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寝坊助姫、異世界から来たりし魔王を討伐しに行く  作者: 瞬々
EPⅣ 異世界から来たりし双星の御子
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Ⅳ 寝坊助娘に恥ずかしき過去あり

蚊帳の外にされてヘレンは大層つまんなそうな顔をしている。イズルは二人の事は信頼している。だが、この先の外交交渉に限って言えばヘレンもエフィルミアも出る幕はない。


「そんなあからさまに不機嫌な顔をしないでくれよ。ここから先は俺一人で行かないといけないんだ」


 勿論、ヘレンも付いて行ったところで助けになれないことが分からない程の子どもではない。「むぅ」と唸るも何も言い返せなかった。


「しょうがない、日差しもいいし、気持ちの良さそうなとこで昼寝でも」

「それだけはやめなさい――絶対に」


 樽の中で寝る常習犯ヘレン・ワーグナーのふわふわとした頭にチョップを入れながらイズルは釘を刺す。途端に放っておくことが不安になる。エフィルミアはエフィルミアで、「あれなんですかー!?」と、初めて見る人間の街に興味を抑えきれない様子だった。


(アレ、この二人、置いていったらやばいのでは?)


「あの、ヴォルゴール殿?」


 ガブリエーレが痺れを切らして話しかけてくる。頭が痛くなってきたその時だった。


 聖堂の扉が開き、中から誰かが歩いてくる。橙色の太陽のような色の髪、それに丸い眼鏡が目を引く。真っ白なチュニックとマントを羽織った少年だ。だが、そんな見た目以上にイズルが驚いたのは――。


(……光?)


 彼の背から薄っすらと尾を引く青白い光が見えた。だが、それも一瞬のことだ。少年はイズルの視線に気が付くと、微笑んだ。こちらが何を見ていたのかも分かっているかのようだった。イズルはこのただならぬ気配の持ち主に心当たりがあった。


「ニコロ・クストーデと申します、ヴォルゴールさん。評議界の用事が済む間、お二人の相手は僭越ながら僕にお任せ頂けないでしょうか?」


「ニコロ――双星の御子の……」


 ジェミニ評議界共和国が誇る『国土結界』その展開を担う双子の片割。アリエス王国における聖女コレット・アストレアのような象徴的存在である人物であり、この国においては文字通り『替えの効かない』人物である筈だ。


「お、お初にお目にかかります。その……」と、ガブリエーレに目配せをするが、彼が何かを言うよりも先に、ヘレンがニコロに駆け寄った。


「ニコロー……、久しぶりー」


「アハハ、ヘレンさん、お久しぶりです。相変わらず今にも寝落ちしちゃいそうな顔してますね」


(さりげなくひどい事言ってる……)


 穏やかな口調と包容力のある雰囲気だが、感じたことははっきりと口に出すタイプらしい。それでいて嫌味らしいところもない。良く言えばニコロは純粋な少年だった。


「問題ございません。ご存知のように、ニコロ殿はこの国の守護者たる方、『国土結界』の担い手ではありますが……、この聖堂に常に居なければならないわけではありません」


 気晴らしもいいでしょうと、ガブリエーレはあっさりとニコロが2人に同行することを許した。外交交渉の為に来た使者の付き添い人とはいえ、他国の人間であることに変わりはない。


 何かあれば国が傾く可能性すらある。彼らからすれば聖堂に縛り付けておきたい人物なのではないのだろうかとイズルは思った。が、そんなことを余所にヘレンやエフィルミアは勝手に話を進めてしまっている。


「ニコロ、ここでずっと待ってたら寝ちゃいそうだし、どっか案内して欲しい……」


「わ、私、エルフなんですけど、まだ18でー……」


――友達か……?


 二人は勿論だが、ニコロもニコロで距離感がおかしい。


 ヘレンの提案には「そうですねぇ、あ、今日は丁度劇場があるんですけど、ヘレンさんに是非見て貰いたい劇がありまして――」と答え、エフィルミアの話にも「えぇ、そうなんですね」と相槌を打っている。


「あなたが信頼する付き人なのでしょう? であるならば、問題ございません。念の為、武器はこちらでお預かりすることにはなりますが」


 武器はむしろ預かってもらえた方が安心できる。こうも信頼されるのは何か訳でもあるのだろうか――と考えたが、


(ヘレン……いや、勇者一行が関係しているのかもな)


 前にもここに来たとヘレンは言っていた。その時に信頼関係を築いたのだろう。今、イズルにあるのは貴族という身分、そして王家からの使いという建前上の信用しかない。


(外交でヘレンが役立つ事は無いなんて思ったけど、案外俺よりも向いているかもな)


 そんなことを冗談交じりに考え、それから二人に告げた。


「二人とも、くれぐれも粗相のないようにね」



 イズルがジェミニ国の人達と共に、聖堂の中に入っていくのを見送り、ヘレンとエフィルミアはニコロの案内の元に街――ポルックスの都へと繰り出していた。背中に背負っていた大斧ハルバード諸々は兵士に預けた。この国の中で使うことはまずないだろう。


