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5 令嬢は気苦労が多め3

エルは今日もまた、ミシェルの部屋へ仕事をしに向かった。するとその途中でロゼに出会った。ロゼはエルの顔を見ると、あら、と笑顔を向けた。


「今からミシェル様のお部屋に行くところかしら?」

「ええ、はい」

「私は今から少し休憩なのよ。ミシェル様、今は家庭教師とお勉強中だから」


親しげにエルに話しかけてくるロゼに、エルは不思議な気持ちになる。


「(…なんか、気さくな人だな…。平民身分の私にこんなふうに接してくれるなんて)」


他の侍女として働く令嬢たちを見ていたため、エルは余計にロゼに対してそんなことを思った。

ロゼは前方から歩いてくる集団を見かけると立ち止まり、道の端に避けて頭を下げた。そして、エリィあなたも、とエルの手を引いて自分と同じようにすることを促した。エルは言われるがまま、ロゼの隣に立って頭を下げた。


「おっ、話をしていたらロゼじゃないか!」


そんな快活な声がした。声の主はロゼの前に立つと親しげにロゼに話しかけている。エルは恐る恐る顔を上げて確認すると、ロゼの前にいたのは第一王子のラインハルトと第二王子のエドワードだった。

ラインハルトは最も次期国王に近い存在であり、明るく豪傑な性格の人物である。赤い髪に青い瞳、繊細な容姿の次男と三男とは違い、男らしい外見をしている。

一方エドワードは、非常に頭の切れる秀才であるけれど、とにかく人を寄せ付けない雰囲気と、融通の利かない堅い性格により、家臣たちからは扱いにくいように思われているらしい(ネルによれば)。綺麗な紺色の髪と、眼鏡の奥から覗く青い瞳を持つ美青年であるけれど、こういった気難しい性格により令嬢からの人気はないらしい。そして本人も、恋愛や結婚というものには全く興味がないらしい(これもネルから聞いた話である)。

ロゼは、お久しぶりですラインハルト殿下、エドワード殿下と笑顔を向けた。


「あの、話とは?」

「ミシェルの話だよ」


ラインハルトが、はあ、とため息をついた。エルは、ラインハルトの方を見た。


「せっかく彼の国の王子がミシェルを妃にと言っているのに、本人があれでは父上がお気になさって心を痛めている」


困った様子のラインハルトがそう話す。すると、ふん、とエドワードが鼻を鳴らした。


「王家の結婚は、国のためにするものだ。ましてや、周辺国が不穏な今、大国の隣国との同盟は、戦に巻き込まれないための強い盾になる。侍女のお前がきちんとそう言って聞かせろ」


エドワードがロゼにそう言った。するとロゼは、じとっとした目を彼に向けた。


「ではエドワード殿下も、お国のためのご結婚をどうぞはやくお決めなさってください。そして、王家の支えとなる王子と姫をはやくお育てになったらいかがでしょう?それが王子の務めですよね?」

「…」


ロゼの言葉に、エドワードは気まずそうな咳払いを返した。エルは、そういえばこの二人は幼馴染だったっけ、と目の前の二人のやりとりを見て思い出す。

するとロゼは、はっとした顔をしたあと、気まずそうにラインハルトの方を見た。エルは、ロゼのどこがラインハルトに対する失言なのかわからずに困惑する。しかしラインハルトは、笑顔のままエドワードの肩を叩いた。


「そうだぞエドワード、お前も俺みたいにさっさと結婚しろ。結婚はいいぞ。愛しい人がいつもそばにいてくれるんだ」


幸せそうに頬を緩ませるラインハルト。そういえば、彼は大の愛妻家だったことをエルは思い出す。彼の妻はエルにさえ優しくしてくれた人格者のヘレナであるから、彼が溺愛するのもわかる、とエルは思う。

エドワードは、煩わしそうにラインハルトを一瞥すると、この場から逃げるように歩き出す。そんなエドワードの肩をラインハルトは掴み、この場にとどめた。エドワードは面倒くさそうに横目でラインハルトを見る。


「とにかく、ミシェルに何としても彼の国の王子のところへ嫁がせたい。何とかならんか?」


ラインハルトはロゼにそう頼む。ロゼは困惑したように眉を下げて、私も心を尽くして入るのですが…と言い淀む。エドワードは、はあ、とため息をつく。


「兄上はいたくこの話を進めるのに協力的だな。そんな点数稼ぎをしなくとも、次の国王はあなたでしょうに」

「なんだその嫌な言い方は」


ラインハルトが笑いながらエドワードを小突く。エドワードは疎ましそうにそれを避けた。

ラインハルトは、うーん、と考えたあと、はあ、と項垂れた。


「彼の国の王子がいたくミシェルを気に入ってしまったから、国力の差も考えたら断れるわけがない…。陛下の周りのご老人たちも両手を上げて賛成している。でも本人は嫌がっている…。ああもう…、アランがああじゃなければミシェルと話をつけてもらえたのに…。ミシェルはアランにはよくなついていた」

