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寝坊助姫、異世界から来たりし魔王を討伐しに行く  作者: 瞬々
EPⅢ エルフの国と春の宝石
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Ⅵ 理想と現実(カネ)

 ジェミニ評議界共和国。アリエス王国とはベオーク高原を挟んだ向こう側に存在する国家であり、大陸で最も平和と言われる国家。この国も警戒心が強く、他国と多くの条約こそ結べども、どこの国とも同盟を結ばず、干渉せず、中立を維持している。


 そして肝心の軍事力に関しては、魔王軍を滅ぼす上では“期待できない”。かの国の力は自国を護ることに特化しているからだ。


 レオ大帝国程ではないが、この国も手を組む事前提であれば難解だ。


「ジェミニ評議界共和国……? 私行ったことあるから道案内ならできるよー」


「ありがとヘレン。けれど、まだここに行くかは――」とイズルはヘレンに言いかけて、止める。ここにソル王子が目を付けたその理由を知りたいと思った。


「知っての通り、我が国は資金難だ。貴族共の大半が先の戦いで出兵を渋った理由の大きな所だな」


 兵を募り、動かすというのはそれだけで莫大な資金が動く。アリエス王国は国王直属の近衛騎士団を除けば、普段は農民である者が大半であり、徴兵されている間、農業に支障が出るという問題もある。傭兵を雇うという手もあるが、魔王軍と戦う程の傭兵を雇うとなれば、そこでも傭兵一人一人に払う報酬という問題が出てくる。


「いいか? 戦とは個々の武力、ましてや勇者や英雄などという個人の能力で覆せる物ではない。無論、敵将であるタナトスを単独で撃ち破れればその限りではないが――奴は自身を破られることが魔族の戦力低下に繋がってしまうその弱点を重々承知したからこそ、かつてない程の軍団を形成したのだ」


 これまで魔王と呼ばれる存在が何体も存在していきた。人間に近い魔人もいれば、完全に異形の化け物もいた。いずれも恐ろしい力を持っていたが、魔王さえ倒せば、直属の魔族が軒並み消滅してしまう為、大きな戦力低下に繋がる。


 この一見不合理にも思える仕組みは、魔族間なりの反逆や内乱防止の為ではないかと、人類側は分析していた。そしてタナトスは自分自身が破れれば、魔族が壊滅するその弱点を補うべく『魔王軍』を形成した。実に十年もの時間を掛けて支配域を広げ、慎重に慎重を重ねて魔族を増やすことに専念してきた。


 二か月程前、ヘレンとかの勇者ジェイソン率いる一団が、魔王タナトスと接触できたのは千載一遇の機会であり、唯一魔王軍を崩壊させられる絶好の機会であったのだ。それを不意にしてしまったことは、ヘレン・ワーグナーの心に大きな傷を残した。


 ともかく、タナトスは自分自身が直接姿を晒すことなく、魔族の支配を広げてきた。


「……前にタナトスと戦った時、私もジェイソン達もあいつに勝てなかった。私が知る限り、ジェイソンは人間の中で一番強いヤツ。だから、魔王をすんなり討伐して戦いを終わらせるのは難しい」


 ヘレンが苦虫を潰すような表情で言った。彼女がこれ程弱気になるのを、イズルは久しぶりに見た気がする。ヴォルゴール領内の絡新婦アラクネを討伐した時以来だ。あの魔人ファントムをあっさり討伐したので感覚がおかしくなりそうだが、本来あの敵はヴォルゴール領を支配する程の力を持っていたとして魔王軍から派遣された筈なのだ。もしもあのまま潜伏されていたらと思うとゾッとする。


 アストレア村の戦いを経験してイズルは改めてその脅威を知り、ヘレンに出会えたことが如何に幸運だったことかと思う。


「魔王はいずれ誰かが倒してくれるだろう――等と言う甘い幻想は捨ておくべきだろう。人類全てが立ち上がり、一挙して魔王軍と戦うその足掛かりを作る必要があるのだ」


 気が付けば、ソル王子の最初の怠惰とも取れる態度は消えていた。話せば話す程に分かるが、彼は本気で人類の存亡を憂いている。その熱意の高さ故に周囲と隔絶してしまい、何も変わらない環境に焦燥を覚えたのは想像に難くない。


 魔王軍に立ち向かう聖女と共に国民からの支持が上がるのに反して、王都周囲領土の貴族達の支持を得られないが故に動きを制限され、最終的にエクリプスを発動させる暴挙に至った。


