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5 令嬢は気苦労が多め1

その日の夜、エルは今日あったことが信じられない気持ちでいた。

宿舎には入らず、就寝前にぼんやり外で月を見上げていたら、ねえ、と急にネルに肩を叩かれた。


「そんなに落ち込むなって。早く寝て忘れなよ」

「え?」

「えっ?て、メイド長にこっぴどくしごかれたんでしょ?」


ネルの言葉に、そういえばそんなこともあったのだとエルは思い出す。エルは慌てて、ええ、うん、まあ、大丈夫よ、と苦笑いで返した。


「(ああそうだった…メイド長に変に目をつけられていなければいいけれど…)」

「ん?なにそれ?」


ネルは、エルの手にある、アランからもらったお菓子を包んだ布を指さした。エルが答えに困っていると、ネルはエルの返事を待たずにその布を開いてしまった。そこには豪華そうなクッキーやチョコレート、マドレーヌなどがあり、普段の下働きの身分には縁のないものばかりで、ネルは目を丸くした。


「なにこれ?えらく高そうなお菓子ね」

「え、えっと、…」

「まさか自分で買った…わけないわよね?つい昨日、遠くへ出かけていたばかりだもの、こんなものを買う余裕なんてないはずよ」


無遠慮に問い詰めてくるネルに、ああやっぱり彼女が苦手だとエルは噛み締める。エルはネルの詮索に疲れて、頂いたの、と渋々返した。


「頂いた?誰から?」

「アラン殿下が召しがらないからって、そのお下がりを」

「アラン殿下?どういうこと?」


ネルが怪訝そうな声を出した。エルは、え?と首を傾げた。


「どうしてエリィがアラン殿下と接することがあるわけ?」


ネルが、ありえない、というような顔をした。彼女の反応に、確かに平民身分の自分が王家の人間と接することなどまずありえない、と今さらエルは思い出してはっとする。この城で王家の身分の人間と交流できる使用人は、侍女などの貴族階級の限られた人間だけだ。


「(…そ、そうか…今の私がアラン殿下と交流があったらこんなふうに変な目で見られるんだ…。もしもこういうことが他の人にも知れ渡って、悪目立ちして、私の素性まで詮索されたりしたら…。それだけじゃない、また…また前みたいに、白い目で見られたら…疎ましがられたら…)」


エルはそんな予測をして顔が青くなる。エルは誤魔化す言葉を探して、えっと、ええっと、と続けた。


「マイクさん…様、が、人手を探していて、アラン殿下のお茶をいれる人を、もう本当に誰でもいいからっていう状況だったみたいで、それでたまたま私が通りがかって、それで…、それで、でもその、殿下は甘いものは召し上がらないからって、そういわけで…」


しどろもどろになりながら説明したら、ネルは、そんな珍しいことがあるんだ、と、とりあえず納得してくれた様子を見せたので、エルが内心胸をなでおろした。しかし、へー、とネルは口を開いた。


「あのアラン様が、エリィには随分親切なんだね」 


ネルがそう探るような目でエルを見てきたため、エルは何かを見透かされそうで心臓が嫌な鼓動を打った。噂好きな彼女に変に勘ぐられたくなくて、エルはなんでもないように取り繕った。


「さあ、た、単なる気まぐれじゃないかしら…」


エルはつい、目を泳がせながらそう話してしまった。ネルが食い下がらずにまだ何かを聞くだろうかと内心ドギマギしていたけれど、ネルは、ラッキーだったね、と飄々と言った。彼女はどうやらこれ以上詮索する気はないらしい。エルはほっとしたあと、よろしければどうぞ、とネルにお菓子を差し出した。すると、あらどうも、とネルはチョコレートを一つつまんだ。


「その気まぐれで、私もこんな美味しいものにありつけて、ラッキーだわ」


ネルはそう言って口角を上げてみせた。エルは、そんなネルにとりあえず安心して一緒に笑った。笑顔の裏でエルは、先程詮索してきた彼女にまだ心臓がバクバクと脈打っていた。もしも自分の素性が周りに広まって、あの頃他の人たちにされたみたいな白い目を、今周りにいる使用人たちにされたとしたら。そうしたら自分は立ち直れるのだろうか、とエルは薄ら寒い気持ちで考えてしまった。








「(…アラン殿下の立ち直りを見守りたい、けれど、そうすれば変な噂が立つかもしれない…)」


エルは、そんな板挟みを感じて、屋敷の掃除をしながら頭を抱えた。


「(せっかく仕事にも慣れてきたのに、…少しばかりでも話ができる人たちが見つかったのに、それなのに、私の素性がばれたりしたら……)」


エルは、またあの日みたいに周りから白い目で見られるような予感がして鳥肌が立った。


「(それだけじゃない、このお城にいるあの火事の犯私のことがに知られて、ボロが出て、もしも生きていることがばれたら、今度こそタダじゃ済まないかもしれない。…なにか…なにか方法は……)」

