ナイファーゲラシム
ロシア中央の都市カザンからカザフスタンのアルマトイの長距離列車の旅。
活動資金が底をついていた俺は車室の寝台で横になって空腹に耐えるしか無かった。
俺「そろそろ、なんか食わないとまじでやばいな……」
筋肉が萎縮し視界がぼやける。
ダーツほしさに大盤振る舞いしたが、それを投げる機会もなく餓死してたら目も当てられない。
食い逃げ……列車で?
スリ。俺にはその才能がない。直ぐにバレる。その時は運よく行けても列車の中ですぐ見つかるだろう。
その時。車室のドアを叩く音がした。
俺「どうぞ。」
???「なんだ?食堂車ではりこんでたが、一向に来ないと思ってたら……ここで何してるんだ?キリル。」
俺の名前を知っているKGBの追手か?
俺はそいつの顔を見た。筋肉質の体をコートで覆った、ハゲの大男。ナイファーゲラシムだ。
俺「文無しなんで、空腹に耐えてたのさ。」
俺は正直に答えた。大男は笑った。ゲラシムは部隊では寡黙な方だったが、
ゲラシム「ワハハハ、なんだ、そんなことなら早く言え。同期のよしみだ、最後の晩餐くらいおごってやる。」
なんだ、話せば、なかなか気さくなやつじゃないか?
俺「ありがとよ、ゲラシム。」
俺は起き上がって大男のあとについて食堂車に行った。
ゲラシム「たんと食え。遠慮すんな。」
俺「それじゃぁ、これとコレと……あと、デザートに苺のパフェをくれ。」
ゲラシム「お前、甘党だったんだな……俺も頼むか。パフェ。」
しばし、男同士で食事を楽しむ。
ゲラシム「にしても、よく組織から抜けようと思ったな?無理に決まってんだろ?」
ロシアにとって、公にはできない不都合な事件に絡みすぎている。
パンをボルシチに浸しながらゲラシムは言う。
俺を消そうと最初に仕掛けてきたのはそっちだ。
と言っても、
コイツには言っても無駄だろう。受けた仕事は完遂するのが俺達が所属する部隊の鉄則だった。……ルキーナ以外は。
俺「俺は諦めないよ、ゲラシム。」
ゲラシムが獲物を見る目に変わる。コップの水をあおる。
ゲラシム「ほお、美味かったかい?最後の晩餐は?」
俺「お前の席に奥さんがいたら、最高にうまかっただろうな。」
ゲラシム「なに、すぐ会えるさ。おーい!勘定だ!」
ゲラシムがウェイターに対応している間に俺は食器用ナイフとフォークを隣の席から取った。
俺「最後は部屋で。」
ゲラシ「あ?ダーツをお前に握らすわけねーだろ?あきらめな!はははは!」
俺「だよな!」俺は笑った。
ゲラシムはその様子を見ている。
車室のある車両に2人で戻る。後ろから付いてくる形でゲラシムはコッチをいつやるか見極めていた。
しばらく歩いて、自分の車両に近づいた時に俺は駆け出した。
素早く、車両の連結部を渡る。
ここで手間取ってたら追いつかれてゲームオーバー。
俺の人生が終わってしまう。
後ろ手で、車両のドアを閉める。
後ろでゲラシムの焦る声が聞こえるが、お構い無しに自分の部屋に走る。向こうから車掌が歩いてくる、すり抜けられない。
とっさに車掌をゲラシムに押しとばす。
車掌「うわ、ちょっと!?」
ゲラシム「どけ!」ゲラシムが車掌を押しのける。そのタイミングで持っていた食器ナイフを投げた。
ゲラシムは車掌でそれを受ける。
その間に俺は自分の部屋に入ってダーツを数本取り出した。
俺『まだ、俺の旅は終わりじゃないぞ、ゲラシム!』
外で腹いせに車掌が刺され、低く断末魔をあげる。
ゲラシムが部屋の扉を蹴破り血のついたナイフを俺めがけて投擲した。
キィン!
それを持ってきたフォークで受ける。
ゲラシム「やろう!!」ゲラシムが次のナイフをコートから取り出そうと手を上着に突っ込んだ。
俺「ふっ!」
ドスッ!
ゲラシムの眉間にダーツか深々と刺さる。
ゲラシム「うぅっく!」
大男は手を上着に突っ込んだまま床に倒れた。
俺「俺の勝ちだ。」
ゲラシムと車掌の財布を抜き取り。自分の部屋に2人の死体を隠す。
アルマトイには未だあるが、そのタイミングで列車が途中駅で止まった。
俺『見つかる前に降りよう。』
俺は車両を降り、素早く人でごった返す改札を抜ける。
俺はようやく一息つくと自分の降りた駅名を見た。
俺「シムケント?」
カザフスタンの土地にはあまり明るくないが、線路沿いに東に行けばアルマトイに付く。
金はゲラシムのと車掌からもらったから当分の逃亡資金には困らないだろう。
俺は長距離バスターミナルの駅を通行人に聞いてアルマトイに向かった。
アルマトイ
早朝と言ってもまだ日は上がってない。長距離バスを降りて真っ暗な夜の街を歩く。
途中見つけたコンビニでホットスナックを買って食事にありついた。
まだ、空港は開いてないし、外にいたら、寒さで死にそうだ。
俺『どこかでホテルを探さないと。』
バスターミナルの近くなのですぐ見つかる。が、そんなところは組織の手のものが張り込んでいるだろうから、迂闊には入れない。
俺はバスターミナルから距離の離れた所のホテルを見つけて部屋を借りた。
ダーツの手入れをしようとしたが、久しぶりの激しい眠気に俺の意識はベットに沈んだ。
何時間ねてたのだろう?
???あぁ、そろそろ朝の5時になるよ。
頭の上に、変なお面をつけ、浮かんでいる男がいる。これは夢?
お面の男 どっちだと思う?
さあ?夢じゃないか?浮かぶとか、
お面の男 ありえないだろ?そうさ、これは夢だ。うひゃひゃひゃ!
男は笑う。その手には銃が握られている。
お面の男 夢で死ぬとどうなると思う?キリル?
さぁ?夢だから起きるんじゃないか?
お面の男 ためしてみよう。うひゃひゃひゃひゃひゃ!
男が銃口を向ける。
その時、亡き妻の声が聞こえた。
ヴィクトリア「避けて!あなた!」
俺はその言葉に覚醒すると飛び退いた。
バスッ!
枕に穴が開く。
お面の男「ち!なんでだ?!」
俺は手入れして直してなかったテーブルの上のダーツをそいつに投擲した。
ドスッ!
お面の男「うっ!」
男は床に落ちた。尚も、銃をこちらに向けてくる。
ヴィクトリアの声が頭に響く。
ヴィクトリア「まだよ!あなた!」
俺は二本ダーツを投擲した。ダーツを顔に受けてお面を割られた男は断末魔を上げた。
俺は興奮して肩で息をしていた。
ヴィクトリア「早くここから逃げて!」
俺はその言葉に従い。上着とダーツケースを取ると走って部屋を出た。通路の後ろでは複数の男たちの声がしていた。非常階段でロビーに駆け下りる。
チェックアウトもしないまま、俺は朝焼けの街を駆けた。
ヴィクトリア「もう大丈夫、振り切ったわ。」
俺『君は?』頭の中の懐かしい声に一応聞いてみる。
ヴィクトリア「あなたの勝利の女神よ。」