「話を戻すが、ジェミニ評議界共和国は魔王軍の被害が最も少ない国だ。大した軍事力も無く、国を護れてるのは、かの国に代々伝わる『国土結界』の為せる技だ」


「双子の御子の力によるものですね。国土に侵入しようとする如何なる攻撃をも弾き、如何なる者をも滅するという」


 魔族に限らず、人間の侵入も阻む。その為、軍事大国であるレオ大帝国とも正面切っての軍事衝突をしたことがない。


「そうだ。だが、かの国は別に鎖国をしているわけではない。国土結界と一部の精鋭部隊に魔族の相手を任せ、その分回す必要のない資金を国の発展に回す事が出来ている。周辺の都市国家を相手に香辛料や織物の輸入、国内で作った魔道具を始めとする工業品、船舶の貸し出しで財を築いている――つまり金があるのだよ」


 大陸には黄道十二星国があるが、それ以外にも都市国家や種族ごとの大小様々な集落が存在する。それらと最も交流があるのがジェミニ評議界共和国であった。


「アリエス王国も評議界共和国とは多少の交流があります。こちらからは羊毛を輸出していますが……」


「それで得られる物資は対価に過ぎない。軍資金としてはまだまだ薄い。より強力な関係を結ぶ必要があるのだ。そうだな――少なくとも魔王軍と戦う為の『外債』を引き受けてもらわねば」


 戦時の『外債』、平たく言えば自国で賄えない資金を外国に借金するということだ。だが、基本的に戦時の外債は人類同士の戦争に限った話だ。勝った国が負けた国から賠償金なり、何かしらの利益を得て『外債』を払うことができるからだ。


「魔王軍との戦いに勝てたとして――その結果得られる利益とはなんでしょう?」


「魔族からの絶対的な安全の保障と交易ルートの再開拓を条件に、ジェミニ評議国と関係のある周辺国からあらゆる報酬を得る」


 仕組みとしては傭兵組合が受ける討伐依頼を、国家規模に拡大したものと見ればいいだろうか。だが、他国の軍隊が自国周辺に展開することを全ての国が受け入れるだろうか。その疑念がソルには伝わったのだろう。王子は意地悪く口角を上げた。


「これも無理――となると、情にでも訴えて他国と同盟を結ぶか? それとも、あるかどうかも分からぬエルフの国でも探し当てて叡智を得るかね?」


 魔王軍との戦いの為にという題目があれば同盟を結ぶ国は出てくるだろう。だが、同盟はあくまでも対等な関係であり、アリエス王国の抱える問題の解決には繋がらない。それどころか同盟を理由に自国に利益の無い出兵を要請される可能性すらある。


 エルフの国の探索等は論外だろう。


「ならば、ジェミニに向かうのがいいだろう。仮に想定通りの物が得られずとも、何らかの繋がりが作れれば将来の利益となる。それが外交というものだ」


 ソル王子の言葉にイズルは考え込むように腕を組んだ。ふと気が付くとヘレンは隣で寝ていたが、起こす気にもなれなかった。これからやろうとしている事は自分の手に余る。失敗すればウォンゴール家の没落に繋がるだろう。


 ――いや、家の存亡どころか、人類の滅亡にすら繋がるかもしれない。


「イズルよ。評議共和国と接触するのであれば、急ぐがいい。かの国は近隣のキャンサーの滅亡により慌てふためいていることだろう。情勢の不安に上手く付け入ることだ」


 イズルの苦悩を見透かしたように、ソルは告げる。滅びたキャンサー帝国はジェミニ評議界共和国の北に位置する。如何に強固な結界がある国と言えど、近隣国の消滅による動揺は王国の比ではないだろう。そこに付け入るのはどうにも道徳心に反するが、今が繋がりを作る絶好のチャンスであるのも確かだ。


「分かりました……陛下に王子殿下の意見を具申して参ります」


「さっさと出ていくがいい。そこの不敬な輩を連れてな」


「すぴぃ――んぎゃっ!?」


 イズルは深々とソルにお辞儀をし、ヘレンの頬を捩じ切る勢いで捻って外へとずるずると連れだした。ソルが大罪人出なければ、今頃ヘレンは不敬罪に問われていただろう。後ろで泣きながら真っ赤に腫れた頬を労わっている呑気な寝坊助娘に、溜息を吐きつつ、イズルは告げる。


「ヘレン、多分また長旅に出る事になるけど――来る?」


「行くー」


 その後、国王からの許可が降りた。あまりに早い判断であり、まるで元からそうなるように決まっていたのではないかとイズルは訝しんだ。ソルとのあの対談はソルの態度を軟化させる為に行われたのではないかとも。


 何はともあれ、イズルとヘレンの二人はジェミニ評議界共和国へと向かうことになった。その道中は長く、そして二人の想像もしないような出会いが待ち受けているのだが……全ては天の星のみが知る運命である。

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