「あっ、こんなところにいた、エリィさーん!!」


そんなことを考えていたら、笑顔のマイクがエルのそばにスキップしながらやってきた。王子の側仕えをしている貴族の男がエルに親しげに話しかけたことに、一緒に掃除していた使用人たちがぎょっとした顔でエルたちのほうを見た。エルは、その視線に、うっ、と心の中で息をつまらせた。


「実は早速お願いしたいことが…」

「ひっ、人手が足りてないんですね今すぐ行きますさああちらへ…!」


エルはマイクの言葉を制して、この場から離れるようにマイクへ促した。マイクはそんなエルを察してか、はいお願いします、と言うとエルを連れて歩き始めた。




人気のないところまでくると、マイクは、それでですね!と目を輝かせてエルを見た。


「殿下は今鍛錬中なのですが、その差し入れを持って鍛錬所へ行こうかと…」

「あの、あのマイクさん、私…、できればあんまり、目立ちたくない、というか…」


エルは言葉を選んでそういった。マイクは、目立ちたくない?と首を傾げた。


「あんまりこう…下働きの私がマイクさんと会話するのって、悪目立ちするっていうか、ましてやアラン殿下と交流があったら、変な噂がたちそう、というか…。元婚約者と同じ顔なんて知られたら、周りから変な目で見られそう、というか…」

「ああ…あの村でも言ってましたね」


マイクが腕を組んで少しの間、うーん、と考えた。


「まあ…悪いことではないんじゃないですか?殿下のお心を取り戻す活動だって知ったら、陛下や殿下の兄上たちは泣いておよろこびになると思いますよ?周りの人たちも好意的に思う人がほとんどだと思います。後ろ指を指すようなことなんかしないかと…」

「いや、でも…」

「それに、エル様に似てるなんて見たらわかるんですから、隠しようがありませんよ」

「うっ、それはそう…ですけど、目立たなければ、私の存在すら貴族の人たちにはわからないわけで、そうすればエル…さんに似ていることだって知られようがないわけで…」

「まずわからないことがあるんですが、どうしてエリィさんはそんなにエル様に似ていることを知られたくないんですか?」


マイクが核心をついてきた。エルは、うっ、と言葉に詰まった。少し黙った後、理由を慌ててエルは探した。


「…周りの人に変なふうに見られたら…って…心配で…」


エルは、どんなこじつけをしようか考えた割に、自分の本心がこぼれた。マイクは、エルの言葉に、うーん、と腕を組んで考え出した。


「そう言われても、いつかは絶対ばれますよ?」

「うっ…た、対策案を出していただけないのならこのお話は…」

「一つ案があります」


マイクは光の速さでそう言うと、どうぞこちらへ、とエルを案内した。







マイクはエルを連れて、誰かを探すようにお城の中を歩き回ったあと、誰かを見つけたようで、廊下を歩く女性に声をかけた。


「ロゼ!」


ロゼ、と呼ばれた女性は、マイクの顔を見ると、あら、と微笑んだ。エルと同い年か、それか少し年上らしき女性だった。身なりからして貴族の令嬢だろう。栗色の長い髪をきれいに一つにまとめている彼女は、とてもしっかりとしていそうな印象をエルに与えた。


「どうかしたの、マイク」

「今すこしお時間よろしいですか?」

「構わないけれど…」


ロゼは不思議そうにマイクを見た。マイクは周りを見回して人がいないことを確認すると、エルの方に手を伸ばしてロゼに案内するようにした。ロゼは、視線をエルに移した。


「こちらはエリィさん、このお城で使用人として働いています」


マイクに紹介されて、エルはおずおずとロゼに頭を下げた。


「は、はじめまして」

「ええ。…彼女がなにか?」


ロゼはエルを見ながら不思議そうな顔をした。なぜ自分が、この平民を紹介されているのか訳が分かっていないようである。エルも、わけがわからずにマイクを見た。マイクはエルの方を見て、大丈夫です、と言った。


「彼女はとても口が固くて聡明です。信頼に値します」

「えっ、え…」

「ロゼ、彼女をミシェル様のお部屋を管理する使用人に入れてもらえませんか?」


わけがわからないエルを置いて、マイクはそんな話をロゼに始めた。ロゼもロゼで、わけがわからないようできょとんとする。


「えっと、どういうこと?」

「メイド長にあなたから、人手が足りないからって掛け合ってください」

「それは構わないけれど…いや、そうでなくて、一体どうしてそんなことをするのか教えてほしいわなま?」

「実は、彼女にはアラン殿下の心を取り戻すお仕事をしていただいているんです」

「アラン殿下の?」


ロゼが、さらにわけがわからない、という顔をした。エルは、隠してほしい話をどんどんしてしまうマイクに、顔が青くなる。それを察してか、マイクはエルの方を振り向いて、大丈夫です、と言った。


