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寝坊助姫、異世界から来たりし魔王を討伐しに行く  作者: 瞬々
EPⅢ エルフの国と春の宝石
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ⅩⅤ 謁見、五大氏族王

 ずらりと並んだ五大氏族王を、ヘレン・ワーグナーは「すごくえらそうなひとたち」と思いながらぽけーっと眺めていた。気を抜くと寝てしまいそう。そのくらいここは居心地が良く、身体に馴染む空間だった。彼女の故郷であるレムノスの森ですら霞みそうなくらいに、ここは自然豊か生命力に溢れ、生きとし生ける者にとっての『楽園』と言える場所だった。


 だけど、今回は何がなんでも寝るわけにはいかない――入国して少しかなりうとうととしてしまったが。


 イズルがエフィルミア、そして彼女の恩人であるサリの為にこの偉そうな人達と話をしようとしている。この場でヘレン自身にできる事は何もないが、せめて足を引っ張るような真似はしたくない。エフィルミアがさっきから青い顔をして震えているので、


 今はイズルの名乗りと呼びかけに対して、氏族王達の一人が名乗りを上げる。


「我が名はノルガラディオン・アイグノール。エルフを照らす火の輝き、炎の先端なる者なり――ヴォルゴール殿よ、まずはこの国に迫る脅威とやらについて発言することを許そう」


(わー、えらそう)


 語彙力のない言葉が脳裏に流れる。人間の髪質ではありえない、炎のように煌々と輝く赤毛に金色の刺繍がなされた落ち着いた赤色のローブに身を包んだ、せいぜい三十行くか行かないか程にしか見えない男だ。だが、噂によればエルフは優に数百年、氏族王ともなれば少なくとも千年以上生きていてもおかしくはない。


 ノルガラディオンと名乗る炎の氏族王に対し、イズルはここ数ヶ月でタナトス率いる魔王軍が急速に勢いを増しており、キャンサー帝国が滅亡したことを報告する。エルフ達は話を聞く中で、眉一つ動かさず、何を考えているのかヘレンには検討もつかなかった。近隣国の滅亡はエルフの国にとっても他人事ではない筈なのに。


「魔王の興亡などここ千年の中でも何度あったことか。その時代その時代に新たな英雄が生まれ、魔王を倒すことで平和がもたらされた。その繰り返し――そうして光と闇は天秤のように釣り合いを取るものだ」


 ノルガラディオンの言葉は、いかにも自然の摂理を超越した者らしい人間離れした感覚の言葉だった。別の氏族王が彼の言葉に同意するように口を開き始める。


「今の魔王タナトスが生まれるよりも前、『暗黒の百年』とも言われていた時代は、今よりも酷い状況でしたわ」


 薄い生地に太陽の光を受けた川を注いだようなドレスを身に纏い、透き通るような水色の髪を持ったエルフが語る。その瞳は閉じられている――が、ヘレンと違って眠いわけじゃないみたいだ。その口は確固たる意志を持って開き、言葉を紡ぐ。


「勇者ソムヌスとその仲間達が、『夜の支配者』と呼ばれし魔王を討伐するまで、幾つもの国が滅び、何万という生きとし生ける者が死の恐怖に踊らされたことか? エルフの国も一時は魔王に見つかったのではないかと、あれほどの騒ぎは――そう、九百年ぶりのことでしたわ」


 まるで昨日のことのように、膨大な年数のことを思い起こしている。人間とは時に対する感覚や考え方が根本から違う事は知識として聞いたことはあったが、こうして本物のエルフからそれを聞くと、不思議な感覚になる。


 ヘレンやイズル人間にとっては伝説や歴史となっている事象と同じ時代を彼らは生きてきた。


「十二の星座を祀る国々とて、何度形を変えたことか? 愚かな人類は、幾たびも滅び、再興し、また滅ぶを繰り返した。だが、エルフの国はその間も平和であり続けました。それはこれからも変わらないこと」


 人間とは違い、エルフは滅びる事が無い。それはこれまでの歴史が証明してきたことでもある。その自信と落ち着きは初代エルフが神樹と一体となり、国が出来てから三千年の重みから生まれたのだろう。


「私、ネミルネス・ナイダ――水の宝石にして、川の流れは、この人間の警告に踊らされることなく、普段と変わらぬ営みを続けるべきである、と他氏族王の方々に進言いたします」


 ネミルネスは他の氏族王にも同意を求め、先程のノルガラディオンが同意するように静かに頷く。対して、灰色と黄色のローブを身に纏った長身痩躯のエルフが、じろりと冷たい目をネミルネスへと向けた。


