表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
寝坊助姫、異世界から来たりし魔王を討伐しに行く  作者: 瞬々
EPⅣ 異世界から来たりし双星の御子
69/94

Ⅷ 決闘場(コロシアム)の眠り姫

 ジェミニ評議界共和国の主要都市であるポルックスは眠らない街と呼ばれているらしい。日が暮れた後、宵闇が辺りを包んでいたが、コロシアムは昼間と同じくらい明るい光に照らされていた。


 たとえ街が眠らなくても、ヘレン自身は眠くて眠くて仕方が無かった。そしてこんな無理強いをしてきた男を恨んだ。イズルではなく、ルーカとかいう胡散臭そうなおっさんに対してだ。


――へぇ、君がヘレンちゃん? いいスタイルしてんねぇ、ギャラリーを大いに盛り上げてくれよ?


 品定めするような冷たい視線と、その横で静かに燃え上がるような怒りを放っていたイズルを前にして、話を聞かずともヘレンはなんとなく事情を察した。まさかこの平和な国で武器まで預けたというのに、戦う事態になるとは思わなかった。


 エルフの国の時にも感じたが、戦わなくても良いくらいに平和な国で、何故わざわざ戦士を戦わせるのか、あまつさえそれが娯楽として機能しているのか、ヘレンには理解が出来なかった。


 これがヘレン・ワーグナーの率直な気持ちだ。


 強い戦士だから人々を護る為に魔物と戦うし、素晴らしい狩人だから生活の為に獣を狩る。それは生きる上で必要なことだからだ。


「あまり乗り気じゃなさそうね……まぁ、上流階級の見世物にされるのは私も反吐が出るけど」


 明るく照らし出されたコロシアム、ヘレンの隣にいるセレーネがそう声を掛けてくる。その腰にあるのは一振りの鞘に収まった剣。分厚く幅広いブレードシャフトにはめ込む形式の片刃剣ファルシオンだ。


 コロシアムでは定期的にテンプルナイツの模擬戦が行われているそうで、そこへ観衆を招いて商売にしてしまったのがエンディミオン財団なのだという。


「都市国家群から来た貴族、商人、その他権力者なりお金持ちなり――そういった人達が金を使うことで、この国は更に発展していく。それが結果的に人々の為になるというのが、ルーカ財団長の持論ね」


 その日暮らしの生活が長いヘレンには経済のあれこれは分からない。今は一刻も早く、戦いを終わらせて寝床で眠りにつきたかった。


「興味ない」


 珍しくヘレンは心の底から不愉快な気持ちになりながら、大斧ハルバードを構えた。戦斧サマリー短剣ダガーもある。観客は激しく派手なバトルを見たがっているから、万全の状態を用意したのだという。


 ドーム状のコロシアム、ヘレンとセレーネの反対側から出現したのは分厚い石で作り出された巨人――魔導式自立人形ゴーレムだ。それが四体。


 そしてその周辺に中身の無い甲冑が巨大な武器や、身の丈程ある長大な魔法の杖を構える。古代のゴーレムにヒントを得て開発した物で、使い手曰くこれらも歴としたゴーレムなのだという。


 その使い手こそ、テンプルナイツの人形師――チュチーリア・ヘファイストス。


 足元まで伸びた長い髪の少女姿を探して、ヘレンは辺りを見回すも彼女は見つからなかった。


「チュチーリアは多分ここにいない。あの人こういう見世物が死ぬ程嫌いだから……恐らくあれは魔光鉱石マナ・オーアを動力に動いてる筈。これだけの数どうやって借りたのかは謎だけども」


 セレーネが耳打ちしたことで、成程と合点が言った。それにしても、こんなところですら魔光鉱石マナ・オーアが使われるとはとヘレンは少々呆れる……。



「そっか、チュチーいないんだ――じゃあ、楽勝だね」


 ヘレンが動く。直進からの跳躍、目の前にいる石造のゴーレムの脳天目掛けて大斧ハルバードを振り下す。が、これは両腕で防御される。凄まじい圧力と斬撃によってゴーレムの片腕に亀裂が走るも、両断には至らない。


