ⅩⅩⅢ 彼女の色
母に抱かれた時の温もり、父と共に修行して流した汗。
ニコロやレナッタとの他愛の無い会話、
そして――外から歌が聞こえた。それはよく聞き慣れた……心の内側から力が湧き起こるような歌だった。
欠けた刃がアメジスト色の魔力を帯びる。
魔力の補充は十分。魔光鉱石を袖の中に入れた。魔光鉱石の結晶は魔力を帯びてはいるが、物理的な耐久力は並みの鉱石と変わらない。その為、戦闘で用いる際は、砕けないよう配慮する必要がある。剣そのものではなく、鞘に魔光鉱石を仕込んでいるのもそのためだ。
その刃を肉壁に押し当て、ぐっと脚に力を込めた。
跳躍、雷霆のように身体が凄まじい勢いで跳ぶ。ニコロの元へと。彼を蝕み、取り込まんとする触手を斬り付けると焼けるような臭いと共に真っ二つになった。円を描いて刃がニコロの拘束を破壊した。
倒れ込むニコロを抱きかかえ、セレーネは周囲を見渡す。
――さて、ここからどうしようか。
体内で暴れ回ればこの魔人は自分達を吐きだしてくれるだろうか? そんなことを考える中、肉壁が周囲から迫ってくる。より効率のいい方法を考えている余裕は無かった。そっと眼を閉じ、外の気配を察知しようとする。
肉壁越しに感じる振動を元に、彼女は片刃剣を突き立てた。ジュっという肉が焼ける音と共に、刃が深々と突き刺さる。
「でやぁあああっ――!!」
紫の稲妻が迸り、スキュラの全身へと流れ広がっていく。恐ろしい声と轟きが体内に響き渡って頭が割れそうな感覚に陥るが、セレーネは攻撃の手を緩める事は無かった。
スキュラの体内が震撼し、足元――今更ながらここは人間で言うところの胃に該当するのだろうとセレーネは察した――が暴れるように蠢く。
脚を踏みしめて突き刺した片刃剣を捻る。真っ赤に焼けた線が走り、分厚い肉が横に開く。外からの光が微かに見えたものの、人が出るには狭すぎる。しかもその傷も驚愕する速度で修復されていく。
「うっ――」
「ニコロ様……!」
セレーネの隣でニコロが意識を取り戻した。握る柄にそっと手を合わせると、紫の光刃の周囲に銀色の結界が展開し、傷を押し広げる。周囲で再び触手が動き、二人を捉えようとする刹那、セレーネは残った力を振り絞って跳躍した。
床を転げるように出る。外気に触れて二人は咳き込んだ。
「餌如きが――殺されてから食われる方がよかったか?」
魔人の手がセレーネの首を掴んでいた。細い首を手折ろうとせんとするスキュラの顔面が目と鼻の先に迫る。彼女が答えるよりも先に、その指が凄まじい力で肌に喰い込み、頸椎を圧迫し、気道が潰れそうになる。
その時、光の玉がセレーネを包んだ。
体内から出る時に使い果たした筈の力が身体の奥底から湧き出てくる。片刃剣を手放さかったことを師匠は褒めてくれるだろうか。その手を回転させると、スキュラの腕を刃が喰らい付いた。だが、両断には至らない。
――諦めない……。
歯を食いしばり、刃に力を籠める。その視線の先――大聖堂に張られていた硝子に何かの影が飛び込んできた。影は神聖なる大聖堂の窓を躊躇いなく割り、硝子の破片の雨をスキュラへと降らせた。若草色の髪の少女が宙で舞う。
「ヘレ……ン」
殺意が巨大な刃となってスキュラに襲い来る。魔人は咄嗟に躱したが、ヘレンの狙いは違った。セレーネを捕らえている腕を大斧は易々と両断した。
セレーネが床に腰を打ち、スキュラが両断された腕を抱えるよりも先に、ヘレンは横に振りかぶり、そして――振り抜くと、気を纏った衝撃が刃の形となって放たれる。
それは刃の届かない場所にまで下がったスキュラの腹に突き刺さり、盛大な血飛沫を上げた。
「ヘレン……あ、ありがと――助かったわ……」
傍に着地したヘレンにセレーネはそう呼びかけると、ヘレンは――、
「すぴー」
「ほんと締まらないわね……」
いびきで返事を返す彼女にセレーネは苦笑するのだった。