「結論を急ぐは愚の骨頂。国がこれまで続いてきたのは、多くの決断とエルフの知識を総動員した結果避けられたものだ。諸君がそこまで楽観的だと、エルフの国は明日にでも滅ぶのではないかね?」


 氏族王達の間に意見の相違が生まれたことに、ヘレンは「おっ」と小さく反応し、イズルと顔を見合わせる。イズルの方はちらっとヘレンの顔を見ただけだが、表情はどことなく明るい。


「大地の兄弟、このアマルドール・ガイアは、エルフの国の安全の為に取れる策は全て取るべきと、我らが王――ティリオン様に具申致す」


 アマルドールの視線が中央の玉座へと向けられる。それが五大氏族王の中で一番偉い人なのだろう。ふと、ヘレンの服の裾を握るエフィルミアの力が強くなった気がした。エフィルミアが恐れる理由はなんとなく分かる。彼女は魔法が使えない。魔法の使えないエルフは最下層の労働力となるか、追放されてしまうと言っていた。


(イズルがなんとかしてくれるから、きっと大丈夫)


 そっとエフィルミアの手を握って安心させるように笑顔を向ける。


「……人間の言葉を聞くか否か? そのようなことは些細なことに過ぎない」


 玉座から立ち上がったのは、静かな夜のような黒の髪をたたえたエルフの男で、白いチュニックに鈍く薄い金色のタバードを身に着けており、その上に羽織ったマントも真っ白だ。やはりせいぜい三十程にしか見えない。


「人間の国が滅びただけであれば、我らにとってはむしろ喜ばしいことですらある」


 かつて滅ぼされかけたエルフにとっては、人間も魔族も大した差は無いのだろう。居心地の悪い話ではあるが、下手な反論は悪印象を加速させるだけだろう。


「客人よ、勘違いしないでもらいたいが、貴殿を受け入れたのは我々ではない。何者よりも優先される神樹様の導きによるもの。エルフにとって人間とは古来より警戒すべき敵なのだ」


「こうして話を聞いて頂いたこと自体が奇跡と考えております。望むのであれば人間とエルフ間の接触は必要最低限に。人情という不確かな要素ではなく、互いの利害の一致から成る関係を望みます」


 イズルが真摯に訴えかけるが、それが響いているのかは分からなかった。


「今の魔王――タナトスだっけ。バーチの爺様がここに案内するくらいだし、この国もいよいよヤバいことになるんじゃないの? 」


 一瞬、それが氏族王の塔から聞こえた声であると認識できなかった。それ程あまりに軽率な声音だった。声の主は塔の中で足を組み、腕を頭に回していた。緑色のチュニックとタイツに茶色のブーツ、銀髪の青年だった。


「スールディル・シルヴィア――風と睦会う者よ……あなたには氏族王としてのプライドは無いんですの?」


 ネミルネスが透き通るような水色の髪を揺らし、軽蔑の視線を青年――スールディルへと向ける。彼はその視線をどこ吹く風というように受け流す。


「これは失敬失敬――何せボクは皆さんと違って二代目の氏族王ですから。氏族王歴千年ちょいの若輩者ですのでどうかご容赦を。っと、ねぇ、人間の使者、イズル・ウォンゴールくんだっけ?」


 スールディルは他の氏族王の事など目に入っていないかのようにイズルへと尋ねる。ネミルネスが他の氏族王を見るが、皆、彼の次の言葉を静かに待っている。


「ボクはね、君が求める取引の方が気になるんだよね、言ってみなよ。それが千年まともに人間の相手をしてこなかったボク達が魅力的に思う程の物だとは思えないけどさ、どんな面白い事言って笑わせてくれるか聞いてあげるよ」


 話が分かる――と見せかけて、このエルフはエルフで一癖も二癖もあるようだ。こちらの言葉をまともに聞く気があるとは思えないが、イズルには後退する選択肢はない。イズルはエフィルミアの方を見た。


「エフィルミア、ガントレットの力を見せてくれるかい?」


「あ、イズルくん、私」


 氏族王、特にティリオンからの視線にエフィルミアは怯え切ってしまっている。そんな彼女を想って、ヘレンはガントレットに包まれた手を取る。


「エフィ、無理しなくていいよ。代わりに私が……」


「ヘレンちゃん!? あ……これは魔力が無くても使えるけど、ちゃんと魔法への理解が無いと使えない物だから――」


 私がやる、と、エフィルミアはヘレンから離れて一歩前に出る。五人の氏族王を前にして、すっと膝を突き、華麗な手つきでお辞儀をした。エフィルミアはこの国のエルフであり、そんな彼女が人間と親しく行動していることは、氏族王達にとっては許しがたい裏切り行為――の筈だが、彼らはエフィルミアを責める様子はない。かといって逆に温かく迎えるでもない。


