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7 お姫様は王子様の夢を見る1

アランが笑ったという話はロゼを通じて速攻マイクの耳に入ったようで、エルはミシェルの部屋の掃除の後マイクに呼ばれて、厨房へ向かったとき、今まで見たことがないほど上機嫌なマイクが現れた。マイクに言われるがままに、エルはアランのお茶の準備をした。


「いやあ、さすがエリィさん!私が見込んだだけあります!」

「いえ、私はとくに何も…」

「何をおっしゃる!何もしなくとも、その顔があればいいんですから!」


マイクは、はあよかった、と心底安心した顔でそう胸を撫でた。


「もうすぐ殿下の婚約者候補を集めた舞踏会を開きますから、それまでに少しでも殿下のお心を柔らかくできたらと渇望しておりましたから」

「あの、…アラン殿下は今の状況で参加できるんですか?」

「絶対無理だと思います」


マイクははっきりとそういった。エルはそんなマイクに苦笑いを漏らす。マイクは真顔で、本当に無理だと思います、と重ねた。


「社交の場どころか会議にもでられないんですから、殿下が参加してくださるとは到底思えません」

「で、ですよね…」

「ですが!エリィさん、あなたならなんとかしてくださるに違いありません!」


マイクに期待のこもった瞳を向けられて、エルは急にプレッシャーを感じた。


「(アラン様の婚約者を選ぶパーティーに参加させるように私が促す…。なんだか具体的なミッションを課せられて、急に重圧感が…)」

「ヴェルド様のお許しもいただきましたし、これからどんどん、アラン様との交流をしていただきますよ!」


マイクはそう言うと、さあ参りましょうか、とうきうきな様子で言った。エルは、ヴェルド、という言葉に、あの、とマイクに話しかけた。


「その、ヴェルド様…というお方は、エル…さんのことが嫌いだったんですか?」

「え?」

「その……えらく私、彼に嫌われていて…」


エルがそう言うと、マイクは、ああ…、と苦笑いを漏らした。


「ヴェルド様は、アラン殿下のかつてのご学友なんです。いつもご一緒に政治の勉強をされていました。たぶん彼は、アラン殿下に次期国王になってほしかったんだと思います」

「…」

「でも、アラン殿下の婚約者であったエル様の家は、その、王家の婚約者というにはあんまりにも力がなくて、だから、どれだけアラン殿下が王としてふさわしくても、他の貴族たちがそれをネックに思って、王として認めないだろうと、そう思ってヴェルド様はエル様のことを目の敵にしていらっしゃいました。アラン殿下も殿下で、王になる執着はなくて、エル様と幸せに暮らせたらそれでいいというスタンスでいらっしゃいましたから、だから余計に、エル様を目の上のたんこぶみたいに思っていらしたんじゃないでしょうか」

「…」

「それにしても、顔が似ているだけで別人のエリィさんに当たるなんて、なんだかヴェルド様らしくないですね」


マイクは不思議そうに首を傾げた。エルは、気まずく思って黙り込む。マイクは、でも、と続けた。


「ヴェルド様、会議にも出なくなった殿下のために、いつも会議の内容を説明しにいらしてくださるんです。殿下が聞いていなくても、無関心でも諦めずに。…学生のころからいつも、殿下のことを深く考えてくださる方だったんです。…だからエリィさんへの嫌がらせを許せという話ではないですけれど、そこだけはわかっていただけたら嬉しいです」

「……はい」


エルは、これまで散々冷たく当たられてきたヴェルドの違う一面を知ったような気がした。あの自分を嫌うヴェルドが心底苦手だったけれど、少しだけ、彼の持つ人の心を垣間見た気がした。


「(…実際、私のことを理由はわからないけど助けてくださったし……いやでも、あの時私を表向きに死亡させずに助けられたかもしれないのにそうしなかったのは、やっぱり貴族の私が邪魔だったからか…いやでも、戻ってきても殺されるだけと言っていたから助けられるタイミングで助けてくれたのか……)」



