Ⅲ 星の都 ポルックス
一行はジェミニ評議界共和国の入口である、見張り塔へとたどり着いた。評議界共和国の周囲には幾つもの見張り塔があり、そこから地下を通じて国内へと入る事が出来る。それ以外の正規の入り方は存在しない。
国は幾重にも張られた城塞と、それを更に覆う巨大な結界によって守られていた。
ヘレンは頬を抑えながら――エフィルミアはしばらく口を利いてくれなかった。何かしたらしいがまるで身に覚えが無いので、謝りようがない――その光景に懐かしさを覚える。
以前来た時、国の入口は城門だった筈だが、今回は見張り塔から地下に降りた。地下通路から国内に入るのだという。巨大な昇降機を用いて、ヘレン達を乗せたゴーレムごと下に降りる。
昇降機の動力源は魔力を用いていると、チュチーリアが説明してくれた。ヘレンはそんなものかと思ったのだが、イズルは「一体どこからそんな魔力が……」と呟いた。それに対しコルラードは丁寧に答える。
「魔光鉱石によるものです。ご存知の通り、我が国は周辺の都市国家群と流通を開いておりまして……」
ヘレンには商業のことは分からない。だが、どんな貴重な物であっても流れるところには流れるらしい。イズルは何か考え込むように腕を組んでいる。エルフの国では魔光鉱石が注目されていた。きっとそのことを考えているのだろうとヘレンは思った。
「しかし、貴重な鉱石をこのような装置に転用する余裕があるとは……」
「魔光鉱石は確かに我々にとっては貴重な鉱石です。しかし、その価値を適切に活かせない国もあるのです。魔法技術の発展していない国々では、魔力を適切に放出する為の加工もままなりません。そうした国と交渉し、鉱石を買い取っているというわけです」
必要とする人の手に必要な物が渡る。これは狩人をしていたヘレンにも分かる。狩りで手に入れた大量の肉や皮は、それを調理したり、加工する職人の元に売りつけられる。この国にとっての『肉』や『皮』が、『魔光鉱石』ということなのだろう。
「成程……、貴国はめざましい発展を遂げていると聞いてはいましたが――」
「魔物からの絶対的な盾である『双星の結界』と国を脅かす者を掃う矛たる我ら『テンプルナイツ』、我が国の発展にこれらを思い浮かべる方は多い。しかし、これらも商人の力が無ければ、たちまちのうちに錆びつくことでしょう」
そう語るコルラードの顔は何故か少し影があるように見えた。その複雑な心境に何があるのかをヘレンは知らない。前にここを訪れた時に何か聞いていたような気もしたが――。
「ほらほら、まだ国の中にすら入ってないぞ? さっさと行った行った」
チュチーリアは未だ喋り続ける二人に声を掛けた。彼女は昇降機を上げ下げさせて外にいるゴーレムを順番に中に入れているところだった。後から行くということで、イズル一行はコルラードの案内で国内へと入った。
地下通路は広くはない。魔物や魔人等が大挙しての侵入を防ぐ為のものであり、いざという時は地下通路を崩壊させて道を塞ぐこともできるという。強大な結界といい、この国は敵を侵入させないことを徹底している。
暗い道を幾重にも折り曲がった先に、開けた空間が見えた。小さな部屋に螺旋階段があり、そこを上がっていくと、次第に日の光が見えてきた。そこは丁度、城塞の中にある見張り台へと繋がっていた。
案内されるままに外にでると、前にいたコルラードが一歩横に引き、イズル達は整列する甲冑姿の兵士達、そして、白と金色の装飾の施されたローブを着た文官達に出迎えられることとなる。
「ようこそ、ジェミニ評議界共和国へ、イズル・ヴォルゴール殿――で、よろしかったですかな」
「はい、その名の者です。お会いできて光栄です」
文官は名をガブリエーレ・ミネルヴァと言った。白髭を蓄えた老人だったが、その目には活気が宿っていた。ジェミニ評議界共和国の政を司る評議界の議員なのだという。この評議界というのは、かつて異世界から来た英雄達が作り上げたもので、その氏族の末裔に、今日までその座を継承され続けてきた。
有体に言えば複数の王によって統治されている国家だが、彼らの祖先は誰もが名だたる伝説を遺した英雄であるとして、国民からは崇められているのだという。国は結界で守られており、安泰そして繁栄を享受する、まさに楽園のような国――。
「アリエス王国から遠路はるばると、よくぞ参られた。つい先日、貴方方が来ると伝書鳩が届き ましてな。なんでも通商を結びたいとか? 評議界はいつでも詳しい話を聞く準備ができておりますぞ」
「感謝いたします、ガブリエーレ様」
ガブリエーレの言葉に、イズルは恭しく頭を下げて応じていた。態度こそ柔らかだが、油断無く相手の出方を伺っているのを、ヘレンは知っている。まるで狩りに出て命の切った張ったをする狩人のような緊張感。勿論、ジェミニ評議界共和国は別に敵対国ではない。だが、ここでの交渉の如何によって、アリエス王国ひいては世界の存亡にも関わるともなればこれ程の空気になるのも不思議ではなかった。
「私、人間の国に入るの初めてで、ワクワクしますっ」
エフィルミアがヘレンに耳打ちする。もう、既にヘレンに怒っていたことなど忘れているようだ。彼女の明るさに、イズルの強張った肩が幾分か和らいだ気がした。
空を見上げると虹色の光を通して日差しが見えた。この国を守る『国土結界』『双星の御子』
(二人とも元気だといいんだけど)
以前訪れた時、ヘレンはこの国を守る双子に会ったことがある。かつてこの国に結界を張った『聖人』の子孫であり、生まれながらにして結界の守り手である彼らのおかげでこの国は発展することができた。
一行はすぐに国の中心都市であるポルックスへと案内される。通称――星の都。これまで多くの異世界からの転移者、転生者が流れ着くことからそう呼ばれているらしい。
巨大な結界の中心点、天辺を円錐形に切り取った5つの威厳溢れる塔に囲まれた真っ白な聖堂――ポルックス大聖堂が、イズル達の目的地だ。
「ここかー」
「いよいよだね!」
ヘレンが気の抜けた声で、エフィルミアが気合の入った声で告げると、イズルは申し訳なさそうな顔で二人に告げた。
「ごめん、二人は外で待っていて欲しいんだ」