 無理に押し込まず、勢いのままに大斧ハルバードをゴーレムの腕に対して垂直にピンと伸ばす。棒高跳びの要領でゴーレムの集団を飛び越し反対側へと降り立った。


 四体いたゴーレム全員がヘレンに集中する中、セレーネが死角から迫る。鞘がえんじ色に煌めく。そこから放たれた片刃剣フォルシオンは凄まじい熱を発して、ヘレンが攻撃したのとは別のゴーレムの脚に突き立てられる。


 熱剣が岩に包まれた装甲を易々と貫く。ゴーレムには痛覚が無い。脚に熱剣を突き立てられたまま、上半身がセレーネの方に向き、彼女を叩き潰さんと拳を振るう。だがその頃には既に剣は抜かれ、鞘の中。セレーネは振り下された拳を紙一重で避け、腕を伝って身体へと駆け上がる。


 周囲のゴーレムはセレーネを排除しようと、取り付かれたゴーレム目掛けて拳を振るい始めた。その間にヘレンは周囲にいた甲冑型のゴーレムを相手にしていた。


 ゴーレムが手にした長槍が届くよりも先に、ヘレンの大斧ハルバードが甲冑を両断し、投擲した戦斧サマリー魔光鉱石マナ・オーアの込められた大杖が放った炎弾よりも先に敵を貫いた。


 ヘレンは常にゴーレム達が互いの攻撃が当たる位置に立つ。が、ゴーレム達は思った以上に頭が良くない。自分達の攻撃が仲間に当たってもまるで気にしていない様子だ。


 ゴーレムの一体が放った大剣の横薙ぎが、ヘレンのすぐ隣にいたゴーレムを切り裂きながら迫る。すっと膝を曲げると頭上を刃が通り過ぎる。そのまま後退しながら引き寄せるように、大斧ハルバードを振るい、胴体を両断した。


 あまりに酷い戦いだとヘレンは思った。攻撃は単調、思考は愚図。それでいて殺意だけは高い。これが本当に訓練になるのか甚だ疑問だった。


 気が付けば甲冑型は全滅していた。残るは石造りの巨人型ゴーレムのみ。セレーネが取り付いていた巨人は身体の至る所に、凹みを作り倒れ伏していた。残る三体の間をセレーネは機敏に動き回り、隙あらば熱剣を抜いて斬り付け、傷を付けていく。


――眠気もそろそろ限界。


 さっさと倒してさっさと寝よう。そう決意するも唐突に強制的な眠りに襲われる。意識が遠のき、暗闇の中でぼうっと人魂のように光る敵を『感じる』


 眠ってしまったヘレンは無意識のままに敵へと突っ込んだ。



 セレーネ・ヒュペリオンの出身であるヒュペリオン家は異世界から転移してきた勇者を祖とする家系だ。勇者とは魔王を討伐することを定められた者を指す。長い時の中で様々な勇者が生まれたが、その結末は本人の戦死や闇に堕ちる等、華々しさに反して悲惨に終わることが多い。


 そんな中、ヒュペリオンの祖であるアルテミス・ヒュペリオンは、魔王を倒し、その後も長く生きて最後は家族に囲まれて、眠るように息を引き取ったと伝えられている。彼の子孫たちも英雄として名を馳せた。


 セレーネの父と母も先代の魔王ニュクスを倒す事に貢献するも、現代の魔王タナトスが台頭した頃、魔王軍との戦いで戦死した。両親を亡くしたセレーネは厳格な武人であるコルラード・エンディミオンに師事し、騎士見習いとして修業を続けている。