頭を悩ませるエルに、そんなことは気づかないマイクは、さあまいりましょう、声をかけた。エルは、は、はい、と返事をすると、マイクについて歩き始めた。


「…まあ、殿下の舞踏会参加という課題の前に、王家にはまた別の大きな問題があるんですが…」

「え?」

「ミシェル様のご結婚です」


エリィさんにはそこまで関係ありませんけど、といいながら、マイクははあとため息をついた。


「ミシェル様がまだ心からご結婚を認めていらっしゃらないようで、陛下もそんなミシェル様のお気持ちを尊重したいような態度でいらっしゃるものですから話がとんでもなくややこしくって……。彼の国との力の関係は明らかに向こうのほうが上ですし、彼の国との友好関係を更に強化するために断る選択肢なんてありえないのに…」


彼の国の王子がせっかくミシェル様に熱烈に求婚してくださっているというのに…とマイクは歯がゆそうに言う。そして、はあ、と重いため息をまたついた、


「…とにかく、ミシェル様のお部屋担当ではありますけれども、エリィさんはアラン殿下のことに専念してください!私もそうします!」

「は、はい…」

「さあ、行きましょう!」







意気込んでマイクとお茶を持っていったものの、たまによくあるアランの、マイクへの無断の外出により、今日のお茶会はなくなった。がっかりしたマイクに苦笑いを浮かべたあと、エルはアランの部屋をあとにした。


自分の元々の持ち場に戻ろうと歩いていたら、ネルを見つけた。以前のやりとりから余計に彼女とどう接したらいいかエルはわからなくなっていたため、エルはネルから隠れようかどうしようか悩んでしまった。そうこうしている間にネルはエルを見つけて、やあ、と小さく笑った。以前と変わらない彼女の飄々とした様子に、エルは力が抜けた。


「お部屋担当の仕事は終わったの?」

「ええ、今から戻るところ。ネルは?」

「情報収集」

「…あんまりさぼると、メイド長に叱られてしまうわよ?」

「あらあら、経験者は詳しいね」


ネルにからかうように言われて、エルは、う、と声を漏らした。そんなエルを見て、ネルは楽しそうに笑う。


「(……ああ、苦手……)」

「あっ、エリィ!」


ロゼの声がしてエルが振り向くと、慌てた様子でやってくる彼女の姿が見えた。


「どうかされたんですか?」

「ミシェル様がお部屋に戻ってこられないのよ。家庭教師と勉強したあと、お部屋で彼の国の王子との顔合わせのときに着るドレスの試着をする予定だったのに…」


ロゼは、はあ、とため息をつく。エルは内心、それがしたくなくて逃げたのでは…と思ったけれど、それにはロゼも気がついているようで、彼女はエルと目が合うと困ったように眉を下げた。

するとネルが、ねえあれ、と小声で指を指した。エルとロゼはネルの指の先を見た。すると、ここから少し遠くの中庭に、ミシェルの姿が見えたのである。


「あっ、ミシェル様…」

「しっ!」


ネルがそうロゼに牽制した。ロゼは自分で自分の口元を押さえてネルを不思議そうに見た。ネルは小声で、誰かといる、と言った。確かに、よく見ると人影は二つだ。三人は顔を見合わせて、抜き足差し足で人過激近づき、木陰に身を隠した。


「もしかしたら逢引かもな」

「えっ、まさか…」


ネルの言葉に目を丸くしたロゼは、かなり動揺しながらその人影を確認した。すると、その人物に安心したような顔をした。エルもこっそりと確認した。そこにいたのはミシェルと、初老の男性だった。優しそうな表情をした貴族の男性で、ミシェルとなにやら楽しそうに会話をしていた。あのミシェルが笑顔で話しているところに、エルは目を疑った。ミシェルのお部屋担当になってから、こんな笑顔のミシェルを見たことがなかったからである。いつもの陰鬱な表情などなかったかのように、ミシェルは楽しそうに話している。頬は、よほど楽しいのか少しだけ紅潮している。

ミシェルとその男性は、しばらく会話した後別れて、それぞれ別々の方へ歩いていった。誰もいなくなってから、ロゼは、はあ、と安堵のため息をついた。


「あなたが逢引だなんて言うからびっくりしたじゃない」


ロゼがネルを咎めるように見た。ネルは、ええ?と首を傾げた。


「なんでアレが逢引じゃないと決めつけるんだ?あんなに楽しそうだったのに」

「あのねえ、」

「お姫様、頬なんか染めて、完璧に恋する少女だったけど」

「はっ、はあ?!」


ロゼが目を丸くして慌てる。ネルはエルの方を見て、なあエリィ、と同意を求めた。エルは、ネルに同意してはいたものの、ロゼの顔を見たら素直にそうだと言いがたかった。ロゼは、だからありえないわよ!とエルとネルに訴えた。


