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寝坊助姫、異世界から来たりし魔王を討伐しに行く  作者: 瞬々
EPⅠ 眠り姫、かく戦えり
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プロローグ そして彼女は眠りについた

挿絵(By みてみん)

ここは、十二の星座の神に守護されし世界。大陸にはそれぞれの星に因んだ国が存在した。彼らの安寧と繁栄を脅かすは、凶星の邪神から生まれた強大かつ邪悪な魔人ファントムそして彼らが使役する魔物モンスター達。


 ある国はファントムに乗っ取られ、またある国はモンスターの餌場となり、はたまたある国は屍が闊歩する死地と化し、大陸は地獄のような様相を呈した。


 ある時、誰による物か分からないが、星の導きによって召喚された者がこの星に光と闇の安定をもたらすという予言がなされ、流星と共に、勇者がこの地に舞い降りた。


 勇者の強大な力による人間の解放――だが、それも長くは続かなかった。勇者の失踪は人々に絶望をもたらした。勇者は自らの力に溺れ、破滅したのだ――と、巷ではそう囁く者すらいた。長い戦いの中で、多くの偉大なる英雄がファントムの手に堕ち、彼らに加わった。その多くの伝説を目の当たりにしてきたこの星の住民たちは、すっかり英雄というものを信じられなくなっていた。


 勇者の失踪から一か月後、ファントムの王を名乗る者が現れた。その者、自らを冥界における死の神にして魔王――タナトスを名乗り、大陸全てを闇に覆い、人類の生死、運命の一切をファントムが支配すると大陸に住まう全ての知的種族へ宣言したのだった。


 そんな絶望の最中である。無名の剣士が魔王タナトス討伐に名乗りを上げた。彼は共に魔王を倒す志を持つ者を集め、各地で戦いの狼煙を上げた。はじめは疑心暗鬼だった者達も、剣士が武功を上げるのを見て、鼓舞され、励まされ、希望を抱いた。


 いつしか剣士は勇者ジェイソンと呼ばれるようになった……。


 彼には多くの仲間がいたが、彼には相棒とも呼べる娘がいた。男が全てファントムによって殺され、女だけが残った呪われた大地となったレムノスの森。ヘレン・ワーグナーはそこで狩人として暮らしていた。彼女の父は森で唯一生き残った最後の男だったが、ファントムに見つかり殺されかけた。そこを勇者ジェイソンが助け、以降ファントムの支配を終わらせるべく、ヘレンは彼に加わった。


 二人は多くの死闘を共に潜り抜け、遂には魔王タナトスと相まみえる事となった。


「やれやれ、ここまで来るとは思っても見なかった――人間、それも異世界人の雑魚がここまで来ようとは」


 真っ白な髑髏の仮面で顔を覆い、未知の魔法で鍛えられた銀色に輝く甲冑、背には星空の光を放つ実体の無いマントを翻し、魔王タナトスは人間共を見下ろす。


 魔王の手で直接死を齎された廃城、その見張り塔の上で、かの者は浮かんでいた。


「降りて来やがれ、クソ野郎!」


 対する人間――勇者ジェイソンの言葉は、凡そ英雄にふさわしくない罵詈雑言だった。黒く長い髪はぼさぼさで肌は日焼けして浅黒く、とある王国から与えられたローブは着崩し、胸元が大きく開き、肌の至るところは切り傷があり、顔面には魔法で付けられた呪いの痕が入れ墨のように残っていた。ここに来るまでの間、決して彼に余裕があったわけではないことが伺える。小汚いと魔王は目を潜める。手に持った聖剣だけが銀色の輝きを失っていないが、これは魔法によって鍛えられたおかげだろう。


「そーだ、そーだー」


 対する娘の方は気の抜ける声を出した。汚れ等はあるものの、傷らしい傷は無い。白い肌に森の自然に彩られたかのような若緑色でふわふわな髪と眠たそうな瞳、この大陸でも中々無い珍しい形状の白い上着ジャケットとその下に着ている黒のインナーをベルトで締め、真っ赤なスカートは足元が開いており、艶めかしい素足が微かに覗いていた。


 そんな女性らしい柔らかさに反してその得物は長大な柄と巨大な刃を伴うハルバートそれも両手で持っているのではない。片手で軽々と振り回し、極めつけには空いたもう片方の手に戦斧サマリーを持っていた。いずれも多くのファントムとモンスターを屠ってきたのだろう。多くの肉を切り、骨を断ち、血を啜ったと思しき傷痕が見えた。


 対照的、もはや真逆とも言える二人そして彼らの仲間たちは、思わぬタイミングで魔王タナトスと邂逅していた。アンデッド軍団から街を解放したことで、タナトスの関心を引き、この場に呼び寄せてしまったのだ。


「君達に死を齎すのは今じゃないんだ」


 問答無用。ファントムの護衛一人いない魔王。今が討伐するチャンスとばかりに、勇者一行は攻撃を開始する。最初、彼らの事を見くびっていたタナトスはその認識が誤りであることを理解する。ジェイソンとヘレンの一瞬の跳躍は彼の想像を上回る速さだった。刹那、背後からはハルバートが暴風を伴って首を捉え、正面からは聖剣が雷霆に変化し頭をかち割らんと迫る。更には地上からはジェイセンの仲間である魔女と僧正が放った魔法がタナトスの心臓へと達さんとしていた。


 魔王タナトスは右手で剣を、左手で斧を受け止める。彼らの武器に込められた魔法の力に『死を齎し』無力化する。雷霆は消失してただの剣へと戻り、暴風の如き勢いが掻き消えて、ハルバートは対象の目の前で止まる。魔法は届く前に霧散した。驚愕で目を見開く勇者ジェイソンと小さく驚くヘレン。タナトスが目を向けたのは勇者ではなく、ヘレンの方。


 黒い波動がヘレンを襲って吹き飛ばす。空から落ちる彼女を、魔女が放った魔法がなんとか受け止めた。彼女がどうなったかを考える間もない。僧正が放った魔法が聖剣に再び雷霆の力を蘇らせ、ジェイソンが次の一撃を込めようとした――。


 が、魔王タナトスは跡形も無く消えていた。


 文字通り影も形も無い。ヘレンを吹き飛ばした次の瞬間にはいなくなっていた。


 あまりの一瞬の出来事に呆然としながらジェイソンは地上に降り立ち、倒れているヘレンに力無く駆け寄る。


「ヘレン、おい……どうしたんだよ?」


「ヘレン!」


「ヘレン様!!」


 三人が必死に声を掛ける中、


 ヘレンは安らかに眠っていた。


「……ぐー、すぴー」


 比喩ではない。それはもう安らかに、気持ちよさそうに眠っていたのである。

挿絵(By みてみん)

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この物語は、王道ファンタジーの骨格の中に、絶妙な“ズラし”と“脱力”を仕込んだ異色の英雄譚であり、読者の期待と緊張を見事に裏切るユーモラスな余韻が印象的でした。以下、いくつかの観点から感想を述べます。…
語彙力があって羨ましい。 私は1年前から小説を書き始めたのですが、どうにも語彙力がなくてかなわんのです。精進します。 ジェイソンはちょっと笑ってしまった。どこかの厚切りのせいで。
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