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8 平民にはどうしたらいいのかわからない2

ヘレナの部屋を掃除し終わると、エルはマイクに呼ばれた。なんだろうと思いながらエルはマイクについていくと、会議室へ連れてこられた。そこには、不機嫌そうに眉間にしわを寄せてソファに腰掛けるヴェルドがいた。エルは苦手な人物の登場に後ずさる。マイクは、どうぞ座ってください、とエルに促した。エルは困惑しながらも、入り口に一番近い、ヴェルドのいるソファの対角線上に立った。マイクはそんなエルに、いや、距離ありすぎですよ、今からお話し合いをするんですから、と言ってエルをヴェルドの向かい側のソファに追いやった。


「どうぞ、座ってください」

「使用人の分際で座るな。立ってろ」


ヴェルドが、ふんっ、とエルを一瞥する。マイクは、そうおっしゃらずに、とヴェルドを宥める。


「エリィさんにお願い事があって来てもらったんですから」

「お願い?それがこの平民女の仕事だろ」

「あ、あの、立ってます、私、立ってますから…」


エルは一歩も引かなさそうなヴェルドを見て、そうマイクに言った。マイクは、そうですか?と申し訳なさそうに言ったあと、軽く咳払いをした。


「ここへ来ていただいたのは、エリィさんにお願いがあるからです」


マイクの言葉に、エルは身構える。おそらく、アラン関連だろう。いったい何を頼まれるというのか。


「じつは、周りから早くアラン殿下の婚約者びを始めろという圧力が、婚約者を選ぶ舞踏会を開催しろという圧力すごくって…」


ミシェル様のご結婚が終わった途端に、その話題がぶりかえしてきて…皆さんが私に早く早くとおっしゃってきて…、とマイクは頭を抱える。


「でも、無理です。開いたとて、今の殿下がまともに参加してくださるとは、新しい婚約者について考えてくださるとは到底思えません」


マイクの言葉に、まあそうだろうな…、とエルは内心相槌を打つ。


「そこで、エリィさんからパーティーに参加するよう殿下にお願いしてほしいのです!」

「えっ…え?!」


エルは瞬きを繰り返しながら依頼の内容を今一度頭のなかで唱えた。以前からほのめかされていた依頼ではあるものの、こうきちんとお願いされて、エルはその任務の難しさを実感した。エルは、マイクからの依頼内容を心の中で復唱したあとすぐに、いや無理だ、と察した。


「…たぶん無理…だと思います…よ…」


エルはそう恐る恐るマイクに言った。マイクは、それはそうでしょうけど、と食い気味に言った。


「エリィさんからのお願いなら、もしかしたらアラン殿下の心が動くかもしれませんから」

「……駄目で元々、という意気込みでお願いしてみたらいいですか…?」

「はいっ!お願いいたします!」


目を輝かせるマイク。エルは、ため息をつきながら、断られる前提でというならまだ気が楽か…と心の中で呟く。


「ちなみに、アランを舞踏会に参加させられなかったら、お前クビだからな」


ヴェルドがそう、腕を組んで言った。エルは、えっ!と目を丸くしてヴェルドの方を見た。ヴェルドは、そんなエルの方を一瞥した。


「当然だろ。お前が役に立たなければ田舎へ帰らせる、という約束のはずだ」

「そ、そんな…」


動揺するエルのそばで、マイクも同じくらい動揺していた。マイクは必死の形相でヴェルドを見つめた。


「ヴェルド様!エリィさんを手放すのは今後のことも考えたら…」

「俺はもともと、こいつにアランを近づけること自体反対しているんだ。前から言っていたはずだ」


ヴェルドの言葉に、マイクは言葉を詰まらせる。ヴェルドは足を組むと、エルの方を冷たい目で見た。


「アランが次期国王となるためにふさわしい相手を選ぶ最高の機会だ」


ヴェルドはそう静かに言った。エルは、ヴェルドからどんな嫌味を言われるのかをなんとなく察して胃が痛くなるのを感じた。


「゛以前は゛その機会がなかったが、巡り巡ってこんな好機に恵まれた。ここで、3大派閥の推薦する令嬢との結婚が決まれば、アランの国王への道が見えてくる」


ヴェルドの嫌味な言い方に、居づらさからエルはつい彼から視線をそらす。マイクが、ヴェルド様…、と少し困ったようにヴェルドを見た。


「次期国王は第一王子であらせられるラインハルト殿下です。同盟国の姫君ともご結婚してくださっています。他の多数の貴族たちも、ラインハルト殿下が一番ふさわしいという考えです」

「長子でかつ国に都合のいい政略結婚をしただけ、それだけだ。能力で言えば王子たちの中でアランが一番だ」

「そ、それは…」

「アランは本当に優秀だった。勉強ができるだけじゃない。周りを、人を引きつける力がある。流れを読む力もある。学校で俺はずっと奴を見てきた。だから断言できる。アランは国王になるべき男だ」


ヴェルドはそう力説した。やたらにアランを王子にしたがる彼を見て、かつてエル・ダニエルが生きていた頃、似たようなことを言う貴族たちがいたことを思い出す。


「(アラン様は一度でも、そんなことを望むようなことを言っていただろうか…)」


エルはふとそんなことを考える。記憶をたどるけれどよく思い出せず、エルは考えることをやめた。

彼の様子に、彼はどこかアランに心酔しすぎている部分があるのかもしれない、ということをふとエルは思った。

ヴェルドは、それに、と話を続けた。


「それにアランは、これまで数々の戦で戦果を挙げている。ここで周りの貴族が推薦する令嬢と結婚できれば、国王への道がひらけるんだ」


ヴェルドはそういうと、一度深いため息をついた。


「じきに起こる戦争でも戦果を上げる……はずだ」


そう、どこか自信なさげにヴェルドは言ったあと、エルのほうをじろりと睨んだ。


「わかったか?お前はアランを婚約者選びのパーティーに連れてくるんだ。それができなければお前は田舎に帰る。以上だ」


ヴェルドはそう言うとソファから立ち上がって出口の方に向かった。エルは、無茶振りがすぎるヴェルドを、まっ、まってください…、と呼び止めた。しかしヴェルドはちらりと横目でエルを見て、以上だ、と念を押すと、颯爽と会議室から去ってしまった。


「(…あの人……私をクビにしたくてこんなことを言っているんだ……!)」


どうせ今のアランにどうしたってパーティーに参加させることなんか不可能なのだから、これを機にエルを田舎に帰したいヴェルドの本心が透けて見えて、エルはぐぬぬと奥歯を噛み締めた。

しかし、彼がアランに新しい婚約者のことを考えてほしいという本心も確かにあるようにエルには見えた。


「(…まあ、アラン様を国王にすることができる婚約者、を探してほしいんだろうけど)」


自分自身がアランを国王になれなくさせる婚約者だった過去があることに、エルは肩身が狭い気持ちになる。


「(…昔から私は彼に嫌われていた。…あれは、彼がアラン様に国王になってほしいと熱望しているからこそ、だったのかな…)」


そんなことを、エルは思った。それにしたって、彼はアランのことを過剰に信仰しすぎているようにもエルには見える。マイクは困惑した様子で、どうしてエリィさんにそんな意地悪なことを…、とため息をつく。


「…と、とにかくエリィさん、どうか、どうかお願いいたします…!だめでも、私の方からヴェルド様にはお話いたしますゆえ、どうか、どうか…!」


マイクに念を押され、エルは、その覇気に押されつつ、は、はい…と頷いた。

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