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寝坊助姫、異世界から来たりし魔王を討伐しに行く  作者: 瞬々
EPⅣ 異世界から来たりし双星の御子
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ⅩⅥ 墓下の女王

 ポルックス市街の地下に作られた通路は、外と繋がる為の唯一の道だ。地上は国土結界により侵入することは出来ない。人間であれば弾かれ、並みの魔族は触れた瞬間に浄化されてしまう。


 外から内部に至る道は狭く、対して地上拠点下は広がった場所になっている。攻め難く、護りやすい地形となっていた。


 ここは物資の運搬にも使用されており、トロッコ用の線路が敷設されている。その行く先の一部は、袋小路に当たる。魔光鉱石マナ・オーアを採掘していた場所であるが、数日前に“毒霧”が発生して以降閉鎖されている。


 今ここに人間はいない。


「しくじっちゃったみたいだねー、ジネーヴラちゃんは」


 そう、人間は。


「最初から期待はしていなかった。あやつめ、師を後ろから刺せるチャンスは幾らでもあったというのに、臆病風に吹かれおって」


 壁から声が聞こえた。岩一面に顔が浮かび上がっている。若草色の髪の人間の姿をしたドッペルゲンガーは肩を竦めた。


「あのババァじゃなくて、ジネーヴラちゃんを殺して化けるべきだったかもねー」


「今更言ったところで、時が戻るわけではない。それに結果的に見ればジネーヴラの方が利用価値はあったからな……」


 洞窟内にはゴーレムが何体も転がされている。空いた穴から壁に張り付いているのと同じ顔が這い出てくる。顔に直接無数の足が生えた悍ましい姿の魔物だ。その体内には魔光鉱石マナ・オーアを蓄えている。


「そんなことより……お前の失態の方が酷いのではないか? こうも早くバレるとは」


「仕方ないじゃーん、私の力って、初見殺し?ってやつなんだしさ。文句なら能力バレして勇者共にボコボコにされた先代のドッペルゲンガーちゃんに言って欲しいかな!」


 今のドッペルゲンガーは二代目だ。丁度目の前で話している顔だらけの化け物によって新たに生み出された。この国では早々にバレたものの、評議員の重鎮を一人殺せたし、先月の戦いではキャンサー帝国を滅ぼすのにも一役買った。


「それにぃ、私の力はバレてもアドバンテージとなるんだよ? 地上じゃそのうちみーんな疑心暗鬼になる筈だから!」


「同士討ちか……上手くすれば千年前の再現も可能だろう――だが、間もなくそんな小細工すらする必要は無くなる」


 岩壁がボコボコと泡立った。幾つもの顔面が融合していく、弾けるような水音が洞窟内に響いた。複数の触手と顔面の中から立ち上がったのは魔人。ドッペルゲンガーと違い、隠しきれない禍々しい魔力と殺気が発せられていた。


――スキュラ。それが彼女の名前だ。


 その腹の内では幾つもの魔光鉱石マナ・オーアが光り輝いていた。ゴーレムから摘出した物だ。抜け殻となったゴーレムはこちらの手駒だ。この国を護る為に作られた人形の手で滅ぼされる。これ程の皮肉も無いだろう。


「奴らが我らから逃がれる為にせっせと溜め込んだこの宝玉、使わせて貰おうではないか」


「いいねぇ! 間抜けで無様なニンゲンさん達の最期が目に浮かぶようだよ!」


 ドッペルゲンガーは無邪気にはしゃぐ。本物が目の前にいたら怒り狂って斬りかかってきたことだろう。それをねじ伏せて自身の敗北といかに無力かを身に刻み込んでから殺す。その光景を思い浮かべてドッペルゲンガーの頬は紅潮した。


「……ヘレン・ワーグナーの姿で良いのか?」


「もっちろん! あの娘、今この国にいる人間の中ではいっちばん強いからね!」


 スキュラが下半身に生えている顔を撫でながら黙っていると、ドッペルゲンガーは不満そうに頬を膨らませた。


「何です? もっと強いニンゲンさんがいるなら、そっちに化けますけど」


「お前はヘレン・ワーグナー自身には勝てるのか? と思ってね」


 その冷笑にドッペルゲンガーの偽りの身体が芯まで凍り付いた。ドッペルゲンガーはスキュラによって生み出された魔人だ。その間にあるのは親と子のような「情」ではなく、壊れるまで使い倒される雑具に過ぎない。


「アハハっ、魔王タナトス様の呪いで弱った本物と、万全、最盛期の身体の私――」


 心臓を直接握りしめられるような感触にドッペルゲンガーは膝を突いた。


「二度と――」


 愛おしそうにスキュラは拳の中にある物を撫でる。冷たい視線がヘレン・ワーグナーの姿をしたドッペルゲンガーを射抜く。


「あの方の名前を気安く呼ぶな……不愉快だ」


 スキュラが手を放すと、ドッペルゲンガーは心臓のある胸の位置を抑えて咳き込んだ。その瞳にギラギラとした魔人特有の殺気が渦巻く。魔人同士の関係性は『力』が全て、喰うか喰われるかだ。


 ドッペルゲンガーはあらゆる人間に成り代わり、本物を喰らってきた。そして、やがては全てを喰らう側になるのだ。目の前のこの魔人も、魔王すらも。


「行け――、街を混沌こんとんに陥れるのだ」



 ガブリエーレ殺害の噂は、水面の波紋のようにあっという間に広がっていく。テンプルナイツの若者の名が人づてに囁かれる。ヒュペリオン家の不名誉な話と共に。


 国土結界が出来て戦う必要が無くなって尚、己の名誉に固執し、魔王に愚かにも挑んで負けた一族。そして、評議界と教会の慈悲により、テンプルナイツに入団することが出来たにもかかわらず、その恩を仇で返し、殺人鬼と化した。


 セレーネ・ヒュペリオン――その者が今も街に居て、罪なき者達を殺して回っている。


 その噂に街の者は恐怖した。女子供は家に閉じこもり、男達は殺人鬼を召しとれと、武器を取り、衛兵に詰め寄った。


 あまりに簡単に煽動されるニンゲン達にドッペルゲンガーは笑いが止まらなかった。街の誰かに化けて火種を放つだけでこの有様だ。あの小娘もこれでお終いだろう。


――さてお次は。


 と、ドッペルゲンガーが変化したのはヘレン・ワーグナーの姿。今彼女は地下通路からの出口である見張り塔の上にまで戻ってきていた。数人いた見張りは衛兵のふりをして、不意打ちで殺し、スキュラのいる地下へと落とした。恐らくこうしている間にもすぐにバレるだろうが、遅い。


「ニンゲンさん達が沢山……あぁ、どんだけ殺したら、この顔を憶えて貰えるかな?」


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