【ホラー】銭皿様の水音
「銭皿様の水音」
古びた旅館の片隅に、その皿はあった。埃をかぶった棚の中、青白い磁器の皿が一枚。
よく見ると、表面に淡く古銭のような模様が浮かんでいた。
「それ、夜になると音がするんですよ」
旅館の老婆が言った。
雨の夕方、僕は仕事の都合でこの村を訪れ、ふとした好奇心からこの宿に泊まることにした。
廊下は木のきしむ音、部屋の障子からはすきま風。そして今、皿が語られる。
「銭皿様。昔はその皿で、村人の懐具合を見てたって。ほら、見てごらん」
老婆に促され、皿を覗き込む。濡れた雨粒が表面に落ちた瞬間、すうっと模様が変わる。
そこには、僕の財布の中身──今朝コンビニで下ろした残高が、まるでスクリーンに投影されたように数字で浮かんだ。
「え、これ……なんですか……?」
「金が見える皿ですよ。自分の、他人の、過去の、未来のもね」
笑う老婆の目の奥が、皿と同じように濡れていた。
夜になると、旅館の屋根を打つ雨の音に紛れて、確かに何かが“鳴って”いた。
からん、からん……と、陶器が重なる音。廊下の暗がりで一枚の皿が回転していた。
僕は目が離せなかった。
皿に雨粒が落ちると、そのたびに知り合いの名前と金額が浮かぶ。
大学時代の友人、今の取引先の部長、元カノ──誰がいくら持っているか、いくら借金してるか、全部見えた。
(こいつ、そんなに稼いでたのか……)
(あの女、奨学金まだ返してないのかよ……)
知ってはいけない数字が、水のように染み込んでくる。
三日目。僕は完全に“銭皿様”の虜になっていた。
東京に戻る予定をキャンセルし、日がな一日皿を見つめていた。
「これ、売れますよ。占い師でも、経営者でも、欲しがりますよ」
気づけば、声に出していた。
「ねえ、これ売ってくれませんか?」
老婆は、ふっと笑った。
「それを“買える”と思ってる時点で、あなたの値打ちは決まってるのかもしれませんね」
何かを含んだ言い方だった。
その夜、夢を見た。
僕は濁った湖に皿を浮かべていた。皿の上には古銭がひとつ、またひとつと増えていく。
その度に水面がゆれる。
周囲から声がする。「その皿を守れ」「奪うな」「見るな」「差し出せ」と。
気づいたとき、部屋の中はびしょ濡れだった。
窓は閉まっている。
天井からは雨も漏れていない。
なのに、足元まで水が溜まっている。
そして、皿がこちらを見ていた。
翌朝。僕は皿を持ち帰っていた。
誰にも言わず、バッグの底に忍ばせた。
東京に戻ってから、僕は一気に“目利き”になった。
誰が金持ちか、誰が破産しかけているか。付き合う相手を選び、投資や副業も成功し始めた。
皿の予言は当たる。水に濡らしさえすれば。
ただ、気になるのは──。
雨の日に、部屋のどこかで鳴る“からん、からん”という音。
最初は微かだった。やがて、頻度が増え、音が近づいてきた。
ある日、皿の模様が変わった。
僕の口座残高が、ゼロになっていた。
次の瞬間、知らない名前と金額が浮かんだ。それは、都内にある弁護士の名前だった。
その後ろに──「資産凍結」──の赤文字。
震えながら皿をひっくり返すと、底には小さくこう刻まれていた。
「持ちすぎた者は、返せ」
そして、皿が割れた。
半年後、その皿はまた別の旅館の棚に置かれている。
湿気た空気、濡れた木の床。
そこに新しい客がやってくる。
「これ、なんですか?」
「銭皿様ですよ。……よかったら、覗いてみます?」
“からん……”と、皿が静かに鳴った。
【終】
この投稿は専用の開発者執筆AIツールを使用しています。一周回って、ライフゲーム式からエニグマ式に変わったという点はありますがw