Ⅷ 職人の意地
流星高原は都市国家連合の中心的な存在だ。大陸に存在する主だった国々のどこにも所属していない、そして魔人魔物――総じて魔族が止め処なく出現する魔王軍の拠点とも目される「穴」にも近いにも関わらず、ここは活気に満ちていた。
アリエス王国とジェミニ評議界共和国が駐留している場所よりも北には巨大な城壁があり、その内部に石造りの建物が幾つも並んでいた。長期の籠城も考慮しているのだろう。建物の造りや配置は防衛を意識したものとなっている。
この周辺にも幾つか都市が点在しており、そのいずれもが城塞と化しているとのことだ。
ペルゼィックはその雄大さに度肝を抜かれていた。一体どれだけの時間と労力をもってしてこれだけの物を作ったのだろうか、と。兵士には街中に入る事は禁じられていた。
だが、アリエス王国軍を指揮するイズルやユーゴ、それにジェミニ評議界共和国のテンプルナイツ率いるセレーネとチュチーリア、それの「護衛」数人は入る事が許されていた。ペルゼィックは無理を言ってイズルに同行を許された。
――あのゴーレム職人女……只者じゃねぇ。出来る事ならその技術を少しでも吸収できりゃあ……。
そんなことを考えての事なのだが、チュチーリアは取り付く島もないくらいにペルゼィックを避けている。イズルに相談しようかと思ったが、イズルはイズルでこの地でやるべきことがあるようで、ペルゼィックには分からない話をヘレンやエフィルミアと頻繁に話していた。
なんでもエルフの国だの氏族王だの千年前の勇者の話だのしていた。
親友と好敵手と認めた相手が、ペルゼィックの知らない場所で知らない冒険をしている。俄然、彼は対抗心を燃やした。
――見てやがれ、この俺様がこの地に爪痕を残して見せるぜ。
というわけで、日の出に高原が照らされる頃、チュチーリアに(勝手に)同行した彼だったが、意外な場所に辿り着くこととなった。
流星高原の北東に位置する鉱山。ここは魔光鉱石他様々な鉱石を採掘できる鉱脈があり、人は勿論、小柄で長い耳とふさふさとした髭を持つドワーフも多くここで働いている。
彼らの多くは都市国家連合と契約して働いている労働者であり、故郷を別に持った者も少なくない。そんな彼らに交じってチュチーリアはツルハシを手元でくるくると回していた。だが、当然のように屈強な男達の中で彼女は浮いていた。
「長老から許可は得ている。私も同行させてもらいたい」
「失せな、ここは小奇麗なお嬢様が来るとこじゃねぇんだ」
労働者の中心的人物であるフロルドリンというドワーフに一蹴されていた。彼は他のドワーフよりも一回り大きく、真っ赤な髭に顔に大きな傷のある、労働者というよりも、戦士然とした風貌であった。周囲のドワーフ達がそわそわし互いに小声で話し合っている。チュチーリアがジェミニ評議界共和国の女騎士であることは噂で知っているのだろう。
「足は引っ張らないさ。こう見えて肉体労働は得意とするところでね」
「そういうこったねぇんだ。お前ぇ、何をしに来たっつった?」
チュチーリアの目的は騎士の地位を捨てて、労働者達に交じって汗水を流す事――では勿論ない。彼女は現在の魔力鉱石の採掘の効率を上げる為、採掘を補助するゴーレムを造ろうとしているのだった。
「採掘の仕事は神聖なモンだ、そうでなくても俺らのようなモンにとっては、コイツが無きゃ食っていけねぇ。お前さんが造ろうとしてるくそったれ人形はそういうもんを奪いかねんと言っているんだ」
「……何か勘違いしているようだが、私は君達の食い扶持を奪うようなそんなつまらんモンを造るつもりはない」
ドワーフの威圧的な態度にチュチーリアは一切怯む様子は無かった。しかし、会話は平行線だ。もしも、自分が今のチュチーリアと同じように造る物を偏見の目で見られたら、怒り出していたかもしれない。が、チュチーリアは粘り強い。
「鉱山採掘は日々死と隣り合わせだ。採掘には危険が付きものだ。それに人力では効率の悪い作業もあるだろう。それを君の言う『くそったれ人形』に代わって貰える……そこに何か不都合があるか?」
「知ったような口を。何も知らんモンがやれる程、甘くは無い」
「何も知らんからこうして何が危険なのかを身を以て知ろうとしているのだ」
両者譲らない。とはいえフロルドリンの職人気質故の頑固さは、ペルゼィックにも理解できた。全くの部外者を自分の作業に関わらせたくないのだ。逆にチュチーリアは何故鉱山の労働者にここまで入れ込むのかが分からなかった。
すると労働者達の中から一人――人間だ――がおずおずと前に出てきた。
「あ、あの、あなたはもしやチュチーリア様では?」
「……そうだが」
チュチーリアが肯定すると、その男は「やはり」と顔を輝かせた。困惑する彼女に男は感謝を述べる。
「キャンサー帝国からの亡命の際、貴方様に救われたのです。ジェミニで坑道採掘の職を頂き、今ではここで働けるまでになりました!」
「あ、あぁ、そういえばそんなこともあったか……」
熱量の高い男に対して、チュチーリアは何故か歯切れが悪い。謙遜とも違うだろう。だが、これでようやく合点が行く。この女は不愛想だが、利己的ではない。
「へぇ、お前、良い奴なんだなっ!」
「違うが」
ペルゼィックが豪快に笑うと、チュチーリアは即否定してきた。丸眼鏡の奥にある瞳が冷たく光るが、ペルゼィックは怯まない。
