いた。


「でも、…このままだと私、お城を追い出されてしまうんです」

「ええ?どうして?」

「…アラン殿下には嫌われましたし、役目を果たせないってことで…」

「役目って…あなたもともとただの使用人でしょ?アラン殿下のお世話ができなくなったって、本来の仕事に専念するように戻ったらいいだけじゃない!」

「そ…そういうことに…なってしまって…」


どこまで彼女に話してもいいのかわからずにぎこちなく返すと、ロゼは腕を組んで納得いかない顔をした。


「なあにそれ、そんなの納得いかないわ。私がマイクに話してあげる」

「あの、その、そう言っているのはマイクさんじゃなくて…」

「ええ?じゃあどなた?」

「…ヴェルド様です」

「ヴェルド……ああ…レグラス家の…。でも、あの方がどうして?」

「……もともとヴェルド様は、エル…様のことがお嫌いだったらしく、顔が同じ私のことも同様に気に食わないらしく、もとから私のことは追い出したかったそうで…」


どこからどこまで話したらいいかわからずにふわっと説明したため、ロゼに伝わったかが疑問でエルは不安になった。ロゼは、あの方ねえ…、と口元を手で押さえた。


「あの方も大概気難しい方だからねえ…」


にしたって顔が似ているだけで無関係のあなたを追い出すなんて…、と話し始めたロゼに、話題を変えたくてエルは、ええと、と切り出した。


「気難しい…といえば、エドワード殿下は婚約者がいらっしゃいませんよね?どうしてアラン殿下みたいに、周りが探そうとしないんですか?」


エルは、ふと浮かんだ疑問をロゼに尋ねた。ロゼは、ああ…と苦笑いを浮かべた。


「それは、エドワード殿下が拒否しているからよ」

「拒否?」

「そうよ、あの人極度の女嫌いらしいから。…昔はそんなことなかったと思うんだけど…」

「…ということは、裏を返せば、アラン殿下は拒否していないんですか?」

「そうよ。拒否していない…というか、どうでもいいって感じだけど。だから、拒否はしていないアラン殿下に周りはなんとか婚約者を作らせたい、でも、陛下は王子本人の意思を尊重して婚約者を選ばせたい、でも王子に意思自体がない、という謎の悪循環が生まれているというわけ」


陛下にアラン殿下のことを直訴しようにも、陛下自身の体調が悪いからそうそう出来ないし…、色々もどかしい状況なのよ、とロゼはため息をついた。


「(…どうにかならない…のかな……)」


エルはそう考える、けれど、もう自分にできることなど本当になくなったのだと思い出して、重いため息をついた。


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