「だってさっきミシェル様と一緒にいたの、私のお父様なんだもの」


ロゼの言葉に、エルとネルは固まる。少しの間の後、ネルは、ええと…、と頭をかいた。


「あんたのお父上…ってことは、当然既婚者?」

「まあ…もうお母様は亡くなってるけれど…」

「ああ、なら問題ないわけだ」

「大アリよ!一体何歳差だと思ってるのよ!」


娘より年下の女性が相手なんて…、とロゼは顔を青くする。その後、いいえそれ以前の問題よ!とエルとネルの方をすごい目力で見た。


「ミシェル様には彼の国の王子との結婚がもう決まったようなものなのに、それなのに、初老の家臣と恋仲?しかも、お父様??え?ええ??」

「ま、待ってください、まだ決まったわけでは…」


エルはロゼを落ち着かせるために慌てて口を挟む。エルの言葉に少し冷静さを取り戻したロゼが、そう、そうよね…、と少しだけ落ち着いた。しかしネルが、いや、と口元に手を当てて少し考えるような素振りをした後、楽しそうに、そして意地悪そうに口角を上げた。


「男の方はわからんけど、あのお姫様は完全に恋する瞳だったね」


ネルの言葉に、ショックを受けた様子のロゼだったが、目を丸くしたまま、た、たしかに…、と声をもらした。


「確かに、ミシェル様のあんなお顔見たことがない……」

「ね、ネル!話をややこしくしないで……!」


エルは慌ててネルを止める。ネルは楽しそうに目元をほころばせる。エルが、もう、とネルを咎めていたら、ふらふらとおぼつかない歩調のロゼがどこかへ歩いて行ってしまった。エルは、あっ、と彼女の背中に声を漏らした。


「い、行っちゃった…、ロゼ様、大丈夫かしら……」

「さあね〜。さて、面白くなってきたね」


ネルはそう言うとどこかへ行こうとした。エルは目にも止まらぬ速さでネルの腕をつかんだ。ネルは、なにさ、と腕をつかんで離さないエルを見た。エルは真剣なまなざしでネルを見つめる。


「さっきの話、みんなに言いふらすつもり?」

「当然。だって、大スキャンダルじゃん。これは盛り上がるよ」

「だ、だめよ!こんなこと噂になったら、大事になってしまうわ!」


エルは、さっと青ざめる。もしもこの噂が広まりに広まって、妹のように可愛がってきたミシェルに変な噂がつきまとい、彼女が傷つくような展開になることがエルには耐えられなかった。ネルはつまらなさそうに、ふーん、とジト目でエルを見た。


「お部屋担当だからって、そんなに肩入れする?」

「そ、それはそうじゃない?」

「さっきの、ミシェル姫の侍女でしょ?あんたあの貴族ともやたら親しそうだったね。なんで?」

「ね、ネルだって気さくに話してたじゃない。ロゼ様は心の広いお方なの!とにかく、このことは秘密にして!お願い!!」

「こんな面白そうな話、黙ってるなんてむりむり」


ネルの言葉にとうとうエルは言葉に詰まる。エルは目を伏せて言葉を探す。

もしも悪い変な噂が回って、ミシェルが後ろ指をさされでもしたら。過去の自分を思い出して、エルは、なんとしてでもそんな状況にミシェルをおきたくないと思う。しかし、どうしたらいいかわからない。エルは、どんどん視線を落としてネルの腕を掴む手の力を、抜いていってしまった。


「ミシェル様の、傷つくところが見たくない…。お願い、…お願いします……」


こんなふうにネルに懇願しながら、エルは情けない自分にあきれ返った。

しかし、ネルはそんなエルを見て小さくため息をつくと、わかったよ、と言った。ネルの言葉に、エルは目を丸くして彼女を見上げた。


「えっ?」

「この話を、誰にも言わなきゃいいんだろ?」

「いっ…いいの?!」

「わかったわかった」


ネルはそう言うと、それじゃあ私仕事に戻るから、と言って歩き始めた。

予想以上に聞き分けのいいネルに驚きながらも、エルは安堵のため息をついた。

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