フロルドリンは「フン」と鼻を鳴らし、男を乱暴に引き戻しつつ、チュチーリアに言い捨てる。
「今日だけだ」
「私も長居できないのでな。今日中に採掘に必要な物を全て学んでみせよう」
その意気にペルゼィックも同調する。心血を注いで道具を作る事、その気概は自分も負けていないつもりだ。
「俺も協力するぜっ、なんたって俺はこの大陸一の武器鍛冶屋だからんな!」
「いや、いらんが」
軽くあしわられようが、なんのその、ペルゼィックがめげることはない。これを想定していたわけではないが、試験的に造った武器の幾つかが役に立つだろうと考えていた。
伝統的な採鉱方法に、火付けというものがある。火を岩に当てて熱し、次に水で急激に冷却するという技法で、岩が熱の衝撃で砕けさせることができた。硬い岩壁を砕き作業者を効率よく手助けするが、これは密閉された空間では、有毒ガスと煙の危険性があり、換気が済むまで退避する必要があった。
「ふむ、やはり採掘での天敵は空気か。ゴーレムを使えば有毒ガスも煙も気にせず掘り進められるだろうが」
「それじゃ、結局だただだ連中の仕事を奪うことになっちまうな」
「それにゴーレムに繊細な作業を任せることは難しい。自立式のゴーレムに出来る事等単純な採掘だけだ。魔光鉱石を見つけ出し、選別する作業は人間の手が必要となる」
ツルハシやシャベルを用いて、チュチーリアとペルゼィックは坑道を掘り、あっという間に真っ黒になった。その中で、彼らは労働者達からこの仕事をやる上での難点を話し合う。
チュチーリアは頑固な性格ではあるが、発想は柔軟だった。採鉱に換気の問題が付きまとう事に対して、ゴーレム以外の答えをフロルドリンに示す。
チュチーリアは腰にした杖であり剣でもある湾刀を振り、空中に魔法で図面を引いた。大型の太鼓型の胴体の箱、その内部では四枚の翼車が回転して風を起こして風が外へ出る仕組みとなっている。それは水車と直結しており、水力で動く仕組みとなっている。
「こいつは水力ふいごか!」
ペルゼィックが言い当てると、チュチーリアは「ほう」と感心したように声を漏らした。武器鍛冶は鉄を精錬して行われる。炉に空気を送り込む為にふいごが使用される。水力ふいごは近くの川から水を引かれている。
「空気抗もちゃんと作っておけ。ドワーフはこれまでこの問題に長年身体の屈強さと風魔法で強引に乗り切ってきたのだろうが、誰も彼もがお前達みたいにできるわけではない」
ドワーフは採掘そして武器鍛冶の伝統を誇る種族だが、その技術の多くは魔法によって支えられてきたものだ。その歴史の中で、魔法の才に恵まれなかった者も少なくは無い。まして人間と一緒に作業することも増えてきた時代だ。やり方を変えていく必要性に迫られている。
「全く、入るのを許した途端これだ。ゴーレムを造るのではなかったのか」
「それも考えてはいる。だが、使えば却って効率が悪くなるような部分には使うつもりは無い。坑道を掘る最初の作業――鉱脈に当たるまでの採掘のような大掛かりな作業に大型のゴーレムを用いるのはどうだ?」
「……確かに、鉱脈を探し当てる最初が肝要ではあるし、大作業になるが」
チュチーリアの提案に対しフロルドリンも揺らいでいる。ペルゼィックは今が好機とばかりに、自分の発明品を見せびらかした。
それは槍状の武器で刃が内蔵された魔力鉱石の魔力を用いて回転する代物だった。イズル辺りが見たら「また無駄の無い無駄な動きをする武器を」とでも言われていたことだろう。が、二人の関心は引いた。
「ほう、こいつは……武器として使うにはアレだが、岩の採掘に使えそうだな」
「刃に溝を付けることはできるか? そうすりゃ掘削した土を効率よく排出出来る」
自分の発明品でこれ程盛り上がったのは初めてだった。三人は気づけば意気投合し、効率的な道具や坑道の構造について盛り上がり、気が付けば外では日が空高く昇る昼頃となっていた。
「む……、そろそろアリエス王国との作戦会議に出なければならんな。すまんが……」
「そ、そいつが済んだらまた来てくれんか?」
フロルドリンは最初の態度はどこへやら、チュチーリアとペルゼィックに対しすっかり態度を軟化させていた。チュチーリアもまたどこか柔らかな笑みを浮かべて応える。
「夕方にでもまた来よう。だが、数日もすればここを発たねばならん」
「それまで毎日来てくれて構わん! いや、むしろ来てほしい!」
――小奇麗な小娘が来んなとか言ってたのになぁ。
と、ペルゼィックは心の中で思ったが、チュチーリアが気にも留めていないようだったので、口には出さない。そんなフロルドリンに、若い人間の男――チュチーリアに恩義を感じていた男だ――が、困った様子で耳打ちしに来る。たちまちドワーフの顔は怒りで真っ赤になった。
「何? アロンソのヤツ、まだ来ていないのかっ!! あの勇者かぶれのボンクラめぇ」
「へ、へい。なんでも勇者の試練?の為だとかで」
アロンソ。その男とは昨日会っている。自称勇者のいけ好かない奴だ。どうやら彼は長老きっての頼みで、ここで働かせて貰っている男なのだが、サボり癖があるらしい。これも何かの縁だと、ペルゼィックは怒りに震えるフロルドリンに告げた。
「そいつ、俺が連れて着てやるよ」
次回 遂に100話です!
Ⅸ 偽物の勇者
お楽しみに。