「彼女は信頼できる人物です。あなたの秘密を守るために、まずは協力してくれる仲間を作らないと」

「いや、でも…」

「あのアラン殿下を?そんなの無理よ、えっ、嘘っ、本当に?どうしてこの方がそんなことをできるというの?」


ロゼは混乱したように瞬きを高速で繰り返す。そんな彼女に、ほら、とマイクは話しかける。


「ロゼは覚えていないですか?彼女、エル様に瓜二つなんです」

「エル嬢に?」


ロゼは目を丸くしたあと、今一度まじまじとエルの顔を見た。


「……こんなお顔、だったかしら……?」

「そうですよ!しかし、その任務を遂行する上で、彼女はあまりこのことを表沙汰にしたくないそうで、ですので、ミシェル様の侍女であるあなたにミシェル様の部屋の掃除の仕事を彼女に表向きに命じてもらい、その間にアラン殿下との交流の時間に充てる、ということで周りの目から隠すカモフラージュをしようかと…」


マイクはロゼの反応を伺うように顔をチラチラと見た。ロゼは、ええ?と怪訝そうな顔をした。


「そんなまどろっこしいことしないで、あなたがメイド長に彼女をアラン殿下のお部屋担当にするように言えばいいじゃない」

「アラン殿下のお世話は、他の王族たちよりもさらに気を使って、粗相がないようにより熟練のメイドが選出されています。そこを、お城に来て数カ月の彼女を私が理由なくねじ込むのは少し怪しいです。ゆくゆくはアラン殿下のお部屋担当にするつもりですが、それまでの経歴積みということも兼ねて、彼女をミシェル様のお部屋担当にしていただきたいのです」


マイクの言葉にロゼは、なるほどね、と言って小さく息をついたあと、じとっとマイクの方を見た。


「アラン殿下のご心配もいいけれど、エドワード殿下のこともなんとかしてほしいわ。殿下のことが怖すぎて部屋の掃除に入れないって泣いてる使用人の女の子を何度も見たわよ」

「エドワード殿下のアレは、アラン殿下と違って生来のものですから…」

「…昔はそんなことなかったと思ってたんだけど…」


ロゼは、ふう、とまた小さく息をついた。


「…アラン殿下があのままでいいわけがないものね。この子があのエル嬢にそっくりだっていうのなら、何かが変わるのかもしれない…」


ロゼはそう言うとエルの方を見て、ゆっくり微笑んだ。


「はじめまして、私はロゼ・クリスタル。クリスタル子爵家の長女で、このお城ではミシェル様の侍女をさせていただいているわ。一大プロジェクトの片棒を担いじゃったし、まあ、何か困ったことがあったら私に相談しにいらして」


ロゼはそう言うと笑みを深めた。エルは、慌てて深々と頭を下げた。クリスタル子爵家といえば、大きな土地を持ち、商いにも成功している家で有名で、過去にエルは彼女との交流がなかったけれど、名前はよく知っていた。


「エリィともうします、お願いいたします」

「ロゼ、ちなみにこの話は決して他言なさらないようにお願いしますよ」

「ええわかったわ、もちろん誰にも言わない。それじゃあ私は、メイド長に掛け合ってくるわ」


ロゼはそう言うとエルとマイクの前から去った。エルは、そんなロゼにとても不思議な心地がした。この城で働く侍女たちとはもちろん関わりなどなかった。けれど、ネルたちの噂に上がる彼女たちのほとんどは当然のことだが平民の使用人たちを見下して、むしろ人ではないような目で見ていると聞いていたし、時折すれ違う彼女たちからはそんな視線を感じていたからだ。しかし、ロゼはあんなに高貴な家の人間であるというのに、他の侍女たちとはまったく違う人間のように見えた。


「ロゼは、エドワード殿下の幼馴染でもあるんです。あの気難しい殿下に物申すことができる数少ない人物なんですよ」


マイクはそうエルに説明した。エルは、そうなんですか…、と呟いた。マイクは腕を組んで、はあ、とため息をついた。


「エドワード殿下も困ったお方ですからね…。殿下はロゼに矯正してもらうしかないのでは…。あの偏屈な性格と、異常なほどの女性嫌いを…。でなければ結婚など夢のまた夢…」


ぶつぶつと悩みだすマイクに、エルは苦笑いを漏らした。マイクははっとすると、エルの方を見てそれでは、と言った。


「状況が整ったらまたお声がけします」

「は、はい…」

「ああそうだ、フィリップス様とハロルド様にもきちんと説明します。彼らも信頼に値する人たちなので、ご安心ください」


マイクは小さく微笑むと、エルに背中を向けて歩き始めた。

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