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寝坊助姫、異世界から来たりし魔王を討伐しに行く  作者: 瞬々
EPⅣ 異世界から来たりし双星の御子
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ⅩⅩⅡ 絶望の腹の中

「我が名はスキュラと言う――冥府への土産にするといい」


 巨大な顔が眼前に迫る。杖を構えて向かえ撃とうとするイズルの前にレナッタが割り込んだ。


 「弟を返しもらうわ!」


 床に杖を突き立てると、黄金の光が大波となって広がって迫りくる邪を祓う。荒れ狂う触手が駄々っ子のように壁や天井を叩き、ズタズタに引き裂いて破片の嵐を起こした。スキュラに白兵戦を挑まんとするテンプルナイツ達とエフィルミアはそれを武器で弾くか、回避した。


 イズル自身はレナッタが中心に張った結界により無事だった。とはいえ、床には亀裂が走り、張り巡らされた触手が、死角から襲い来る。結界は四方八方からのありとあらゆる攻撃に耐えたが、足場まではカバーできない。


 神霊術は魔力の出力こそ低いものの、普段と変わらず発動できる。半分は幸運のおかげで、レナッタを狙った攻撃を銀色に光り輝く流星で打ち砕くことができた。だが、これ以上死角から攻撃されれば防ぎ切れるか分からない。


 杖に魔力を集中させて床に向けた。星天の神霊が小波となって広がる。小波はスキュラの身体の一部を捉えると、イズルの頭の中に囁き声が響く。


――真下か。


 床から新たな触手が飛び出すよりも前に、イズルはそこへ杖を向けていた。床を喰らい、飛び出し、開いた大口の中で閃光が弾ける。身の毛のよだつような悲鳴と共に、大口は自らが開けた穴の中へと落ちていく。


 今のところ攻撃はギリギリで防ぐことが出来ているが、長引けば足場その物が無くなってしまうだろう。前方のテンプルナイツは良く戦っていた。エミリオ・アマトは両の手から十本の鋼線ワイヤーを繰り出し、触手を絡めとって叩き付ける。恐らく絡めとった物を切断することもできるのだろうが、肉に鋼線ワイヤーが喰い込むばかりで、両断には至らない。


「任せて!」


 桃色の髪が揺らめいた。拘束され床に転倒した触手に、エフィルミアが焔を纏った籠手ガントレットを叩きつけて消し炭にすることでようやく無力化する。


 コルラードとセレーネの二人は互いに言葉も無く、見事な連携で互いを補い合っていた。弟子の電光石火の速さが、触手を翻弄して裂傷を刻み、師の烈火の如し猛然たる斬撃によって八つ裂きにする。


  バラバラと落ちた触手は禍々しい煙を上げて灰燼かいじんに帰した。


 ここにいる誰もが、己の能力を遺憾なく発揮し、魔人ファントムの攻撃と拮抗している。だが、当のスキュラ本体には傷一つ付けられていない。そこでイズルは攻撃に転じた。その意図を汲み取ったレナッタが結界を解除すると同時、白樺の杖から放たれた魔力の流星がスキュラへと向かう。


 それがスキュラの巨大な下半身に到達する前にかき消された。驚愕するイズルの目に映ったのはスキュラの体から立ち上る薄っすらと下青白い光。それがレナッタの放つ霊力の光と繋がっている。


「こいつ、攻撃を防いで――」


 セレーネが愕然とした声を上げる。この光は、恐らく他には見えていないのだろう。自分と――レナッタ以外には。イズルの目の前でレナッタの霊力は怒りに燃え上がっていた。


「ニコロの力をこんなことに使わないでっ!!」


「喜びはすれど、怒りをぶつけられる謂れはないぞ、小娘。この小僧の力――人間共のつまらぬ使命に身を捧げるのは勿体ない。我が有効活用してやろうと言うのだ」


 崩れた天井からスキュラに一筋の光が当たり、歪な笑みが照らし出される。イズルが再度杖を構えると、レナッタは杖に再度魔力を込めた。金色の波がたゆたい、天井にまで届いてオーロラのように煌めいた。空間に満たされた莫大な魔力がイズルの杖へと注がれる。


