デコイサーシャ
アルマトイ国際空港。そこはもう国外に脱出しようとするロシア人でごった返しになっていた。
ぎゅうぎゅう詰めのロビーで2人を探す。
そんな中にあって頭の中の妻は冷静になれと俺を諭した。
ヴィクトリア「アナタ、毒をもられますよ?」
確かに、これだけ人が溢れている所に入れば、後ろから
毒針なんかで暗殺されるかもしれない。
俺『承知の上さ。』
心で応える。しかし、背の低いルキーナとアクサナを探すのは至難の業だ。俺は休憩に待ち合いイスに空きが丁度できたので腰を下ろした。
その席の後ろにコートの男が他の客と入れ替わる。寒い中にあってコートなんて何の不自然なところはない。
しかし、室内で目深にハンチング帽をかぶり、雨も降ってないのに傘を持ち歩くだろうか?
俺『長距離を移動してくる際、雨に振られたのか?』
ヴィクトリア「違うと思いますよ?」
俺『?そう思う根拠は?』
ヴィクトリア「女の勘です。」
俺はそれを聞いて、一回、浮気した際、直ぐにバレて妻にこってり絞られたのを思い出した。
俺『……信用しよう。』俺は席を立ってお土産屋が並ぶコーナーへ向かった。
ヴィクトリア「ついてきますよ?あの人。」
俺「当たりっぽいな。」
傘は暗殺によく使われる毒を打ち込む暗器だろう。
俺『入りたての頃に受けた講習通りなら。』
クルッと方向転換してその男に近づく。男は顔を見られないよう視線を落とした。
俺はその男にぶつかるふりをして傘のギミックを起動させ、そいつの足の甲に毒を撃ち込んだ。
チクッとしたのだろう、その痛みに男は焦ってトイレの方に向かった。今ならまだ毒の入ったカプセルは溶け切ってない。まだ取り出せる、時間との勝負だろう。
しかし、人が多くてたどり着かない。男の顔色はみるみる青ざめていった。
俺『チアノーゼ。血球破壊タイプだ。周りには貧血を起こしたように見えて、初期治療が遅れ、気づいた時にはもう遅いって代物だ。』
男は倒れた。少し周りが騒然となるが、案の定、貧血と思われて近くのベンチに連れて行かれた。その男は眠るように動かなくなった。
ヴィクトリア「危なかったですね。」
俺はそのままお土産屋で人混みを避けようと考えた。特に傘持は近づかないように注意を払った。
ヴィクトリア「見て?アナタ。これ美味しそうじゃない?一つ買ってくださいな。」
俺「?いいけど?」
俺はよくわからないままそれを取りレジへと向かった。
そこへ、丁度、俺のいた場所に傘を持ったコートの男が、近寄ってきていた。
ソイツはお土産をなんとなく物色している様子に見えてこちらをチラチラ見ていた。
ヴィクトリア「私、アナタと味覚を共有してるんですよ?」
へぇー。って、今はそれどころではないような。
一緒に食べましょうと頭の中の、妻ははしゃぐ。
彼女とともに食事をするのは何年ぶりだろうか?
俺が認識してなかっただけで、俺はずっと彼女と一緒にいたのだろうか?
開いたベンチに腰を下ろして休憩する。
俺『……(モグモグ)あ、飲み物が欲しい、コレ。』口の中が水分を取られてパサパサする。
ヴィクトリア「買いに行きましょう。」
言われるがまま席を立つ、そこへまた傘を持った男が席に座る。
俺『誘導されてる?まあ、いいのか。危険は回避できてるんだし。』
しかし、こうも立て続けだと、ここは危険だ。俺は2人が心配になった。
ヴィクトリア「あの子は大丈夫。私の子ですから。」
コレも、女の勘というやつだろうか?確かに気の回る子だったが。
早く、娘たちと合流して飛行機に乗りたい。
そんな時に待合イスに赤い服のアクサナを見つけた。
声をかけようとするも、頭の中の妻はそれを止めた。
ヴィクトリア「あの子は私達の子じゃない。」
?妻に似た赤みがかった髪の毛の色も、連れ出すときにつけてた髪留めも、ナチュラルメイクの仕方も一緒だ。見た目はどう見てもアクサナにしか見えない。
俺は止める妻を無視してアクサナ(?)に声をかけた。
俺「アクサナ。ルキーナは?」
アクサナ(?)「あ、お父さん」
俺を見つけると手にバックを持って近寄ってくる。
アクサナ(?)「ルキーナとはぐれてしまって。ここで待ってたの。」
アクサナ(?)はバックに手を入れた。
俺「トイレじゃないか?」
アクサナ(?)「そうなのかな?」
アクサナ(?)は男子トイレの方を向いた。
俺「いやいや、奴は女子トイレを使うだろ?」
え?!と驚くアクサナ(?)は気を取り直してこちらに話を合わせる。
アクサナ(?)「そ、そうよね。どうりでナヨナヨしてると思った!」
俺「そのバッグは買ったのか?」
アクサナ(?)「そうなの!お土産屋さんで見つけて一目ぼれってやつ?」
俺「へー、中を見ていいか?」
アクサナ(?)は、明らかに動揺する。
アクサナ(?)「ど、どうぞ?リボルバーは護身用にってルキーナに買ってもらったの。」
へーと言って中を見せてもらう。
バッグが下に下がる。つられて俺も前かがみになる。
ヴィクトリア「危ない!」
アクサナ(?)が手に持っていた口紅を俺に振りかざしてきた。
俺はその手を掴んだ。が、
俺『うっ!!なんだ?!この怪力は!?』
予想外だった。カマをかけて正体をバラしてやろうと思ったが、ゴリラのような怪力がその細い腕から出せるなんて。
アクサナ(?)「ごちゃごちゃうるせーんだよ、キリル。寝とけ。」
その女は全体重を腕に込める。俺はそれを見計らってその力を利用して口紅を持ったその手を彼女自身のお腹に突き立ててやった。
アクサナ(?)「うぅっ!」
接触と同時に毒が注入される。アクサナ(?)はよろけてイスに座った。
アクサナ(?)「これで、勝ったと、おも……」
赤い服のアクサナ(?)は寝息を立てはじめた。変装のカツラが取れ、下から金髪が見えた。
ヴィクトリア「ほれ、みなさい!危ないって言ったでしょう?!」
怒る声、懐かしい。妻とのやりとりも束の間で、
ルキーナ「あ、いたいた。」ルキーナが俺を見つける。
アクサナ「お父さん。この人だれ?」
俺「お前に似てて、人違いしたのさ。」
俺はルキーナとアクサナと合流できた。散々探したのだとルキーナに愚痴を言われた。
ルキーナ「今度は3人分のチケットが取れてる。丁度、これからの便だ。見つからなかったら置いてくつもりだったよ。」
俺「コレも女神様の導きかねぇ。」
3人はマレーシアに飛んだ。そこでアメリカの大使館に亡命をするために。窓から見える眼下の山々を見る。
俺『ロシアとはおさらばだ。』
自分の仕事や独裁体制に清々する、と同時に、永遠に行けなくなる故郷を思い出した。上着の内ポケットから1枚の写真を取り出し両親、そして妻の顔を眺めた。
アクサナ「あ、それお母さんの写真?おじいちゃんとかもいる!見せて見せて!」
俺は家から持ってきた写真を隣に並んで座る二人に渡した。
もう、追ってもないだろうと俺は少し寝ることにした。