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寝坊助姫、異世界から来たりし魔王を討伐しに行く  作者: 瞬々
EPⅣ 異世界から来たりし双星の御子
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ⅩⅧ 偽りの力

 跳躍し、大振りの斬撃を繰り出すと家屋はいとも簡単に吹き飛び、粉塵が舞う。若草色の髪を持った少女は目を見開き、邪悪な笑みを浮かべた。巣から逃げ出す蟻のように、ニンゲン達がわらわらと逃げ惑う。


 見開いた眼が孤立した幼子を捉える。逃げようとした先に獣のように着地する。その衝撃だけで幼子は倒れ伏し大声で泣きだした。


 脆いものだと若草色の少女は思った。おまけにうるさい。あまりに煩わしいので、それを終わらせようと大斧ハルバードを振りかぶる。飛んできた石が頭を打った。


「あ”っ?」


 目玉が別の生き物のように動いた。幼子の母親だろうか。それが、しゃにむにこちらに石を投げつけてくる。腸が煮えくり返ってそちらに向おうかと思ったが、それが自分を倒す為の攻撃ではなく、気を引き付ける為のものだと気づいて、少女は笑った。


 再び幼子に目を戻し、大斧を振り下す――瞬間、少女の体は道の向こう側にある建物へと吹き飛んだ。


「もう大丈夫」


 そこにいたのは若草色の少女。今しがた幼子を殺そうとした少女と瓜二つの姿だが、その表情は似ても似つかない穏やかなものを幼子に向けている。母親が駆け寄ってくると、少女が二人を守る為に戦斧サマリーを構え、一歩こちらに近づいてくる。


「早くその子を連れて逃げて」

 

 声音は穏やかそのものだ。親子は恐らく彼女の表情を見もせず、声を掛ける間もなく逃げ出した。だから少女の顔の変化に気が付かなかった。


 ぞくっと全身が凍てつくような冷たい顔をしていた。


「へぇ、聞いていた通りだぁ。まるで人が変わったみたいな顔だね、ヘレン・ワーグナー」


「お前はドッペルゲンガーでしょ? 私の事、誰から聞いたの?」


「ロ・キ・さ・ま」


 斬撃が自分の首がある場所目掛けて飛んできた。予測した通りの、読み切れた動きを大斧ハルバードで止めた。この街に彼女が来てからというもの、様々な一般人に化けてその様子を監視してきたドッペルゲンガーはほくそ笑んだ。


 普段のあのふわふわとした温和な娘が、今は全身を研ぎ澄ました凶器のような殺気で圧してくる。ニンゲンというのは本当に面白い。魔人ファントムにとって向けられる憎しみは心地の良い「風」のようなものだ。


 殺意に任せた動きは重いが、非常に読みやすい。おまけに今のドッペルゲンガーは”ヘレン・ワーグナー”そのものなのだ。呪いが無い分、本物以上の本物だ。


――とても愉快。


 本物が偽物の手に掛かって死ぬ瞬間を見てみたい。かつてのドッペルゲンガーのように。今まさに自分は生きているのだという実感に打ち震えるに違いない。


 ヘレンが操る二つの戦斧サマリーは別々の軌道で弧を描いて迫るが、そのどちらもが首を狙ったものだ。大斧ハルバードを一振りするだけで受け流せた。ヘレンは身体を捻って更に追撃を加えてくる。ドッペルゲンガーは敢えて反撃させるに任せる。目の前の小娘を殺すのは容易い。だが、自分の死にすら気づかないまま殺すのは味気が無い。


「ぜーんぶ分かるよ、だって」


 視界の外から回し蹴りが飛んでくる。やはり頭を狙ったそれは、片手で容易く防ぐと、ヘレンは熱い物に触れたかのように、素早く身を引いた。だが遅い。“呪いの無い彼女であればもっと早く動ける筈だ”。


大斧ハルバードが容赦なくヘレンへ振り下される。


「私の方が本物よりも強いもの」


 重々しい金属音と衝撃が鳴り響く。


「本物よりも上手くやれるもの」


続く一撃は、重ねた斧の上からヘレンの手首を内側に曲げた。


「君を拾った男、イズルだっけ? あいつだって弱いあんたと強い私だったら、私の方がイイって思うに決まってるよね?」


 三度目の斬撃でヘレンに膝を突かせた。彼女が奥歯を噛みしめるのを見て、愉悦の笑みが深まる。トドメはいつでも刺せるが、それは彼女から敗北の宣言を引き出してからだ。


「呪いで、いつでも、どこでも、眠い。そんな奴より、ちゃんと戦えて強い私の方が、価値がある」


 しっかりと心を折って立ち直れなくしてから殺す。


「あぁ、でもそっか……私は魔人ファントムだから、ニンゲンさんのオトモダチにはなれないわねぇ。けど、考えてもみなさい? 自分の偽物にすら勝てないアンタを誰が仲間においてきたいと思うのかしら?」


