スナイパーイワン
ひげ面の老兵、スナイパーイワンはスコープでキリルが部屋に入ってくるのを発見した。
イワン「こちらイワン、対象が帰ってきた。カザンの部隊は要らないかもな。」
本部『アドルフだ。ルキーナもいるかもしれん注意しろ。イワン。』
通信から同僚のナヨナヨした男の名が出てきた。
イワン『ルキーナ?じゃあ、キリルの他にも何処かに敵がいるのか?』
老兵は伏せたまま、通信機を取った。仲間の周波数に合わせる。
イワン「聞いたか?ヴラス。敵は2。周辺を探索。裏に回れ。」
ヴラス『了解。』
さぁて。イワンはドラグノフを構え直した。
イワン『ん?奴め、何か見つけたのか?何はともあれ、下を向いたときがお前の最後だ。』
イワンは引き金を絞った。
撃った瞬間、キリルは前かがみで窓から見えるところから消えた。
パリーン!
何かの記念盾が吹き飛ぶ。
イワン『!外した?!』「運のいいヤツめ。」
窓枠の縁で何かが動く。イワンはすかさず、それにめがけて2発撃ち込んだ。
こーん!コンコン、コロコロ……
イワン「メット?」
窓枠の中の扉が勝手に開いた。家の廊下を走り去る音がする。
イワンは通信機を取った。
イワン「ヴラス、対象がそっちへ行った、注意しろ。」
ガシャン!
裏手の方で音がする。ヴラスから通信が入った。
ヴラス『納屋の方で音がした、確認する。』
イワン「わかった。相手はキリルだ。何をしてくるか、わからんぞ。」
ズドーン!……
言わんこっちゃない。
イワン「状況報告、ヴラス、生きてるか?」
しばらくの間を置いて。
ヴラス『……やられた。対象は、ラ、フルを所持……』
イワン「止血して、後退しろ。ヴラス。」『何人か追加で連れてくるんだった。まさかホントに戻ってくるとは……』
イワン「奴は、どこに行った?」
スコープで納屋の方向を探す。相手はライフルを所持している。下手に動いて音を立てるより。じっとしといたほうがいい。
イワン「!なんだ?」
木に何か黄色いものが刺さっている。
イワン『アソコにも。……あっちにも。』
それがダーツであると分かる距離に段々と近づいている。
イワン『奴め、林に入ったか。こちらの位置を探ってる?!』イワンは焦った。
移動。イワンは中腰になる。
カサカサ。
いや、待て待て。ここで動いたほうが負けだ。イワンは考え直して。その場に座り直した。
カササッ!
人が伏せる音だ!
イワンはスコープで音のした方を探した。
イワン「居た。」『あの上着、間違いない。』
こちらを狙っている、先に撃ったほうが勝つ。
イワンはキリルの頭に2発撃ち込んだ。
ドッ!
イワン「ぐっ!」イワンの腕に激痛が走る。
ダーツ!?