 そんな彼女が観衆の見世物として戦っている。


 ――茶番ね。


 迫りくる拳の横に熱した片刃剣フォルシオンを突き立て、相手の勢いをも利用して切り裂く。ゴーレムの腕が割られた薪のように、上下に泣き別れしていく。


 刃を再び鞘へと戻した。その鞘には魔光鉱石マナ・オーアが込められている。セレーネの武器であるフォルシオンは、鞘の中にある魔光鉱石マナ・オーアを加工した『結晶クリスタル』から魔力を供給し、高熱の剣と化す。


 出力を上げればより強力な斬撃を放つことも可能だが、こんなところで見せつける程、安い技ではない。


 鞘から再び剣が抜こうとしたときだった。凄まじい勢いで何かが飛んできた。衝撃がゴーレムをよろめかせ、一瞬の隙の間に斬撃が腕を吹き飛ばした。


 セレーネは一瞬、その鬼気迫る気配に動けなかった。その間にもヘレンは大斧ハルバードを遠心力を付けて投げつける。回転する刃がガリガリとゴーレムの体を削り取り、胴体に斬撃の傷痕を残す。細長く出来た穴から魔光鉱石マナ・オーアの光が漏れ出ていた。


 弧を描いて戻ってきた大斧ハルバードをヘレンは無造作に掴み取る。残る一体のゴーレムが背後からヘレンを襲おうとしている――。


 鞘から再び抜いたフォルシオンが、炎剣と化してゴーレムの胴体を貫いた。


 内蔵された魔光鉱石マナ・オーアを掠めたのを感じ、心臓を抉るようにシャフトを捻る。ゴーレムの身体が痙攣し、魔光鉱石マナ・オーアが甲高い音を発した。


 ゴーレムの体が燃えながら倒れ伏し、一旦は立ち上がろうとしたものの、結局うつ伏せに転がり、火花と煙を上げた。


 観客がたったいま目にしたものを理解する間、コロシアムは静まり返った。これまで何度かテンプルナイツの模擬戦は行われてきたが、ここまで大規模な戦いは初めてだ。


 普段は甲冑を着込んだ騎士同士の馬上試合、剣を使った試合、そして時々チュチーリアから失敗作のゴーレムを融通してもらって標的にした模擬戦が行われる程度だ。


 セレーネは肩で息をしながらヘレンに近づいた。大斧ハルバードを握ったまま緑髪の少女は眠っていた。


「ぐぅう……」


「……私、戦いの最中で寝るような人よりも弱いのね」


 自嘲気味にセレーネは呟き、ヘレンの腕を自分の肩に回す。彼女は無防備にもセレーネに全て委ねた。にへへと笑顔を浮かべる始末に、


――この人、実は起きているんじゃないの?


 とセレーネは呆れながらヘレンの顔を見下ろした。観客がこの“舞台”の英雄である二人に歓声を上げたが、それに答える気力は残っていない。


 視線を動かすと、ヘレンの付き添い人であるイズル・ヴォルゴールとエフィルミアが、観覧席から降りて二人に近づいてきた。


「お疲れ様、まさか君も一緒に出てくれるとは思わなかったよ」


「この人だけだと何があるか分からないと思ったから……でも、杞憂だったわね。私がいなくてもなんとかなってた」


 セレーネの言葉にイズルは「そんなことはないさ」と首を振った。


「ヘレンは確かに強いけど、どこか抜けてるし、危なっかしいから。君がいてくれて良かったよ」


 それはセレーネを慰めるような気休めではなさそうだった。この戦いをやらせるかどうか決めたのはイズルだと聞いていたが、彼の本意ではなさそうだ。


(まぁ確かにヘレンは危なっかしいところあるわね)


 ふと、観覧席の奥から小さな影が、凄まじい勢いで近づいてきた。足元まで伸びた栗色の長い髪から覗き見える鬼のような形相。


「……やっぱり、許可取ってなかったのね」


 セレーネが吐いた溜息は、チュチーリアの怒気に滲んだ低い声に呑まれた。



「お前ら、ゴーレムの材料にされる覚悟はあるんだろうなぁっ?」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