 反応が薄い。呪いの影響で眠ってしまったか? そうなっては面白くない、とドッペルゲンガーは不満に思い、斧の先で顎をくいっと上げた。


「言いたい事は……それで……終わり?」


 ヘレン・ワーグナーは眠っていなかった。


「御託が長すぎ……こっちは眠たくて眠たくて仕方ないのに」


 瞼は今にも落ちそうだ。にも関わらずその瞳は真っ直ぐドッペルゲンガーを見据えていた。


「それと、思った通り大したことない――私と同じ事できるようになっただけで、“私になったわけじゃない”」


 咄嗟にドッペルゲンガーが身を引いた。若草色の髪の奥で双眸が光る。二対の戦斧サマリーを重ねるように構え、ゆらりと立ち上がるヘレンの姿に、危機感を覚えたドッペルゲンガーは、上段に大斧ハルバードを構える。そうしてマナを腕に集中させていく。


 一般的に、魔法使いは体内の『マナ』を魔法具を通じて『魔法』として放出する。その為魔法の源を魔力マナと呼んでいる。逆に戦士は『マナ』を体内の中で練り上げる。身体の周囲に鎧のように着込んだものをマナと呼び、『武術』を繰り出す。


 どちらも使う力の源に変わりは無い。要は使い方の問題なのだ。


 そして、ヘレン・ワーグナーの身体はマナに溢れていた。天性的な素質に加えて戦士として磨き上げられた身体。この国の戦士で誰に変身するかと聞かれればドッペルゲンガーは迷い無く彼女を選ぶ。


 だが、ドッペルゲンガーはヘレン・ワーグナーが何故そんなに強いのかを本当の意味では知らなかった。


 莫大なマナを伴って大上段から繰り出された武術の一撃。ヘレンは十字に構えた二対の戦斧サマリーと共に前方へ足を蹴り出し斬撃を叩きこむ。


 ドッペルゲンガーから放たれた衝撃波が斬撃によって捻じれて、地面に叩き付けられる。波紋のように広がった亀裂は次の瞬間、石畳の地面を粉々に打ち砕いた。


 大地が崩壊する中、ヘレンは無傷のまま、ドッペルゲンガーへと迫る。


 二人は奈落へ呑まれつつ戦った。


 渾身の一撃がいとも容易く封じられたことに驚愕しつつも、ドッペルゲンガーは冷静にヘレンの斬撃に対処していた。繰り出される戦斧サマリーの連撃に合わせて大斧ハルバードの刃と柄で、受けては、流し、斬撃を繰り出す。


 まさに鏡合わせのような戦い。傍から見ても二人の間に差等見られないだろう。


――なんだ、この違和感は。


 だが、ドッペルゲンガーは焦燥を感じていた。断続的に続いた重厚な金属音は、一段と甲高い音を鳴らして辺りに響き渡る。ヘレンが上を取って振りかぶった二対の戦斧サマリーをドッペルゲンガーは大斧ハルバードの柄で受け止める。


 地下道に背中を強かに打ち付けたものの、ドッペルゲンガーはヘレンの腹に強烈な蹴りを加えて飛ばした。飛ばされる勢いに逆らわず空中で宙がえりして、後ろに着地する姿を見て、ドッペルゲンガーは舌打ちした。


 自分の方が優れているのは確かだ。攻撃の威力も精度も自分の方が上。もうここでトドメを刺してしまおうと、ドッペルゲンガーは決意した。


 再度繰り出した斬撃の衝撃波。ヘレンはそれを今度は相殺することなく、跳躍して躱すと衝撃波が壁にぶち当たった。轟音を背にして、戦斧サマリーを投擲する。回転しながら弧を描いて迫るそれをドッペルゲンガーは身を捻って躱そうとしたが、その刃は脇腹を深々と食い破った。遅れて二本目の戦斧サマリーが頭部を割る。


「がはっ」


 大斧ハルバードを手放し、よろめいて後退るドッペルゲンガーに、ヘレンは歩みを強める。地面に突き立てられ手放されていた大斧ハルバードを手に取ると、彼女は顔をわずかにしかめた。


「うん……やっぱりいつも使ってるやつの方が軽くていい。それに柄も少し短いし……。これ、どこで手に入れたの?」


 ヘレンの言葉に遅まきながら、ドッペルゲンガーは自身の違和感に気が付く。大斧ハルバードは普段ヘレンが使っているものではなく、エンディミオン家が所有しているものを奪取してきた。


「あはっ……なーんだ、私のせいじゃなかったんだ」


 ドッペルゲンガーの言葉にヘレンは首を傾げる。体に刺さった戦斧サマリーを無理やり引き抜くと心地の良い痛みと共に凄まじい血が地面に流れるも、あっという間に傷口は塞がった。


「もう手加減は無し。武器すらも“本物”なら私が負けるわけ――」


「一つ勘違いをしているようだけれど……」


 ヘレンは大斧ハルバードを大上段に――ドッペルゲンガーが構えた時と瓜二つの――に構えた。まるで先程の戦いとは逆。ドッペルゲンガーはさっきと同じ動きをすればいい。


 だが、それはまるで誘い込まれているかのようだ。


「あなたは私じゃない」

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