イワン「うぅ!」とっさにイワンはのけぞって頭の位置をずらした。
飛んできたもう一本のダーツが左目をかすめ、血が飛び散った。
上着を脱ぎ、手にダーツを持ったキリルが横にいる。
キリル「俺の勝ちだ。爺さん。」
スナイパーイワンは腕の痛みにドラグノフを落とした。持ってられない。
血が足りないのか、イワンは肩で息をしだした。
イワン「ヴラスは?」
キリル「爺さん、お前が撃ったよ。」
それを聞いたイワンは、その場にへたり込んだ。
イワン「なんでだ?なんで、スナイピングの素人のお前に……」
キリル「俺には勝利の女神がついてる!」
カザンの駅、そこから鉄道でカザフスタンに行ける。
まだ検問はない。途中、反対車線には渋滞ができていた。みんなロシアから脱出しようとしている。
俺『今日中に列車に乗れるか?』
明日になれば追っ手に追いつかれる。
日も落ちて久しい、寒さの中、カザンの駅にもたくさんの人が集まっていた。俺は車から降りるとルキーナとアクサナを探した。
ルキーナ「キリルー!」
ひとゴミの中、遠くで、手を振るルキーナを見つける。
俺「切符は取れたか?」
ルキーナ「2人分だ。どうする?」
俺「そうか、ルキーナ、アクサナを頼めるか?俺は明日の列車で向かう。」
それを聞いたルキーナとアクサナは驚いた。
アクサナ「お父さん!」
ルキーナ「親子で行くかと思ったよ。」
俺「いいや、明日になれば追っ手が来る。アクサナがいたら守ってやれない。ルキーナ、行ってくれ。ヤツらの狙いはオレなんだ。」
ルキーナは少し考えた。
ルキーナ「ま、僕なら確かに姫を守る騎士には向いてるかもね。」
俺「そうだな。」俺は短く笑った。
ルキーナ「分かったよ。どこで落ち合う?」
俺「アルマトイの空港だ。そこで落ち合おう。」
アクサナは無言で俺に抱きついた。よしよし、お前を無事に西側に送り届けてやるから。
二人を載せた列車が出発する。
アクサナは窓越しに手を降っていた。いい子に育った。
ひとり親で苦労もしたし、祖父母の葬式にも参列してくれた。妻に似てとてもきれいだ。
俺「……ルキーナなら手を出さないだろ。」
その日、俺は安ホテルの個室に置かれた机に向かいダーツの手入れをしていた。
だいぶ、痛みが気になるし、本数も1ダースあったものが今は8本だ。
俺『どこかで調達したいが……』
その時、一階で若い奴らが賭けダーツをしていたのを思い出した。
俺『奴らのをもらうか。』
階段を降りて、酔っぱらって賭けダーツに興じる若者に声を掛ける。
俺「兄ちゃん達、俺も混ぜてくれ。」
酔っぱらいA「なんだよ?オッサン!シッシッ!」
酔っぱらいB「よせよ、人数いたほうが楽しいだろ。」
酔っぱらいC「あんたは何かけんだ?」
俺「そうだな。負けたらお前らに一杯奢って、裸で夜の街を一周してやる。」
酔っぱらい達は大笑いした。
酔っぱらいA「ギャハハハハ!そりゃいいや!」
酔っぱらいB「寒空でちぢこまったのをみといてやるぜ!」
俺「ただし、俺が勝ったらお前らの持ってるダーツをくれ。」
酔っぱらいC 「いいぜー」
酔っぱらいB「こんなのが欲しいのかよ。変わってんなぁ!」
俺は会話をそこそこにダーツを的に投げた。
100点。
酔っぱらいA「おーい!まぐれかよ!いいねそうこなくっちゃ!」
若い奴らが投げる、ストン。
酔ってるせいで的は外さないがどれも点数が低い。
俺の番。
ストン!100点。
酔っぱらいA「おいおい、またかよー。」
俺「ツイてるだけさ。」
酔っぱらいB「調子に乗んなよ!オッサン!」
若いのはどいつも弱かった。
俺『楽勝だな。圧勝して逆上されても困るか……』
俺は酔っぱらいから酒をもらい一口煽る。腹に力を入れて顔を赤くする。
ストン!40点。
酔っぱらいA「オッサン!酒によえーなw」
皆で陽気に笑う。まぁ、辛勝くらいにしとかないとな。
俺は思った。
酔っぱらいの一人が手を台に乗せて取り出したナイフで指の間を高速で刺し始める。
カカカカカカカカ……
うえーい!
俺『怒らせないほうがいい、これは示威行動だ。内心、負けることにイライラしてやがる。』
俺「よぉし、先に一杯奢ってやる、飲め飲め!」
酔っぱらいA「オッサン、気が利くじゃねーかw」
俺は度数のキツイ酒を水割りで注文して参加者に勧めた。
酔っぱらいB「へへっ!わりーな!」
そのうちソイツらは酔いつぶれた。
俺はダーツを回収するふりをして、部屋に持って帰った。
活動資金は切符代しかもうなかった。