Ⅻ 己を縛り付けるモノ
魔法の才能が無いと言われたのは、物心ついた頃からだろうか。エフィルミアは、魔法についてもっと知ろうと思った。国の書庫は全部読みこんだし、ルーン文字も学んだ。
魔法を使う道具にどのような機工が組み込まれているのかを知り、ダークエルフから武術を学んだ後は既存の武具に加工を加えもした。
魔法が使える時になれば、武術と魔法を組み合わせた新たな技を編み出せるように、と。その時は今のところ来る兆しすら無い。だが、ヘレンが見せてくれた魔光鉱石は彼女に一筋の光明を見せた。これを上手く用いれば、エルフの国での自分の評価も覆るかもしれない。
――だが、本当にそうか?
エフィルミアがこれまで様々な事、自分にできるありとあらゆる事に意欲的に取り組んできたのは、間違いなく自分の家族、国の民に認めて貰えるためだった。その筈であり、今もその気持ちに変わりはない。
だが、これで、そのいままでの努力が報われるのか――そんな疑念が彼女の心の中に残る。
「エフィルミア、凄かったね……魔法、使えたじゃん」
「そ、そうだよね! 使えたんだよね、魔法……」
ヘレンの裏面の無い純粋な賞賛が、余計にエフィルミアの不安を募る。故郷のエルフ達はヘレン程手放しで喜んでくれるだろうか……? エフィルミアが思った程喜んでいないことに気づいたヘレンは、小首を傾げた。
「……大丈夫?」
「え、うぅん。初めて魔法が使えたのは嬉しい! んだけど……」
両手を握って元気に答えるも、尻すぼみになる。この悩みは恐らくヘレンに――外の人に話しても分かって貰えないかもしれない。そんな気がした。何より、くよくよと考えている自分を見せたくなかった。
「うぅん、やっぱりなんでもない!」
「そう……ならいいけど」
ヘレンはそれ以上追及しなかった。ふと、日差しの向こうで何か動く気配がした。またぞろ熊でも現れたのかと、エフィルミアは焔の残滓の残る拳を構えた。が、逸る彼女の肩に手を置いてヘレンはぽつりとつぶやく。
「探してた人――イズルだよ。あともう一人は知らないけど」
日差しの中に二つの影。一つは、ヘレンの言っていた「イズル」だろう。そして、もう一つは尖った特徴的な人よりも獣に近い耳。その影の伸びる先にいたのは、宝石のように輝く銀色の髪、自然の恵みを受けた大地のように浅黒く健康的な肌のダークエルフ。
「あ……」
そのダークエルフを前にして、エフィルミアは言葉を失った。どれだけ頭の奥底の記憶を探っても彼女の名前すら思い出せない。
あの国の中で唯一、隠し事無く心を明かすことのできた人。
自分が世間知らずだった為に、傷つけてしまった人。
そして、今の自分を他の誰よりも見て欲しい――そんな人。
「あ、えっと――私、貴女のことを知っています!」
エフィルミアは思わず叫んでいた。ダークエルフの歩みが止まる。ヘレンとイズルはお互いの姿を確認して、安堵していた。不思議なことにエフィルミアの事をイズルは知っているようで、彼女の発言を黙って聞いていた。
「貴女に会いたくて――国を出て、追いかけたんですけど……ドジだから、どこ行けばいいか分からなくて、それでヘレンちゃんに助けてもらって――それで魔光鉱石貰って、それで遂に魔法を使えるようになって……こ、これ! 見てください!」
エフィルミアが拳を突き合わせると先程のように魔法陣が炎を発する。だが、エフィルミアが慌てているからか、魔光鉱石の残存魔力が少なくなったからか、先程ほどのキレが無い。
「あ、さ、さっきはもっと凄くて――」
ダークエルフが大股で近づいてきて、力強く抱きしめた。温かく、そして少し湿っぽい。エフィルミアの瞳にも涙が浮かんだ。雨が降った後の川のように、堰き止めていた感情が溢れる。
「名前――あんなに色々教えてくれのに、私」
「あぁ、悪かった。あんなに一緒にいたのに、名前教えるの忘れてたっけ?」
――サリ・イシルウェン。
心の中に響いた名前に、エフィルミアは全て思い出した。サリが教えてくれた武術だけでなく、外の世界にいた時の物語、自分の悩みを真摯に聞いて、不器用ながらも励ましの言葉をくれたこと。
「サリさん……ごめんなさい、私が軽はずみにお父様やお母様に、武術を見せたばっかりに」
「謝ることはないよ。武術を教えたのは私。長く生きているエルフがそれに嫌悪感を持っていることを知っていて、広まればどうなるかも分かっていながら教えた。軽はずみだったのは私。けど、一番おかしいのは――」
エルフの国の方だと、サリは断言する。
「そんな、サリ――」
「君も分かっているだろ? かつて武術がエルフを滅ぼそうとしたのは事実だ。だが、そんなのは数千年も前の話だ。それをずっと遠ざけ、習得した者を穢れている、野蛮などと迫害し、実の娘の記憶を弄るなんて異常だ」
サリの言葉は、エフィルミアの心の深い根の部分にあった気持ちを代弁していた。けれど、同時にあの国で生まれて育った彼女には未だ迷いがあった。
「……でも、もしかしたら」
エフィルミアが言い淀む。その期待の正体は家族の絆。言葉にすればとても高尚な物だが……。
「あーあの、エフィルミア――さんだっけ?」
二人の話が不穏な流れになりそうなのを察して、イズルが恐る恐る話に割って入る。彼の興味はエフィルミアのガントレットだった。
「それ、見せて貰ってもいいかな?」
「は! えっと、ごめんなさい、ヘレンちゃんに無理を言って魔光鉱石を勝手に使ってしまって――」
言いながらガントレットを渡した。魔光鉱石は返すつもりでいたが、イズルは気を悪くすることなく「これはすごいな」とガントレットに興味津々だった。そして何を思ったのか、顎に手を当てながら「エルフの国には無い物なんだって?」と確認する。二人が話している間に、ヘレンから色々聞いたのだろう。
「あ、はい! そうです、イズルさん! 存在自体は知ってるエルフもいますが、詳しく知っている人は――多分」
イズルは「そうか」と頷く。彼が何を考えているのかエフィルミアには及びも付かなかった。
「君のこの発明をあの国で上手い事出せれば――、国を変える一歩になるかもしれない」
このガントレットが、自分の発明が、エルフの国を変える? 本当にそんなことが可能なのだろうか。
エフィルミアは「そ、そんなイズルさん。大袈裟な」と、彼からそして自分自身の発明からも視線を逸らしてしまう。そんな彼女にサリは「……全く、卑屈が過ぎるぞ」と呆れ、ヘレンは「そんなことないよー、すごいよー」と語彙力はないが尊敬だけはある賞賛を送る。
「大袈裟でもなんでもないよ。君はそれだけの事をした。魔法に優れて、他の国に頼る必要すらないような種族の中で、初めて君は外の世界の技術を元に新たな物を作ったんだから」
イズルの言葉はブレることなく真っ直ぐだった。
「だから、後は売り出し方次第ってところかな……ちょっと俺の国の事情とか、情勢に巻き込む形になってしまうかもしれないけど、俺に任せて貰えないだろうか」




