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寝坊助姫、異世界から来たりし魔王を討伐しに行く  作者: 瞬々
EPⅣ 異世界から来たりし双星の御子
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Ⅱ エルフに年の話はご法度

 一行はゴーレムの肩に乗り、護衛されながら、ジェミニ評議界共和国へと向かっていた。ヘレンはゴーレムの肩に座るとそのままの体勢で寝てしまっている。先程の戦いはエフィルミアが経験した今までの中で一番激しい物だったし、ヘレンにとってもそれは同じだろう。


 自分の道を行きたいと言うサリと旅の途中で別れ、彼女と一緒に旅をし始めてまだ日は浅いのだが、彼女に掛けられた「永遠に眠り続ける呪い」改め「永遠に眠い呪い」は、想像以上に強力だ。


 疲労が蓄積すると尚の事抗えなくなるらしく、問答無用で眠ってしまう。


(いやいやいや、疲れたら眠くなるのは当たり前だよね。私も眠いし)


 もしかすると普段から彼女は呪いからくる眠気に抗う為に体力を消耗し続けているのではないか――そんなことをエフィルミアは思った。


 長髪長身の武人は名をコルラード・エンディミオンと言った。


 相当の手練れであるのは先の戦いで示して見せた。長柄武器グレイヴにはやはり仕掛けがあった。柄の部分には魔光鉱石マナ・オーアの装飾が施されていた。魔力を持つ貴重な鉱石であり、これを使うことで魔法が使えない者でも魔力を用いることができる。グレイヴに装飾されているそれはトパーズの輝きを放っていた。


 話だけ聞けば、魔法使いの存在意義が揺らぐ程の代物だが、当然ながら欠点も存在する。魔光鉱石マナ・オーアに貯蔵されている魔力は有限であり、魔法を使用する度に減少していく。魔力の尽きた鉱石は光を失い、ただの石屑と化す。

 

 更には使える魔法は、鉱石単体の効果か、武器や杖等に施された魔法陣や呪文に依存する為、使用可能な魔法はあらかじめ定められ、臨機応変な使い方はできない。


 夜の焚火の為の火付けか、武器の強化等、用途がはっきりしている物に使うのが定石だ。


 イズル達の仲間であるエルフの少女、エフィルミアは、コルラードのグレイヴに興味津々だった。自分自身、籠手ガントレットに魔法陣とルーン文字『ケナズ』を刻み、魔光鉱石マナ・オーアを採用したものを使用している。同種の武器を目にして、それがどんな構造をしているのか気になって仕方が無かった。


 そんな彼女を見てコルラードは恭しく、自分の武器を差し出した。自分よりどう見ても年下である彼女に向けて、だ。


「え、あ、そんな、かしこまらずに……」とエフィルミアはグレイヴを受け取る。得物に刻まれているのはルーン魔法文字だ。『オセル』――意味するところは「伝統」であり、それに対する揺るぎない敬意の念によって発動されるとする魔法。一度発動すれば強力な魔力を対象に注ぎ込むことができる。だが、それは誰でも発動できるものではない。


 「伝統」は言い換えるならば、「家」、「遺産」。自身のルーツ、自分自身が今ここに居るという証に対して敬意の念を抱くというのはごく自然のことのように思える。今の籠手ガントレットを作る過程で、エフィルミアも真っ先にこのルーン魔法文字を試すことを考えた。


 だが、直感的にそれが上手く行かないだろうと察して止めた。仮に魔法が使えたとして、自分が『家』に対しての本当の心からの忠誠があるという確信が持てなかったのだ。その時のエフィルミアは自分を情けないと思ったものだが。


 この「伝統」に対する忠誠とは、家を大切にしているだとか、家族を愛しているといった類の物では足りない。もっと強い感情を要求される。


 それは『信仰』或いは『崇拝』といってもいい。『オセル』が真に刻むのは魔法道具や武器ではない。魂そのものに刻みこむ文字なのだと。


(今の私だったら猶更使えないな……)


「ヴォルゴール殿に、ヘレン・ワーグナーの付き人がいることは聞き及んでいましたが、まさかエルフの御令嬢までご一緒とは聞き存じておりませんでした」


 まじまじと見つめ、何か思うところのあるエフィルミアを余所に、コルラードは背筋を伸ばしたまま、イズルへと言葉を掛ける。その所作からは自然とエレガントな雰囲気を醸し出していた。エルフの国にいる氏族王の神々しさともまた違う。


 強いて言うならば氏族王に仕える従者や、守り神バーチを奉る神官が近い。


「実は思いもかけず、途中でエルフの国に寄ることになってしまったんですよ。彼女もヘレンと同様、大切な同行人なので、そのように扱ってくれると助かります」


 イズルが話すと、コルラードは「ほぅ……」と驚きの声を漏らした。客人の手前、大袈裟に驚くことこそなかったが、その目は軽く見開かれていた。多くの人間にとってエルフとは未知の存在だった。