「エフィルミアさんはこの街は――というよりも人間の街を見るのが初めてとのことでしたね、お聞きしたいことがあればなんでも答えますよ」


「え、なんでも!? じゃあ――あ、街のことじゃないけど、お二人はどうやって知り合ったんですか?」


 二人の親しさに、エフィルミアは意外性を感じているようだった。イズルと一緒にいるところしか見ていないのだから、当たり前といえば当たり前だろう。とはいえ、ヘレンが覚えてる限りではそんなに感動的な出会いではなかった。


「魔人討伐依頼をこの国から受けて――」

「大聖堂の庭に大の字で寝てたのが始まりですね」


 二人は同時に答えた。「え?」と驚いたのは、エフィルミア。「あれ?」と惚けたのはヘレンだ。やっぱり忘れていましたねと言いたげにニコロは苦笑した。


「確かに、ヘレンさんとその仲間である勇者様は依頼を受けて、共和国へと来ましたが――、僕は最初にあなたに会った時、ホント驚きましたよ……その自由奔放さに」


「う……今の話、イズルには絶対話さないどいて」


 ヘレンが小さくなる横で、エフィルミアが「あれ……?」と、首を傾げる。今の話に何か引っかかりを感じたのだろう。普段細かいところは気にしないのだが、勘が鈍いわけではない。


「ヘレンちゃんって、確か――魔王……そう、タナトスの戦って、『永遠に眠り続ける呪い』を掛けられたんだよね? 仲間の人が助けてくれたおかげで呪いは軽減されたけど、常に眠くなって……それで仲間の元を離れたって」


 ヘレンがジェミニ評議界共和国に訪れたのは魔王と戦うよりも前だ。ニコロが笑いをこらえ、ヘレンが珍しく狼狽えているのに気づかず、エフィルミアは話し続ける。


「イズルと会った時も呪いのせいで眠さが抑えられなくて、ついつい樽の中に潜り込んで寝たって――」


 ニコロは耐えきれずに「アハハ」と腹を抑えて笑い出し、ヘレンは「うぅっ」と顔を逸らした。魔王の呪いによって彼女が常に眠気にさらされているのは確かだ。だが、それはそれとして、眠気から来る行動の全てはヘレンの意思によるものだ。


「話を聞く限り、ヘレンさんはずっと変わってませんよ。眠くなったら好きなとこで寝ようとするそういう人です」


「うんうん、旅の途中でもイズルに何度も怒られてたもんねー」


 二人がイジメる……と、ヘレンは頬を膨らませた。いつもの眠気も同時に押し寄せてくる。このまま不貞寝を決めてしまおうかと思ったが、そんなヘレンにニコロは優しく微笑んだ。


「安心しましたよ、最後にあなたと会ったのは魔王に敗れた後でしたか……。何もかもを諦めた……抜け殻みたいになっていましたから」


 タナトスと戦い、勇者ジェイソンと別れた後のことだ。彼女は故郷に帰る途中でジェミニ評議界共和国にも寄った。テンプルナイツの面々を始め、この国で知り合った人物には極力合わないようにしていたのだが、双星の御子の二人はヘレンを見つけ出し、慰め、励ましてくれた。


――私はこの国の人達を護り続けるわ。あなたがいつの日にか自分の道を取り戻したら、会いに来て。


「ねぇ、ニコロ。お姉さん――レナッタは今日はいないの?」


 前に訪れた時、双星の御子はいつも一緒にいた。二人でこの国に結界を張っているのだが、休む時も一緒だった。『国土結界』は二人一緒でなければ魔力が足りず、展開することができないのだそうだ。


(あれ、でも今も結界は張られてる……?)


 見上げると、薄っすらと虹色に輝くステンドグラスを張り付けたような空が広がっていた。


「えぇ……、姉さんは大聖堂で今も結界を張っています。今では僕達双子で一緒にやる必要が無くなったので」


 ――いいこと、……ではなさそう?


 ニコロの顔からあの無邪気な笑顔が消えていた。双子はヘレンにとって単なる友人というだけではない。ヘレンが再び自分を取り戻すきっかけを作ってくれた恩人だ。


 今度は自分が助けになりたい。その想いは呪いのせいで押し寄せる眠気すら飛ばした。


「ニコロ、もしも何か困っているなら、手貸すよー……。レナッタとも会いたいし」


 だが、ニコロはふと笑顔に戻りその提案をやんわりと下げた。


「いいんだ。これは国の為でもあるからね。劇場までの道すがらそれも話してあげるよ」


 ニコロはそう言って二人に付いてくるよう促した。エフィルミアが心配そうな顔でヘレンを見る。少年の背はどことなく既視感があった。


 一人で背負うにはあまりに大きすぎる大義と、小さくも温かい感情の間で揺れる者が見せる背中だ。


――ウソついてるなー……。


 自分を無理やり納得させて突き進んだ人間をヘレンは知っている。或いは魔王に敗れた頃の自分がそうだったかもしれない。そしてそういう時は何を言っても納得してくれないことも。


「そうだ、どこかお店に寄っていきませんか? 他の国ではまず味わえないような美味しい物が沢山ありますから」


 振り返ったニコロの笑みは爽やかだった。今は彼にただ付いて行くしかなさそうだ。ゆっくりと慎重に話をしようと、ヘレンは静かに奮起するのだった。

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