「…アレにはもうそんなこと無理だろ」


エドワードが目を伏せてため息をつく。ラインハルトは、ムッとした顔でエドワードを見る。


「だから、俺はもしもの話をしてるんじゃないか」

「俺はもう行く。手を離してくれ」

「こらエドワード!兄妹の大事な話だぞ?」

「俺にできることなんかないだろ。ただでさえミシェルに懐かれていないのに」

「…それにお前に結婚やら恋愛の話なんかできんしな」


悪かったな、と嫌味をこめてラインハルトはエドワードに言った。エドワードは、ぐ、と言葉を詰まらせたあと、失礼する、と言うと背中を向けて去っていった。ラインハルトは、はあ、頼りない兄貴だな、とため息をついた。


「今度開催するアランの婚約者選びの舞踏会のことにも難儀しているの、…に…、」


エルの存在に気がついたラインハルトは、エルと目を合わせると、ん?と首を傾げた。


「…お前、どこかで…」


ラインハルトはまじまじとエルを見つめる。エルは言葉に困って目を泳がせた。

すると背後から、あら、ラインハルト様、という声がした。その声を聞くとラインハルトは目を輝かせて嬉しそうに声の方を振り向いた。そこにいたのは、彼の妻であるヘレナだった。


「ヘレナ!もう用事は済んだのか?」

「はい、早めに家庭教師の授業が終わったので…あら」


ヘレナはロゼとエルを見た。ロゼは深々と頭を下げた。エルもロゼに続いて頭を下げた。ヘレナは二人を見ると笑みを深めた。そして、ラインハルトを見た。


「そろそろ、お約束のお時間ではなくて?遠方から見える方ですから、おもてなしをしないと」


ヘレナはそうラインハルトに言った。ラインハルトは思い出したように、ああそうだったな、と言った。


「それじゃあな、ミシェルを頼む」


ラインハルトはロゼにそう言うと歩き出した。それに続いてヘレナも歩き出す。ヘレナは少しだけエルの方を振り向くと、小さく微笑み、そしてまた歩き始めた。エルは、また深々とヘレナに頭を下げた。


「(…ここで働く口添えをしていただいたこと、お礼を言わなくちゃいけなかったのに…)」

「いつ見ても仲睦まじいわよね。いいなあ、私も早く結婚したい」


ロゼが羨ましそうに、頬に手を当ててため息をつく。エルはロゼの方を見た。


「…ロゼさんは、結婚のお話とか…」

「ないの!早く結婚したいし、したくてここで働いてるのに、ぜんぜん話がないのよ!」


お父様、いい加減早くお話をまとめてきてほしいわ、とロゼはぶつくさと文句を言う。エルは、そんなロゼに不思議な気持ちになりながら見つめた。


「その、そんなに焦らなくっても…」


ロゼの家は素晴らしい家だし、彼女も身なりがきっちりしていて、性格も良い。そんなに慌てる必要がないようにエルには見えた。しかしロゼは、信じられない、という顔をしてエルを見た。


「焦るわよ!周りはどんどん結婚するし、このままだと行き遅れに見られちゃう」


はあ、とため息をつくロゼ。その後すぐ、話している相手がただの平民だということを思い出したのか、ああ、まあ…、と言葉を探した。


「こういう家は面倒くさいのよ。周りからやいやい言われたりね」


ロゼはそう言って苦笑いをする。そして、目を伏せる。


「…ミシェル様は私なんかの比じゃないと思うわ。彼女の結婚で国の未来が変わるんだもの。どれだけ不安なお気持ちでいらっしゃるか、計り知れないわ」


ロゼは、そう言って窓の外を見た。


「…なんとかして差し上げたいんだけど、方法がなんにもわからなくて…」


ロゼは、はあ、とため息をつく。そして、ん?と何かを思いついたような顔をした。


「もしかして、ミシェル様って他に好きな方がいらっしゃるのかしら」

「え?」

「だからあんなにこの結婚の気が進まないのかしら…」


ミシェルの恋の相手、と聞いてエルは少し考え込む。幼い頃、長い時間いっしょにすごしたけれど、彼女にそんな素振りはなかった。もしかしたら、エルがいなくなった3年間で何かがあったのかもしれない。

