Ⅹ 似非勇者の矜持(プライド)
自称勇者のアロンソを見つけて連れ戻してくる。そう約束したペルゼィックは、方々を探し回り、ようやく見つけた。街から離れた場所にある丘の上。古い遺跡の残骸が幾つも転がるそこで、その男は剣の鍛錬――と呼んでいいのかよく分からないことをしていた。
「我こそはアロンソ・ディ・キホーテ! 悪しき龍よ、さぁ、いざ尋常に勝負!!」
「……何やってんだアイツ」
朽ち果て傾いた見張り塔の前で、剣を片手にアロンソが叫んでいた。仕事をサボって勇者ごっことは――これが本当に剣を鍛錬しているのであれば、まだ擁護の余地はあったかもしれないのだが。
「オイっ、似非勇者っ!!」
「ひぃいいっ!?」
「……オイオイ、こんなことでビビってんじゃねーぞ」
相手のあまりのビビり様に、ペルゼィックは引いた。この程度でいちいち驚き慄いていたら、悪しき龍どころか、その辺の魔物一匹倒せやしない。
「お、おおお、貴殿、ペルゼィック殿であったか!」
「その妙な喋り方やめられねーの?」
「え、いや、その……」
口調を指摘した途端にしどろもどろになる。まるで喋り方を忘れたかのようだ。ペルゼィックは「たくっ」と呆れつつ、後ろを指さす。
「鉱山の連中、お前が来ねぇんでカンカンなんだが」
「ふ、人の評価なんぞ気にする拙者ではないわ。偉業を成し遂げさえすれば、そんなものいつでも覆るのだ!!」
「うるせぇっ、お前がいくらすげぇことしようが、仕事ほっぽらかしたことはこの俺が後世にまで伝えてやる」
小心者かつ脆弱。その癖、一丁前に自尊心だけはやたらと高い。ペルゼィックが最も嫌うタイプの人間だ。それはどことなく自分にも当てはまる部分があるからか。彼もまたプライドの高さに実力が追いついていない。だが、アロンソと決定的に違うのはそれを自覚しているかどうかだろう。
彼は日々研鑽を積み、過去よりもいい物を生み出そうとしてきた。実力が伴わってないとしても、そこに掛けた情熱は本物だ。
「そもそもなんだって勇者に拘る? そんな力がねぇのはお前が一番良く分かってる筈だろうが」
大して響かないだろうと思って投げた言葉だった。
「せ、拙者は――俺は」
アロンソは心臓を鷲掴みにされたかのようにきゅっと口を結んで固まっていた。散々こちらの言葉を聞かず、ヘレンの手柄を自分の手柄であるかのように主張していた男が、こんなことで傷つくのか――ペルゼィックはなんとも理解しがたい者を見る目をアロンソに向ける。
「この世界に転移してきた時に神様に聞かされてきたんだ」
その目は妄信する者のソレだった。焦点が合わず、ただ一つの事を信じる――縋る事しかできない者の目。
「君には勇者の素質がある。歴史を、世界を動かす力があるのだ。想像してみたまえ、誰もが君の姿を見て歓喜し、その名を聞いて賞賛する様を。数多の人間の名が星屑のように忘れられる中、君という名の「星」は永遠に歴史に刻み込まれる……って」
恍惚とした表情でアロンソは、見えない何かを掴もうとして拳を振り上げた。
「お前は特別な存在になれると。誰にも相手にされずとも、決して疑わず信じてさえいれば勇者にだってなれると……!」
とんだ神様もいたものだとペルゼィックは頭を抱えた。幻覚でも見えているのではないかと疑う。が、イザヨイの話によればこの男が転移者であるという事自体は本当なのだろう。
「俺は……俺ぁ、前にいた世界じゃ何も出来なかった。高みを目指し、ありとあらゆる事に挑戦した……そして、その全てに失敗し、笑われてきた。だからこの世界に落ちた時、幸運だと思った。二度と誰にも馬鹿にされることはない。それどころか勇者、英雄として称えられるに違いないって――けど、どうだこのザマは」
力無く落ちた拳が開かれる。その手は無力さに震えていた。その無念さはペルゼィックにも多少なりとも心当たりがあった。少し同情する気持ちすら芽生える。だが。
「……お前はお前の為だけに頑張んのか?」
「ペルゼィック?」
きょとんとするアロンソにペルゼィックは真剣な眼差しを向けた。ある種の期待も込めて。だが、ありとあらゆる挑戦をしてきたというこの男には恐らく響かなかった。
「己の名誉の為、その為に心血を注ぐのは間違いか?」
「……いんや、別に」
そこまでを否定するつもりはペルゼィックには無い。だが、この男の言葉は何かが引っかかる。こんな時、イズルなら的確に――そして時として残酷に――言語化できるのだが。
だが、ペルゼィックはイズルではない。彼は彼のやり方で人と接する。ふと、この男が望みを――やりたいことが出来たらどうなるのか、と、疑問に思った。
「……んで、お前、そこまで言うってことは、勇者になることは諦めたのか?」
「ハハハ……いや、まだだ。つい昨夜、頭の中に声が響いたんだよ。俺を導く声が――」
「どこまでも神頼みだな――で、どこに導こうとしてんだよ」
アロンソはすっと静かに指を向けた。
丘の頂上付近、欠けた柱と石造りの像が並ぶ、無骨だがどこか質実剛健さも感じる神殿。そこに人影を認めてペルゼィックは目を見開いた。
「……イズル?」
ふと気配が消えた気がして横を見る。アロンソがいなくなっていた。