「力をどう使うか、それを決めるのは彼の意志だ――お前じゃない」


 放たれた魔力は触手を砕き、スキュラを守る結界を貫通してスキュラへと達した。彼女の痛みに呼応するように触手がのたうち回り、一瞬の隙が出来た。


「裁きを下す――」


 床を蹴り、セレーネが駆けるのが見えた。天井から注がれた黄金の光を受けながら、一刀が閃く。両断された触手が、地面の上で跳ねた。


 二刀、三刀と片刃剣ファルシオンが閃き、セレーネの体が宙に舞う。それは剣戟というよりも剣舞のようだった。天女が躍る剣の舞。


 そして、四刀目がついにスキュラを捉えた。上から下に向けての斬撃、続く刺突がスキュラの腹を貫く。スキュラの歪でありながらも美しい顔は――微動だにしなかった。


 深い笑みを浮かべている。


「貴方の負けです」 イズルは嫌な予感がしたが、セレーネはスキュラを倒した興奮も冷めやらぬ様子でスキュラの顔をよく見ていなかった。


「お前は知っているぞ――無様に散った勇者の末裔、その娘」


「その娘が貴方を屠る。魔王が常に勇者に負ける理由と同じように、貴方は負ける。タナトスだっていずれ――」


 顔を上げたセレーネが目を見開いた。その瞳の先に、怒りに燃えるスキュラがいた。その手が咄嗟に片刃剣フォルシオンを抜こうとしたが、微動だにしない。


魔王タナトス様がなんだ?」


「セレーネ、離れるんだ!!」


 イズルが叫び、コルラードが駆ける中、セレーネはスキュラの狂気と怒りに満ちた瞳をはっきりと見返す。


「タナトスはいずれ負ける。私が憧れているあの人の刃によって」


 スキュラに空けた傷口が広がり、セレーネを呑み込むように覆いかぶさる。セレーネが咄嗟に片刃剣フォルシオンの鞘を腰から抜いて、つっかえ棒のように立てた。


 コルラードが跳躍する。長柄武器グレイヴが幾重にも弧を描き、スキュラの体に達さんとする。だが、刃が魔人ファントムを切り裂くよりも前に、触手から生えた顔面がその身体を部屋の端まで吹き飛ばした。スキュラの身体がセレーネを体内へと取り込んだ。


 「セレーネちゃん!!」


 エフィルミアが叫び、急いで助けようとするも、無数の触手が進路を阻む。スキュラの体躯から真っ赤な怒りに満ちたオーラが湧き起こる。それはレナッタが放った黄金のオーロラとぶつかり、掻き消した。


 その肥大化した下半身から幾つもの目鼻の無い顔面が新たに泡立つように生まれていく。首を伸ばすように触手を伸ばして、顔面がイズル達を取り囲む。


「クズ共がっ!」


 雷鳴の如く轟いた声、無数の顔面、その開いた口の中から閃光が溢れた。刹那、死の光の嵐が炸裂した。



 一瞬の静寂の後、セレーネは凄まじい息苦しさに襲われた。どうやらスキュラの体内に招かれたようだ。左右から分厚い肉壁が徐々に圧し潰そうとしてくる。上下に立てていた鞘を左右にあてがうも、無駄な抵抗を嘲笑うかのように、鞘に亀裂が走った。


 セレーネが使用している片刃剣フォルシオンは定期的に鞘に戻すことで魔光鉱石マナ・オーアの魔力を得て、切れ味が倍増する。十分な魔力を得て尚、スキュラの触手に傷を付けるのが精一杯だった。鞘に戻す事すらままならない今の状況では、傷一つ付ける事は出来ないだろう。


