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寝坊助姫、異世界から来たりし魔王を討伐しに行く  作者: 瞬々
EPⅡ 星の乙女と寝坊助姫
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ⅩⅦ 悪夢に眠り、憎しみを覚ます

 ガチャンと、ドアが勢いよく開いた。


「申し上げます!」


 青ざめた顔で飛び込んできたのはアリエス王国の兵だった。今にも心臓でも止まりそうなくらいに怯えていた兵は、部屋の中の状況を見て凍り付いた。


「何事ですか、ここには絶対入るなと言っておいた筈ですが」


 取り乱しそうになっていた顔はドアが開いた瞬間に切り替わっていた。剣を鞘に納め、何も起きてない風を取り繕いながらコレットは厳しく兵を問い詰める。


「え、いえ、でも、こ、この娘は閉じ込めておかないといけないのでは? な、何故武器を――」


「私がいるのだから問題ありません――それより、何か起きたのですか?」


 コレットが促すと、慌てて兵は膝を突いて告げる。


聖女アストレア様、大変です。村に魔狼マーナガルムの群れがっ!」


 言い終えるよりも先にコレットは壁に立てかけてあった長い柄の棒を取ると、部屋を飛び出していった。その後にヘレンも続く。

 外は地獄絵図となっていた。巨大な金銀、二頭の巨大な魔狼が暴れ回っていた。疾風の如く動き回り、その牙が兵士を甲冑ごと噛み砕き、宙へ投げ捨て、落下してきた肉体を丸呑みにする。二頭の周囲を魔狼マーナガルムが駆けまわる。その数は三十程か。


 兵士達が束になって掛かろうが、刃は通らず、その動きについてこれぬまま、やられていく。石畳の路は彼らの血に塗れていた。


 その光景に言葉を失い、固まっている横で――、


 心臓が激しく鼓動を打つ。


 ヘレンの瞳が見開かれる。その金と銀の魔狼の姿を忘れることはない。この二頭がいるならば、あの“親子”もいる筈だ。


「コロす……」


 目が据わり、感情の無くなった無機質な声に、コレットは耳を疑うように問いかける。


「ヘレン……?」


 だが、その声は水の中から問いかけるように、くぐもって聞こえ、ヘレンには届かない。


「コロさなきゃ――、魔人も魔物も……魔族は、全部」


 無造作に投げつけられた二対の戦斧サマリー魔狼マーナガルムを真っ二つにする。即座に気づいて飛び掛かってきた魔狼は手斧で頭を割られた。



 研ぎ澄まされた殺気から繰り出される攻撃は、的確かつ一切の無駄が無い。金と銀の巨大な魔狼が左右から飛び掛かってくる。どうにか反応できたコレットは、ヘレンの腕を掴んで下がった。が、ヘレンはその腕を乱暴に振り払った。


「ヘレンっ!?」


「邪魔をするな…………ない、で」


 意識が混濁しているようなうわごとに、彼女がまともな状況でないことをコレットは察した。拒絶されたことは思った以上に傷ついたが、今のヘレンを放っておくことは彼女には出来なかった。それに今更だが、故郷を二度も蹂躙されて、今のコレットの怒りは頂点に達していた。


「大丈夫ですよ、ヘレン」


 大地に立った長い柄から水色の魔法で形成された聖旗が伸びる。金色の星が旗の中で幾つも煌めく。周囲に浮かぶは〈Fierbois〉の銘が刻まれた光の剣、コレット自身も〈ESPOIR〉――希望――の銘の聖剣を抜き放った。


「私があなたを守りますから」


 光の剣〈Fierbois〉が周囲の魔狼達を貫き、それと同時にコレットも突進する。右手の聖剣〈ESPOIR〉で薙ぎ払い、左手の星乙女の聖旗〈Astraea〉を手元で回すと、天から星の魔法が降り注ぎ、金と銀の魔狼を襲った。二頭ともそれを間一髪で躱すものの、コレットやヘレンには全く近づく事が出来なかった。


 コレットの攻撃の間を縫うように、ヘレンが接近し大斧ハルバードを振るう。その一撃が金色の魔狼を捉えようとしたその時だった。巨大な二頭よりも、更に二回りは大きい巨大な魔狼が、前足で大斧ハルバードを受け止めていた。


「久々じゃのぅ、小娘――、あの頃よりも更に強くなり、そして――」


 それは灰色に近い鈍い銀色の毛並みを持った巨大な魔狼。その姿をヘレンは、感情の無い瞳が捉えて離さない。大斧ハルバードの柄を軋む音を立てる程の強さで握り締め、喰い込んだ爪で手からは血が垂れた。


「随分と大きくなりおったな……嬉しいぞ?」


 因縁の相手の名をヘレンは噛みしめるようにつぶやく。


「フェン、リル……」


 ヘレンの故郷であるレムノスの森を蹂躙した魔物の名。男だけを面白半分に喰いつくした魔狼の長。普段は無意識のうちに忘れていた感情が、止め処なく溢れ、火のように体中を焼き尽くすような感覚をヘレンは覚える。


 そして、その感覚に身を委ねる事を心地良いとすら感じる。


 まるで、自分が自分で無くなっていくかのような感覚。


「コロ、す」


「そうだ、ヘレン・ワーグナー。お前の友を次々に、目の前で喰ったのは妾……、お前を可愛がっていた叔父きを喰らったのも妾だ」


 燃え上がる心を煽るように、攻撃を促すように、フェンリルは語り掛ける。


「父親を喰い損ねたのは残念だったよ――」


 大斧ハルバードが叩き込まれ、地面が円形に陥没する。衝撃波が金と銀の魔狼を吹き飛ばすが、フェンリルは微動だにしなかった。


「喰っておくべきじゃったわ――さぞ、お前の絶望が香ばしくな」


「もう黙れ――その臭い口で二度と喋るな」


 ヘレンの目は闇に染まり、その髪は妖しく揺れる。あの時の悪夢は彼女の心を蝕んで、元の性格を眠らせ、野性の荒々しい感情が目を覚ます。


「息の根を止めてやる――私のこの手の中で……」


 長年の眠りから起こされた憎しみ、殺意は、自分で止まることはできない。ヘレン自身が破滅するまでは――。

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