 神樹の意志こそが全てと、氏族王は言っていた。それは建前でもなんでもなく、本当にそうなのだろう。


 エフィルミアがガントレットを構えると、仄かな光が拳の中に生まれた。


「こちらのガントレットには魔光鉱石マナ・オーアを用いております。こちらでは珍しい鉱石であると思いますが」


「おぉ、それ! ボク個人としてはとても興味深いんだけど、他のエルフが『人間の使う鉱石』ってことで毛嫌いしてるやつだ」


 スールディルがガバリと起き上がって、ガントレットを指さした。先程言い争っていたネミルネスは静かに嫌悪と忌避の意思を表情に出したが、他の氏族王は沈黙している。


「あなた方が軽蔑するのも無理はありません。人間はエルフの方々に比べれば、魔法に対する理解は赤子にも等しい――この鉱石もエルフの方々が発見していれば、もっと有効活用ができたでしょう」


「御世辞がうまい事。それとも世の人間は三千年の時を経て、エルフに服従するつもりになったのかしら」


 ネミルネスが冷たい微笑を浮かべて返す。イズルは表情にこそ出さなかったが、恐らく心の中で焦っているだろう。次の言葉が出るまでに少し間があった。


「全ての人間がエルフを敬っているわけではないでしょう。ですが、少なくとも魔法使いの間でエルフは伝説として崇められております。その神秘を一目覗きたいと願う者は大勢おります」


 これはまるっきりの嘘とは言えない。エルフのおとぎ話は魔法使いの間で語り継がれたことで、広まった。そしてイズルはこの国を見て目を輝かせていた。その感動は本物だ。それがエルフ達に伝わるかどうかは分からないが。


「かつて人間とエルフの間で諍いがあったことは存じております。悲しき行き違いがあったことも。ですが、今の魔王軍はこれまでと違い、タナトスの元で魔人や魔物の統率が取れており、いずれ世界を覆い尽くさんと迫る危機となっているのです。現状を全てお伝えできれば、それを――エルフの方々の慧眼、先見の明をもってすれば、ご理解頂けることと信じております」


 その準備が我々アリエス王国にはございますと、付け加える。スールディルは頬杖を突いて「へぇ」とそれに答える。


「その情報と魔光鉱石マナ・オーアを手土産に、エルフと手を取りたいってわけ?」


「はい、我が国は今、魔王軍と対決するべく、対抗勢力となる国々との大同盟を結ぼうとしているのです――種族を問わず、魔王と対決する者全てと、です」


 そんなことまで言っていたかな――とヘレンはアリエス王国国王レイとの会話を思い出していた。今のイズルはだいぶ見栄を切っているようにヘレンには思えた。だが、エルフとの同盟等千載一遇の機会なのだから、そこまでする価値はあるとの判断だろう。


「エルフにとってもここは歴史の――運命の分岐点だねぇ」


 ちらっとスールディルは氏族王の方を見る。イズルの言葉に氏族王は初めて表情を変え、互いに顔を見合わせる。ただ一人ティリオンを除いて。彼だけはずっとエフィルミアを見ていた。


「君の申し出は分かったよ、イズルくん。それにエルフが人間に抱く感情もご理解頂けているみたいだし?」


「では――」


 ――けどねぇと、スールディルは眼を細めて言う。


「君は知らないだろう。我々は一度だけ人間、勇者と手を結んだことがある。千年程前の事さ。当時の魔王カオスを倒す為に、ね」


 千年前――と聞いてヘレンはまるでぴんとこなかった。百年前と言われてさえどんな暮らしをしていたかも理解できないのだから当然だ。イズルはヘレンよりも歴史に詳しいだろうが、思い当たることはなかったようで、首を横に振る。


「申し訳ありません。千年も前となると、王国ですら影も形もありませんから。十二の国に分かれるよりも前、大陸共和国があったという頃でしょうか」


「お、詳しいねぇ。それを知っているだけでも大したもんさ――そうそう、共和国では英雄と呼ばれていたんだよ。エルフの間にさえその名声は轟いていた。ボクも当時は憧れていたなぁ」


「その話は我らの口からではなく、記憶の書で知るのがよかろう」


 それまで静かにしていたティリオンが再び口を開き、スールディル以外の氏族王が驚きの声を漏らした。氏族王の長は高い塔の玉座からすっと立ち上がると、ごく自然な動作でイズル達の元へと降り立った。その所作は、王族の立ち振る舞いとは無縁のヘレンのような田舎者でさえ何か感銘を受けるエレガントさがある。


「そして識るがいい。我らエルフと人間が何故、分かり合えないのかをな」

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