 が、対照的に眼鏡を掛けた少女の方は驚きを隠そうともしない。


「エルフの国!? いやそんなバカな……イズル殿、自分が何を言っているのか理解しているのか!?」


 先程まで死んだ魚のように気怠げだった瞳が、水を得た魚のように輝いていた。足元まで届く栗色の髪が目を引く。ローブの袖もぷかぷかで手が隠れているのもあって、子どもっぽく見えるのだが、不思議とその話し方は経験豊富な学者を連想させた。


「ありとあらゆる人間国家と関係を断ち、その国の場所さえどこにあるかわからなかったエルフの国を見つけたと?」


「まぁ……色々とありまして。ただエルフの国は本当に偶然が重なったおかげで入れたというだけでして、人間への反発は依然として存在しますし――」


「何か、かの国から、魔法の道具の類は持ち帰ってはいないか? エルフの作った物とか、あぁ、書物でもいい、何か、何か――」


 早口で捲し立てる少女はエフィルミアに詰め寄ろうとしてコルラードに首根っこを掴まれる。彼は顔色一つ変えずに彼女を制止した。


「失礼しました、御仁方。この者はチュチーリア・ヘファイストスと申す者でして、我が国のゴーレム技師であり、魔法使いです。”少々”、向上心と魔法に対する好奇心とが高すぎるのが欠点ですが、我らテンプルナイツにとってかけがえのない人材で――」


「えぇい、離せ、子ども扱いをするな!」


 じたばたと暴れるチュチーリアをコルラードはパッと離すと、豊富な毛量がゴーレムの上でぼふんと跳ねた。まるで猫のようだ。この見た目で子どもではないらしい。エルフは年こそ見た目に出ないが、背丈は概ね人間と同じように伸びる。尤も子どもの数自体が稀少なので、エフィルミアにはチュチーリアのような人間を見ても子どもなのか大人なのか断じることはできなかった。


「あ、あのー、もしよろしければ、これなら見ても――」


 と言って差し出したのは、『ケナズ』のルーン魔法文字が刻まれた籠手ガントレットだ。彼女が自身の全てを込めて作り上げた魔法の武具。魔光鉱石マナ・オーアが2つ搭載されているのだが、その鉱石は光を失いかけていた。


「おぉっ」と目を輝かせるチュチーリアに対し、コルラードは丁重にその申し出を断る。


「ご婦人、御気を遣わせて申し訳ありません、ですが、そのような貴重な物は」


「馬鹿を言うな。数百年生きたエルフが魔法使いの叡智を見せてくれると言っているのだぞ? 頑迷なエルフからそんな言葉を聞けるなんて、こんなこと――文字通り一生に一度あるかないかの機会だ」


「えっとー……」とエフィルミアは、既視感のある光景に顔を引き攣らせた。最初に感じた違和感の正体が分かった気がする。エフィルミアが名乗った時もコルラードは、まるで目上の者を敬うような様子だった。


「お二人は私が何歳くらいに見えてるんですか?」


 コルラードとチュチーリアの二人は互いに顔を見合わせる。エルフは見た目から年齢を判断することはできない。そして多くのエルフは人間からは想像もつかない程の時を生きている。


「ふむ、エフィルミア様、もしや、他のエルフよりも若いということでしょうか」


「なんと、それは――」


 ――やっぱ、誤解されてたー!! と、エフィルミアは口をあんぐり開けた。しかし、これで解けるのであれば……、


「さしずめ、200と言ったところでしょうか? エルフ人の間では200ですらまだまだ若輩者であると聞いたことが」


「馬鹿者、この反応、実は100も行ってないといったところだろう――さしずめ98」


 ――違うわっ!!と迫真の顔で否定するエフィルミア。さっきから黙っていたイズルはくすくすと笑っており、「後で覚えておけぇ」とエフィルミアはぐぐぐと拳を握る。


 そんな中、それまで眠っていたヘレンが唸った。うるさくし過ぎたかと、エフィルミアが口を抑えると、ヘレンは一言。


「うぅん、エフィルミアは800歳くらい……?」


 一同が押し黙り、エフィルミアを見る。そういえば前に年を教えた時もヘレンは眠ったままだった。誤った……というか勝手な想像は是正されてないらしい。


 エフィルミアはすっと息を吸った。それからヘレンの頬を両手で摘まみ、


――捻りを加えて思いっきり引っ張った。


「だから、私は18歳だって言ってんでしょうがぁああ!」



 ヘレンが呻きながら、目を覚ます中、一行はようやくジェミニ評議界共和国へとたどり着いた。

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