 そもそも武器をまともに動かせるだけの空間も無い。圧迫しつつある肉壁、酸性の液体が身体に纏わりついて肌を刺し、セレーネは呻き声を上げた。


「熱いっ……早くここを出ない、と」


 ――お前はここで死ぬのだ。


 頭の中でスキュラの声が響く。抵抗を諦めるように諭す声音にセレーネは屈しまいと歯を噛みしめ、片刃剣フォルシオンを肉壁に突き立てるも、切っ先はいとも簡単に砕けてしまった。


――安心するがいい。双星の御子は利用価値がある。お前は跡形も無くこの世から消えさるだろうが、こいつは身体の原型だけは残しておいてやる。


 双星の御子――、ニコロはまだ死んでいない? セレーネはその望みに掛けて叫んだ。


「ニコロ様っ! 私です、セレーネ・ヒュペリオンです!! どうかご返事を!」


 返事は無い。スキュラの嘲笑が体内に響き渡り、頭が割れるような痛みに襲われた。それでもセレーネは諦めなかった。どの道じっとしていても死ぬだけなのだ。刃が欠けてしまった片刃剣フォルシオンを肉壁に、反対側に割れ欠けの鞘を刺し、山登りの要領で身体の中を登る。


 時折、外に衝撃が走った。凄まじい轟音は身体に馴染んでいる。師匠のコルラードがセレーネを助けようと必死に戦っているのだろう。幾度もの攻撃が体内にも伝わり、その度にセレーネを圧し潰そうとする肉壁が緩む。動くなら今が好機チャンスだろう。


「ニコロ様っ! どうか諦めないで。姉上が外でお待ちなのです!」


白金しろがね色の光が僅かに見えた気がした。刃と鞘を突き立てながら登りきると、肉で出来た部屋が見えた。ぶよぶよとした肉と一定の間隔で音を打つ内臓器官、そしてそれらと幾重もの肉の管で繋がる少年の姿を。


「ニコロ様っ!」


 セレーネがそちらに歩み寄ろうとするも、肉塊から生えた触手が阻んだ。それは脚にも絡みつき、元の狭い肉の間へと引きずり降ろそうとする。刃を立てて必死にしがみつこうとする中、セレーネはニコロの意識が戻る瞬間を、そしてその手に握った宝石の光を見た。


 加工され結晶となった魔光鉱石マナ・オーアがニコロの魔力を得て、光沢のある銀――白金しろがね色の輝きを放っていた。


「セレー……ネ?」


 ニコロは今にも消え入りそうな声で呼びかけ、セレーネに魔光鉱石マナ・オーアを差し出すように手を伸ばした。触手がセレーネを引きずりおろすその刹那、ニコロの手から魔光鉱石マナ・オーアが落ちて、転がる。


 白金しろがね色の輝きは一瞬にして失われた。魔光鉱石マナ・オーアは生きた鉱石とも言われる。天然の物は魔力に限度があり、一定量を使い切るとただの石になり下がる。だが、結晶として魔法で加工された魔光鉱石マナ・オーアは、一定水準の魔力を保ち続ける。そして、武器や杖の一部に組み込まれることで“身体”を得る。それらの使い手にとって魔光鉱石マナ・オーアの組み込まれた武器は身体の一部と言っても差し支えない。


 魔光鉱石マナ・オーアの結晶は魔力の主に適した色へと変化し、長年使えば使い続ける程その色は定着する。セレーネの片刃剣フォルシオンの鞘は元々父の物だった。


 臙脂えんじ色だったそれは鞘の中で砕けてしまい、魔力は失われてしまっていた。


――父上、申し訳ありません。


 奈落の底へ、化け物の腹の奥底の闇へと落ちる中、セレーネは託された魔光鉱石マナ・オーアを掴んだ。それが微かな光を灯し、彼女の中で幼少の頃からの思い出が蘇る。




 それは両親の思い出そして、ニコロやレナッタとの出会いの思い出だった。

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