エルは、さ、さあ…、と首を傾げた。ロゼは、何度目かわからないため息をついたあと、まあ、私に何もできることなんてないんだけど、と呟く。


「でもね、ミシェル様のお相手の王子、すっごく素敵な方なのよ!」


彼の国の王子、ものすっごくハンサムなのよ!しかもミシェル様のことを一目惚れしたみたいで、もう本当に溺愛してるみたいなのよ、とロゼが楽しそうに話す。エルは、は、はあ…、と曖昧な返事を返す。


「そんな素敵な方なのに、ミシェル様は何が気に入らないのかしら…」


ロゼは、またため息をついたあと、あら、随分足止めしてごめんなさいね、とエルに謝った。エルは、いえ、と手を振ったあと、ロゼに挨拶をすると、ミシェルの部屋へ向かった。




エルは、他の数人の使用人たちとミシェルの部屋の掃除を始めた。エルはミシェルの寝室にある本棚のほこりを拭いていた。彼女の本棚に並ぶのは、昔エルが幼い彼女と感想を言い合っていた本たちもあった。エルはそれを懐かしいような、胸が痛むような気持ちで見つめる。


「ねえ、私たちもう終わったけど」


仕事を終えたらしい他の使用人がエルに声をかけた。過去の思い出に浸り、手が遅くなっていたエルはまだ終わっていなかった。エルは、は、はい、と彼女たちに振り向いた。


「私ももうすぐで終わります」

「手伝おうか?」

「いえ、すぐですので」

「そ。じゃあ私たちは先に行くわよ」


そう言うと、彼女たちは掃除用具と洗濯物を持って部屋から出て行った。エルも彼女たちに続こうと急いで手を動かす。


「だから、話なんか聞きたくないです」


そんな言葉と一緒に扉が開いた。どうやら、ミシェルが家庭教師との勉強を終えて部屋に戻ってきたようだった。部屋には侍女のロゼと、そして、第一王子であり、ミシェルの兄であるラインハルトもいた。ラインハルトは、だから、と心底困ったようにため息をついた。


「彼の国の王子との話、聞くだけでも聞いてくれよ」

「嫌です。私が何を言ったって、誰も聞き入れてくださらないんですもの」

「父上はお前のことを心配している。俺だってそうだ。お前が嫌がっているのなら、」

「お父様は、私が嫌がっていることを確認するだけで、このお話はどうにもならないじゃないですか。それにお兄様は、この話を進めて周りにいい顔をしたいだけじゃないんですか?」


ミシェルは涙声でそう訴えた。ラインハルトは言葉に詰まる。出ていってください、とミシェルはラインハルトに言い放った。ラインハルトはため息をついた後、また改めて話をする、と言うと部屋から出た。

ロゼは涙を頬に落とすミシェルに、慌ててハンカチを差し出す。ミシェルはそれを受け取り、一人にして、とロゼに言った。ロゼは狼狽えながらもそれに従った。


人を払ったミシェルは、エルがいることを知らず、エルが掃除を続ける寝室に入ってきた。エルは一連のやりとりを聞いた後にやってきたミシェルに、気まずい思いで身を縮こませる。

ここの部屋の担当になって、ミシェルとしっかり顔を合わせるのはこれが初めてだった。エルは、彼女に顔を見られてもいいのかどうか迷う。しかしミシェルは、泣いているのこともあって特にエルに気がついていなかった。

少しの間のあと、ミシェルは、部屋の掃除をしていた使用人の存在にだけ気がつくと、ハンカチで目元を押さえながら、あなたも出ていきなさい、と言い放った。エルは、し、失礼いたしました、と言うとそそくさと部屋から出ようとした。


「……まって」


部屋から出ようとしたエルの手を、ミシェルがさっと掴んだ。エルはびくりとしながら彼女のほうを見た。涙に濡れた青い瞳がまん丸になって、エルのほうを見あげている。


「……エルお姉様……?」


ミシェルは半信半疑でそう尋ねた。3年の時を経て、美しい女性へと成長したミシェルに、エルは息を呑む。しかしエルは慌てて頭を深々と下げた。


「他の方にもそう尋ねられました。…しかし、私はその方とは別人です。私は、国境近くの港町で暮らしていたのですが、少し前からこちらで働かせていただいています」

「……」 


ミシェルは、エルの言葉を聞くと、少しずつエルの腕をつかむ手の力を緩めた。そして、ゆっくりとエルから手を離した。


「……そう」


ミシェルはそう言うと、目を伏せて唇を噛み締めた。そして、はやく出ていきなさい、と改めてエルに言った。エルは、失礼いたしました、とまた頭を下げると、ミシェルの部屋から出て行った。


エルは、ミシェルの部屋の扉の前で小さく息をついた。幼い頃のミシェルと、今のミシェルがエルの中で重なった。


「(…そして変わらず、私には何も言えることがない)」


エルは、そんなもどかしい気持ちを胸の奥でかみしめたあと、深い深いため息をついた。



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