記憶
向かい合う椅子で会話をする。棚に置かれた蛙のぬいぐるみを見て、ぽつりと少女が言った
「蛙は可哀相ですね。」
「可哀相、とは?」
ぼんやりと窓の外を眺めていた男はその唐突な話に首を傾げた。
「某の実験に使われるのは蛙でしょう。痛かろうにと思って。」
俯き加減に自らの腕を見ると、ゆっくりと椅子から床に腰掛けた
「理科の教諭の貴方なら解剖の経験くらいお在りでしょうに」
少女は視線を反らさずに男の顔を見る。
男はすこし首を傾げて苦笑した。
おもむろに棚にあった蛙を手に取ると再び椅子に座り直し、蛙を膝の上に置いてくすっと笑った。
「蛙には痛覚はないよ」
膝に置いた蛙は彼のお気に入り。
北の地を踏むのに、別れ惜しくなったと連れてきたという。
「蛙は痛くないんだよ」
ニコリと笑って男は少女を見た。
少女は少し考えて、言葉を重ねる。
「痛くないって思うのは、痛いって、言わないからでしょう。」
「え・・・?」
「人間みたいに、「イタイ」って、言わないから、痛くないって思うんでしょう?」
首をかしげて少女は言う。
男は少し戸惑ったように目をくるりと丸くした。
「植物だって、刃物を向けると何かしらの反応を示すという研究がなされているし、
蛙だってメスを入れたらビクリと反り返るでしょう。」
少女はゆっくりと語りながら男の膝の上の蛙を撫でる。
「それは、痛いって、ことじゃないのかな。」
男は伏し目に彼女を見て、小さな声で呟いた。
「そうかも・・・・、しれないね」
ぽかりと開けた蛙の口をもこりもこりと動かしながら、少女の顔を眺めていた。
あの目は何を考えていたのだろうと、
大人になってしまった私は思う。




